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28   夢を紡ぐ者

『あなたっ!』

不安気な顔でわたしを呼んだ女を思い出す。そして無情にも扉は閉ざされた。

『楽園の翼』の猛者達ですら敵わなかったと負傷して帰ってきた時には絶望を覚えた。あんな完璧な素材は二度と手には入らない。だが、連れ戻すことは容易に出来そうにはない。



『無風同盟』と言っていた。

ここ最近勢力を著しく拡大させており、『楽園の翼』に対抗意識を燃やされており困っているんだと笑って話していたスターチスの顔を思い出す。

スターチス、彼は『楽園の翼』のリーダーでゲーンブ大陸の出身だ。大陸特有の尖った耳や肌の白さ、スラリとした長身であることから判断できる。

彼との出会いは必然だった。


初めて見たのは王都アサイラムで多くの部下を先導し王宮に向かっている姿だった。騎士のような甲冑に身を包み腰には片手剣、右腕には盾を携え彼らの通る街道はどこも歓声と女の黄色い声で溢れかえっていった。騒がしい女の視線の先には彼の姿があった。良家の出のような優雅な立振舞に、切れ長の整った繊細そうな容貌は女達を虜にするには十分だろう。


二度目に見たのは、酒場だった。

彼は一人で酒を浴びるように飲んでいた。ただの命令に従うだけしか出来ない坊っちゃんだと思っていたが、瞳に宿る底知れぬ闇を見た時は心臓が止まってしまいそうなほどの衝撃を受けた。生気のない澱んだ青みがかったグレーの瞳がわたしを見据えていた。彼は隣の席に座るように促した。


「君は俺の味方か?」

「...ああ、味方だ」


それが、彼と交わしたはじめての言葉だった。

それからすぐに、彼は王城に仕える部下から優秀な人材を引き連れて『楽園の翼』を立ち上げた。何故、彼がゲーンブではなくビャッコー大陸で拠点を構えているのかは分からない。しっかりとした理由があるのだろうが聞いたことは一度もない、知りたくないといえば嘘になるが彼は自分のことは一切話したがらない。そしてわたしも同様だった、いつしか「互いの詮索はしない」これが暗黙の了解となり、今現在でも彼とわたしの関係が友好なのはそのためだろう。


驚いたことに、彼は『楽園の翼』を立ち上げてから二ヶ月もしないうちに王宮と対等に交渉が出来るほどの勢力を築き上げていた。その勢いは衰えること無く王都以外の地方にも拡大し、政にも顔を利かせているほどになっていた。


そんな彼が困っている相手に、女は連れて行かれてしまった。

『無風同盟』の話を口にした時の彼は笑っていた。困れば困るほど楽しそうに笑う、彼はそういう男だ。ということは、慎重な行動を要するほどの強敵だということは間違いない。



『お前は、誰だ...?』

言い放った女の声を、姿を思い起こす。光と闇の迫間で揺れる双眸はまさに漆黒の闇だった。その瞳を近くで見れないと思うだけで、胸が疼きどうしようもない空虚感に負われる。


あの女は、失いたくなかった。

だから慎重に怪しまれないように長い時間を費やし記憶の操作を行い、行動にも常に注意を払った。それが、裏目に出たのだろうか。いつもなら恋愛感情を逆手に意のままに操っていたのだが、もしかしたら自然な成り行きでそうなることを心の何処かで望んでしまっていたのかも知れない。

ルピナスは、グラスに継がれている蒸留酒を一気に飲み干した。






『ルピナス...』


気配もないのにすぐ近くから自分を呼ぶ声が聞こえてくる。いつも神出鬼没だから今更驚くこともないが、頻繁に出てくることのないこの人物が、このタイミングで姿を現わして来たことに意味があると感じていた。次第に心がざわざわしていくのを感じる。


『今はもう少し耐えてもらおうかな』


何を耐えるのか?女に会うのは今ではないということなのか?だとしたら、その先に何が待っているのか?どれくらい耐えなければいけないのか?

分からないことだらけだった。


『全く会えないわけではない、力を貸してやる。ただし、夢の中でだがな』


突然聞こえてくる声の主に、名前を聞いたことがあった。『名前など必要ないだろう』と素っ気なく言い放った相手に「呼びかける時は名前を言いたいのだ」と切願したところ短い沈黙の後に『ヤミだな』とため息混じりに言われた。それ以降、わたしはこの人物をヤミと呼ぶことにしている。名前なのか愛称なのかは不明だが、尋ねても答えが返って来るわけはないので諦めている。ヤミは発した言葉に対し、わたしの思考を読み取り言葉で返してくるので知られたくない感情すら読まれてしまっていると思うと遣り難い相手だとは言える。


『で?会うのかな、会わないのかな?』


加えて、やや短気なところが...。


『そうか、そうか。親身になっている相手に文句をいうのかな...』


「いえいえ。是非会わせて頂きたい」


『初めから素直にしていればいいものを、な』


そして、ヤミの声は聞こえてくることはなかった。その代わりに。




「あなた!?」

低くて艶のある声が響いた。そこにあるのは漆黒の潤んだ瞳だった。もしかしたら泣いていたのかも知れない。

「.......無事だった、のか!?」

夢だと分かっているのに、声が震える。すぐにでも抱きしめたい衝動を抑える。

「とても狭いところに閉じ込められていたの。でもあなたのお蔭で自由になれたわ。ありがとう...」

すごく不安な思いをしたのか肩が小刻みに震えていた。


「もう、心配はいらない」

驚かせないようにゆっくりと肩に手を置いて微笑む。潤んだ瞳が暫くわたしを見つめていた。不意に口を膨らませそっぽを向く。何か怒らせることでもしてしまったのか?焦るが何が女を不快にさせているのかがさっぱり分からない。


「.......ど、どうした?」

らしくないと自覚しつつ、上ずった声が口から出てきた。

「もう、あなたって人は.......」

一変して女は笑い出した。何が何だかやっぱりさっぱり分からないが機嫌が直ってくれたのなら良しとしよう。一頻り笑った後、胸元に背中を預けてきた。次に右、左の順にわたしの腕を持ち上げていく、女の胸の前で交差させその腕を抱き寄せる。


「怖かったの!なのに、抱きしめてもくれないなんて...」

女の瞳からは大粒の涙がポロポロと零れていく。

「...わたくしはっ、そんなにっ...魅力、がないですかっ.......?」

真っ直ぐに向けられてくる視線に頭を横に振った。


「違う。君が魅力的だから手が出せないんだ」

頬に流れる涙を親指で拭い、抱きしめる。

「苦しい...わ...」

抱きしめる力を弱めると、女は嬉しそうな笑顔を向けてくる。身体の震えも収まっているようだ。そのまま唇を重ね合わせる、腰辺りに回されていた女の腕が力強くしがみついてくる。


「...外していいかな?」

背中にある小さなボタンを指で一つずつ押していく。その間も首元に唇を這わし、空いている片手は胸元に優しく触れる。女の甘い声は聞こえたが聞こえない振りをする。


「...そんなっ、こと...っ...」

頬を朱に染め上げ、頬を膨らませている。瞳は潤み、もう少しで涙が溢れそうになっている。無論、態とだ。わたしの意地悪だ。女の困った姿が無性に見たくなった。


「...だな」

女の反応を堪能しつつ、徐々に顕になっていく白い肌に目を見張る。透き通るような艷やかな白い肌はもちろんだが、吸い付くような、しっとりした肌に夢中になっていた。


わたしを求めてくる濡れた瞳を見返す。

夢でも構わないと思った。慎重に物事を運び過ぎた自分の選択は正しかったのだと思わせるほどに。同時に夢とは思えなかった。女の体温、息使い、感触すべてが現実に起きたことのように錯覚に陥る。目が覚めた今でも女を身近に感じるほどに生々しいものだった。



現実が夢で、夢が現実のようだ。

ヤミの思う壺のような気もするが、それでも構わない。

それほどに、あの女が必要だった。ただ、逢いたかった.......。




『今日はどうするかな?』

暗闇の中、人を小馬鹿にしたような飄々とした口調が響く。返ってくる答えが分かっていて聞いてくるのだから質が悪い。心のなかで苦笑いを浮かべる。



「あなたっ!」

ぱぁっと顔を輝かせ抱きついてくる愛おしい女を腕の中に包み込む。知れば知るほど女に狂わされていく、けれどそれもまた一興。このまま、流れに身を任せていくのもいいかもしれない。


これは、ただの夢なのだから.......。

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