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27  疑心暗鬼の末  

大きな窓に木製のベット、サイドテーブルが置いてあるだけの角部屋だった。休養するために用意されている部屋だと分かる。とは言え、インテリアにはこだわりが見受けられる。壁に飾られている絵画に合わせてカーテンや寝具、絨毯の色がコーディネートされていた。


淡い黄色のカーテンに、黄色とピンクの混ざったマーブル模様の絨毯。

額縁の中には、空と太陽の抽象的な絵が飾られていた。



座れるような椅子はここにはない。

僕は、訪ねてきたムスカリを中に入るように促した。



ちょっ.......!?

無頓着なのは、理解しているつもりだ。

時間が無かったのかもしれない。

でも、なんでこのまま.......?

あの気の利くデンファレだったらきっと着替えを用意して渡していそうなものなんだけど。ムスカリはさっきの際どいドレスのままだった。



僕の反応に気づいているのかいないのか、大人しく僕の隣に腰を掛けた。

そして、顔を上げる。僕が口を開くのを待っているのか沈黙が続く。

ならば、続きを言うことにする。



「知ってて飲んだんだよね?」

「ええ」

「死ぬかもしれないのに。僕はそんなこと頼んでもいないのに、どれだけ心配したか分かる?」

「心配...?」

「僕が聞いているんだけど...。そりゃあ、心配するよ。僕のせいで誰かが死ぬなんて気分がいいものじゃないでしょう?」

「...そう、ですね。ごめんなさい.......」

「もういいよ...。いいって!」


俯くムスカリの表情は見えない。


どうして、僕の口からはこんな言葉しか出てこないのか。謝ってほしくて咎めているわけじゃないのに、気の利いた言葉は出てきてくれない。突き放した口調になっているのも自覚はしている。このままじゃ、いけないことも分かっているが時間だけが無駄に過ぎていく。




「うわあっ!」


いつの間にか、ムスカリの顔が目前にあった。浮かべている妖艶な笑みはいつもと変わりはないのに、それはとても人間味にあふれていた。僕の不安を払拭して、安心感さえ与えてくれている。だから、うっかり口にしてしまった。



「.......シュンノスケと僕、どっちが好きなの?」



わぁぁぁぁぁぁぁああああっ!僕は何を口走っているんだ.......!?

混乱状態の中、僕はムスカリに背を向け、耳を塞いだ。


「いい、いいから!気にしないで!聞かなかったことにして!」


我ながら情けない.......。

不意に背中に暖かさを感じる。柔らかい感触を覚え背中に意識が集中していくなか。


「シュンノスケ様も舜サマも好きですが.......」


声が聞こえてきた。聞きたくないって言っているのに!気を使ってくれるのは有難いけど「同じくらい」っていう言葉は嫌だった。


「もういいって!」


半ばふてくされつつ、僕はムスカリから離れた。が、また柔らかい感触が追ってくる。なんだろう、やたら艶かしい。身体の細部まで分かるというか。それもそのはず、あのドレスだ!ペラペラの生地、裸と変わらないじゃないか!出来ればそんなにくっつかないでもらいたいのだけど...。僕の理性はどうなる!?そんな時小さな呟きが聞こえた。


「舜サマの方が好きです」

耳元で囁かれ、熱い吐息が耳にかかる。


「ひゃあっ!」

左耳を押さえつつ背中にへばり付いているムスカリを見ようとして勢いよく振り返った。僕に身体を預けていたムスカリはバランスを崩しそのまま後ろに仰向けに倒れる。手の指にはめている金属がシャランと鳴った。



本当に透けすぎだって.......。

そのドレスは肩幅から何から体型にピッタリだった。

生地には花の模様の刺繍が施されていてそれがよく似合っていた。

見れば見るほどムスカリのために作られたドレスだということが分かる、それが僕には気に食わなかった。不意にあの男の顔が浮かぶ。手の指と足首に着けている装飾品を外し、ドレスに手をかける。破いてしまいたい衝動に駆られたが踏みとどまる。作った人に申し訳なく思ってしまった。それほどによく出来ていたから。


大人しくムスカリの隣に横になって息を吐く。


「舜サマ?」


きっと、気を使ってくれたんだろう。本心ではないにせよ、シュンノスケよりも僕のほうが好きって聞けただけでも良しとしよう。



「記憶はどこまであるの?」

肘を付き、空いた手で黒くて艶やかな髪を撫でる。


「私の記憶は水を飲んだところまで、です。漆黒の女神としての、記憶もあります」

ムスカリは着ているドレスを指差し表情を曇らせた。


「そっか...」


意識はないのに自分の行動と認識しなくちゃならないのは嫌なことだろう。だって、外見は置いといて中身は別人だったし。あと、.......嫌な記憶もあるはずだしな!シュンノスケが教えてくれた情報を強引に闇の彼方に消し去った。...にしても、これはシュンノスケの仕業だろうか?有利な情報を得られるようにと、してくれたのだろうか?間違いなく、明日は忙しくなるだろう...。ムスカリとアザミに合流できたのだから本来の目的のために動き出さなければならない。そうだ、気になっていたことがあった。


「髪は?カツラでしょ、取らないの?」


指にくるくると巻きつけるとすぐに逃げるように解けていくサラサラなムスカリの髪。長さは胸元まである。カツラとはいえ本物の髪の毛みたいだ。


「うふふ、これは私の自毛です」

「嘘?短期間でそんなに伸びるもの?」

「あの方が長い方がいいって伸ばしてくれて」

「へぇ...、あの方.......」

「ええ」


僕の刺には気づく様子もなく、ムスカリは頷いた。

あの方って、『あの男』だよな.......?


「ムスカリを攫った奴で晒し者として利用した奴でもあるんだよ?」

「ええ、でも命の恩人でもありますし。酷い目には遭ってませんから心配しないでくださいね」


腑に落ちない。なんで肩持つようなことを言うんだよ...。

僕が小さなことで『ジメジメ』悩んでいるということか?

命の恩人ってことは確かなんだろうけど。


それに。

悔しいことにムスカリの髪の長さは完璧だった。

めちゃめちゃ僕の理想とする髪型だった。髪の梳き加減が絶妙で申し分ない。

腹立つけど、いい!



やっぱり、複雑な気分だ...。


心配そうに向けられる視線に気づきにっこりと微笑む、ように努力はしたが引き攣っているだろう。やっぱり『あの男』は敵だ。


「どうせ、僕は『ジメジメ』だからね...」

「舜サマ?」

「気にしないで」

と言ってからにっこりと微笑む、ように努力はしたが今度は苦笑した.......。

急いで、話題変えよう!『ジメジメ』ってあだ名が付いては大変だ!僕は適当に言葉を並べる。


「化粧、落としてきたんだ?」

「ええ」

「ドレスの着替えは用意してもらえなかったの?」

「着替えはありました。でも.......」

「時間がなかった?」

「たっぷり、ありました」


見てみてと言わんばかりに髪をかき上げて下ろす。ふわりと石鹸のいい香りがした。

えええ?風呂に入ってきたの!?

じゃあ、なんでドレスを着てるの?装飾品まで付けてるし。

用意してくれた着替えが気に食わなかった?

もしかして、踊ってくれようとしてた!?

僕の頭がフル回転し始める。


「なんでドレス?それになんで装飾品まで身に付けてきたの?」


やっぱり踊るのか!?

僕はムスカリを見つめた。


「あの音で少しでも落ち着いてくれればいいかな、って...」


ムスカリの視線の先にはベットの隅に置かれた装飾品があった。ああああああ、踊るんじゃなくて僕の怒りを鎮めるために.......。残念ながらその音で鎮まることは無かったけどね。音でね...、なるほど。僕はそんな単純な人間に見えるのだろうか.......。


「あと、これは.......」


上体を起こし僕を上目使いに見つめ、ドレスの裾を持ち上げる。深くまで入っているスリットのお蔭でムスカリの白い足が顕になり、その白の色は黒のドレスによって異常なまでに引き立てられる。上目使いをしている今、胸元は強調され舜の位置からは谷間が見放題というオマケ付きだ。

ムスカリの濡れた瞳が僕を捕らえた。



「舜サマはこちらの方が好みかと思いまして.......」


伏し目がちに、でもしっかり僕に向けられている瞳、頬は薄っすらと朱を帯び肌の白さを際立たせる。鮮やかな発色のいい唇が頭から離れない。

僕の理性はガラガラと音をたてて崩壊しはじめていた。


背丈が同じくらいなのは意外にもいいことなのかもしれない。起き上がると同じくらいの高さにムスカリの顔があった。唇を奪いゆっくりと身体を抱き寄せる。予め確認しておいた背中にあるボタンを一つずつ外していく。その間もムスカリは恥ずかしそうに俯いたままだ、この変わり様はどうしたものか。

なんというか、すごく可愛い。



「僕はこっちの方が好みかな.......」



誰かの思いが込められたドレスは似合っているのが悔しいけどやっぱり嫌だ。だったらドレスを纏わないそのままの姿のほうがいい。事実僕の心を掻き乱すほどに艶かしく魅力的だ。耳元で囁いた後、耳たぶを唇で咥えた。


「ゃ...ぁんっ!」


予想もしなかった可愛い反応に僕の心は更に掻き乱された。










「おーーーい!朝だあああああああああっ、ぞっ!!!」


王都商会の朝は早い。

会社なのだから当たり前なのだけれど、久々のシュンノスケの登場にムスカリとの一夜で僕は二度寝したい衝動に駆られていた。横に腕を伸ばす、隣に居るはずの.......。居ない!


「あ、あああれ?居ない?ドコ?どこ?どこ?何処に居る!?」


悪いことしか思い浮かばない。眠気なんてすっかり吹っ飛んでいた。寝起きの頭だからか、名案が思い浮かばない。よって、気持ちは焦るばかりで。あの長い髪の男の顔が頭を過る。


「わあああ!居ない!居ない!居ない!ど、ど、どうしたら.......」



ドカッ、ドカ、ガンガンガンっ。

不意に地響きみたいな音が響く。何か起きているのか?とりあえず洋服を着なければ、僕はそばにあるシャツに手を伸ばそうとした。



「聞こえてんのかああああああああああああ?」

ドドドッドドドドドドッ、バタバタバタバタ、ダンっ。

ガチャッ。


「何回呼べば起きるんだ?...小僧っ!!」


ノックせず豪快にドアを開け侵入してきたのは。


「ユリ、さん?」


「お、おい...」


大袈裟過ぎる長い溜め息が聞こえた。心底不快そうな顔をしている。


「...小僧、朝からお粗末なものを俺に見せるな.......」


おそまつなもの、って何だ?僕を見ているようだけど視線が合わない。

腹の下辺り、でも足元まではいかない。

え、と.......、うっ!


「.......っ!?うわっ!わっ、わっ、わっ、わっ!」


「見せたり騒いだり、朝からうるせえ小僧だなー」


急いでシャツを掴み腰に巻く。別に見せたかったわけじゃないし、断りもせず部屋に入ってきたのはユリの方だ。そう思うけど怖くて言えない.......。

そんなことよりも、聞きたいことがあった。


「早く下に来い!分かったな?」


「あ、...」


バタンっ!

勢いよくドアが閉まった。

バタバタバタバタ、ドンドンドン、ドドドドドドッ。

地鳴りがした。話を、話を聞いて下さいよ.......。

暫く途方に暮れていたが、また来られたら困るので、僕は早々に身支度を整え下階に向かった。冷静に考えたら、何かあったらもっと騒がしくなっているはずだし、ユリが一番に教えてくれるはずだと結論づけた。なので、落ち着くように心掛ける。不安は完全に消えてはくれなかったから。


「下ってどこの部屋に行けばいいんだ.......?」


仕事場か、食堂のどちらかだろうけど。社員が少ない割に至れり尽くせりの会社だと思う。医務室、食堂、仮眠室その他生活に必要な諸々完備って。実際僕らが不自由無く暮らせているのだからやっぱりスゴイ。食欲をそそる美味しそうな香りが漂ってきた。ということは、食堂だ。僕は仕事場を素通りしその突き当りにある扉を開けた。




「それでさ。ボクがムスカリとシラーを担いで劇場から出てきたらユリさんが丁度歩いていてさ、ボク達を見た時の顔は面白かったな」


「当たり前だろ?驚くだろ?予想外だろ?お前らが居ないからってジニアと探しまわってたら、劇場がやたら盛り上がってるじゃねえか。そんで何事かと来てみれば誘拐してるだろ、お前?」


「あはははははっ」


「笑いごとかよ?お前を追ってきた奴ら全員殺気立ってヤバかったんだぞ?」


「ダイジョブだって。ユリさんが残らず退治してくれたし」


「けっ!」


つまらなさそうに、そっぽを向く。いつの間にかアザミは『無風商会』の仲間たちと仲良しになっていた。人懐っこくて物怖じしないアザミには当たり前のことかもしてないけど、極度の人見知りの舜としては羨ましい限りだ。


「やあ、舜君おはよう」


「お、おはようございます」


入るタイミングを失いもじもじしていた僕にトレニアの爽やかな笑顔が向かえてくれた。ドアに佇む僕に視線が集中し思わず引き攣った笑顔になってしまう。


「そいえば、さっきコイツの」


「わあああああああ!ユリさんっ」


慌てすぎたのか椅子の脚に躓きつんのめってその勢いでユリに抱きついた。


「おい...」


眉間の皺が半端ない.......。


「わあ!ご、ごめんなさい!」


「どんくさい奴め!」


頭をど突かれた。鋭い瞳はそのままにカップを口元に運んでいる。痛む頭を押さえつつ空いている席、ジニアの隣に腰を下ろした。直後、パン、スープ、サラダとフルーツが並べられている木製のトレーが僕の前に運ばれてきた、デンファレだ。本当に気の利く人だなと感心してしまう。


「よかったな、骨折せずに済んで」


冗談とは思えない一言が隣に座るジニアから聞こえてきた。僕は手に持ったパンを落としそうになってしまったが何とか持ちこたえた。優雅に足を組みトレニアと雑談をしているユリをちらりと見た。なんだったっけ...?重要な何かを忘れている気がして辺りを見渡した。室内にはジニア、僕、エリカ、シラー、アザミ、トレニア、ユリ、デンファレ、そしてムスカリ、デンファレが用意したと思われる白のニットワンピースを着ていた。目が合いにっこりと微笑まれる、その微笑みも以前のものとは違い存在を身近に感じるような柔らかなものだった。僕は見事に持ってたパンをぽとりと落とした。

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