10話 The world where you are not
そして静かなる
水途の戦いが始まる
静かな夜が過ぎていき
俺の中の推理が、形になった。
夜牙を追いつめたあいつを今度は俺が追いつめる。
こう決心を決めて俺は家を出た。
夜牙の部屋にあった写真にはどれもある男が写っていた
そいつは小学時代おとなしいと評判だったらしいが
俺にとっては憎むべき男である。
あいつが残した手がかりは一本につながっていた。
まず、
夜牙の腹部のけが、
夜牙のお姉さんに聞いてみると
小学生の時ケンカを止めようとして怪我したらしい。
小学生のケンカで怪我するのはと思ったが
お姉さんの話によると
山元 静という親から虐待を受けていた少年がおり、
その子の異常な“死”に対する怯えで、
クラスメイトの冗談がカッターナイフを持ち出したケンカになったらしい
そしてそれを止めようとした夜牙に被害が及んだ。
その後、夜牙には山元に対する恐怖心がこびり付いたのだということだった。
いきなりの手紙や、小包に夜牙は冷静さを失い、
俺にも相談なしに山田運送に行ったらしい。
過去のトラウマもあったらしい。
そして自殺に見せかけた俺への挑戦状。
密室に見せかけた倉庫は、作られた密室で
よくよく考えてみれば、外側からしか鍵はかけられない。
そう、こんな抜けた挑戦状なんかを叩き付けてくるやつは
夜牙を奪う力すらない。
俺は山田運送に向かっていた。
もう夕日が街を照らす時間になっていた。
山田運送に倉庫を見せてくれるように頼むと
快く若い男性が案内してくれた。
「ここです」
「ところで」
目の前にいる男性に俺はほほえみかけた
「なんですか?」
「あなたが山元さんですね?」
「そうですが?」
「鍵もあなたが管理し、夜牙の発見もあなたの仕組んだことなのだろう?」
山元はにっこりと頭に来るぐらいの笑みを浮かべていた。
「夜牙を殺さなかったのは俺と勝負するためで、夜牙を手に入れるためだ。」
俺の推理は正しい、山元の顔は何がおかしいのかどんどんと歪んでいく。
「そうだよ。夜牙は俺の物だった。
君、海神 水途君が現れるまではね。
夜牙は君と出会って、俺を忘れていった。
そして君に漬かっていった。」
一息ついてまたニタ付く山元に怒りが沸いていく。
「だけど俺は君に負けたくなかった。
そう、勝負したくなったんだ。」
倉庫の中は静まりかえり俺の目に鈍く光る鋭い牙が見えた。
「俺を殺しても、夜牙が悲しむだけだ。
しかし、殺したいのであれば殺すがいい。」
俺の決心は歪まなかった。
何も言わない山元はただ、静に笑っていた。
「さあ、俺が殺されることで夜牙が幸せになるのであれば殺せ。
それとも、死にたくないという気持ちが強いのか?
その光る刃で何人刺して、何人の死を目にしてきたんだ?」
俺はあえて山元がおそれている“死”というキーワードを口に出す。
笑っていた山元の顔がどんどんと曇っていき、
ついには瞳から涙があふれ出していた。
「親は死んだ、俺がおそれる物なんてない!」
そう叫んだ山元は俺に刃を向けた。
刃の先はかすかに震えていた。
「まって!」
どこからか声が聞こえた
「夜牙!!」
振り返ると倉庫の入り口に夜牙がいた。
「何でおまえがいるんだ!!」
混乱したように山元は叫んでいた。
大きくナイフが揺れたので、俺はそのナイフを握っている手を掴んだ
地面に叩き付けると簡単にナイフは解かれ、地面に落ちた。
【カチ】っと高い音が静だった倉庫に響いた。
「あなたに水途は殺せない、」
夜牙は一歩また一歩と近づき、
武器を失った山元は一歩また一歩と倉庫の奥に下がっていった。
「来るな!くるな!」
小学生のように泣き叫ぶ山元を夜牙は追いつめていった。
夜牙は俺に近づいて怪我のないのを確認したら、
ほっとため息をついた。
夜牙の首には青い痣が残されていた。
「警察に全部話したから」
ニッと笑った夜牙は悲しそうな瞳を山元に向けた。
「静は、私の友達だったの。
だけど親に虐待されてて“死”という言葉を聞くとおかしくなっちゃうんだ。
あの日も、そうだった
たまたま工作の授業でカッターナイフを使ってたの
そしたらクラスメイトの子が私たちをバカにしてきたの。
そして“死”ねばいいのにって、カッターを私に向けてきた。」
夜牙は苦痛に耐えるような顔をして続けた。
山元は脅えていた。
「その時、静が私を助けてくれたの。
やめろって…だけどそれが、クラスメイトを逆上させてしまったの。
ナイフはゆっくりと私に振り下ろされたのを覚えているんだ。
けど、静がクラスメイトをかばって私を刺したことにしてしまったの」
夜牙は涙を流していた。
「ごめんね、静。私があなたを狂わしてしまったんだ…」
俺は夜牙の言動を見ているしかなかった。
山元はうれしそうに笑って倉庫から走り出てしまった。
その時、俺の耳にはこう聞こえた。
「夜牙、ありがとう
俺は夜牙を泣かしてしまった悪い子だよ。
さよなら・・・」
その言葉が俺の心に響いた。
「水途、巻き込んでごめんね」
「いや、」
俺は笑った。
夜牙も笑っていた。
「警察に話したのは嘘なんだ。」
「解っている」
暖かな春が過ぎ、夏を告げる蝉が鳴き出した。
もうすぐ長い3年の残り半年を切ろうとしている。
あの図書館で
事件ファイルを探っていた彼女を見て
もう2年と半年が過ぎてしまった。
身の回りではあり得ない数の事件がまだまだ起こっている。
教室の窓から外を見るとまた、パトカーがライトを光らせる。
その中で俺は夜牙と生活していた。
「ねえ、水途」
「ん?」
にっこりと笑った夜牙に変わったなと言う感覚が生まれた。
「なんでもない」
夜牙の頭をさすってみると
うれしそうにほほえんだ。
さて・・・
10話です。
だいぶ遅くなってしまった更新も区切りをつけるように動き出しました。この話ではまれにしか見ない、暖かな優しさを追求してみました。
次話も是非お読みください。