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8  万能薬

やっぱり、暑い。

ベトついて肌にまとわりつくような暑さでは無いのが救いなのだけど。自分は暑さに弱いという自覚は無かったが一人だけひいひい言っていると認めざるを得ない.......。

せめて爽やかな風が吹いてくれたら少しは楽になるだろうに.......。

このスザーク大陸に来た当初は期待して待ち続けていたんだけど、今じゃそんな気持ちは遥か遠くに消え去っていた。

鮮やかなピンク色の空はセイリュウー大陸と同じなのに気温が違うのだ。

ブルーシの街から出たら急に汗が溢れ出てきた。

そういえば、街の中では不快な暑さを感じなかったように思える。

きっと何かの仕掛けがあるんだろうな。


相変わらず、エリカとムスカリは涼しそうにしている。

じゃあ、もう一人は?

うっすらと汗はかいているようだけど、これまた気にするまでもないような涼しい顔をしている。この地で育ってきたんだから慣れ、とか?肌も褐色だし。太陽の日差しに耐性がありそうだ。


今日から弟よりも年下の同行者が増えた。

大人びた仕草が様になっている子供で、どうやら僕のことをあまり良く思ってはいないらしい。僕を見る目が、エリカやムスカリのと明らかに違う。何か気分を害することでもしちゃったかな?考えてみたけど思い当たらない。これは、時間を掛けてでも打ち解けるしかなさそうだ。弟よりも年下との接点があまり無いため接し方に困ってしまうが、ここは頑張るしか無い。


あれこれと考えた末、口から出た言葉が。

「ストックくんは何歳なの?」だった。

なんで、こんなありふれた言葉しか思い浮かばないのか...。

楽しい会話ができるなんて、はじめから思ってないけどこれは酷すぎる。

「十二、だけど」

案の定、つまらなさそうな口調で返事がきた。

「五歳下か、ってことは小学六年生ってところだね」

小学六年生って.......。

ここの世界の人は知るはずもないじゃないか!

本当に僕って.......。

頭を抱えそうになって隣を歩く少年の驚愕の視線に気づいた。

「じゅ、十七?」

ああ、また、それか。

背が低いからか、本当に若く見られるんだよね。

外見のコンプレックスの大きな悩みのひとつではあるんだけど。

「その気持ち分かるよぉ〜」

僕の気持ち?って違うよね...。

ムスカリは笑っているし...。

「傷つくんだけど...」

悲しいかな、これが僕の最大限の抵抗だった。


背はきっとこれから伸びるはず!

まだ、高二だし。

いやいや、小学生の時は中学生になったらって思ってて、中学時代は高校生になったらって思っていたっけ。

まだ諦めちゃいけない!まだ高校生活が残っているし!

諦めないぞ、って思ったところで久しぶりに見事に転倒してしまった。

まったく、縁起でもない...。

後方から、ストックが何かを呟いたと思ったら同じく転倒。

砂漠だし、怪我はしていないかな?

心配で顔をのぞき込んだらプイッって顔を背けられた。

難しい年頃だな...。


「しっかり歩きなさいよぉ〜、何やっているのぉ?あなた達〜!」

ストックの隣でエリカも転倒している。

腰まである長い髪が宙を舞った。

エリカらしい、ドジなところが特に。

武器使いであり、癒やしの使い手でもある彼女は尊敬されるのが当たり前の存在であるのにその価値を周りの人に忘れさせるという得意技を持っているのだ。



「砂の中に何かが埋まっているようです」

足に何かが引っかかったんだった。

硬くない、柔らかい何かに。

僕は、急いでムスカリへと駆け寄る。


確かに、そこに大きな何かがあった。

こんな大きいものに気づかないで転倒するとは...。

それも、三人も。

ある意味すごい。

砂の塊の正体は、スザーク大陸特有の褐色の肌をした女の子だった。

奇跡的に生きていたその女の子は、ストックをかなり驚かせていた。

目を丸くしたまま声も出せずに固まっている姿を思い出して同情する。

僕だったら、きっと心臓が止まっていただろうに。


力いっぱい握られている腕をストックから引き剥がした。ストックの腕にはバッチリと跡が残っている。鋭い瞳に、野性的な身のこなしで警戒体勢を崩さない女の子はブルーシの街から姿を消した女性に共通する鳶色の髪と瞳を持っている。見るからに訳ありなんですが、この人...。おまけに、「ボクを殺せと言われて来たんじゃないのか!?」という台詞でトドメを刺された。怪しいことこの上ない。


「アンタは...」

間違いなく僕を見ている...。

知り合いだったっけ?

そんな訳ないか、じゃあ?

あれこれ考えているうちに、顔が目の前にあった。

ガブっと奪われてしまった、僕の唇が。

なんで?

そんなことより、これって、僕のファーストキスなんじゃ...。

そんなことより、なんて力なんだ...。

さっきから、本気で引き剥がそうと挌闘しているのにびくともしない。

こうなったら、僕は辺りを見渡した。

エリカは固まっていた、助けに動いてくれそうにない。

その横に居るストックはというと、やっぱり固まっていた。



「いい加減に離れなさい」

助っ人登場の予感。

でも、なんだか様子がおかしい。

人懐っこいコンちゃんもピリピリしているように見える。

まさか、元の姿に戻ったりしないよね?

「ま、これくらいにしとくか」

やっと、離れてくれた.......。

押し倒されてしまった身体を動かそうとしたけど、なんでか動けない。

力が入らないのだ。

「舜サマ、今は動かないほうがいいですよ」

労るような表情を僕に向け、鳶色の人には殺意に満ちたものを向ける。

いつも冷静沈着なムスカリにしては珍しく感情が剥き出しになっている。

「お前、殺す気か?」

言葉使いもいつもと違う様子...。

「目の前に食べ物があったら食べるだろ?それと同じで欲しい分だけ食べる。たとえ、すべて無くなったとしても、だ」

突き放すような視線をムスカリに向ける。それは挑戦的な態度に見えた。

どういうこと?

すべて無くなるって?

ただ唇を奪われただけで?

身体は動かなくなったけど...?

「お前...」

ムスカリの周囲に黒い霧が出現していく。

「い、いや。ちょっと待って、待ってくれって!」

勝ち目は無いと判断したのか慌てふためいている。

「まったく、はじめから自分の身分を弁えてもらわないと」

溜め息混じりに言い終わった時には、ムスカリの周囲に漂っていた黒い霧は姿を消していた。




「もしかして、さっき、僕は殺されそうになったのかな?」

どうにか自力で動けるようになった身体を確認しながら一番気になることを聞いた。女の子と出会った地点から意外と近くに休憩するのに好都合な場所があった。大きな岩が三つほど連なって立派な日陰を作ってくれている。汗は止まってはくれなかったけれど、充分涼しく癒やされた。

「ええ、あともう少し吸われていたら」

淡々とした口調でとんでもないことを言ってくれるムスカリ。

「吸うって......」

「殺す気は無かったんだけど、ついつい」

女の子は頭をポリポリ掻いた。絶対、ウソだ!さっき、全て無くなったとしても、とか怖いこと言ってたくせに!まじまじ見つめると目を逸らされた。

怪しい...。とっても怪しい.......。


ムスカリとコンちゃんに挟まれ、監視されているにも関わらず横柄な態度は変わらない。やっぱり只者じゃ無いんだろうな。

「今度は、無いからな」

ムスカリの豹変は一瞬で、すぐにいつもの妖艶な笑みを浮かべた。

その隣で女の子が肩を竦める。

二人の間ではもう既に勝敗がついているのだろう。



にしても、僕の何を吸っていたのだろうか。

生気、なのかな?

怖くなって手を凝視した。

しわしわになってないよね?

「あはっ」って聞こえたような気がする、笑われた?

「アンタ、何も知らないみたいだね」

馬鹿にした口調が少し気になったけど、疑問を解決したい気持ちのほうが強かった。なにせ、命に関わっているからね。


「何を知らないって?」

「アンタは、私達にとって万能薬みたいなもんで何でも治してくれるありがたーい存在なのよ」

「万能薬って、限りがあるの?無くなったら死ぬってこと?」

「舜サマは特殊で自分で造れるようです。ただ、すべて無くなれば...」

「え、そうなの?早いもん勝ちって、食べ尽くさなくて本当によかったー」

「.......」

「もしかして、ムスカリは万能薬の恩恵に預かってたぁ?」

「ええ」

「なるほどぉ」

恩恵って!?

ムスカリが!?

気づかない間に『吸われていた』ってこと?

ムスカリをまじまじ見つめる。うふふっ、と微笑まれる。今、笑って誤魔化したよね!?.......まぁ、いっか。許すっ!!


「君は何者なの?」

ストックの一言で飛び交っていた会話は止まった。

女の子に視線が集まる。



「何者っていうか、アザミっていうんだけど」

ポリポリと頭をかきながら面倒臭そうに名乗ってくれたアザミ。活発そうな顔つきや野性的な体つきに褐色の肌とくれば、黒豹のイメージだ。どうやら名前以外は応えてくれる気が無いらしい。

「誰に殺されそうになったのぉ?」

「キュウキ」

隠しているのかと思いきや、あっさりとアザミは口にした。

「アザミは私と同じく要の存在です」

思わぬ方向からの情報が入った、ムスカリだ。こんなに簡単に出会えるものなのだろうか?それもブルーシの街を出発したその日に、だ。そういえば、ムスカリと会ったのも出掛けたその日だった。僕の生まれつき少ない運を使っていないよね...?

大丈夫だよね...?

「キュウキは封印されている魔物でボクはキュウキから捨てられた要らない部分ってわけ。ボクを殺して封印を解き自由になりたがっているみたいだね...」

心なしか悲しそうな表情にも見える。

「ボクは、アンタ達みたいにはなれないから」

アザミはムスカリとコンちゃんを見つめる。

「オレの街で鳶色の髪と瞳をした女性四人が獣人に攫われたんだ。その中にはオレの姉がいて探しているんだけど何か知らないか?」

ストックの言葉にアザミは目を閉じた。

「ごめん...それは、ボクを探しているのかも...」

一度息をついてから言を継ぐ。

「キュウキは人を食べる、特に好んで若い女性を...」



「キュウキを目覚めさせることが出来るのはアザミだけでしょぉ〜?」

絶望の色を瞳に宿しているアザミにエリカは詰め寄っていく。

「だったらぁ、簡単っ!」

エリカは得意気に人差し指をアザミの鼻先に突きつけた。

「アザミが捕まらなきゃいいんだよぉ。そうすれば封印はそのまま、、、」

エリカの声に、ぶんぶんと頭を左右に振っている。

「相手が悪すぎる...。今度見つかったらボクには逃げ切る自信はない.......」

勝ち気そうな顔立ちからは、とても不似合いな弱気な言葉だった。

「ボクは出来るだけ遠くへ逃げるから、その間に捕まった人達を助けてあげてくれ」

そう言い残してアザミは立ち上がった。




僕たちは、スザーク大陸にある封印の地へと向かうことにした。

勢いよく立ち上がり歩き出そうとしたところをエリカに取り押さえられ単独行動を阻まれたアザミも同行することになった。ストックとアザミは不安気な顔を僕たちに向けてくる。

「大丈夫なのか?作戦はしっかり練っているのか?」

「本当にいいのか?殺されるぞ?アイツらは本当に強いぞ?」

この心配性コンビ、ちょっと静かにして欲しいんだけど...。

余計に暑苦しく感じる。


見る限り砂だらけ。進めど進めど代わり映えしない景色に茹だるような暑さに正直うんざりしてきてはいるが。封印の地に向かっていることは間違い無さそうだった。モンスターが襲ってくる頻度が多くなってきているから。だけど心配無用!その度に、短剣のエリカと手刀のムスカリ、アザミは鞭を使って敵を一蹴していく。


女性陣はほんとうに強い。

隣にいるストックは、見ているだけの僕に失望しているだろうけど...。

これでも初めのうちは勇気を出して参戦していたんだよ?腰にぶら下がっている片手剣をブンブン振り回し、逃げ出したくなる気持ちを何度も押さえながらも貢献しようと務めていたんだけどね...。男として女だけに危ない目に遭わせてなるものかーって。奮闘虚しく「邪魔っ〜!」って声がすぐに飛んできて...、それからは大人しく観戦する側になったという悲しい現実。いくら異世界から来たって勇者様みたいには簡単になれやしないこの現実...。完全にお守り化してしまった可哀想な僕の片手剣を眺める。今更ながら遅いことこの上ないけど、剣道とか習っておけばよかったな.......。

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