29 王都アサイラム
木々は色付き緑は勿論、オレンジ、ピンク、黄色、紫、青など個性的な彩りが目前に広がる。空には鮮やかなピンク色があるわけで、斬新という言葉がよく似合っている。スザークに居た時のような茹だるほどの暑さはなく、過ごしやすい気候だった。朝と夜の寒暖差があるので羽織るものは必要ではあるが凍えるほどでもない。秋の気候に近いかな。暑すぎず寒すぎず、とても僕好みの温度加減だった。
通る道はすべて舗装されており、とても歩き易そうだ。それに獣人やモンスターなどの魔物が一切居ない。何処かには生息しているだろうけど人前には現れないらしい。等間隔にある街灯もあって整備された大道が目の前に広がっている。大陸の細部まで舗装、維持補修加えて、治安維持は楽園の翼が請け負っている。王都周辺だけではなく、全域に渡って網羅しているところがすごい。悪事さえしなければ完璧な仕事をしているのに、本当に残念な集団だと思う。
「シラーは今頃どうしているかな...」
アザミは、外の景色を見ながら、ボソリと呟いた。シラーは、ジニアが船で両親の元へ送り届けることになっていた。ついさっき、お別れをしてきたのだがシラーはアザミの腕に抱きついたままずっと離れたくないの一点張りで泣きじゃくっていた。シラーを宥めていたアザミも最後には泣き出してしまっていた。そんなお別れをした後だから気になる気持ちは分かる。泣くほどに離れたくない相手。元居た世界では知り合えなかったであろう相手に僕は既に出会っている。不意に心が暖かくなる。はじめはこの世界に来てしまった運命を認めたくはなかったが、今では楽しんでいる自分が居ることを自覚している。感謝もしている。
「船の上かな〜、」
エリカが顎に手を当てて応える。
「ま、ジニアが一緒だから心配はない。安心しろ」
僕の隣に足を組みふんぞり返って座っているユリが口を開いた。
離れ離れになっていた仲間が揃ったのだから、先に進むしかない!ということで僕はトレニアにビャッコー大陸の封印場所について聞いた。途端にトレニアとユリが顔を見合わせる。僕は手応えを感じてこれから手に入るであろう情報に期待していた。だけど結果的に手に入ったのはユリだった。ユリはかなり強引に一緒に行くと言い出し、勝手に行き先を王都に決め馬車を手配し、今に至っている。彼は強いし心強いのだが、ただ眼つきが怖い.......。
「なんだ?」
僕に向けられたエメラルドの瞳に、頭を振った。いじめられっ子気質が拒否反応を起こしているのかな...?そんな気質はさっさと無くしてしまいたいので僕はユリと仲良くなるという目標をこっそり立てた。
「...いつ、王都に着くの、かな...?」
知っていることを思わず質問してしまった...。笑顔も引き攣っている.......。そんな不自然過ぎる僕の言葉にユリは怪訝そうな顔を向けている。
「夜には着く」
僕を観察し、面白くなさそうに答え、そっぽを向いてしまった。
あああああああああ!絶対変な奴だと思われた!仲良くなる目標が遠ざかっていくのを感じていた。
「さっき、言わなかったけ〜?もうっ、聞いてないんだからぁ!」
エリカが頬をぷぅっと膨らませた。ムスカリは、「ウフフ」って妖艶な笑みを浮かべてくる。アザミは「やっぱ、いいなー」と意味のわからないことを言っていた。
馬車から降りると、日が暮れて肌寒くなっていた。長時間じーっと座ったまま馬車に揺られていたので王都アサイラムはどんな所なのか?僕は勝手に想像を膨らませて時間を潰していた。王都って言葉の響きから中世のヨーロッパみたいな城が中央に聳え立っていて、通りは統一感のある石畳で敷き詰められ、貴族のお屋敷みたいな建物が至るところに建ち並んで王都全体が豪華絢爛な作りになっているイメージが頭の中で完成していた。だって、王都だし。
実際に降り立ってみると。
そこは、中世のヨーロッパではなく和洋折衷の世界が広がっていた。和風で趣きのある木で作られた家の横には、レンガ作りの小洒落た家が並ぶ。風変わりな光景だがどうなのだろう?予想通り、石畳の通りというのは正解だったけど。何でもありの大きな都市だった。
「このまま、王宮に行くぞ?」
ユリは、仁王立ちで言い放った。
僕たちはこれから宿泊する宿屋を探すとばかり思っていた。だって、夜だし。
アザミが何故か大金を持っていたから金銭的には余裕なはずなのだ。
「...王宮ってそんなに気軽に行けるところなの?」
僕はこの中で一番詳しそうなエリカに耳打ちした。
「えぇ!?そんなことは無いよねぇ?謁見するのに予め許可が必要よねぇ?」
ということは、下手したら捕まったりするんじゃないのかな...。
放っておくと実行してしまいそうな相手を止めるにはどうすべきか考える。が、思いつかない...。だって、夜だし!不審者扱いされて牢屋に打ち込まれてからでは遅いよ...。
ムスカリ、アザミは、我関せずの姿勢だ。はっきり言って当てにならない.......。こういう時はエリカ頼りだ。エリカはというと、ユリを眺めている。ちゃんと考えているよね?頭、働かせているよね?
「ユリさん、捕まるといけないから、今日は宿で休もう!明日、謁見の申請をしてから王宮に行こう!!そうしよう、ユリさん!!!」
いい案が思いつかず、勢いに任せることにした。もう、こうなれば自棄っぱちだ。我関せずの二人に宿屋へ連れ込むように指示を出す。エリカには宿探しをお願いした。僕は説得をするのみ、だ。
「はあ?俺はなんて言った?王宮に行くって言ったぞ?」
「王宮に行くには許可を取らなければいけないから、明日に行こうと...」
説得しなければと思いつつ、勢いに押され気味になってしまう。
身体は勝手に後退るし...。あああああ、いじめられっ子気質が憎い...。
「あそこは、...俺の家だ。いつ帰っても問題ないはずだが?」
「だから家でも、無理ですって!........え?い、えええええっ!?」
「そうなのぉっ!?」
背後からも素っ頓狂な声が響いた。間違いなくエリカだ。
宿屋探しはどうした!?もう見つけてきたのか!?
「ユリは王子様なのか?」
アザミの興味津々な言動に、ユリは苦々しい表情になった。本当に嫌がっているようだ。
「家は家で、俺は俺だ!」
ユリの言い放った言葉にアザミは「そりゃそうだ!」と即答した。
「でも、まあ時間も遅いことですし」
今まで、我関せずチームに居たムスカリが動いた。
「エリカが見つけてくれた宿屋に行きましょうか。ユリさんも一緒に行きましょう、舜サマをよろしくお願いします」
ムスカリはすたすたとエリカを連れて歩き出して行ってしまった。残された僕とアザミは真ん中にユリを挟んで二人に続く。普段あまり発言しない分、口を開いた時のムスカリの説得力というか迫力はすごい。でも、何故僕はお願いされたんだろう?そんなに頼りないのか?正直、ちょっと凹んだ。
黙って隣を歩いているユリを見た。本心では、王宮には行きたくなかったんじゃないかな?ムスカリがユリも行こうと言った後、一瞬だったけど安堵の表情を浮かべているのが見えたから。王子様が無風同盟に参加してるってどういうことなんだろう?王宮に帰らず、戦闘に明け暮れているのもかなりおかしい。
「離せって!俺がお前の面倒を思いっきり見てやるから安心しろ」
両脇を固めていた僕とアザミの腕を振り払う。『面倒を見る』しかも思いっきりと言っていた、僕には嫌な予感がしてならない。
「よかったな!舜」
アザミの考えなしの言葉が投げかけられる。どう返したらいいのか分からず、ひたすら笑って誤魔化すことにした。
エリカは二部屋用意してくれていた。
常識から考えて、男女に分かれて部屋を使用するってことだ。だが、そんな常識が通用しない奴がいた。
「嫌だ!ボクは舜と同じ部屋がいい!」
アザミが受付の前で暴れ始める。エリカはアザミを説得しているが首を横に振るばかりだ。ムスカリは傍観しているというか、僕をただ見ている。困っている姿を眺めて喜んでいるというのが正しいかもしれない.......。
「アザミ、いい子だから我儘言わないの」
頭をなでなでしながら宥めてみる。口を尖らせて外方を向いた...。
「コラ!いい加減にしなって!」
頭を小突いてみた。涙目になって僕を睨んできた...。
「お願いだから、言うことを聞いて」
頼んでみた。僕をじ~と見ている...。
「じゃあ、ボクの頼みを聞いてくれたらいいよ!」
アザミの頼みって.......?やっぱり嫌な予感しかしない。長時間同じ体勢で馬車に乗っていたし変な気苦労なんかもあって僕は疲れていた。早く部屋に行って休みたかった。
「ぼ、僕に出来るコトであれば...」
「うーんとねー」
アザミがじりじり近づいてくる。逃げたい衝動を押さえアザミを見つめる。
「万能薬っ!」
ビシッと人差し指が目の前に向けられる。万能薬.......、以前殺されかけた嫌な記憶が蘇ってくる。ムスカリをチラリと見ると心なしか睨んでいるような...?
「...ええ〜と、他は?」
「だからー、万能薬っ!」
万能薬は、譲る気はないらしい...。
「ボクだってあれから大変だったんだぞ?瀕死の状態からよくここまで頑張ったと思うんだけどなー」
上目遣いにじりじり近づいてくる。アザミの目が据わっている?
今度は思わず後退る...。もしかして禁断症状とか!?
「う、うん。無事に再会出来て本当によかった。頑張ったアザミはすごく偉い!...まっ、待ってほしいな。とりあえず、話し合おう!そうしよう!」
「いーやーだー。万能薬っ!万能薬っ!!」
これは、禁断症状だ!確信した、目があの時のムスカリにそっくりだ!
「...うわぁっ!.......ア、アザミっ!?」
不覚にも、僕はまた強引に唇をアザミに奪われてしまった...。徐々に力が抜けていく。まさか、また死にそうになったりしないよね?加減をしてくれているよね?そんな不安が大きくなりかけた頃、上に覆いかぶさっていたアザミが我に返った、らしい。
「...ぎゃあ!ボ、ボクは何をっ!?」
「何を?って...、万能薬っ!って叫んでから嫌がる舜サマにガブリと、。ですよね?舜サマ」
ムスカリだ。なんか言葉の節々に刺が見え隠れしているような気もするけど、そんな気がするのは僕だけだろうか?
「わーわーわーわー!」
耳を塞いで、顔を赤らめている。見ていて可哀想になるくらい慌ててしまっている。相変わらず僕の上に覆いかぶさったままだけど...。
「覚えていないんでしょう?...だったら気にしないで部屋に行って休んでおいで。大丈夫だから」
出来る限り優しく話し掛け頭をそっと撫でる。
アザミは顔を赤らめゆっくりと頷き僕を見た。
「じゃあ、覚えてなかったからー。もう一回っ!」
「ええぇっ!?」
僕の反応を見て楽しそうにくすくす笑っている。本気だったのか唇を尖らせて近づいてくる。これ以上吸われたら動けなくなりそうだ...。触れるか触れないかくらいにあったアザミの顔が突然視界から消えた。
「イタタタ...」
耳を抑えてムスカリを恨めしそうに睨んでいる。ムスカリは満足そうにウフフって微笑んでいた。この二人のやりとりは見なかったことにして、僕は姿が見えない違う二人の方が気になった。
「エリカとユリは?」
「部屋で待っているから決着がついたら教えてくれってユリさんが、その後に続いてエリカがワタシも〜って」
「.......」
僕も早く部屋で休みたかったんですが...。立ち上がろうとしてふらつく。思ったよりも吸われていたらしい、禁断症状恐るべし...。
「大丈夫かー?」
アザミが右腕を支える。
「アザミの仕業では?」
左腕を支えるムスカリが突き放したような口調で言う。両手に華、それも通りすがりの男たちは決まって振り返るほどの美人だ。両腕に当たる柔らかい感触も含めて嬉しい状況ではあったけど、今は早く部屋に行って休む!ことしか僕の頭には無かった。
「僕は平気だから。早く部屋に行こう」
行こうと言っておきながら両脇を支えられ階段を上らせてもらっているあたり、情けない...。
「はい、到着ーっ!」
ドアを遠慮なしにドンドン叩き勢いよく開ける。もし部屋を間違えていたらと、冷や冷やしたが不機嫌そうなユリが顔を出してきたのを見てホッとした。ユリの顔を見てホッとした自分に可笑しくなってきて思わず笑ってしまった。
「何笑ってんだよ?どうしたんだお前?生気でも吸われたみたいに窶れて」
「まあ、そんな感じなんだけれど...」
ユリは、ムスカリ、アザミ、僕の顔を見比べた後、ニヤリとした。...何か勘違いしてないか!?
「それはそれは、甘い時間を過ごしてきたようで」
あー、やっぱり。勘違いしている...。
「ボクは甘い時間だったかなー。残念ながら覚えてないけど」
「へえ。お前すげえな」
「アザミ.......」
気が遠くなってきた。ユリがニヤリとした顔を向けてくる。僕は思いっきり頭を抱えた。
「...僕は万能薬みたいな役目を持っているんだ、彼女たちのような要の存在にとって。万能薬を吸われると今みたいに『生気を吸われたみたいに窶れて』しまうんだ。ユリが思っているようなことはしてないから」
ユリは「誤魔化すな」とか言って信じないかもしれない。だけど何となく話してしまった。ユリを見ると、真剣な眼差しで真っ直ぐに僕を見ていた。
「...そうか」
ユリは黙って肩を貸してくれ、そのままベットへと運んでくれた。
「ありがとう」
肩を貸してくれたことは勿論、僕の話を信じてくれたことにも、僕は感謝した。




