表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
33/56

32  本領発揮

「よし、殺るか」


またまた軽いノリでニヤニヤ笑いながら指を鳴らしている。この状況を楽しんでいるようにも見える。腕に覚えのある者は向上心からか自身より強者に挑む傾向がある。苦しむ妹をやっと救える時が来た!と歓喜しているようにも見受けられるが破天荒なユリのことだ、向上心の可能性もある。フフフフっ...って今笑っていなかった?気のせいかな...?ほんの少しだけ僕は不安を覚えた。



「ハイっ!」


サツキも例外ではなく嬉々と動いている。サツキの場合は確実にサクラのために張り切っているんだろうけど。いやいやいや、ユリと一緒に居れるって喜んでいるのかもしれない。サクラの白いガウンのような衣服の胸元を両手で摘み左右に、はだけさせる。こうして顕になった上半身は痩せこけ骨が浮き出ていてかなり痛々しいものだった。胸には晒のような布が何重にも巻いてあり下着の役目を果たしているようだった。サツキはその晒に手を掛ける、そして『コホン』と咳払いをした。僕とユリは慌てて後ろを向く。直後サツキの呪文のような小さな呟く声が聞こえてきた。


「ハイっ!準備完了!!」


背中を叩かれて振り向く。サクラの鎖骨あたりに黒い円形の光が浮かび上がっている。サクラは瞳を閉じて寝ているようだった。


「中に入る方は光に触れてください。ちなみにこの光はあと十秒ほどで消えますのでお早めに〜」






僕はここに居る全員が黒い光に触れるだろうと思っていた。

でも、実際にここにやってきたのは、僕とユリとサツキだけだった.......。


「あれ?三人だけ...?」


僕の呟きは、他の二人の耳には入っていないようで。

両隣の二人は目の前のモノに釘付けだった。


それは、黒い鳥籠。

白い空間に黒の異物。その中で優雅に座っているモノを見ていた。

籠の中には椅子などはなく、そのモノは空に腰を下ろしている。

たまにクククク...と不気味な笑い声が聞こえてくる。思わず右隣のエメラルドの瞳を見てしまったがどうやら違かったらしい。続いて左隣の桜色の瞳を。見たら、見事なジャンプ力で飛び上がり僕の頭を思いっきり叩いてジロリと睨まれた。


「今何を思ってサツキを見た?」

「えー、.......ははは...」


本当のことを言ったら怒りそうだから笑って誤魔化したら結局、また華麗なジャンプの後に叩かれた...。



「よく、来てくれたね...、歓迎するよ...」


突然聞きなれない声がすぐ近くから聞こえてきた。

ユリが双剣を構える。

サツキが大きく後ろへ跳躍する。

僕は、身動きすら取れずその声の主を見上げていた。


声の主は鮮やかに口を歪めて笑っている。普通の人だった。胸元に黒のリボンが付いた燕尾服のようなものを着ている。かなりの長身ではあるが、細身で手足が長くスタイル抜群の男の人のように見える。短く刈り上げられている髪は、黒、白、芥子色の斑に染まっている。黄色い瞳は大きく鋭く光り、唇は薄く血のように赤い。顔立ちは綺麗だが冷酷さが際立っていた。見るだけで身の毛もよだつ、僕は思わず顔を背けた。それでも身体の震えは止まらなかった。


「そんなに怯えなくても...、傷つくなあ.......」


くくっ、ククククク.......。

喉を鳴らし、楽しそうに冷酷な笑みを恐ろしく赤い唇に浮かべる。その鋭い眼光は僕を捉えている。僕に向かってゆっくり歩いてくる。その恐怖に足が動かない、逃げなければいけないのに身体は言うことを聞いてはくれない。それどころか座り込んでしまう始末、腰が抜けてしまったのだ...。


「くそっ!」


ユリが僕を小脇に抱えて横に大きく跳躍する。そして僕を地面に叩きつけ、一喝する。


「何しに来たのか考えろ!しっかりしやがれ小僧っ!」


ユリに尻を蹴られた。脂肪があるとはいえ、痛いものは痛い!本気では蹴っていないのは分かるが、地味に痛い。でも、その痛みが良かったらしい。僕の震えは止まり、立ち上がることが出来たのだから。ユリに蹴られてよかったなんて少しでも思った自分に苦笑する。.......僕はそっち系じゃない!普通なんだっ!恐怖の塊を見据える。



「楽しく遊ぼうとしていたのだがなあ.......」


不機嫌な面持ちでユリを見下し、肌に突き刺さる凄まじいまでの威圧を発する。


「それは、悪いことをした、...なっ」


ユリが首元に向け、剣を走らせる。流れるように剣先を躱し楽しそうに男が笑う。間髪入れず繰り出されるユリの攻撃を華麗に避け続ける男は人差し指をユリに翳した、だけだった。直後爆風が起こりユリの身体が空を飛ぶ。


「ユリ様!?」


サツキの不安そうな顔がユリを探す。ユリは片膝を付いて座っているが、首筋からは一筋の血が浮かび上がっている。


「きゃあああああ。ユリ様っ!!」


サツキは取り乱したようにユリに向かって走りだす。


「待て、来るな!」


「こんな幼女が何故に要...?それも儂のだとは...、こんな餓鬼は流石に嫌だなあ...。もう少し成熟したのがいいなあ、他の者のように...」


首根っこを捕まれ、サツキはバタバタと手足を動かす。そんなサツキを虫けらでも見るような眼差しを向ける。


「サツキは幼女ではない、れっきとした大人だ!大人の女だ!」


「戯言を...」


男は嘲笑いサツキの体をぐるぐる回し始めた。そのまま天高く放り投げ、掲げていた男の両手からは鋭く長い爪が出現する。落ちてくるサツキを冷徹な瞳が追う。瞳はギラギラと光を放つ。


このままでは、いけない。ユリよりも僕のほうが男の近くに居る。サツキは空中で体勢を整えることはできない、ただ落下してくるだけだその先には男の鋭い獣の爪...。僕が動かなければいけない。屁っ放り腰だとは思うが勢いよくタックルをした。が、男はびくともしない。それどころか腹に蹴りを入れられ遠くへ飛ばされる始末。もう時間が無い、僕はサツキを見守ることしか出来なかった。


黙って男を見つめ落下していくサツキの体がふわっと横に動いた。振りかざした男の爪から間一髪で逸れる。忌々しげに見つめる男の先にはユリがエメラルドの光を放ちながら息を切らしていた。


「その色...。ほう、王族の若君でしたか.......。儂を封印している忌々しい血族の...なあ」


「ユリ様申し訳ないです。サツキが勝手な行動をしたばっかりに.......」


サツキはユリに頭を下げ、男に向き直る。


「そこのキミっ!サツキは二十三歳だ。トウコツ本当に失礼っ!間違えなくサツキは大人の女だっー!!」


「本当か.......?」

「えぇ!...ええええええええ!?」


ど、どう見ても、十から十三??身長だって百五十センチは無いだろう、と思われる。顔立ちだって綺麗な顔立ちはしているが、まだあどけなくこれから美人になるだろうと誰もが思うもので。既に完成形だったとは...。それに男、トウコツですら軽く言葉を失っている。どこまで規格外...。


「本当だ...」


ユリがトウコツに前回し蹴りを放ちながら、頷く。

手にはエメラルドの塊。その塊を腹に押し込む。トウコツの体は吹き飛んだ。


「い、嫌だなあ.......、こんな...、女.......。しかも儂の要って.......」


どれだけ、ショックを受けているのかトウコツはユリの攻撃に為すがままその身体に傷が増えていく。双剣を構え首元目指して突き刺す、武器には淡いエメラルドの光が瞬いている。


「その攻撃は、流石の儂も負傷するなあ...」


ゆっくりと体勢を起こしてユリを見る。


「風と双剣か...。器の娘といい、ここの血族はつくづく風が好きだなあ...、愛されているというべきか...。儂は器の血族なんて消えればいいと、滅してしまいたいと何度思ったかなあ...。その日がやっと来たなあ.......。嬉しいよ.......」


トウコツは、ユリを舐めまわすように見る。体の至る箇所に切り傷があり出血しているがトウコツは気にする様子も見せない。


「綺麗な顔立ちをしているのに男とは勿体無い...、女だったらたっぷり可愛がってやったのになあ.......残念だ。代わりと言っては何だが苦痛で顔を歪ませてやるかあ.......」


心底残念そうに語られる言葉にユリは顔を思いっきり顰めた。

ユリは確かにモテる。女にも、男にも...。あの中性的な美しすぎる顔立ちからか。言葉遣いは乱暴だが纏っている空気は暖かい。癒やされるというべきか、不思議な空気を纏っている。怖いのに優しい。怖いのにホッとする。魅力的で、よく分からない人物だ。


「...けっ!」


ユリは面白くなさそうにしている。顔はそのままトウコツに向けたままだ。双剣を構え、ピリピリとした空気を崩さない。そこで、僕は何をするべきか。下手に前に出てユリの邪魔はしたくない、かと言って何もしないで見ているのも嫌だ。サツキはトウコツから距離を取りユリを見つめている。援護役に徹するようだ。ムスカリは手刀で、アザミは鞭、じゃあサツキは?後ろに下がるということは弓とか?ぼーっと眺めているとサツキはピンク色の光りに包まれていく。見た目は子供なのに怪しい空間が出来上がっていく...。武器を手に持っていないから魔法使いか?


「サツキをじろじろ見ない!キミは前方でユリ様の補助を!」


「はい...」


「気になっているようだけど、サツキは風を扱う。たまに攻撃するけど無駄に動いて切り刻まれないように気をつけろ」


恐ろしい事を言う。口調も冷たいせいか本当に風の塊が命中しそうで怖い。そんな目に遭ったら命の危機に関わるだろうな.......。嫌われているのは分かるが、ユリと同じくらいとまでは言わないけど、もう少し敵意を減らして話してほしい。


トウコツの爪がユリの前を掠めた。前髪の一束がバサッと落ちる。後方から大きな悲鳴が聞こえてきたが気にしないことにする。


「もう少しで綺麗な顔を血で染められたのになあ...」


愉快そうにクツクツ笑う。正直言ってこの恐ろしい物から目を逸らして遠くへ行きたい、でもそれだけはしたくない。補助といっても、何をしたらいい?見るからにユリの動きが悪くなってきている。ずっと一人であの魔物を相手しているのだから無理もない。僕の記憶違いでなければ可哀想なことに一回も活躍した覚えのない腰にぶら下がっている片手剣を手にする。片手剣に口があれば「今度こそ使って!」と懇願しているかもしれない。


ユリを心配してか、サツキの放つピンク色の風の塊が多くなってきている。威力は無いが足止めにはなっている様子。そのタイミングは完璧で、ユリが危ない時に的確に放たれ援護をしている。愛ゆえの為せる業か。


「.......くっ!」


ユリの足が止まる。双剣を持っているのはトウコツ。トウコツに向かって放たれる風の塊は双剣によって弾かれた。ユリの身体中が朱に染まり始める。それも自分の愛用する武器によって。


「これで、さよならだ...。麗しの若君...」


勢いよく突き立てられた双剣、トウコツの爪がユリの胸元、心臓部目掛けて振り下ろされる。サツキの悲鳴が響き渡る。僕はトウコツに向かって片手剣を突く。でもトウコツは既に振り下ろしてしまった、ユリ目掛けて.......。僕の渾身の突きは、トウコツの脇腹に刺さっていた。そこからはポタポタと人間と同じ色の血が流れ出している。


ユリの身体から眩いばかりのエメラルドの光が輝く。

心臓部へと叩きこまれた双剣、爪を見事に跳ね返す。その勢いにトウコツの身体が蹌踉めく。双剣を握りしめ、トウコツは感心するようにユリを見る。


「風の加護を得ているのか...、それはそれは、漆黒の若君に加護が...。父上が知ったらどう思われるのだろうな...」


クツクツと笑う表情には、純粋な驚きと攻撃を跳ね返された口惜しさがあった。


「そんなことは、てめえには関係ない。てめえには未来もない。ここで死ぬんだからな」


ユリは強気だ。気持ちは負けなくても体力が追いついていない。ユリならやり遂げてしまいそうだけど、目の前の魔物は違う。人の容姿をしているだけに忘れてしまいそうになるが、強さは計り知れない。桁違いの力を有している魔物だ。


「ククク、面白い...。と、儂の腹に刺さっている陳腐な剣はお前のものか...?知らないのか...?刺さるとそれなりに痛いのだぞ...?」


その陳腐な剣を僕目掛けて投げつける。トウコツの冷酷な瞳には怒りの色が確認できた。見てしまった。その双眸に僕は身動きすることが出来なくなる。動きたいのに瞳に魅入られてしまった。揺るぎない圧倒的な恐怖に。


「きゃああああああああ!」

サツキの悲鳴が響き渡った。


「風の加護は間に合わなかったみたいだな?」

「よく見ろよ...、間に合ってるだろ?」


ユリの指差す先には僕が居た。放たれた陳腐な剣もとい、僕の片手剣は僕の真下に転がっていた。エメラルドの光が僕を包み身を貫くはずだった剣を弾き返してくれていた。じゃあ、僕に風の加護を寄越したユリは...?双剣の一つは手中に収まり、もう一つは左脇腹に突き刺さっていた。トウコツは僕と同時にユリにも攻撃を仕掛けていた。


「な、なんで.......」

「...お前が、サクラを助けてくれるんだろ...?」


ユリはニヤリと笑った。ユリの周辺に血溜まりができている。その血溜まりはどんどん大きさを増していく。このままじゃ.......。


「愚かな...、他人を救うために己を犠牲にするとは。漆黒の若君は甘いなあ...」


トウコツが嘲笑う。


「許さない、許さない、許さない.......」


下に落ちている剣を取り、ユリの元に向かう。既に側でサツキが泣きじゃくっている。このままでいいはずがない。僕がやるしない。


ユリに突き刺さっている双剣を引き抜く。血が吹き出し、ユリが呻き声をあげた。


「てめえっー!何をする!?」


サツキは胸ぐらを捕み、殺意に満ちた目を僕に向ける。


出来る、出来る、出来る。

シュンノスケに出来て僕に出来ない筈がない!

このままじゃ、ユリが.......。


溢れ出る鮮血。蒼白な顔色をしつつも、座っている体勢を崩さないユリ。

まだ戦うつもりでいるユリは本当にすごい。


助けたい

助けたい

助けたい


頭の中の行方不明だったパズルのピースがやっと見つかった感覚があった。

これでいける!僕は最後のピースを置いてパズルを完成させる。


僕は右手に意識を集中し、ユリの傷口に翳す。



「面白いなあ、お前...。それに何その色!気に入らないなあ...」

「後ろっ!」


ゆっくりさせてくれる気は、ないらしい。長い足が僕に向かって振り下ろされるところだった。サツキが風の塊を投げ込むが手で払われてしまう。


「邪魔」


僕は空いている手をトウコツに向けて『シッ、シッ!』と追い払う手つきをした。直後、トウコツの体が吹っ飛ぶ。今のうちにユリを治さなければ。僕の頭の中にはユリを助けることしかなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ