Tomogari
『Tomogari』あらすじ
その日、俺は夢を見た。謎の美少女、神園花子が、俺の親友である長月きららの首を抱いていた―――。
朝起きたら、勝手に俺の部屋に神園が入っていた。そして、あいつは俺に告げた。
「この子は、あなたの人生を狂わせる」
・・・は? 俺の親友が、俺の人生をめちゃめちゃに? 疑うしかなかった俺の魂を、神園は将来の俺に重ねやがった!
未来のきららを見、俺は言葉を失う。きららが俺を殺すのは何故だ。神園は何者なんだ。友狩ってなんなんだ?!
時空と思いを激しくめぐる、SFストーリー!!!
Tomogari
絶対おかしい。
「どうしたの?」
こいつは人間じゃない。
「ひょっとして、私を殺そうと思ってるの?」
いま俺の目の前に立つ、神園花子は人間じゃない。
まつ毛の異様に長い、怪しげな光を瞳に宿す、漆黒の髪は腰まで伸びている・・・その先端は、すべて不自然に曲がりまくっている・・・・・・
「何もんだ、お前」
俺のそんな言葉を聞いた神園は、腹を抱えて笑い出した。
「まあ、まあ、まあ、まあ!! びびっているの? 私を人間じゃないなんて思っているのね。ひどい人」
だって、どう見ても人間じゃないし・・・・・・
「ほうら、やっぱり」
!?
「ふふ、どうしてわかったかって? 顔に書いてるでしょ?」
そして神園は、手に握ったものに、爪を突き立てて、
「そんなことで、本当に私に勝てる?」
あいつの手の中には、俺の幼馴染・・・・・・長月きららの首が、布にまかれて、入っていた。
布の隙間から、黒い液体が、
ぽたり、ぽたり
ぴちゃ、ぴちゃ
と滴っている。
「よくも・・・・・・俺の、友達を!!」
「あっはは、大変。あまりにあなたが弱そうで弱そうで。目が潰れちゃうわ」
こいつは、俺の友達を殺した。
神園は、俺の友達を殺した。
「・・・・・・おまえ・・・・・・!」
許せない。
「許さない・・・・・・」
許せない。
「お前は、たとえ、どんなことがあっても・・・・・・」
絶対に。
「絶対許さねえ!!!!!」
気づいたら、俺の体は、神園のほうへ、ありえないくらい跳躍していた。
「なにっ?!」
僕は、自分自身が信じられなかった。
なんで?
なんで俺、こんなに跳べる?
「っく!!」
神園が、俺に指先を向けてくる。
「くらいなさい!!」
指先から、黒い龍のようなものが、計五頭飛び出てきた。
まっすぐに、俺に向かってくる。
それを俺は、
一頭一頭、
正確に、
すべてよけていた。
「!」
「なんですって!」
神園の驚愕の声が、俺の耳に届いてきた。
だんだんあいつが近づいてくる。
俺が、地面に向かっている!
「っはっ!」
俺は、足に力を込めた。
その途端、
俺の両足が、
まばゆい光を放ちだした!!
・・・そして、全てが眩しくなって・・・・・・
俺はベッドの上にいた。
「・・・・・・って、はあっ!?」
あまりにまぬけな展開に、俺は大声で叫びながら飛び起きた。
・・・・・・ま、普通そうか。
きららが殺されるとかありえねーしな。てか、なんだあの龍。それに、あんな高さで跳べるわけない。落ちたら死ぬし。
そう思っていたのだが。
「危ないところだったわ」
ゾッとするその声は・・・・・・
「でも、まだまだかしら?」
ぴちゃ
ぽた
そんな言葉が似合う光景が、俺の視界の左端に映っていた。
・・・・・・・・・・・・血、だった。
「・・・・・・きらら・・・・・・・・・・・・!」
「悪いけど、この子の首は返せないわ。私にも役目があるし」
何言ってんだこいつ。役目? どんな。きららを殺す役目?
そもそも、なんできららはこの女に殺されたんだ。俺はきららの幼馴染だからよく知っている、あいつは人に対して悪いことをするような奴じゃない。保育園のころ、男の子たちに人形をとられて泣いていた。俺はそれを、力ずくで奪い返してやったんだぜ。
「あなたの自慢なんてどうでもいいの」
そのころになって、俺はようやく神園の方を見ることができた。俺の勉強椅子に勝手に座って、紫色の布に包まれたきららの首を脇に抱え、もう片方の手で自分の髪の毛をいじっている神園花子が、そこにいた。
「私は、この子を殺さないといけなかった。これはあなたのためだったのよ? 私にはわかる。この女は将来、あなたの人生を狂わせる」
「・・・何を、言ってやがる」
「信じられないのも当然ね。あなたの親友だったんでしょ? そんなのが将来の自分の災厄の根源となるなんて、信じるほうがどうかしてる」
そこまで言うと、神園は俺にまた手を伸ばして、
「一回見てみなさい」
「・・・・・・!」
俺の目の前に、丸いスクリーンのようなものがあらわれ、
その中には、一人の男がいた。
「それがあなた。あなたの魂を、彼にのせる」
神園の指が、まるでピアノか何かを叩き引くように、激しく速く動き出す。
その途端、頭を突き破りそうな頭痛が、俺を襲った。
「! ぐああっ!」
あまりの痛みに何も考えられず、俺は目を閉じ、地面に膝をつけ、蹲った。
「・・・お、おま、え・・・俺を、殺す気・・・」
「何を言っているの。あなたの魂を、未来のあなたにのせるだけ。心配しないで。未来のあなたの魂が消えうせるなんてことはないわ。あなたの魂が、彼のそれを包むだけ。もちろん、ここで倒れているあなたの死体をどうこうしたりもしない。私はただ、あなたにわかってほしいだけ・・・・・・」
そこで神園は一つ息をつき、次の一言を呟いた。
「私たち友狩は、絶望を無くしに来たの・・・・・・・・・・・・」
一体どれだけの時が流れたのだろう。
俺は、どこかで倒れていた。頭痛はもうない。だが、どこか体が重たかった。
そんな状態がえんえんと続いて・・・・・・
目を覚ますと、俺はベッドの上にいた。
前、右、左。どこをどうみても、俺の部屋だ。
でも。
「・・・・・・う、体が重い・・・・・・」
それで思い出した。
今の俺は、他の人からみりゃ、どう見たって大人の俺なんだ。
俺はベッドをおりて、ふと下を見た。大人っぽいカバンがそこに転がっていた。でも、こんな柄、将来の俺が買うんだろうか? ま、たしかにきれいだけれども。
いやしかし、今の俺は一体何歳なんだ? 鏡を見ると、大分若い男性がそこにいた。ざっと高校を卒業したあたりか。というと、あのカバンは卒業祝いなのか?
そんなことを考えながら、俺は歩いてみる。・・・う~ん。やっぱり体が重いな。熱でもあるのか? 机の上に転がっていた体温計の電源をつけて、脇に挟んでみる。
ピピピッ
という音が鳴って、俺は体温計を取り出した。
・・・・・・なんだこりゃ。
三十八度七分
そりゃ体が重くもなるわ。
体温計をもとの位置に戻すと、俺はもそもそとベッドに向かった。
そのとき、誰かが階段を上がってくる音がして、すぐ扉が開いた。母親だった。
「まあ、あんた何起きてるの。まだ熱あるんでしょ?」
「ああ。三十八度」
「ほらやっぱり。もう一度寝なさい。眠れないんなら本でも読んどけば?」
母親に、無理矢理ベッドに押し込まれると、俺は一つ息をついた。
・・・よかった。間違いなく、俺の母親だ。
「ああもう、きららちゃんに貰ったバッグ、こんなとこにほおっておいちゃだめじゃない。せっかくの幼馴染からのなんだから、大切にしないと」
そう言いながら、俺の母親はカバンをベッドに立て掛けてくれた。
「ちゃんと寝るのよ?」
そう言い残し、母親は部屋を出ていった。
・・・・・・ふふ。
やっぱり、いい母親だ。
そんなふぬけたことを考えながら、また眠りに落ちていく俺だった。
ぴー ぴー
ぴー ぴー
なんか鳴ってるな・・・
ぴー ぴー
ぴー ぴー
ケータイか。耳元にあるのか、やけにうるさい。
手を少し動かすと、なんか四角いものにぶつかった。つかんで、開いてみる。
ガラケーの画面に映っている名前は、
長月きらら
ああ、きららか。どうやら俺は、今でもあいつとそこそこなつながりがあるらしい。
ボタンを押して、耳に当ててみると、
『もしもし』
という涼しげな声が流れ出てきた。
「やあ、俺だぜ」
『ひさしぶりね、元気だった?』
「ちょっと、風邪になっちまった」
『大丈夫なの?』
心配してくれるのか。やっぱりいいやつだな、きららは。
「熱が三十八度だぜ」
『え、ええ! ・・・・・・大変じゃない』
「結構だるい」
『でしょうね』
「・・・」
『・・・』
「・・・・・・」
『・・・・・・』
「・・・・・・・・・」
『・・・・・・・・・』
・・・・・・。
や、やばい。会話が途絶えちまった。
「え、え~・・・っと・・・」
『ねえ』
びくっ。
「な、なんだ」
『もうすぐ入学式ね』
たぶん大学のだろう。なんていうとこなのか。
「ああ、そうだな」
『籠目大学の桜ってきれいらしいわ。さっきウェブサイトで見たの』
へえ、籠目大学っていうとこなのか。あまり聞いたことないな・・・
『環状線で弦駅から4駅ね・・・まあまあ近いかな。あなたはどうやって通うの?』
「ああ・・・・・・」
えっ・・・・・・しらねーよ、ていうか籠目大学ってどこだよ。
「まあ、まだ母親と話し合ってるとこなんだ」
こう言っておこう。
『あなたの最寄駅からじゃ、ちょっと遠いかもね。まあ、しっかり考えて。決まったら教えてね』
「ああ」
『じゃ、また』
「おう、またな」
ぴっ
という音とともに、電話は切れた。
「・・・はあ~」
受話器を横に置いて、ベッドの上に倒れこむ。
・・・・・・なんだろう、この違和感。
なんだか、すごく疲れていた。汗を体中にびっしょり浴びていた。
きららって、あんなやつだったか?
<きゃあ>
保育園のころ。
<やめて・・・・・・やめてえ>
悪ガキに人形をとられて、泣いていた。
<ひっ・・・・・・ひ、ひっく>
ずっと、泣いていた。
ていうか、つい昨日・・・・・・まだ高校生の俺の中での昨日で、俺はきららと・・・まだ生きていた、きららと話した。そのときだって、すごくおとなしくて・・・三年後に俺をあなたなんて呼ぶやつになるようには見えなかった。
『この子は将来、あなたの人生を狂わせる』
・・・・・・いや、まだだ。
「まだ、そう言いきれたわけじゃないぜ、神園」
返事があるはずもないのに、俺はそう言っていた。
すると、どこからかこんな声がしたような気がした。
マア、ミテイナサイッテ。
三日後の朝、俺は母親に6時に起こされた。6時40分の電車に乗るのだという。準備の時間などを考えれば、まあ、そんなところだろう。
黒っぽいスーツを着せられ、俺は着物を着た母親について歩いて行った。
20分ぐらい歩いて、最寄駅の桜の園駅に着いた。予定通りの電車に乗り、空いていた優先座席に座らされた。
窓から桜、住宅街、カラオケ、駐車場・・・・・・いろいろ見える。三年たっても、特に変化はなさそうだ。
五駅目で、俺たちは環状線に乗り換えた。きららとは会わなかった。
そこから七駅目の籠目駅で降り、俺たちはまた少し歩いた。右にも左にも、桜、桜、桜。
「・・・綺麗だな・・・」
思わずつぶやいた俺に、母親が返事をする。
「ほんと。このあたりの桜って、なんか名前があるらしいわよ。えっと、なんだったかしら・・・・・・ああ、『籠目の檻』だったかしら」
「大学と同じ名前だな」
「この辺りはたしか籠目市っていうのよねー。由来はわかんないけど」
ふーんと俺が聞いていると、母親があっと声を上げた。
「見て、あそこよ!」
母親が指差す方を見ると、そこには『Kagome-University』と『籠目大学』の二つの名前が並んだ看板があった。その名前の近くに、「入学式」という文字があった。
多くの学生たちが入場門をくぐっている。俺みたいに親付きのもいれば、友人同士で来ているのもいる。日本人もいれば、金髪のハーフ、青い目をした外国人もいた。
入場門をくぐった俺たちは、パンフレットか何かを渡された。そのまま奥に進むと、やけに馬鹿でかいホールに着いた。
母親に荷物を任せて、俺は便所にでも向かうことにした。
すると、誰かが俺の肩を叩いた。
「久しぶり」
ふりかえると、そこには赤毛の女がいた。いい顔には面影があるな。
「きららか」
「あ、わかった? こないだ電話で話したけど、会うのはほんとに久しぶりだよね。元気だった?」
「・・・ああ」
やっぱり変だ。俺はその女の頭のてっぺんからつま先まで見てみた。
さっき見た通り、髪は赤い。茶色のようなのではなく、燃えるような赤。目にはマスカラが施されている。母親とかが付ける程度ではなく、バッシバシうるさそうな。唇はどピンクだ。俺を誘うかのようにわずかに開いている。首にはピカピカのネックレス。服の第一ボタンはもろに開いており、スカートはなんと膝上20センチでしかもレースが付いている!靴はかかと8センチはあるだろうハイヒール。
見ているだけで吐き気がしそうだ。
「なあに、どうかしたの?」
「・・・きらら」
「ん?」
「足、痛くないのか?」
「ああ、ぜんぜん♪」
女はその場をクルリと回ってみせた。
「この方が背が高く見えていいのよ。結婚相手が買ってくれたの」
「・・・は?!」
すまん、いまなんて!??
「あら、聞こえなかった? 私、結婚したのよ。高校卒業後すぐ」
「え・・・ええ!?」
「そんなに驚くこと? 私、自分で言ったら変だけど、きれいなほうじゃない? 縁談来まくりだったわよ?」
そう言って、すまし顔をするきらら。・・・・・・言ってることは意味不明だが、顔も声も、確かにきららだ。
「意味不明? そんなことはないわ。だって、あなたは私の唯一の理解者なのよ。保育園のころからそうだったでしょう?」
それはそうだった。きららには両親がいない。小学生になる前ごろに家が火事になって、きららを残して死んだのだ。そのころは俺は向かいの家に住んでいたから、父親が消防署を呼んだ。あれ以来、きららは本当に一人ぼっちになったので、俺がずっとそばにいてやっていたのだ。
だからわかる。きららはこんなやつじゃない。きっと結婚相手に脅されでもしたか、今だけちょっと頭がおかしくなってるだけなんだ。そうにちがいない。
「あの火事は本当に怖かった。今でも覚えているわ。でも」
きららはにっこりとほほえんで言った。
「今の旦那様と一緒なら、きっと大丈夫ね。だって、すっごく優しいんだもん。髪を染めるお金も彼が払ってくれたし、マスカラも、口紅も、スーツも、ハイヒールも、全部彼が買ってくれたわ。欲しいものがあるならなんでも言いなさい、私が君に全てをあげよう。それが彼の口癖。結婚してから毎日毎日それ。なんでも買ってくれる。なんでもくれる。私が欲しいもの、すべて。もちろん、私のことを、この上なく愛してくれる。それが本当にうれしい。私はそんな彼が大好きよ。他のだれよりもね」
そういって、きららはまたクルリと回って、ふとどこかを見上げた。
「本当は入学式に来てほしかったんだけど・・・・・・私がネックレスを欲しいって言ったら、今日買いに行ってくれちゃって。寂しいけど、まあ、仕方ないわ」
・・・・・・
俺は、今、どう思っているんだろう。
俺はきららの幼馴染だ。そして親友だ。それは確かで、それより上でもないし、下でもない。はっきり言って、俺はきららを友達以上に意識したことはなかった。とどのつまり、俺はきららに恋愛感情は抱いていなかった。だから、きららが見知らぬ男と結婚したとしても、それ自体は全く構わない。なのに・・・・・・なんでだ。何で俺は、こんなにごちゃごちゃ考え込んでいる? この違和感はなんだ。今俺の目の前にいるきららが、まるで俺の知らない女のようで・・・・・・
「なあ、きらら。お前、その旦那さんとはどう知り合ったんだ?」
聞いてしまってから、少し後悔した。ちょっと不自然だったろうか。
だが幸い、きららは特に不思議そうな顔もせず、次のように言った。
「えっと~、親戚から彼との縁談が来て、名前も親戚から・・・・・・顔は写真が最初かな。結婚した日は・・・・・・新婚旅行は・・・・・・」
きららは、首をかしげ、
「あれ、なんだったけ?」
「・・・おま、え、覚えてないのかよ!?」
「え、ええ・・・・・・旦那さんに、なんかもっといっぱい、買ってもらったような気もするし・・・・・・あれ」
ふらりと、きららはふらついて、
「覚えてない・・・あんな優しい人との記憶が・・・こんなにも少なくなっているなんて」
「お、おい」
倒れそうになっているきららを、俺はすかさず支えた。
「大丈夫かよ。あと5分で式始まるぞ。保健室行くか?」
「それは・・・いや。入学式に出たい」
「じゃあ、席まで送ってやるよ」
「うん・・・お願い・・・」
俺はきららの言うとおりの席に行って、きららを座らせた。「ありがとう」とだけ言うと、きららは下を向いて、手で口を覆い、何度か咳をした。
そうだった。俺は思い出した。きららは喘息だった。こんな大きなホール、掃除するのも大変だ。少しほこりが残っていても無理はない。思えば、さっきから掃除をしたりする人を一切見ない。意外とこの学校、人をあんまり雇えないのか?
咳をしているきららの背をなでていると、ブザーが鳴った。
「ほら、始まるよ」
俺を見上げながら、きららはそう言った。懸命に笑っていた。
「もう大丈夫か」
「うん、ありがとう」
「じゃ、俺、戻るな」
「またね」
俺は自分の席に戻った、すごく疲れた。目を閉じる・・・
『あなたなんか』
え?
『あなたなんか、死ねばいいのよ!!』
・・・なんだ、これ。
瞼の裏に、変な映像がある。誰かが、俺にナイフを向けて、それで・・・
映像は、すぐに掻き消えた。そして、声が。
オモイダシタ?
「・・・何をだよ」
・・・マダ、ワカンナイノ?
はあー
つかれたー
式が終わり、帰りの電車に乗っている俺は、ずっとそんな言葉を脳内で繰り返していた。
「教授の話、長かったな・・・」
母親は俺の前の席ですやすや寝ている。よって、今の俺に返事をするやつはいない。
そのはずだったのだが。
ソンナコト、ドウデモイイジャナイ。
俺は思い出した。そうだったさっきの映像!!
「ああ、神園か・・・さっきのは?」
ナガツキキララ、オカシカッタデショ?
「無視かよ! ・・・まあ、そうだったな」
ドウシテソウナッタトオモウ?
「どうして? さあ・・・・・・一時的なもんじゃねえの?」
イヤ、ソウトハ、カギラナイワ。
アナタニハ、モウチョットマエモ、ミテモラワナイトネ。
「もうちょっと前だって? どのへんだよ?」
アナタガコノジダイニクルヨリマエ。
「ふ~ん・・・行くって、どうやって?」
イマ、アナタノタマシイヲワタシガヌイテ、ツレテイクワ。
「どこへだ?」
イケバワカル。
「じゃあ、連れて行ってくれ」
もうなにが起こっても、もはや俺は驚かなかった。とりあえず、俺はきららがどうしてああなってしまったのかを知る必要があるらしい。
ジャア、イクワヨ。
「ああ・・・・・・頼む」
その途端、俺の頭を、またあの頭痛が襲った。
頭を押さえようとしたが、すぐおさまった。
「手を伸ばして」
神園の声がする。
「ああ・・・・・・」
なにも見えない。どこにいるかもわからない。それでも、声は聞こえる。
「こっち、こっちよ・・・・・・」
その声を捕まえるように、俺は半ばがむしゃらに手を伸ばした。
手だ。
神園の手が、俺の手をつかんでいる。
「目を開けなさい」
言われたとおりに目を開けると、そこには神園がいた。
髪は緩やかに広がり、ゆっくりとスカートをはためかせて、どこかを飛んでいた。
「どこだ、ここ?」
見たこともない空間だ。なんとも形容しがたい。すると、神園は答えた。
「時の間、て感じかしら」
「そっか」
それからしばらく、俺たちは黙って飛んでいた。この奇妙な間を。二人で。
やがて、耐えきれなくなって、俺は神園に話しかけた。
「なあ、神園」
「なに」
こっちを見ずに返事しやがる。俺は苦笑して、
「お前、実は案外いいやつなんじゃねーの」
「・・・はあっ!!?」
がっくぅ、と神園の体が揺れた。あの、俺も揺れてるんですけど~。
「あなたが変な事言うからじゃない!」
「いや、正直な感想なんだが・・・」
「ああん、もう!」
突如神園は、髪を払いのけるように振り返って、
「調子狂うじゃない!」
・・・・・・。
なんだ、こいつ。
「何じろじろ見てんのよ!」
「いやあ・・・・・・」
俺は頭をかきながら、率直に述べた。
「いや、なに一人で赤くなってるんだろうなって」
「は!?」
神園は、俺の手を握ったまま、両手を自分のほおに押し当てた。そして、さらに赤くなった。
「ば・・・な、は?!」
「いや、俺がハ? て感じなんだが」
「ふ、ふざけるな、ば、ばか!」
俺の手を振りほどこうとしたのか、俺とつないだ手を高らかと上げた。そして、放したら俺がどこかに行くと気付いたのか、うめきながら下ろした。
「きゅ、きゅう・・・」
「あの~」
おそるおそる話しかけた俺に、まだ赤い神園が「何よ」と視線を飛ばす。それに負けないように俺はどこか構えながら、さっきから思っていたことを口にした。
「今のお前じゃ、とてもじゃねーけど人の首千切るようには見えないぜ」
ぽかん、と俺の顔を見つめ返してくる神園に、俺は激しくとまどった。何かおかしなことでも言っただろうか。
そのときだった。
「・・・ぷっ」
「は?」
なんて? そう聞き返すより先に、神園は大きく反り返った。
「ぷ、あは、あはは、あーっははは、あーーーーーっはっはっはっはっは!!!」
!?
「な、ちょ、神園」
「きゃはは、あは、きゃーーっはっはっはっはっはっはっは!!」
月面宙返りをしているかのように笑い転げる神園に、僕は物理的に目を回しながら振り回されていた。
「ちょ、ま、お、おちつけって」
「これでおちつけって? 冗談はよして! ああおかしい!」
それからしばらくして、やっと笑いがおさまったのか、神園は人さし指で目尻の涙をぬぐった。
「ばかじゃないの? あんなの単なる冗談よ」
「は・・・はあ?!」
「本当よ。あの首も血も夢も、ぜーんぶ作り物。あとの話はほんとだけど。全部あなたに信じさせるためだけの自作自演。安心して。高校生の長月きららは生きているわ」
「は、はあ・・・」
「それに、もしあそこで私が長月きららを殺していたなら、さっきあなたがしゃべっていたのはだれなのよ?」
「・・・・・・言われてみれば、確かにそうだな」
俺は、全身の力が抜けてしまって、神園にもたれかかった。
「まあ、な、なにをするの?」
くすぐったそうに体をよじる神園に、俺はささやいた。
「行こうぜ、もうすぐ着く」
「そうね」
神園の凜とした声が心地良い。まあでも、もうそろそろ、俺も構えるとすっかな。
神園から体を離すと、神園の、俺の手を握る力が強まった。
俺も、握り返した。
俺たちは、とある一室の天井にいた。えらく殺風景だな。カーテンはピッチリ閉じてるし、床には段ボールが、二、三個。
ガチャっと音がして、ドアが開いて、誰かが入ってきた。茶髪の女と、金髪の男だった。
「あの二人からは私たちの姿も見えないし、声も聞こえないから、安心していいわ」
神園が俺を落ち着かせるようにそういった。だって今、俺の心臓はバクバク真っ盛りだ。
その女は、まぎれもなく長月きらら、その人だった。
まだ髪は赤くない。しぐさだっておとなしそうだ。やっぱり結婚相手が・・・
「あのパツキンは、きららの旦那かな?」
「多分そうでしょうね。ほら、くるわよ」
なにが。そう俺が問う前に、それは起こった。
パツキンが、
手に持っているものを、
きららの口に、
強く押し付けたのだ。
「! なっ・・・?!」
「睡眠薬よ。わずかに忘却性があるみたい。ほら」
神園が指さす、パツキンのポケットに入っている紙袋に近づいて見てみると、
『忘却性 弱』
とあった。
「ほかにもなんかあるかもね。あ、落とした」
パツキンのポケットから落ちた紙袋を見に、俺は床へおりた。神園も隣におりた。二人で紙袋に顔を近づけてみると・・・・・・
「・・・・・・なんだ、これ」
「毒・・・・・・かしら、これ」
俺たちの見たこともない、おびただしい元素記号のかたまりが描かれていた。それでも、毒だということは、俺たちの第六感が確信していた。
「ふう・・・」
「!」
パツキンがきららから離れた。手には空っぽのボトル。液体だったようだ。
パツキンが出ていくと、俺たちはきららにかけよった。
「・・・きらら・・・・・・!」
きららは、固く目を閉じていた。段ボールにもたれかかって、じっとしている。でも、そのうち俺たちは会うんだから、ここできららは死なないんだろう。
そこまで俺が考えた途端、きららの体が起き上がった。
よかった。俺は安心した。当たり前のことだが、生きているとしても、目の前で人が倒れているのは良いものではない。
きららは、なぜかポケットから携帯電話を取り出した。そして、誰かに電話をした。
「もしもし」
誰宛だろう。
「ひさしぶりね、元気だった?」
・・・あれ。
「大丈夫なの?」
この返事の仕方、どっかで聞いたことが・・・・・・
「え、ええ! ・・・・・・大変じゃない」
!
そうだ。これは、きららが俺に突然かけてきた電話・・・!
「・・・ほんとだ・・・!」
「え?」
神園がさっきの紙袋を見ていた。元素記号のない方を俺に見せてきた。
「これ・・・」
俺は息をのんだ。
そこには、こうあった。
『突発的行動起こす危険あり 危険度★★★★☆』
「これ・・・麻薬かよ?」
「いや、違うと思う。危険性の強い毒だわ。なんでこんなもの・・・」
「わかんねえけど・・・あのパツキンはえぐい」
「そんなの、私たちじゃなくても、この光景見てたら分かるわよ」
「俺らにはな」
俺は何気なく言った自分の言葉に・・・
「どうしたのよあんた?」
沈黙していた。
俺は部屋を見渡した。
白い壁、白い天井、あまりにあかるくないライト、ダンボール・・・
「ここ、窓、ないんだな」
「ええっ?」
突然つぶやいた俺に少しびっくりしたのか、珍しく神園はそんな声を発した。
「そ、そうね。カーテンもないし」
「監視カメラとかも、無いよな?」
「さすがに無いんじゃない? 調べてみる?」
・・・。
そう言ったきり、神園はだまってしまった。
「おい、どうしたよ?」
「いやあの、いつ始めるのかなって」
「何を?」
「調べるの」
「俺がかよ!?」
意味がわからなかった。ダンボールしかないといえど、地味に広いんだぜここ!?
「ライトも俺らの身長の三倍の高さにはついているし、部屋の隅に行っても見えねーよ!」
「はぁ?」
神園は首をかしげ、
「誰が今のままやるっていったのよ。あなたの力を使いなさい」
は?
今なんつった。俺の力・・・?
ぽかんと口を開けっ放しでいる俺を見、ひどく呆れた顔をする神園。
「夢でありえない力をふるってたでしょ、あなた。あそこまでじゃないけど、あなたにはそれなりに何かしらの力があるってことを暗示したかったの・・・あーあもう、夢はムダだったわねぇ・・・」
すまん、後半はほとんど聞こえなかったんだが。
「もういいわ、じゃあ今教えてあげる。あなたには力がある。それも、かなりの」
ふーん・・・って、
「どういう力だよ?」
「簡単にいうと、跳躍ね。ちなみに私は時間移動が主よ。まあ、もう一つとっておきなのはあるけど・・・あなたもなんか他にあると思う。まあとりあえず、今跳躍して」
「どうやって?」
「簡単よ。ちょっと足に力をいれて、跳ぶだけ。あなたならそれでいいんじゃない?やってみれば?」
へえ・・・俺は自分の足元を見つめた。入学式に着ていったスーツを通っている俺の脚。こんなもんが、本当に俺を飛ばせるのか・・・?
「さあ、やって」
俺に場をゆずるかのように、神園は二、三歩後ろにさがった。
・・・。
フン。いいだろう。やってやろうじゃないか。
「じゃ、また」
ピッ
どうやらきららは、俺への電話を終えたようだ。携帯電話をしまうと、ドアを開けて出ていった。意外としっかりした足取りじゃないか。思ったより毒は酷いものではないらしい。
「じゃ、やるわ」
俺は、右足に少しずつ力を込めていった。
失敗したっていい。
きららはここにいない。
神園しかいないん・・・
・・・え、
俺、今何を・・・
「わっ」
突如俺の体が浮かび上がる。
夢の中と、同じ感覚だ―――――
「ほらね」
神園が腰に手をあてて笑っていた。
「おわ、すげえ・・・俺、飛んでる!」
「いやそりゃね、ってこら!」
空中くるくるりと回っている俺に、神園は怒鳴った。
「はいわぁったよ、調べりゃいいんだろ」
「ええ。私はダンボールの中を探すから、あなたはライトの裏とかを」
「おう!」
とりあえず、一つ目のライトの裏を見てみよう。
俺は体を曲げて、方向転換した。
体がス―――っと動いていく。
ライトは目の前にある。触ると熱いだろうから、ぎりぎりまで近づいて、見てみるとするか。
表が眩しい分、裏はすごく暗かった。埃もいっぱいあるし。
・・・いや、それだけじゃない。
なんだ、このちっこい丸い物体は。埃に当たらないように、俺はそっと指をその物体に寄せていった。つまんで、顔の前に持ってくると、
「これ、カメラかよ?!」
「うそ、あったの?」
俺の叫び声に、神園も叫び返した。
間違いない。全体的にすっげえ小さいし、レンズ部分も超ちっさいけど、カメラじゃなかったらこれはなんだ。
「他のライトもお願い。あと10個あるから」
「へーい」
それから約30分間、部屋の隅から隅まで探しまくったところ、計66個のカメラが出てきた。ライトの裏だけでなく、段ボール箱の中、隅などからも見つかった。
「こんなにたくさんのカメラを手に入れるのに、どれくらいのお金が必要なのかしら」
「わかんねえけど、だいぶかかるだろ。誰が手に入れるんだ。さっきのパツキンか?」
「しかいないでしょう。長月きららがおかしくなったのは多分ついさっき。相当なお金持ちのようね、あなたのお友達の結婚相手」
「よせ、その言い方。ん、まて、じゃああの薬も・・・」
「おそらくあいつの物ね」
じゃあ、あのパツキンがきららに薬を飲ますのを阻止すればいいのか。
でも、どうやって・・・
「もうちょっと前に戻る必要があるかしら。いや、そもそも長月きららがあの男に出会わなかったら良かったのかしら」
「それが一番手っ取り早いけど、いつかわかるか?」
「それは私に任せて。とにかく、時間がない。もう行きましょう」
「・・・ああ」
そう返事してから、俺はある疑問をもった。
ちょっと待て。
なんでこんな人気のない場所に、カメラなんて設置する必要がある?
それだけじゃねえ。ていうか、ここは一体どこなんだ。家の一部だとしたら、地下室とかか? いや、その確信はない。窓がないから、地上か地下かもわからない。
それに。
「いま、パツキンには、俺らが見えないんだよな?」
そのとき、空気が凍りついた。
いや、正確にいうと、神園の、顔が凍りついた。
「もし今、パツキンがカメラからこの状況を見ていたら? 誰かがカメラを動かしている、って思うんじゃねえか? そしたら、パツキンはどうする? 侵入者を調べようとするだろう。でも、どんなにカメラを動かしても、誰も映らない。じゃあ、パツキンはどうする?」
神園の口が、少しずつ開いていく。驚愕の表情に変わっていく。
「多分、もうすぐ、あいつは来るんじゃねえか」
そのときだった。
ガチャっ
「誰だっ」
ビクッ!
「な、なんでオレの特性カメラが・・・なぜ勝手に動くんだ・・・」
ドアには、恐怖かなんだか知らんが、全身を振るわせ、体中に汗をかいているさっきのパツキンがいた。
「大丈夫」
同様にビビッている俺に、神園は言う。
「何度も言っているとおり、私たちの姿は、あいつには見えないの。声も聞こえないし」
「わわ、わ、わかってるけどさ!!」
突然入ってこられたら、ちょっとはビビるんじゃねえの?!
「そんなことより」
おどおど言ってる俺の横をさらりと抜けて、頭を抱えているパツキンにつかつかと歩み寄った。
「どうしてこんな寂しい部屋にカメラを付けたのか、説明してほしいものだけど。その前に・・・」
ジャキッ!
神園の指という指の間に、50センチはある針。
そして、俺を一瞥して、
「あなたの友達をあんなにしちゃったんだし、ちょっとは罰を受けてもらいましょうか」
そういって、右手を宙に払う。
4本の針が、宙を舞った。
「っは!!」
続けて投げたのは、
パツキンの、監視カメラ、およそ10個。
3個、2個、4個、1個に分かれて、
針に、突き刺さられていた。
「ああっ!」
パツキンが悲鳴を上げる。
「カメラが・・・宙に浮いて・・・・・・あああ・・・」
カメラは、ひとつ残らず、粉々につぶれていた。
「すげえ・・・」
思わず感嘆の声を出す俺。
そんな俺を、肩越しで振り返る神園。
・・・今、笑ったか・・・?
「はあっ!!」
すぐに前を向いたと思ったら、神園はすでに次の10個を片付けていた。
バラバラと針が落ちる。
「う・・・あああ・・・」
膝をつくパツキンを見下すように仁王立ちする神園。
「まだ足りないわね。まあいいわ。次で終わりにしてあげる」
ジャラッ
神園の手の中には、一本の洋風の刀。
赤銅、銀、金の鈴をつけた・・・・・・
「見てなさい。これが私の・・・もう一つの力・・・」
刀を、高らかに掲げ、叫んだ。
「光の滝!!!」
その途端、刀の先端から20、30の光線が飛び出した。
それら一本一本、ダンボール箱に突き刺さっていく。
「! うわああああああ!!」
絶望するパツキンの叫び。
「た、頼む・・・それだけはやめてくれええええええ!!」
ダンボール箱は破裂して、消え失せていく。
一つ。二つ。三つ・・・・・・
「あっ」
ダンボール箱の後ろには、
紙に包まれた、薬物。
「次はそっち!」
神園は俺をまた振り返って、
「右手を上に掲げて、『切断消滅』と叫びなさい!」
って、今度は俺かよ!
「こうなったら、今この時間軸で、長月きららを助けましょう! もう時間がないのよ! 私の時の力と、あなたの消滅の力で!」
いつの間にか、神園の手から刀は消えていた。そのかわり、両手が輝いていた。
「いい? やるわよ!!」
俺は、何も考えなかった。何も考えられなかった。ただ、神園の言うとおりにした。俺が何者かなんて、どうだっていい。神園が何者なのかも・・・
「時空曲げ!!!」
「切断消滅!!!」
俺の右手、神園の両手は、これ以上無理なほど輝いていた。
うわ・・・
もう・・・何も見えねえ・・・
あまりの眩しさに、俺は固く目をつぶった。
ただ、右手を突き出していた。
手から何の感覚も無くなった。
そう思った途端、空気が歪んだ。
「う、うわ・・・!」
目を開けると、そこは、本当に歪んでいた。
この世の、不条理さをすべて集めたかのような・・・
「・・・当然よ」
「え?」
いつの間にか、神園は俺の横に来ていた。
全身、ぼろぼろになって。
「神園っ!!」
「平気よ・・・ちょっと力を使い過ぎただけ・・・」
神園の髪は、すっかり艶を無くし、くたっとなっていた。目も開いてるのがやっとという感じで、手も足もだらんとしていた。
「なあ、神園」
「なあに」
「お前や俺は、いったい何者なんだ」
「私たちは、『友狩』よ」
一つ息を吐くと、神園は話し出した。
「私もあなたも、実は遠い昔に一度死んでいるの。それも、自分の友達に殺されたのよ。私たちはみんな、自分を殺した友達を恨みながら死んだの。あなただってそうよ。長月きららを、恨みながら死んだ。死んだらもうこの世に帰れない。でも、ほんのすこし・・・ほんのわずかでも、その友人を許したら、もう一度この世でやりなおすチャンスを得る。そして、友狩になる。友狩ってね、友達を狩るって意味じゃないと思うの。いや、ほんとはそうかもしれないけど、私はそんなことはしないわ。殺した方にだって、何か言い分があるかもしれないし。私はね、友達ともう一度やり直したい。そう思っていた。そしたら」
そこで神園は苦笑し、俺に告げる。
「それより前に、あなたを見つけちゃった。友狩になったのに、その友人の記憶をなくしちゃってるんだもの。呆れちゃったわよ。自分の力にも気付いてないし。
まあでも、これで長月きららの未来は変えられた。私の時の力で時空をゆがませ、あなたの消滅の力であの二人の縁を断ち切った。あの子はもう大丈夫よ。あの子があなたを殺すことはない。完全にあの金髪の男に操られていたのね。ま、とはいえあんな薬程度で人殺しに至る意味が分からないけど・・・。とにかくもうあなたは安心していい。あとはあなたがずっと一緒にいてあげればいい」
俺は見た。神園の瞳が澄んでいくのを。髪がストレートになって、だんだん普通の女の子に変わっていく。
「あ・・・」
神園は、変わりゆく自分を見つめていた。
「私・・・もう、人間なのね・・・」
神園の目から、一滴の涙。
「どこかにいるあの子と、やり直せるかな・・・」
「大丈夫だ」
神園が、目を真ん丸にして俺を見る。俺は構わず続けた。
「ここまで追いかけてきてんだ。お前ならいけるよ。あきらめずに追いかけてやれ。どこを間違えたのか、どこがズレだったのか。お前なら絶対にわかる」
「・・・うん」
神園の口に、フッと微笑みが浮かび上がる。
「ありがとう。礼を言うわ」
「ああ」
神園の体が、俺から、少しずつだけど、離れていく。
二人の手が、離れていく。
「さよなら」
神園が、見えなくなっていく。
・・・・・・言わないと。
「神園っ!」
消えゆくその人影に、俺は聞こえるかどうかもわからん言葉を発する。
「・・・がんばれよ!!」
「・・・もう、ばかね」
遠くから、そんな呟きが聞こえてきた。
THE END