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31  風詠の姫

ドアの先には、背の低いテーブルとソファーが配置されている部屋があった。でも、そこにはサクラは居ない様子。サツキは素通りし奥にある白いドアの前で立ち止まる。


「サクラ様、入りますよー?」


「はい、どうぞ」


先ほどドア越しで聞こえた小さな声がした。

花柄の天蓋付きのベットが部屋の中央に置かれている。ここは寝室らしい。僕も一緒に入っていいのか戸惑ったがサツキが目で入るように促してくれたので遠慮はしないことにした。天蓋には同じ花柄のカーテンがありしっかり閉められている。窓から差し込む日差しがカーテンの中の人影を映し出している。


壁紙もベットと同じ花がら模様で統一されており、本当にお姫様の部屋のようだった。実際その通りなんだが...。周りに置いてある調度品の高級感が半端ない。近くに寄ることすら恐ろしい...。


「見て、これ可愛いぞっ!」

「ホントだぁ〜」

「ええ」


アザミが窓に向かって何かを持ち上げている。何を持っている?それは太陽の光をキラキラ反射させている。バラのような花束をあしらった大きなクリスタルだった。クリスタルの透明感といい、光の反射具合といい見るからに.......。


「うわあああぁ!何持ってんの!?置いて、そぉっと壊さないうちに置いて!」


僕の焦りに気づいていないのか、アザミは不思議そうな顔を向けてきた。


「壊さないしっ」

「いやいやいや、壊す前に戻して欲しいんだ!」


アザミがムスッとした顔をした後、ベーっと舌を出した。



「ゆっくり見て頂いて問題ないですから。お気になさらずどうぞ」



いつの間にかカーテンが開けられていた。ベットで上体を起こし大きなクッションに凭れかかっているサクラがこちらを微笑ましそうに見ていた。


「お前ら、何揉めてんだ?」


サクラの隣に腰掛けているユリが呆れ顔で同じくこちらを見ている。ユリの隣にはシオンが腕を組んで立っており面白そうに僕たちとユリを交互に見ている。


サクラの髪と瞳は、ユリの瞳と同じエメラルドの色だった。サラサラな長いストレートの髪を右に束ねてゆるく結んでいる。ユリをふんわりと優しくしたような顔立ちで、つまり、サクラもかなりの美人ってことになる。街を歩いている限りそんなに多いとも思わないのだが、この世界で出会う人物はどういう訳か美男美女の確率がやたら高い...。美男の横に居ると引き立て役になった気分になるが、美女に囲まれる経験は滅多に無いので嬉しくないと言えば嘘になるが...。



「ゴホッ、ゴホッ.......」

サクラが突然咳き込み始める。


「大丈夫か?無理すんなよ?」

「サクラ様、横になって休んだほうがよろしいかと...」


サクラは、ユリ、サツキに両側から話しかけられ、頼りなさげに微笑んでいる。

すごく色白だとは思っていたが、その色は病的な青白さだったのだと気付いた。

シオンはベットに腰を下ろしサクラの腕を握っている。


「指一本っ!」


サツキが叫び一歩踏み出したところをユリに無言で静止される。大好きなユリに睨まれたことがショックだったらしい、サツキは元居た場所に大人しく戻りしゃがみ込んで小さく丸まってしまった。



「シオンは医者だからな、判断は任せよう。いいかな?サツキ」


い、医者...。この人はどこまで...、もう考えるのはやめておこう...、自分が虚しくなるだけだ.......。


ユリは丸くなっているサツキをそのまま持ち上げて膝の上に乗せ頭を撫でている。膝の上のサツキは丸まったまま渋々といった体で「分かりました...」と小さく呟く。その姿は、小動物みたいで愛らしい。丸くなっているところなんか猫みたいで、ピンクのふわふわ猫といったところか。猫じゃらしをサツキの目の前に持って行きたい衝動に駆られる。そう思えばユリのサツキへの接し方も対動物って感じがしない訳でもない...。まさに今、喉を撫でていないか...?僕はサツキを不憫に思った。



「せっかくお兄さまがいらしているんだもの眠ってなんていられないわ!」


ユリの左腕にしがみつく。膝の上のピンクのふわふわ猫はユリをサクラに譲ったらしい。地面に着地して名残惜しそうにユリを見つつ、気遣わしげにサクラを見ている。...忙しそうだ。


「仕方がないな...。辛くなったら隠さず言うこと」


シオンの言葉にサクラは嬉しそうに大きく頷く。


「ありがとう。だからシオンって大好き!」


サクラの何気ない言葉にサツキはシオンをキッと睨み、シオンは苦笑いをしている。こんなやり取りを何回続けてきているんだろう...。この三人の日常が垣間見れた気がした。


サクラは生まれつき身体が弱く独りで歩くことも不自由なため、ほとんどの日々をこの寝室で過ごしている。そのサクラを親身にお世話しているサツキは三月ほど前からサクラ専属の女中として働くことになったのだという。それまで仕えていた女官にサクラは、「ピンクの髪の小さな女性が現れたらすぐに会わせてほしい」と頼んでいたそうだ。つまり、その女性がサツキで会えたのが三月ほど前ということになる。自由に外出することが困難なサクラがどうしてサツキの存在を知ったのだろうか?




「あなたをお待ちしておりました」


何の前触れもなく口を開いたサクラのエメラルドの瞳は真っ直ぐに僕に向けられている。


「やっぱりコイツだったか」


兄妹で頷き合い納得しているようだが、僕には話が見えてこない...。


「...ええと?」


二人の視線に耐え切れず何かを言おうとしたが、思いつかない。



「あなたに出会うことはわたくしにとって必然でした」



サクラの声音には説得力があった。が、このまま受け入れていいものなのか?


「僕はここの世界の住人ではありませんし、あなたとは今日初めて会ったばかりですし...。恐らくどなたかと勘違いされていると思いますが.......」


僕が探しているのは封印の場所であって、王都の姫君ではない。サクラが待ち望んでいる人はもっと何もかもが飛び抜けて優れている人なんだろうと思う。例えばシオンのような。そんな人物に間違われたのは光栄だが何も出来ない僕には荷が重すぎる。


僕は元の世界に戻ることよりも、何故僕がこの世界に来たのかその理由にも興味が湧いてきていた。そのためにも残る二つの封印を解き要を手に入れ、朱い塔を目指すしか無い。そこに行けばすべてが解決すると信じている。宮嶋百合、僕が会いたくて堪らない相手なのは変わらない。家族だって大切だ。だが、こちらの世界でも同様に大切な人たちが居るのも事実だ。近い将来、僕は選択を余儀なくされる、その時僕はどちらを選ぶのだろうか?



「わたくしは『風詠の姫』と呼ばれております。王族の女系のみに代々受け継がれている力なのですが、ほんの少しだけ未来のことが詠めるのです」


僕が思案を巡らせていると、サクラが淡々と語りはじめた。その内容にサクラを見返す。


「風詠の姫?」


「はい、王都の民はわたくしの事をそう呼びます。この力を継承した者の身には魔物が巣食うのです。このわたくしも例外ではありません、この身には魔物がおります」


「...体の中に?.......それって、」


「サクラは生まれながらにして魔物の封印場所として存在している。隙あれば己の身を破って外に出ようと暴れる魔物と戦い続けることは人の身には負担が大きすぎる...」


ユリは悲痛な面持ちでサクラを見ている。サクラは困ったような眼差しをユリに向ける。サクラの身に宿る魔物...、僕はキュウキを思い出していた。尋常ではない力を有し周囲に絶望を与え圧倒的な存在感を放っていた。そんなモノを人が体内で維持出来るのだろうか.......?ほとんどの日々を床に臥して過ごしているというが、こんな小さな身体でこの少女は独りでずっとあんなのと戦ってきたのだろうか?


「歴代の風詠の姫は短命、三十まで生きれば長生きな方だ。でもサクラには見えたんだ、自分の代で風詠が終わるその日が。そこには朱い双眸の人物が居たそうだ...、お前がな」


見上げられたユリの瞳に、僕は何も言えなかった。僕はそんなにすごい人間ではない。サクラを自由の身にしてあげたいがその思いに偽りはない。が、期待に応えられず失望に終わるかもしれない。


「僕じゃなくて、もう一人の朱い人かもしれな...」


「サクラがお前だって言ってんのにか?」


刺すようなユリの視線が痛い。沈黙が続く。

親の期待から自分の意見を言うこともせずに逃げようと画策し、今度は周りの期待が失望に変わることへの恐怖から逃げ出そうとしている。ユリは僕の心理を見透かしているかのように僕を見据える。目を逸らすことが出来なかった。自分をこれほど恥ずかしい人間だと思ったのは初めてだった。

僕はユリを見て、ゆっくりと頷いた。


「サクラ様の為になるのなら指一本以上触れることを許可します」


サツキが僕の近くを見ながらぼそっと呟いた。目を見てくれない...、どれだけ嫌われているんだろう...。


人体が封印場所ってことは、どうすればいいのだろう?

年長者のシオンならば知っているのだろうか?シオンを見ると、どういう訳か表情が曇り始めている。そして溜め息をつき、悪戯っ子の顔になった。


「あーあ、見つかってしまったか.......」


寝室のドア付近にガタイのいい四、五人の男性が立っている。

若い女性の、それも姫様の寝室ということで入室することを否としたのだろう。


「.......シオン様、こちらに居られたのですか!」

「我々はシオン様を探すために王宮に務めているわけではございません。そろそろ気を改めて職務に集中していただきたいものですが.......」

「今日は大人しく言うことを聞いてもらいますよ?」


どうやら、ユリが訪ねてきたから特別に駆けつけたようなことを言っていたが実は職務の放り出しは日常的に行われているらしい...。この人、やっぱり、只者ではない...。


だが、シオンを連れ戻しに来た男性たちの気迫は凄まじいものだった。使命感に燃えているようだった。有無を言わさずシオンは前後をしっかり固められサクラの寝室から連行されていった。


「そなたの一報に感謝する」


最後に部屋を後にした男性はサツキを見ていた。


「サツキ...」


シオンの小さな呟きとともにサクラの部屋のドアが閉められた。なんだか可哀想な気もする。いつの間に通報したのか?サツキを見るとドアに向かってほくそ笑んでいた。恐ろしい...。僕はサツキに嫌われないように努力しようと心に決めた。


「あーあ、アイツは強力な戦力だったのに.......」


ユリの残念そうな声音にサツキがまた丸くなりかけた。今にも泣き出しそうだ。


「...まっ、いっか!」


言を継いだユリに、サツキは「ハイっ!」と背筋を伸ばした。

貴重な戦力なのに、いいんだ...。僕は遠い目でシオンの消えていったドアを見た。




「サクラの調子も良さそうだし、今から殺っちまうか」


ユリの軽いノリに「そうだね」と言いそうになった。が、とんでもないことをこの人は口走らなかったか...?耳から入ってきた言葉が信じられず聞き間違いを期待して思わず聞き返してしまいそうになった。エリカ、アザミも僕と同様にユリを見ている。


「お前ら聞いてなかったのか?これから封印を解くから、心づもりをしとけって事だ。いいな?」


ユリの中では決定事項のようだ。

サツキ、ムスカリは頷く。


「そこの三人!いいか?」



「え、ええと...」


今、強力な戦力が強制連行されてしまったばかりじゃなかったか...?


いいの?、僕はエリカを見る。どうかなぁ...、エリカはアザミを見る。こうなったら、いいんじゃないのか?、アザミは僕を見る。最後にアザミの意見を聞いたのが間違っていたのかもしれない。


「はい...」

「はぁい〜」

「オッケー!」


と、言うわけで僕たちは作戦会議も応援も呼ばずに強敵に挑むことになった。

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