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30  王宮の闇

「待っていてくれ」


その一言を残してユリはドアの向こうへ消えて行ってしまった。

王宮と言われるだけあって規模が大きい。まさにビャッコー大陸の中心の王宮と呼ぶに相応しい建物だ。外装は重要文化財に登録されていそうな立派な天守のある城で『和』だが内装は予想外に『洋』だった。調度品や王宮の中に居る人々の来ている装飾品は綺羅びやかで、まさに馬車の中でイメージしていた豪華絢爛というやつだった。


応接間という表現が正しいのか分からなくなりそうなほど広い部屋に通され、恐縮している中、王宮に仕える女中が三人ほど僕たちのために紅茶を用意し、クッキーやケーキ、果物などを勧めてくれている。エリカやアザミは目を輝かせてケーキを食べている。流石に女子だ、甘いものには弱いらしい。この勢いだと二つ目も手を伸ばしそうだ...。その様子を暫く見ていたが、僕の隣でじーと物欲しそうに前方をひたすら眺めているムスカリに気づいた。


「あれ?食べないの?」

「ええ...、最近太ってしまって.......」

「太っているようには見えないけど?」


ムスカリを見ながら言うと、ムスカリは再び深い溜め息をついていた。実際太っていないし、そんなに食べたいなら素直に食べればいいのにとか思ってしまうけど本人にしか分からない悩みなのだろう。それにしてもどこが太っているのか...?謎だ...。


「ここが、最近大きくなってきているんです.......」

「.......へ?」


ムスカリは俯いたまま、大きくなっているという箇所を指した。そ、そこは。大きくていいんじゃないの?むしろ大きいほうが好きだ!とも言えず。僕は黙ってムスカリの前にずっと眺めていた色とりどりのフルーツが敷き詰められているケーキを置いた。なんなら二個置いてしまおうか、とも思ったけど流石に気にしている様子なのでやめておいた。


「あ、あの...。大きくなったら嫌じゃないですか?不格好じゃ、ないですか?」

「ええと...。嫌じゃないです!むしろ、...その方が好みです」


言ってしまった...。ムスカリは嬉しそうにケーキを食べ始めているし、僕は言って良かったことにした。にしても、そんなに大きくなったのかな?うーん。そう言われれば大きくなった気もするけど。


「舜〜、どこ見てるのかなぁ.......?」

「イヤラシイー。なんならボクのを見せてやる!」


エリカの冷ややかな視線の横でアザミは突然脱ぎ始めたが、二人の女中が止めに入ってくれた...。...恥ずかしい。僕がムスカリの胸に釘付けになっていたのが悪かったのだろうけど。ユリの立場は大丈夫だろうか...、足を引っ張ってないだろうか...、そんな心配をしていたら本人が戻ってきた。



「おいおい。変な行動とかしてないよな?」


女中の慌てぶりを見て苦笑いをしている。鋭い!とは思ったけど黙っておくことにした。ユリはやっぱり怖い。


「おおお!王子様ーっ!」


白の立襟のシャツにフリルの利いた淡いオレンジのスカーフを巻いている。細やかな刺繍の入った光沢のあるグレーのジャケットを羽織り、濃いグレーのタイトな膝下までの長さのパンツ着こなし焦げ茶の長いブーツを履いている。ボサボサの髪はしっかり整えられている。どこから見ても完璧な王子様だった。アザミの言葉に顔を顰めている。あああああ、せっかく王子様なのに!言うと怒られるので心の中で思った。


「じゃあ、行くぞ?」


戻って来たと思ったら、もう行くらしい。女子達は甘いモノと最後のお別れをしていた。三人の女中たちは、深々と頭を下げている。その瞳には戸惑いの色が見え隠れしていた。ユリは王宮内のどの人にも親しく話しをしていない。彼は少し癖があるけど基本的には面倒見がいいし好かれる人柄だと思う。だから何かが引っ掛かる。俺の家だと言っておきながら他人の家に来ているような...。



ドアを開け、大股でユリはどんどん進んでいく。その前方には背の高い人影が見える。


「お待ちしておりました。ユリ様」


その人影は、深々とお辞儀をしている。低くてよく通るハリのある声が響く。金髪のウェーブのかかった髪に紫色の瞳、黒縁の眼鏡をかけている。見るからに頭が良さそうだ。ユリと同じような出立ちではあるがユリのような華やかさには欠けている黄褐色のジャケットに白のスカーフを巻いている。


「シオン、その話し方はやめてくれ...。虫唾が走る」


ユリは手を額に当てながら、壁に凭れかかっている。


「久々に帰ってくるっていうから、職務を放り出し追ってくる者たちを巻いてここまで来てやったのにな。ヒドい言われようだ」

「職務の方を全うしてくれよ...」

「久々に我が子に会えるんだぞ?仕事なんかやってられるか!」


「えええぇ〜?お父様?って、言うことはぁ...?」

「王様ーっ!?」



王様にしては、若すぎないか...?どう見ても、ユリと同年代にしか見えないけど。でもユリだしな、あり得ないとも言い切れないか...。僕の疑問を読み取ったのかユリが口を開いた。


「育ての親だ。言っとくけどコイツは若く見えるがもう四十路半ばだぞ?」


「.......」

「.......」

「.......」

「.......」


絶句の若さだった。おまけに王様の参謀役で片腕的存在の上、騎士団総長を兼任している。かなりすごい人のようだ。四人の食い入るような視線にシオンは苦笑している。


「...に、しても。よくここまで集めたというか、賑やかな仲間だな。俺は好きだが」


ユリに向かって片目を瞑った。ユリは複雑な表情になる。

シオンは納得したように頷き言を継いだ。


「黒は、世界を闇に変える者の象徴とされビャッコー大陸では忌み嫌われる色なんだ。その色を有している上に、朱持ちってのも面白い」


僕のことを言っているのか。黒は忌み嫌われている、そう言われると納得がいく出来事が幾つかあった。さっきの三人の女中の態度もおかしかった。僕に近づくことを避けているような気がしていたけど、気のせいじゃなかったらしい。王都商会に身を置いていた頃にも、外出する度に白眼視され目が合うとすごい勢いで逸らせれたことが度々あった。朱いからだと思っていたけど黒いからだったとは。ムスカリをチラリと見る。だったら漆黒の闇って相当変わった人々の集まりになるのか.......。


「黒は好きだけどなー、ボクはっ!」


アザミが僕、ムスカリ、そしてユリを見てニッコリと笑った。


「無論俺も大好きだ」


シオンはユリの頭を撫でまくっている、正確には髪をぐしゃぐしゃにしている。せっかく綺麗にセットされて完璧な王子様になっていたのに...。


「やめろおおお!」


ユリの素早い蹴りの応酬を余裕たっぷりに避けているシオンはすごい。流石、騎士団総長!一見、インテリな感じだけど実は文武両道、おまけにモデルみたいな体型に端正な顔立ち。悪いところは、弱点はこの人にはあるのだろうか...?


そうだ。ユリも黒髪だった...、王族なのに。僕には計り知れない苦労をユリは経験してきているのかもしれない。くしゃくしゃにされていた髪はいつの間にか綺麗になっていた。しかも、よりユリに似合っている髪型になっていた...。間違いなくシオンの仕業だろう...。どこまで完璧な人なのだろうか.......。


「闇の色を持って生まれてきたユリはここでは歓迎されて無くてな...、人目を避けるように自室に閉じ込められていたんだ。それを不憫に思った心優しい俺が面倒を見ることにしたんだ。なっ!」


ユリの肩を組もうとしたシオンの腕は見事に弾き返されていた。


「...俺の話はその辺でいいだろ?さっさと行こうぜ?」


ユリはつまらなさそうに外方を向いている。どこか拗ねている、気もする。


「そうだな、行くか」


シオンはゆっくりと歩き出す。僕たちもゆっくりその後に続く。明るく語られた割にかなり辛い内容だった訳で、なんて言ったらいいのか言葉が見つからなかった。


「おい、お前らが暗くなってどうする...」


「だってぇ...」

「そんなこと言われてもなるって!」

「.......」


エリカに、アザミ、僕はやっぱり言葉が見つからない。ムスカリはユリをじっと見つめている。よく見ると目に涙を浮かべている様子。


「みんなが付いてますから」

「お、おい。何をするっ!?」


ユリが珍しく後退る。ムスカリがユリを抱きしめていた。冷静沈着が売りだったのにそれが最近崩れてきている気がする。それにコンちゃんが居ないのも気になってはいた。ムスカリに聞いても近くに居るけど会える距離には居ないとかよく分からない回答が返ってくるだけだし、もしかしたらムスカリ自身にも分からないのかも知れない。問題は無いと言い切っていたが本当のところはどうなのか。


「心配しないで、安心して下さいね」


子供をあやすように肩をゆっくりと叩いている。ユリは言葉では「離せ!」とか言っているくせに抵抗すること無くじっと抱きしめられていた。


「もう大丈夫だ。ありがとな」

「はい」


今度はユリがムスカリを抱きしめる。

今度はムスカリが慌てる番だった。


「たまになら、女に抱きしめられるのも悪くない。が、俺は抱きしめるほうがいいな」


ユリはムスカリにニッと笑って見せた。ムスカリの顔がみるみるうちに朱に染まっていく。危険な色男がここにも居るとは!トレニアの顔を思い浮かべた。それに今は王子様だ、恐ろしいことに魅力は三割り増しってところか?


「アイツの周りには昔っから女が寄ってくるんだ。ああ見えて優しいからな。気を付けた方がいいぞ?」


いつの間にか戻ってきたシオンが僕の耳元で囁いた。気を付けるって言葉も引っ掛かったが、何故それを僕に言う?すごい洞察力だ...。なので、僕は急いでムスカリをユリから引き離した。



幾つものシャンデリアが上から吊るされており両側には綺羅びやかな女神の像が何体も等間隔に置かれている。豪華な回廊をひたすら歩き大理石の階段を上り、やっと目的地に到着できたらしい。シオンが振り返りユリの顔を見るとユリはそれに頷く。


シオンはドアの横の円い台の上にある銀製の小さなベルを手に取り鳴らした。その音は澄んでいてとても心地の良い音がした。


「シオンでございます」


すぐにドアは開かれ、中から背の小さな少女が出てきた。淡いピンクの髪をふたつに分けて結いている。同じく大きなピンクの瞳がシオンを見ている。


「サツキか、中に入ってもいいかな?」

「どうぞ、サクラ様には分かっていたみたいですので」


冷たい敵意剥き出しの視線をシオンに向ける。どれだけ歓迎されていないのか...。

サツキはシオンの斜め後ろに居たユリに気付き深々と頭を下げた。小学生のような幼い顔をして仕草や声は大人だった。そんな子供を思わず思い出して、懐かしい気持ちになる。ストックだ、でも彼には子供らしさがしっかりあった。だけど目の前にいる少女は完璧な大人だった。


「久し振りだな、サツキ。元気にしていたか?」

「はいっ!サツキはユリ様にすっごく会いたかったですーっ!!ユリ様相変わらず素敵ですーっ!!!」


完璧な大人だったはずの少女はコロリと歳相応の可愛い小学生になった。歓迎されていないのはユリじゃなくてシオンの方だったのか。シオンには悪いけど少しホッとしてしまった。サツキは可愛い小学生から大人の女に豹変していった...。ユリの手を握り、恋する瞳でユリを見つめる。瞳にはハートがしっかりと見えた気がする...。


サツキは僕たちにも気付いたようでエリカ、アザミ、ムスカリに、にこやかに挨拶をして、僕を見るなり『冷たい敵意剥き出しの視線』を向けてきた。どうやら僕も歓迎されていないらしい...。初対面の人にここまで嫌われる覚えは無いんだけど.......。


「サツキ、お兄さま来ているんでしょう?独り占めしていないで早く連れてきて!わたくしも会いたいわ!」


小さいながら芯の強さを感じる凛とした声が部屋の中から聞こえた。


「はーい」


ドアを大きく開き、ユリを先頭に招き入れてくれている。が、サツキは僕とシオンの前に両腕を広げて立ちはだかった。


「サツキ.......」


シオンが困った顔を見せている。


「念のため、忠告しておきます!サクラ様には指一本触れることは断じて許しませんっ!!」

「俺を何歳だと思っているんだ?親子ほど離れている者を相手にする訳は無いだろう.......?」

「そんなこと信じられません!見た目が若ければ同じです!」

「そろそろ、いい加減に信じてほしいのだが.......」


毎回こんな会話が繰り広げられてるのだろうか...。

ここを訪れる男性は苦労するな.......。

同情する気持ちでシオンを見ていたがサツキの視線はいつの間にか僕に移っていた。


「はい、指一本触れないです」


サツキが口を開く前に、僕は右手を上げ即答していた。

そんな僕にシオンは苦笑していた。

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