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4  旅立ち

まったく.......。

本当に、この人は。

自分の限界というものを買い被り過ぎなんだから。


四大陸の中央部、天空の大陸にある朱い塔の中。

唯一ある寝室で、唯一のベットに横たわる幼なじみを見た。

このまま目を醒まさない気なのかしら?


鼻をつまんでみる。

「...んっ...」

寝返りを打った。

生きては居るのよね。

まさかと思って試してみたりしちゃったけど。

体温があるんだもの、大丈夫よね。血の気の失った青白い頬をぺちぺちと叩く。




それにしても、心配かけ過ぎ。

勝ち気で、負けず嫌いで、とっても素直ではない幼なじみは、儚げに微笑んで倒れこんで。おまけに、「逢いたかった」だの「迷惑を掛けてごめんね」だの言ってくれたのだ。

正直、演技ではないのか、とか疑ってしまったけど。

こんな意表をついた再開なんて予想していなかった。


「まったく、この人は、」

横たわっている幼なじみのおでこを小突いて、微笑んだ。


それは、困ったような、今にも泣いてしまいそうな笑顔だった。






* * * * * * *






「さぁ〜ってっ。行こうかぁ〜!」


体調も怪我も全快してエリカ曰く「世直しの旅」に出かけることになっていた。

ボロボロになった制服は処分してもらって、今は新しい洋服に身を包んでいる。

シャツにパンツスタイルの動きやすい格好になっている。

ハッキリ言って、僕の着ていた制服と代わり映えしない。

変わったといえば、黒い眼帯。

左目を隠すのが目的らしいんだけど。

目立たないようにってことらしい。

腰には、護身用ってことで片手剣を携えている。運動はからっきし駄目、そんな僕が初めて手にした片手剣というものを華麗に使いこなすなんて考えられない。お守りにしかならないと断言できる!


傍目には、真っ当な旅人に見えるのかな?

絡まれなきゃいいけど...。


本物の片手剣使いではないから、剣を持った時に気づかれてしまうらしい。

持った時に、その武器が光るそうだ。

ハッタリは大切だよ、何が起きる予測がつかないし。

備えあれば憂いなしってことで。



隣を歩くエリカと、後でいつまでも手を振り続けているカンボクを交互に見ていた。

「いいの?本当に?」

「しつこいぃぃぃっ!」

頭を拳で思い切りぐりぐりされた。

僕に扱いがどんどん雑になってきていないかっ!?

エリカを恨めしげに見つめた。




ひたすら、結界に守られている道を歩き続けていた。

結界が弱まっているということでいつ出現するか分からない敵に初めのうちは怯えていたけど出発して二時間、モンスターにも会わなければ危険な目にも会っていない。もう気が緩んで緩んで仕方がないっ。こんな感じで歩いていけるのなら本当に僕一人で行けたんじゃ.......。

これじゃ拍子抜けだ。


「世直しの旅とか言ってしまったけど、近いのねぇ〜。意外と〜」

エリカも同じ気持を抱いていたらしい。


「そうだね」

僕は頷いた。


僕たちが目指しているのは、天空の大陸へと続く長い橋。

だいたい、四、五時間歩き続ければ着くという。だから目標の半分は達成していることになる。

あと、半分か.......。車とか、せめて馬車みたいなものがあれば楽なのに。


「はぁ...はっ...、...休憩して、...いい?」

「あ、ああ。いいよぉ〜。病み上がりだしね〜」


病み上がり.......それ以前の問題のような気がする。

毎日、車の送迎付きの生活をしている僕には。



「ねぇっ!見えたよ〜、橋が〜!」

ふらふら歩いている隣でエリカが肩をバシバシ叩く。

「本当?」

それは、ものすごく長い橋だった。橋の上の方は霧なのか雲なのか白くなって見えないほどに。地上から空に向かって伸びている橋の先端が見えないってことは渡りきるのにどれだけの時間を有するのだろうか...。考えただけで頭がくらくらする...。

花畑に白い石畳でできた橋。

ピンクの空。景色はやっぱりメルヘンだった。




「おかしいなぁ...。渡れないんだけど〜」

先頭を勢いよく歩いていたエリカが顎に手を当てて考え込む。

急いで近づいてみると、確かに渡れない。橋の前に透明なガラスみたいな壁があってそれ以上進めないようになっていた。透明な壁は確かに存在している。弾力のある柔らかい風船みたいな壁が。試しにお守りの片手剣を突き刺してみる。柔軟に形を剣先に合わせて衝撃を吸収しているのか手応えすら無い。遠くから見れば剣を振り回して遊んでいる様にしか見えないだろう。近くで見ても遊んでいるようにしかきっと見えないだろう。辺りをきょろきょろ見渡そうとしたところで腕を掴まれた。


「わぁっ...!」


驚いた拍子に思い切りその手を振り払う。けれど、振り払えず今も僕の腕には誰かの手があった。エリカかな?そう思って考えを打ち消す。ついさっき橋の周りを調べに行くと言って出掛けて行ったばかりだ。



じゃあ、誰なんだっ!?

手を剥がし、振り返ると同時に。


「会いた、かった......です...」

目の前に、涙ぐんでいる黒髪の儚げな美人が立っていた。これぞ大人の女性って感じで、漂ってくる色気が半端ない。暫く、見惚れていて手を握っていたのを忘れていた。


「...あっ!ご、ごめんなさい」

慌てて手を離し、頭を下げる。そんな僕を目の前に佇む美人は不思議そうに首を傾げている。どうして僕が謝ったのかが理解できていないらしい。儚く思えたのは、彼女が着ている衣服から連想したのかもしれない。黒い着物みたいなものを着ていて寂しそうに佇んでいる美人を僕には未亡人にしか見えなかった。


「あの...、人違いだと思いますが...」

黒い髪と瞳だったから元居た世界での知り合いだったっけ?とか思ったけど。どう見ても初めて見る顔だったし、こんな美人に会っていたら僕はしっかり覚えているはずで忘れるわけはない思った。

「...噓」

未亡人は首を横に何度も振っていた。僕を食い入る様に見つめてから抱きついてきた。

「えっ?...あ、あのっ!?」

頑張って抵抗はしてみたものの、離れてはくれないようだ。癪だけど、完全に頭一つ半分ほど相手の背丈の方が高かった。加えて、力負けしてしまっているようだった。尋常じゃない力で押さえつけられている。


「こんなに懐かしい匂いがするのに?」

耳元で囁かれた。

匂い?

何か、違和感がある。


「こんなにあなたに会えて嬉しいのに?」

また、耳元で囁かれる。

潤んだ黒い瞳が近づいてくる。

体を拘束されているわけではないのに僕は身動き一つ出来ずに、ただ未亡人の黒い瞳だけを見つめていた。



「ちょっとぉっ!」

強引にエリカが僕と未亡人の間に割り込んできた。どうやら偵察を無事に終えてやっと帰還してくれたらしい。内心ホッとしたが、少しだけ残念に思う自分も居るらしい。


「あなたは?」

未亡人から感情のない声が聞こえてきた。

「ワタシは彼の旅の同行人だけどぉ〜、あなたはぁ?」

未亡人は、一瞬微笑んだようだった。


「長い間、ここである方を待っておりました。でもそれも、今日までのようです」

未亡人は僕を見て妖艶に微笑む。

「だって、やっとあなたに逢えたんですもの」





エリカの話によれば、透明な壁は天空の大陸を中心に発生しているのではないか?ということだった。

それはどういうことなのか?

容易には女神様には会えないということらしい。

じゃあ、どうやって会えるのか?

さっきのやたら長ーーい橋を渡るのが一番の近道だったけど、実はもう一つ方法があるらしい。

四つの大陸に一つずつある封印を解いて要の品を四つ集めればいいんだとか。

要って何かな?

僕がすぐに思いついたのは鍵とか、宝珠とかだけど。封印って聞く限り...、嫌な予感しかしないんですが...。

そんな箇所を四つも巡らなければならないなんて頭がくらくらして倒れそうだ...。



運がいいことに?

現在地付近にある地下トンネル内にセイリュウー大陸の封印が眠っているらしい。近いことに越したことはないけどまだ心の準備が出来ていない...。封印っていうくらいだから何かが居るんだろうし、その何かが簡単に要を譲ってくれるとは思えない。



「はぁ〜〜〜」

知らぬ間に、溜息が漏れる。そう言えば、この人達もどうにかならないものかなあ...。



「ねぇ、あなたぁっ!どうして一緒に歩いているのぉっ!?」

「うふふ。それは舜サマが居るからです。それに目的地も同じですから」


艶やかな笑みに加えて、流し目がっ!

どういう訳か、出会った時からこの未亡人に気に入られているようだった。今までそんな異性からあからさまな好意を向けられた経験なんて無いから、あからさまじゃない好意も無いけど...、対応に困ってしまう。


「サマ、は、ちょっと...なんか、照れくさいので...」


「舜くんは黙っててぇっ!」

エリカは勢いよく指を僕の顔の前に差し出し睨む。何か悪い事を言ったりしたのかな...?いくら考えてみても思いつかないんですが。

「舜サマが可哀想です。酷いです...」

「何よっ!舜くんと会ったのはワタシの方が先でしょうっ!?だからぁっ、ワタシの方が遠慮なんて必要無い間柄なのよぉ!」


「ええっ!?そうなの?」


「だからぁっ!舜くんは黙っててぇっ!!」


叫ぶエリカに「うふふ」と笑う未亡人。

見るからに険悪な雰囲気が漂い、思わず距離を置いてしまう。なのに、いつの間にか巻き込まれてしまう僕が居た。


「舜サマ、これから私のことはムスカリって呼んでくださいね」

いつの間にか隣に陣取り腕を絡ませてきた未亡人改め、ムスカリに僕は微笑んだ。ムスカリの笑顔につられただけだったんだけどエリカにはそうは映っていなかったようだ。

「舜くんっ!!大人の色気に騙されちゃ駄目ぇっ」

空いている方の腕を引っ張られる。だけどムスカリも僕から離れる気は無いらしく、また巻き込まれてしまったようだ...。僕が「痛い」って言ったらどちらが手を離してくれるのか?不意に過った疑問がなかなか頭から離れてくれない。試してみたくてしょうがない。これは実行するしか。


「痛っ!」


で、反応は?


「えぇっ!?」

声を上げたのはエリカ。

手を離して僕を自由にしてくれたのは、どちらかではなく二人ともだった。

ムスカリは素早く僕から身を引いていた。

と、言うことは?

二人とも僕の心配を優先に動いてくれたことになる。じゃあ、二人ともいい人だよね。信用して、よしっ!満足気に頷いていたら疑わしげな視線が僕に向けられていた。

「あ、あああああ。...もう大丈夫?」

何故か疑問形になってしまった語尾にエリカは更に眉を顰め、ムスカリは「うふふ」と笑っていた。



二人から距離を取って、また歩き出す。

エリカとムスカリは探り合いの攻防戦を繰り広げている。

僕の中では、ムスカリは信用していい人として認定されているので目的地まで同行することは全く問題無い。むしろ人数が増えて良かった!と喜んでいるくらいだ。少し前を進むムスカリを見る。髪を高い位置で結んでいるのにもかかわらず長さは腰より長い。サラサラな艶のある黒髪が歩く度に揺れている。身に着けている飾り気のない黒い服も逆にムスカリの美貌を引き立てているような気さえする。身のこなしというか、存在自体に色気というか、魅惑的な何かがある。確かにある。そして僕はすごく見過ぎてしまったらしい、視線を感じたムスカリが困ったように微笑んできた。そんな笑みに僕は思いっきり見惚れてしまっていた。

いけない!いけないっ!

僕には心に決めた人が居るんだから。宮嶋百合ちゃんの姿を思い起こさせる。うん、可愛い!間違いなく可愛い!!近くに居ないのが本当に残念過ぎる。


「いてっ」

不意に頭を小突かれる。

その様子に、ムスカリがくすって笑う。

笑ったことに気分を害したのか、エリカがムスカリを睨みつける。

本当に仲悪そうだな、この二人...。

エリカとムスカリに挟まれ気まずい空気の中、僕たちはひたすら歩き続けた。





地下トンネルは、セイリュウー大陸からスザーク大陸へ行くための唯一の通路で、そんな需要のある箇所に封印場所を作るなんていいのか?と大きなお世話かもしれないけど心配してしまった。何かの拍子で封印が解けて巻き込まれる多くの人々...、この発想は安易過ぎるかな...?


「ここかなぁ〜?」

洞窟みたいな、大きなトンネルが目の前に現れた。

周りには平地だらけで何も見当たらない。

「ええ、ここですね」

冷静な声が響いた。




「まだ付いてくる気なのぉ?」

エリカの不機嫌な声音が響く。

真っ暗なトンネルの中、エリカは松明を片手にどんどん進んでいく。

逞しすぎる...。

エリカが背負っているカバンからアルコールと布切れを取り出し、落ちている枝と組み合わせて松明を作り上げた時には感心してしまった。格好よくもあり、頼もしくもある。

なんか、男女逆になっていないか...?


「ええ、そのつもりですが」

「つ、つもりってぇ〜!?」

流石のエリカも面食らっているようだった。

「舜サマの側に居たいですし」

ムスカリは澄ました顔で言い切った。

「サマは、やっぱり恥ずかしいので別の呼び方でもいいですか?」

僕はずっと言いたかった言葉にすることに成功した。

が.......。

「そんなことじゃあ、無くってぇ〜!」

エリカが喚いたお蔭で僕の言葉の効力は無力化してしまった。次のムスカリの一言で完全に無かったことにされてしまった.......。



「ここが、封印場所です」

白く長い指が指し示す先は、ただの行き止まりにしか見えない小部屋にある岩の壁だった。

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