表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/56

6  ブルーシの街

明日は、大好きなおねぇちゃんの誕生日だ。

だから、街から外には出ていけないって言われていたけどこっそり抜け出した。

目覚めた時に多くの花々に囲まれ驚いているおねぇちゃんを思い浮かべる。

含み笑いをして、頷く。

もう、これは、やるしかないっ!


寝息を立てているおねぇちゃんを確認する。大丈夫、ぐっすり寝ている。これなら少しくらいの物音を立てても平気そうだ。勿論、隣にあるベットには布団の中に洋服やら周りにあったクッションとか色々詰め込んで身代わり役を立てて眠ってもらっている。ここまでは、計画通りに進んでいた。

次は主役のプレゼントを取ってくる、か。


砂漠地帯にあるブルーシの街周辺には植物はあまり生息していない。背の低い多肉植物や野草だったらぽつぽつと生えてはいる。だけど花となれば話が違ってくる。サラサラの砂に滅多に雨が降らない気候、強い日差しはほぼ毎日、そんな過酷な環境で育つ花は皆無だった。沿岸の街なら違ってくるだろうがここは内陸部、種から育てる以外は無理だと諦めていた。だけど一週間ほど前に偶然見つけた。一人で街を抜けだし、いつも通りお気に入りの場所に向かう途中、不覚にも獣人に見つかり無我夢中で逃げ込んだ大きな岩と岩の間にそれはあった。あの時は自分の運の悪さを呪ったが今思えばすごく幸運だったんだとその獣人に感謝すらしている。

無事に逃げきれたから思えることだが...。

幾重にも重なる鮮やかな青い花びらを天に向けて咲いているとても綺麗な花だった。掌のような形をした黄色い葉が茎に巻き付いている。豪華というよりは可憐な花。小ぶりだけど凛とした美しさを持っている花。範囲はそれほど広くはないが辺り一面にその花は咲き誇っていた。おねぇちゃんへのプレゼントの花束を作るには十分過ぎるくらいだった。加えてブルーシの街からそれほど離れていない距離だということも幸運だった。




ほくほく顔で両手いっぱいに青い花を抱えて帰ってきたら、大変なことが起きていた。

夜だっていうのに、異常なまでに明るいブルーシの街。

夜は街灯だってないのに、本当にありえないほどの明るさだった。

この街で育ってきた十二年間、初めて見る光景だった。

街は、轟々と燃え盛っていた。

悲鳴や半狂乱の声が入り混じって聞こえる。

怒声に奇声も聞こえてくる。

あり得ない......。

何も考えずに耐え難い光景から、この場から逃げ出してしまいたかった。

そうしなかったのは、ただ一人の肉親、スミレがまだこの街に居るからだ。


早く、おねぇちゃんのところへ行かなきゃ!

両手いっぱいに集めた青い花を放り出しストックは街の中央通りから外れた小さな小道に駆け込む。何故か、街の中に多くの魔物達が紛れ込んでいる。なるべく視界に入らないようにしていたけど、多くの人々が倒れているののが分かった。その中に知り合いが.......、向きかけた思考を戻す。

今はおねぇちゃんだ!

追いかけてくる魔物達から必死で逃げながら自分の家に向かった。

手足がズキズキ痛むけど、考えないようにして走り続ける。

何処も彼処も業火と死体に溢れているようだった......。

何かが焦げたような臭いと血の匂い、何かの悪臭が混ざり合う。

吐き気を催したが、立ち止まるわけにはいかなかった。



パン屋の角を曲がって、井戸の広場が見えてきた。

あと、もう少しで家に着く。

自分でも信じられないくらいの全速力で走り続けている。

でも、もう限界かな、足がガクガクしてきた。


「イヤよ、放して!」

聞き慣れた声が耳に飛び込んできた。

「お、おねぇちゃん!」

ブルーシの街で器量良しと評判の七歳離れた姉を一匹の魔物、獣人が担ぎあげたところだった。

「待てーーー!」

掴みかかろうとするが、投げ飛ばされる。

しがみついて、蹴り飛ばされる。

足に噛み付いて、振り払われる。

何故か、この獣人は姉を殺す気は無いように思えた。

この大惨事の中、アイツと一緒にいることで姉は無傷でいられるのではないか?


ストックは自分の身体を見た。

ボロボロだった、手足には無数の傷口があり血が流れていた。

肋もやられているようで、息がうまく出来ない。

無力過ぎる自分に腹が立って涙が出そうになる。


「逃げて......」

涙ぐむ姉に僕は首を横に振った。

暫く、見つめ合っていた姉は獣人の耳元に何かを囁いているようだった。

それに獣人が頷く。

直後、スミレは一切の抵抗を止めた。

獣人はゆっくりと歩き出し、ストックの横を素通りした。

道端に転がっている小石のように、見事に見向きもしなかった。

「......おねぇちゃん...」

声を絞り出すのが精一杯だった。

身体はもちろん、片腕も動かせないほど負傷していた。

姉の後ろ姿を、ただ見送ることしか出来なかった...。






* * * * * * *






暑い。

カバンの中の水筒を取り出して水を口に含む。

スザーク大陸に入ってからというもの少し歩いては水を飲むことの繰り返しだ。

加えて、物騒なことにたまにモンスターが襲ってくる。

特に女性陣はその分仕事が増えているようだった。

瞬殺して、何事もなかったかのように先に進む女性陣を何度も見てきた。

もしかして、僕の同行者ってかなりの強者揃いなのではないだろうか?

チラッと思ったことは何度かあったけど、今回は確信に近い。

貴重な『癒やし』の使い手も居るし。

涼しい顔で横をスタスタ歩くエリカを見た。


はぁ...、また喉が渇いた。

このままでは、水が無くなりそうだ...。

強者の二人の様子を見ると、汗ひとつかいていない。

そういえば、水を飲んでいる姿もあまり見かけない。

「暑くないの?」

みんなも暑いはずと勝手に決めつけていたけど敢えて聞いてみた。

「う〜ん、それほどでもぉ〜?」

「え、あり得ない.......」

本当に信じられない、ショックで倒れそうになる。

「能力をもっている方は色々と加護を受けているから」

解説してくれているあなたは?

じーっと顔を覗きこんだ、恨めし気に。

「わ、私は、正確に言うと私達もそんな能力があるというか何というかで...」

ムスカリとコンちゃんを交互に見た。

何か分かる気もする。

封印されちゃうくらいの存在だしね、暑さにバテるなんて想像は出来ない。

やっぱり、強者なのか!?

ただ僕がヘタレなだけなのか.......。



どれだけ歩いたのか覚えていないけど、やっと街が見えてきた。

砂以外のものが見えただけで、すごく嬉しかった。

建物らしきところから煙がいくつか出ている。

太陽も真上にあるようだし、食事時なのかな?

時計のない生活を送っているせいか、時間通りの生活に懐かしさを感じる。

腹が減った時に食べ、眠くなったら寝る。

時間に左右されない生活に憧れた時期もあったけど、どちらがいいのかはまだ分からない。街に行ったら、とりあえず水を確保しなければ。



だけど、昼時では、無かった...。

木製の家が燃え尽きた後の煙、惨状の後の煙だった。

「どうなってるのぉ......?」

エリカは手で口を覆う。

こんなことが現実に起きること自体、僕にはまだ信じられなかった。

映画のワンシーンのようで現実味がない。

これは、本当に起きたことなのだろうか.......?


「まだ、生きている人が居るかもしれないから行ってみましょう」

ムスカリはエリカを促しているようだ。

確かに貴重な『癒やし』を発揮しなくちゃいけない時なのだろう。

「わかったぁっ!」

ムスカリの後に僕とエリカは続いた。


人とモンスターが入り乱れて倒れている。

比率は人の数のほうが圧倒的に多い。

息がありそうな人を探しながら歩く。

小さな子供を庇って絶命している母親らしき女性。

果敢にモンスターと戦い散った人々。

家の中では、隠れているところを発見されそのまま殺害されてしまった老夫婦。

ベットに寝たままの状態の人々まで。


絶望的だった。

能力者と思わしき人物の周りに十体のモンスターの死体があった。

彼女は、大剣を右手に持ったまま絶命していた。

咽せ返る悪臭の中、僕は目眩と吐き気に襲われながら無心で歩いた。

感情が欠落してしまったように僕は何も感じなかった。

ただ、この街から早く逃げ出してしまいたかった。


「あそこ!」

ムスカリが指した先に、唯一形を留めている大きな屋敷があった。

補修されている箇所も幾つかある。

窓際に人の影も見える。

生き残った人が居る!僕たちは駆け出していた。



ドアを二回ノックして、暫く待ってみる。

出てきてくれる気配は無かった。

こんな目に遭った後だし、無理もないと思う。

「あの〜、すいません旅の者ですがぁ〜」

エリカの間延びした声が響いた。

「.......」


うーん。

中には人が居るはずなのに。

「じゃあ、すいませんっ。お邪魔しちゃいますねぇっ!」

宣言するなり、鍵が掛かってるであろうドアを蹴り飛ばした。

ドアは、部屋の中に勢いよく吸い込まれていった。

「あの、あり得ないんですが.......」

僕は、冷ややかなの眼差しをエリカに送った。

「そんなことないよぉ!重病人が居たらどうするのよぉ!?」

確かにそうなんだけど、器物損壊罪は如何なものか?


「誰だ?お前らっ!?」

鍬や鎌を持った体格のいいの褐色の男二人が駆け寄ってきた。よく見ると、二人共負傷している。その傷は塞がっておらず、頭、肩、背中、腕、足、至るところに巻かれた白い布は出血で赤く滲んでいた。一番最後に家の中に入ってきたムスカリが優雅にエリカと男たちの間に入りこむ。

「突然押しかけてしまって申し訳ありません。私達は旅の途中に立ち寄った者でして、何かお手伝いできることがあればと」

信用していいものか男二人は顔を見合わせている。

「そうでしたか、大変失礼致しました」

ゆっくりと、杖を付きながら風格のある老人が近づいてくる。

この老人のは肌も褐色だ。

スザーク大陸は褐色の肌の人種が多くいるようだ。セイリュウー大陸の人々は僕に近い色をしている。少し色白だと思うくらいの許容範囲内の白さだ。

他の大陸はどうなんだろう?思考が何処か違う方向に行ってしまう前に元に戻す。

僕は老人に目を向けた。

大変な失礼をしてしまったのは僕たち、主にエリカの方だと思うけど。

「マンサク様、お体に障ります。ベットで横になってください」

男の片割れが口を開いた。


「じゃあ、あなた達からっ!」

エリカは強引に男たちの頭からつま先までチェックし、『癒やし』を施し始めた。

「ま、まさか!」

「おお!」

まさか、ドアを破壊した無礼者が!?って感じだよね。

にしても、本当に『癒やし』っていうのは貴重なんだ...。

エリカの能力を何回か目にしたけど、周りの人々の反応を間近で見たのは初めてだった。部屋の奥で隠れた人々が次々に出てきてエリカの周りに集まってきた。

中には、拝んでいる人だっている。


人々の羨望の眼差しの中、エリカは次々に力を発揮していく。

やっぱり、すごい人なんだ?

「はぁ〜い、こんな感じかなぁ?」

集まってきた人々の『癒やし』が終わり、辺りを見渡している。

「あと、もう一人奥に居ます...」

年配の女性が奥の部屋に僕たちを招き入れた。

その部屋は窓も閉めきっていて真っ暗だった。

それに、何だか異臭もする。

目が暗闇に慣れてきて、徐々に部屋の輪郭がハッキリ見えてきた。

ベットには、小さな子供が横になっていた。


「明かりを点けていいかしらぁ?」

了解を得る前に、ベット脇にあったランプに手を伸ばした。

「駄目だっ!」

力の無い、だけど意志のこもった声が響いた。

「そう言われてもねぇ、もう点けちゃったもんねぇ」


エリカは勝手にランプを灯していた。

映しだされた少年の姿に驚いたのは、この部屋へと案内してくれた女性だった。

「どう、して.......?」


少年は、もう動ける状態では無かった。

傷口は壊死し、所々変色していた。

「このままでは、足手まといになって、しまうから...」

話すのも大変そうに、息を整えて再び口を開いた。

「このまま、居なくなったほうが、みんなの、ためだと思って.......」

ベットの下には、たくさんの手付かずのパンが出てきた。

その中には、薬の袋も混ざっている。

確かに、足の傷は酷かった。

他の傷が完治しても、歩行は困難だろう。

「馬鹿なことをっ...!」

女性は泣き崩れた。


「あなたはっ、本当に馬鹿よぉっ!!」

言い放った後、エリカは頭をバシッっと叩いた。

叩かれた少年は、呻き声を微かにあげた。

いやいやいや、この子、どう見ても重病人なんですけど.......。

素早く腕まくりをした後、エリカは僕を見た。

「全力でいくから倒れたらよろしくねぇっ!」

「任せといてっ!」

僕は頷いた。

こんな幼い子供が自ら死のうとしていたことが僕にはショックだった。


今までに無いほど長い呪文の後、エリカは少年に『癒やし』を開始した。

ものすごく眩しいオレンジ色の光に目が開けられないほどだった。

流石は全力の『癒やし』!!

「こんなになるまで、何してんのよぉ〜!」

「何考えてるんだかぁ〜、もうぉっ!」

「ほんとに、許さないからねぇ〜!」


なにやらブツブツ独り言が聞こえてくる。

かなり、怒っているらしい。


突然、かなりの存在感を誇っていた光が収縮していった。

どうしたのかな?とか思っていたら。

ドシンっ!!

エリカは、床に思い切り転倒してしまっていた。

「あ...!」

数秒後、僕の間抜けな声が響いた。



ブルーシの街にモンスターが現れたのは陽が昇る数時間前のことだったそうだ。

ほとんどの人々は寝込みを襲われたようだった。

ただ、襲いに来たというよりは誰かを探していたようだった、と。

攫われたと思われる行方不明者が四名ほどいるそうだが全員が鳶色の髪と瞳を持っている若い女性だという。

行方不明者の中に、あの少年の姉も入っていたとか。


生存者は、十六人だけだった。

人口数百人ほどの小さな街らしいけど、それにしても少なすぎる。

生存者を探して数日間街を彷徨い知り合いの無残な姿に出会う度に涙が出てきたそうだ。そんなことを繰り返すうちに死体を見ても何も感じなくなってしまった自分に今度は絶望したという。



僕たちは暫くの間、ブルーシの街に滞在することを決めた。

エリカが看病にあたっている少年が回復するまで、だが。

現実味を帯びない惨状は少しずつだけど僕の中に受け入れられつつあった。残された人達の想いが紛れも無い真実で悲しい現実だったからだ。撮影のためのセットだと心の何処かで思っていた光景は霧が晴れたように鮮明に僕の瞳に映った。僕は教会にある墓地に亡骸を埋葬している人々の手伝いをはじめていた。


「舜殿」

お手伝いが終わり帰宅しようとしたところに教会の牧師であるマンサクがゆっくりとした足取りで近づいてきた。

「こんなことまでして頂いてなんてお礼を言ったらいいのか...。本当に有難い限りです」

「いえいえ、僕には身体を動かすことしか出来ませんから」

老人は、僕を凝視した。

「そうですかな?貴方様にも特殊な能力があると見受けられますが」

「それは、僕の力ではないですから」

朱い人のことだと解釈して僕は微笑んだ。

「いえ、貴方様のことですよ」

「僕は悲しいくらい普通の人間ですので」

僕は、にっこり笑った。


教会の補修工事を見に来ていたマンサクとそのまま別れた帰り道。

何処からか、聞き覚えのある声が聞こえてきた。

だけど周りに人は居ないようだった。

気のせいかな?僕は歩を進める。

「舜サマ」

後ろから腕を掴まれる。

「だから、サマっていうのはー」

振り返ると、「まだ言うか!?」とでも言いたげなムスカリの顔が...。その横に見覚えのある青年の顔があった。誰だっけ?灰色の髪に翡翠の瞳、体格のいい優しそうな好青年がこちらを凝視している。ああそうだ!思い出した。この街に滞在するようになってムスカリと二人で親しげに話している姿をよく見かけていた。

その人物に間違いないと思う。


「.......こ、こん、今晩は...」


すごく観察されているような?すごく、居心地が悪い。この一言を口から出すのにどれほど頑張ったか...。何か、気に障るようなことでもしてしまったのだろうか...。


「この、子が!?」

僕の渾身の挨拶をスルーして、驚いた顔でムスカリを見ている。

何?何?何っ!?

「そうなんです」

ムスカリが恥ずかしそうに僕の背中に隠れた。

「彼が私のフィアンセなんです」

えええっ!?振り向いた僕にムスカリは頬を赤らめて身を寄せる。

信じられない。

絶対あり得ない。

嘘だ。

聞き間違いだろう。

そう青年の顔が物語っていたが僕も同じ気持ちだった。でも一番の割合を占めているのは.......。概ね、釣り合わないってことだろう。もしかしたら、こんな子供が!?とか思っているかもしれない。何歳に見られているかは聞きたくないけど...、僕は一応十七歳だからね!?心のなかで僕は叫んだ。

「...本当に?」

青年は素直な言葉を口にした。その気持ちは分かる。不本意ながら分かる。

「...ええ」

ムスカリは僕の首に腕をまわして頬を突き合わせた。背の高さは同じくらい。ムスカリは僕に寄りかかることで背を低くすることに成功していた。可愛らしくにっこりと微笑まれ、その予想外の微笑みに僕はドキリとした。頬の感触を意識した途端に顔が赤くなる。意識しないようにと頑張れば頑張るだけ余計に火照っていく。もう茹でダコみたいになっているんじゃないか.......?

「可愛い」

そんな僕をムスカリは抱きしめる。その姿はフィアンセっぽかった、と思う。相手はどう思ったかは不明だけど外見は一応納得した様子だった。それにしても、モテるお方は大変だなー。隣で手を振りながら青年を見送るムスカリを見る。その大変なことに、いつの間にか巻き込まれてしまった僕はムスカリと仲良く腕を組んで帰ることになった。



「よくも、乙女の顔にぃぃぃぃ!」

借りている民家のドアを開けた途端、胸ぐらを掴まれた。

「目立たなくなってきたね。よかった、よかった...」

胸ぐらを掴まれまま、微笑んだ。はじめは突拍子もないと思っていたエリカの行動もある程度予想することが出来るようにはなってきたようだ。今現在、エリカのおでこには大きなタンコブがある。その原因は僕だった。全力の『癒やし』の末に倒れこんしまったエリカを約束通り支えてあげられなかったのだ。受け身もなく木製の床におでこを強打したエリカ.......。当分恨まれるのは覚悟していたけどその期間は予測していたものより長かった...。現在進行形である。


いつもと違う雰囲気の僕たちに目聡く気付いたエリカが口を開いた。

「なんで腕組んでいるのよぉ〜?」

不機嫌な顔が余計に歪んでいる。

「これには、色々とね」

ムスカリ本人から説明したほうがいいかと思って話を振ることにした。

「うふふ」

隣を見ると、意味深な表情をしたムスカリの顔があった。これじゃあ、二人だけのヒミツ的な雰囲気になってしまう。ああああああああああ。

「あ、違くて...」

勢いよく、エリカの部屋のドアが閉まった。当分、話も聞いてくれないに違いない。呆然としている僕は我関せずのコンちゃんと遊ぶ美女を見た。



ブルーシの街に滞在して、半月が過ぎていた。

自ら死のうとしていた少年、ストックが日常生活を普通に過ごせるまで回復した。心配していた足も元通りとはいかないまでも、『足手まとい』にはならない程度に治っていた。なので、僕たちには近々この街を出ることになった。正直、これでムスカリとのフィアンセごっこが終わってくれると思うとホッとする。僕は人に嘘をつくのが特に苦手だったらしい。外で人に会う度に余計なことを聞かれやしないかと、びくびくしている自分に疲れてしまっていた。仲間はずれにされたと思っているのか、ずっとエリカの機嫌も悪いし。


出発当日、ストックが僕らを訪ねてきた。

エリカにお別れを言いに来たのかな?と僕は思っていた。それにしては、ストックの様子がおかしい。「あのさ、頼みがあるんだけど」から始まって、ストックが姉への思いを力説し始めた。僕たちに何を頼みたいのか、何となく分かってきた気がする。封印を探すついでに行方不明者の捜索をすることは僕たちの中で既に決まっていたので問題は無いだろう。


「ハァ〜〜〜」

それにしても、今朝から体調が優れない。これからあの暑い日差しの中に行かなくちゃいけないのに街を出発した途端に倒れてしまいそうだ...。前日は気を使って早めに寝たはずなのに、なんで?体が重くて寝ていただけなのに疲労感もあった。この場は女性陣に任せて僕は出発の時間までベットで休ませてもらうことにした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ