表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/56

2  異世界

な、なんだっ!?

なんだったんだ!?


落下してきた絶世の美女を探すため、うつ伏せになっていた身を起こそうとして再び倒れ込む。頭がくらくら、する。そしてガンガンも、する。頭を右手で押さえながら辺りを見渡し、さっきまで居た屋上と違いすぎる光景に愕然となった。


ええと...?

辺り一面、花が咲き乱れていた。

青、黄、紫、白、ピンク。

なんか、おとぎの国のような場所だった。


ここは、屋上なんかじゃない。森の中?

僕の居るところは、木々の枝が円形に繰り抜かれたようになっていて、空がよく見えた。

何処かの田舎に遊びに来ている気分だ。長閑だし、さきほどまでのうだるような蒸し暑さも消えていた。過ごしやすい気候のお手本みたいな、見事な温度加減。


おとぎの国って思った理由が分かった。

信じられないけど、空がピンクだ。

雲も太陽もある。

夕焼けじゃなく、鮮やかなピンクだ。


「ここ、何処だ...?」


つい口から出てきた言葉に返答してくれる人物は、ここには居なかった。まあ、当然。見る限り僕なわけで...。

いつまでもゴロゴロしているわけにはいかない。早く絶世の美女を探して何が起きているのか説明してもらわなくては、ついでに文句も言ってやる!

重い身体を起こし立ち上がろうとした時、眼があってしまった。


どうみても人間じゃない。

耳の大きな犬みたいな狼みたいな動物が僕を見ていた。

ヤツは、ただの動物でもなかった。

二足歩行で、弓を構えている。

矢の向けられている先は、認めたくはないが僕だ。


獣人っていうのかな。

初めて見た。ゲームの世界では当たり前のように存在しているモンスター。友達として、いい交友関係を気づくことは不可能に思えた。その大きな黒目がちの眼は殺意に満ちていたから。初対面の相手に向ける視線か!?話も聞かないで殺そうとするか?目の前の獣人に僕の話す言葉が通じるかは分かんないけど。


逃げなくちゃ行けないのは明白だった。その、はずなのに好奇心が先に出てきた。

普段の自分の行動・思考からはあり得ないはずなんだけど僕は獣人に話しかけていた。心の何処かで『夢』だから大丈夫だって余裕があったし。

だって、あり得ない。

こんなことが現実に起きていいはずがない。

明らかに、目の前に広がる世界は『夢』そのもの、だ。


だから、僕は近づいたのかもしれない。何の躊躇もせずに。


「僕は敵じゃない、君たちに危害を加えることはしない」


心の何処かで、通じ合えると思っていたのか。

あの眼を、ギラギラと自分を見据える獣の眼を見たはずなのに。

『夢』なんだから、いつもの自分とは違う行動をしてみたくなったのかも知れない。

怖い思いをしたとしても痛覚は無くすぐに目が覚めるだろうって。

だが、直後僕は再びしゃがみ込む羽目になってしまった。


「つっ...!」


意外にも、夢が覚めることは無かった。


針が刺さった感覚のあとに、激痛が走る。

右腿に。

信じられない思いで痛みのする箇所を見る。

目の前の獣人が放ったであろう矢が見事に刺さっていた。

鮮やかな血が次々に流れている。


う、嘘だろ?

これが『現実』なのか?

これまでの何処か馬鹿にしたような余裕は見る影もなく消え去っていた。



ドクドクドッ、ドドドドドドドッ.......。


心臓が痛い。

破裂しそうなくらい激しい鼓動が体中を駆け巡っているようだ。

嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だっ!僕の頭はパニックに陥っている。

次に何をするべきか、それを考えることを拒否している。身体も石になったかのように動かない。視線は目の前の弓を構えている小さい獣をただ見ているだけ。


殺される、んだろうな......、きっと。

何処だか分からない世界で僕は殺されていくのだろうか、誰の目にも触れずに。

それで、気づかれないまま、風化して消えていくのだろうか...。


親友だと信じていた者に裏切られ、初対面の絶世の美女には性格が暗いと悪口を言われ。このまま僕の人生が終わるのってあまりにも可哀想過ぎやしないか?

ああ、そうだった。

まだ、お昼食べてないじゃないか!

これじゃあ、悔いが残って死にきれやしない。



屋上には、何も持たずに制服のままで来たはずだから護身に役立つものは何もないはず。

ただの白いブラウスに、ただの学生ズボンだ。

腰に手をおいて、無いよりかはマシってことで。

急いで学生ズボンにある革製のベルトを引き抜いた。

鞭みたいにして、戦えるかも知れないし身を守ってくれるかも知れない。


あれこれしている間に、再び矢が向かってくる。

運良く、手前の木が守ってくれた。

でも、次も助かるとは限らない。


逃げることを考えなくてはならない。

丸腰だし、運動神経がよろしくない僕には戦うなんて無理、絶対無理っ!

逃げるだけでも荷が重すぎるくらいだ。

恐怖で固まってしまった頭を空腹で正気に戻せた自分に複雑な気持ちを抱くが、終わりよければ何とやら。昼休みに呼び出してくれた峰岸周一と松本治に感謝した。あ、待てよ?呼び出しに来なかったら僕は授業をサボって屋上には行かなかったんじゃ.......?いや、いやいや、そうすると僕はアイツをずっと唯一の親友として信じていたはず。それも、それで.......。


ドンッ!!


目の前の地面に矢が突き刺さり、近くに咲いていた花が舞った。


ひぃっ!

今は、逃げるのを優先しよう.......。

ベルトを盾代わりに振り回し、安全なところまで逃げる作戦だ。ベルトを振り回して飛んでくる矢を防げるのかは不明だったけど、まぁ無いよりかはマシってことで僕は強引に納得させた。

幸運にも、森の中だ。

さっきみたいに木々が身代わりになってくれることを期待して、もしまた会えることがあったら一番に絶対文句言ってやるっーーー!その後に、詳しく話を聞こう。

もし死んでしまった時には、恨んで化けて出てやろう.......。いや、いやいや、生きて帰ることだけを考えよう.......。

絶世の美女を頭の片隅に置きつつ、目標の大樹へと駆け出した。



把握していた獣人の数は一匹だった。

そのはずっだった。

でも、僕の足はすぐには止まってはくれなかった。


右腕。

左脇腹。

左肩。


溢れ出る鮮血。

いくつもの鋭利な鏃が肌に食い込んでいる。

逃げる足が縺れ始める。

もう少しで倒れてしまいそうだ。

死角になっているはずの場所に移動したのにすぐ横から矢が放たれる。

あり得ない。あり得ない。だって、ヤツは僕の背にしている大樹の後ろに居るはず。


両腕、左肩、右腿、左足...。計五本、恐ろしいことに僕に刺さったままの矢があった。それ以上に僕の身体には傷口があるがどうやら動いているうちに外れてくれたらしい。切り傷は数えるのが嫌になるほどあった。両腕、左肩の矢は痛みを伴ったけど意外とあっさり抜けてくれた。鏃に返しが無くて本当に良かった。血もそれほど出てきてはいない。でも最初に食らった右腿のそれは思いのほか奥まで突き刺さっていた。


よしっ!

自分を叱咤し、強引に力任せに刺さった弓を引っこ抜く。


「ぐっ、うわああああああああっー!」


気が狂いそうな痛みに襲われる。途端に勢いよく流れ出る血液に、気が遠くなる。

ここで、意識を飛ばしたら最期だ。

僕は手に持っていたベルトを右腿付け根に結ぶ。何となく、気休めかも知れないけど血の勢いが弱まった気もする。


そんな間も、狩りは続いていた。

まるで、夜祭の的当てゲームみたいだ。

楽しそうに、六匹に増えた獣人は弓を引いていた。


『ギィー』

『ギーギィー』

『キッ、キッ!』


興奮気味な叫び声が聞こえてくる。

耳障りな、不快な奇声。


もう、逃げることも出来ないだろう。

そんなことより僕はすごく眠たかった。


背中。

もう一度、左肩...。


衝撃とともに痛みが身体中に広がる。

でも、今はただ、眠りたかった。

願わくば誰かが僕を見つけてくれることを祈って、僕は意識を手放していた...。






* * * * * * *






なんか、森が騒がしいわねぇ。

隣のマグナ村に住む叔母の家を尋ねた帰り道、結界によって舗装された小道で異変に気づく。


どうしたのかしらぁ?


リューイの森には、誰も入らないはずなんだけどなぁ〜。

淡いベージュの腰まである髪が風に靡く。

顎に手を当てて考え込んでいる。


獣人の住処であるこの森には朝であっても昼であっても絶対にこの小道以外は入らないはずよねぇ。

そんなことは、幼い子供だって知っているはずだし。


だって。

彼らは自分の種族以外はすべて敵。

見つかれば、殺すはず。

わざと急所を外して、じわじわとねぇ〜。

「..........」

身震いをして、これ以上考えることを止めた。



どうしようかなぁ〜。

森が騒いでいるしなぁ〜。

決〜め〜〜っ、たっ!

勢いよくエリカは森の中へ入っていった。身を守ってくれる結界の外側へと。




さて。

近くにあった、青い小さな花を見る。

なるほどぉ。

「ありがとうねっ」

ウィンクしながら進んでいく。

小さい頃から、植物の気持ちがわかる能力が初めて役だっているのかもと嬉しく思っていたりもする。


間違いなく、誰かがリューイの森に入ったらしい。

それも、中央付近に。

そこって、獣人の住処の目と鼻の先じゃないのよぉ。

もうっ、なにやってんだかぁ...。

死体なんて見たくは無いんだけどなぁ...。

自殺志望者なのかしら?

だったら、邪魔しちゃ駄目かしら?

.......う〜ん、助けるべきよね?

そうそう、自殺志望者でも助けるべきに決まっているっ!何が何でも助けようと心に決める。エリカの中では無謀にもリューイの森に侵入した人物は自殺志望者になっていた。



不意にお互いに庇い合って倒れている両親の姿が思い浮かんだ。

もぅ......。

なんで、出てくるかなぁ......。

もう、死なせたりはしないっ。

腰にある短剣を握る手に力を入れていた。



しばらく走った先に、なにやら人影が。

やっと、居たっー!

見つけたっ!

近づいて、ギョッとした。

血だらけの男の子?

それも、相当な量の出血だ。

もしかしたら、志願を果たしてしまっているのかも知れないが放っておくことが出来なかった。


獣人と男の子の間に割り込むことに成功したのはいいけれど。

えっとぉ、いち、にぃ、さん、しぃ、ごぉ、......。

八匹の獣人に囲まれていた。


こんなに、たくさんの数を相手にしてたのぉ...?

後ろで倒れている男の子を見た。まだ息がある、志願はまだ果たしていないわけだわね.......。ふぅー、息をゆっくり吐く。取り敢えず間に合ったけど、ギリギリ間に合ったけどっ!こんな痛々しい死に方を選ばなくたっていいんじゃないのぉ!?発見しちゃった人が可哀想よっ!そんな事を考えている暇は無かったっ!

助けに来たつもりだったけど、これってピンチなんじゃっ...!?



弓使いの獣人だけあって、至近距離の短剣使い相手は苦手なはず。

な〜んて、思っちゃったけどぉ。

これって、マズイかもねぇ...。

数が多い、何しろ八匹だもんねぇ...。それに増える可能性が高い。場所が悪すぎる。


男の子の脇腹に手を当てた。

一番深い傷に間違いは無さそう。あっ、あと、左腿か。うぅっ、抉れてるじゃないのぉ.......。流石、自殺志願者っ!!

ここの二箇所さえ抑えれば助かりそうだわぁ。

傷口に意識を集中させていく。左手が淡い暖色の光に包まれていく。



「いたっー!」


がっちりと固めていたはずの防壁に矢が侵入してきたらしい。

もうっ!張り切って矢を贈り続けてくる獣人達を睨んだ。

不幸になるプレゼントは要らないんだけどっ。

傷を癒しながらのバリアはさすがに無理だったらしい。

左頬を掠った矢を忌々しげに見つめた。

これで、応急処置は終了したかなぁ?

後ろで仰向けに倒れている男の子を確認して頷く、大丈夫だ。

片膝をついて座っていたためか、膝が少し汚れている。体勢を整えつつ膝に付いた汚れを手で払った。そして、短剣の柄を持つ手に力を入れる。


「さて、っと!もうっ、許さないからねっ!」


刀身には淡いオレンジの光が浮かび上がっている。

エリカは一番近くに居る、左斜めで弓を構える獣人に向かって走りだした。

男の子を守らなければいけないのは分かっていたけど、時間が経てば経つほど状況が不利になるのは目に見えていた。敵の数は増えていくだろうし、エリカの力にも限りはある。男の子を抱えて逃げるためにも、もう少し敵の数は減らしておきたいところだった。男の子には悪いけど負傷したらその都度傷口を治していくことにしてエリカは短剣を振り上げる。だって自殺志願者...、そんな思いがあったのかも知れない.......。


直後、すぐ背後から爆風が吹いた。

長いくせっ毛の髪は真上に思いっきり舞い上がった。

今度はなにっ?

敵が増えてたり...し、て?

男の子から離れたのは判断を誤ったか...?


後ろをチラリと見るつもりが、振り返ってまで見入ってしまった。

爆風の次は、光だった。

見ているのが辛いくらいの眩しい光。

朱い、色だった。

あってはならない色。

存在すら許されない色なのに。

鮮やかにその色は存在を主張しているようだった。



そこには。

キラキラした瞳の青年が立っていた。

またまた、朱い瞳......。

どうなっているのぉ?

それに伸び放題であろうボサボサの髪も同じく朱い......。

なにやら、ブツブツ言っちゃってるし。

不機嫌そうだし。目つき悪いし。

近づいちゃいけない部類の人に決まっているっ!


気付いてないよ〜、目に入ってないよ〜と心のなかで言い聞かせながら、さっきの男の子を探す。

...が。

何処にも見当たらない...。あんな重病人が歩けるわけなんかないし〜。

どこかしらぁ...?

ほんとに、どこにっ!?

辺りをきょろきょろ見渡していると、朱い人と目があってしまった。

怖いので、ゆっくり目を逸しちゃったり。


「そこの、娘ー!」

勢いよく指がこちらを向いている。

ど、どうしよう。

朱いし、髪がボサボサだし、関わらないほうがいいに決まってるっ!エリカは心の警報に従うことにした。

「ごめんなさいっ!ワタシ探さなきゃいけない子がいるのでぇ〜」


半ば逃げながら、はじめに目をつけた獣人の首元を短剣で一突きして仕留めた。

不意打ちみたいな形になったけど勝ちは勝ちよねぇ。

獣人も少しは知能というものがあるらしく突然現れた朱い人に魅入られていた。

何を考えてぼーっとしているのかは謎だけどねぇ。

あと、七匹いるけど。

朱いし、平気よねぇ。

獣人は突然現れた人物に興味を持っているらしく、この隙に男の子を連れて急いで逃げることを決めた。そう、決めたはずなのに居ない。自殺志願者の男の子は何処に...?途方に暮れているところに、腕を掴まれてしまった。

きっと、獣人を押し付けて逃げようとしていたのがバレたんだっ!

かなーり、睨まれている。後退りたいのに、出来ない。何しろ腕をがっちり掴まれているもんね.......。


「おーいー!俺が呼んでんだけど」


不服そうな顔を隠すこと無く向けてくる。

ひぃっ、やっぱり、朱いっ。

つり目で勝ち気そうな、すごく綺麗な顔立ちの青年だった。ガッシリとした均整のとれた体格、稀にみるレベルの高さ。こんなに、揃った人は見たこと無いかも〜。視線の先にある開けた胸元を見ると。あら?身体も朱い?よく見ると、身体中血だらけだった。


あららっ!?

あの男の子と寸分違わず同じ箇所に傷が、ある。

さっき、『癒やし』を施したから分かる。


ま、まさかとは思うけど同一人物とかぁ?

顔も違うし、体格だって違う。さっきの男の子は子供だったはず。

でも、偶然にしては色々と説明が付かないところが出てくるし。


「あの〜、さっきそこに居た男の子はどこに行ったのでしょう〜?」


「あぁ、そいつはここ」


親指で自分の心臓を指している。そんな事か、と言わんばかりの口調だったけどすぐに納得できるわけがないじゃないのっ!食べた?食べたのっ!?あの子をっ!?


「えぇっ!?」


コイツは危険!

やっぱり危険っ!

逃げなきゃ、逃げなきゃっ!!

掴まれている手を振り払おうにも、離れてくれない。バタバタ暴れるもしっかり掴まれている。


混乱している隙をみて?なのか。

朱い人に急接近され、顎をガシっと掴まれていた。

腕の次は、顎......。

なっ、何をする気っ?

食べても美味しくないからねっ!

言いたい言葉が出てこない......。

怖くて声がでないのかなぁ?

う〜ん。

きっと、朱いからだよねぇ。

さっきから、すごい心拍数だと思う。それに顔が火照っている、身体だって。っていうか、ワタシったら恥ずかしいくらいドキドキしすぎっ!相手に聞こえてしまうんじゃないかと思うとそれが気になって更に心拍数が上がる。なんて悪循環...。



この人が登場してから、何かが変だ。胸が焼けるように熱いのだ。焦がれて焦がれてどうしようもなかった相手にやっと逢えたかのような、ワタシにはこれまで経験したことのない気持ちが心を支配してしまっている。これは、誰の感情?ワタシは近づいてくる怪しすぎる人を遠ざけたいのに、心は真逆。歓喜の気持ちまで伝わってくる。



そんな心の葛藤を知ってか知らずか、朱い人は掴んだ腕を放してくれない。もちろん顎もだ。

何かを確認するように朱い人はワタシをじっと見つめる。

あ、あんまり近づかないでほしいんだけどっ!


「お前、舌っ足らずだなー」


朱い人は、ただニヤニヤしている。より顔が近づいてくる。

ひゃ〜、やめて〜。

顔が更に朱に染まっていくのを感じていた。


「いい顔してるなー。名前は?」


「エ、エリカ、ですっ......」


叫んじゃいそうな、気持ちを抑えて頑張って声を絞り出す。

自分の感情が消えてしまいそうなほどに、誰かの強い感情が自分の中に注がれているようだった。気が遠くなりそうで、このまま手放してしまった方が楽になる気もする。頭の回転が悪いどころか、停止してしまいそうだった。


「エリカー。ここ、うるさいー」


どこかしら?

ご丁寧に、その『うるさい』らしい箇所を突いて教えてくれた。あぁ、このドキドキのことかぁ、って。つまり、心臓を指された訳で...。おまけに何度も突っついてるしぃっ!


「......なっ、...なっ、...なっ......!」


朱い人は、ニヤニヤを通り越して、ニタニタ笑っている。


「俺は、シュンノスケ」


聞いてないってっ!危ない奴に決まっているっ!仲良くなってたまるかっ!

これ以上何かされたら、嫌だっ〜!まだ、あの男の子みたいに食べられたほうがマシっ、ではないか。生きていればいいこともあるはず...。思考を巡らせた後、目の前のシュンノスケから逃げるため、もう一回バタバタ暴れてみることにした。諦めたら終わりだもんねっ!


「さっきから、邪魔すぎー」


一瞬にして周りの空気が凍りついた。ニタニタ顔はどこへ?

気怠そうな声音は変わらないまま、冷酷な表情がそこにはあった。瞳には怒りの色がはっきりと浮かんでいる。ワタシが暴れたから怒ってしまったのだろうか?全身から血の気が引くのを感じた。



「えっ?あ、あのワタシはっ、あなたがぁ〜そんなっ、」


もう、何を言っているのか自分でも分からなくなっていた。そんなワタシの唇にシュンノスケは人差し指を置く。黙れってことっ!?右腕を振り上げたと思ったら、左から大きく振り下ろした。うぅっ、殺されるっ.......。エリカには瞳を閉じて受け入れることしか出来なかった。



落雷のような音にビクリと身体が震えた。

しかし、自分の身には痛みも無く、無事だったことに安堵し瞳を開ける。視界に入ってきた光景は、朱だった。辺り一面、燃えているようだった。炎は生きている様に蠢いている。熱風が肌に突き刺さる。そんな状況下なのにワタシは相変わらず顎を持たれて拘束されたままだった...。

これは脅しだったのかしら?言うことを聞かせるための。また抵抗したら、ワタシは今度こそ殺されてしまうのかしら?恐怖がじわりじわりと身体を包み込んでいく。


「さてとー」


今は、胸の中に収まっているワタシに再び向き合ってきた。

もしかして、熱風から守ってくれた?

まさか、ねぇ。これから殺すワタシにそんなことはしないはず...。


「.......そんなに怯えなくても」


顔を覗きこんできたと思ったら大袈裟なくらいに傷ついた被害者のような顔をしている。

殺されそうになっているのに怯えない人なんて居るわけ無いじゃないのぉっ!

悔しいやら怖いやら意味が分からないやらで、ポロポロと涙が溢れ始め頬を伝う。


「いやー、今のはあいつらを、だな。始末するためにやっただけで、別に俺はっ...!」


「......っ、あいつらっ......てぇ?」


泣いて、回路が一個ぶっ飛んだのかしら?今では言いたい事がスラスラ口から出て来てくれるようになった。感情の起伏も落ち着いてくれたようだったし、今のところ目の前の人物を見ても懐かしいとは思わなくなったし、平気かな〜。やっと自分を取り返せたような気分だった。にしても、あの感情の主は誰かしら?


「獣だ、攻撃してきた犬みたいなヤツを消しただけ」


頭を撫でられてる。不覚にも泣いてしまったから慰めてくれているのかも知れない。でも、子供じゃないんだけどなぁ...。こう見えても十七歳っ、歴とした大人です!



「命の恩人を殺したりはしないぞ俺は、いくら何でも」


優しげな瞳が間違いなくワタシに向けられている。それは、どういうことなのか?

『恩人、イコール、ワタシ』この式に辿り着くのにかなりの時間が掛かってしまった...。



「それに、俺は醜いものはこの瞳に入れたくないんだ」


「醜いって......」


きっぱりと言い切ったシュンノスケの言葉にエリカは絶句した。


「あぁ、そうだった。忘れないうちにー」


「何をする気ぃ?」


また、顎を掴まれる。

今度は思い通りにはさせないからねっ!だけど掴まれた顎はそう簡単に解放されることはなく。そんな、決意も虚しくエリカは悲鳴をあげることになった。左頬に口付けされた後、思いっきりペロリと舐められてしまったのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ