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21  無風同盟

「しれっと競売に参加してただろ?おまけに女、買っただろ?」


「失礼だな。座った席に怪しい装置が付いていたんだから試してみたくなるものだろう?試したら勝ちたくなるじゃないか!それまでだよ」


「どうだか.......」


「それを言うなら、最後のお前のあの下品極まりない言い草は何だ?お前一人ならいいがわたしたちまで品格を疑われるというもの.......」


「人間、見栄を張っちゃ、お終いだぜ?」


「見栄なのか?体面は気にしたほうがいいと思うぞ、俺は。あと、最後の莫大な数字を出したのお前だろう?4が10並んでいる奴だ」


「はっ、バレたか!お前が女買ったんだったら、俺も買う。そして金額は負けねえ!」


「お前.......、ガキか...」


長い溜め息が聞こえてきた。




「.......もういいですかねっ?」

笑顔の下に冷気を忍ばせ、口を開いた女性は半ば強引に了承を取りつける。

透けるような金髪のサラサラした長い髪に深い蒼の瞳にツンとした美しい顔立ち、尖った耳なんかはあのエルフそのものだ。


大きな丸いテーブルを囲うように均等に配置された椅子。その椅子に僕は座っていた。隣には褐色の肌のオレンジ色の瞳と髪の、舞台上で一緒に居た女の子が居た。そして正面に座っているさっきまで痴話喧嘩(?)をしていた二人をまじまじ見る。


「あっ!」


出てしまった声を隠すことは出来ないが、僕は口に手を当てる。

周りの視線が僕に集まる。


「なんだ?」


エメラルドみたいな色の瞳が向けられる。顔は不機嫌そうだった。すぐに答えなかったのが悪かったのか更に眉間にシワがバッチリ入った。


「何度も言ってるだろ?もう少し優しく話せと...。お前の顔は怖いのだから...」


「聞いているのに返事もしない野郎のほうがよっぱど失礼だろうがっ」


また、始まってしまったようだ...。


「ごめんなさい。ただ、昨日競売で見かけた紳士だと思って...、ビックリしただけです。...他意は無いです」


顔を見合わせ、目の前の二人が一斉に僕を見た。


「こいつが紳士!?」


「分かる人には分かるんだよ。品格が滲みでたのだろう」


腕を組み、うんうんと何度も大きく頷いてみせる。

その横で、もうひとりが「ありえねえー、ありえねえー」と喚き散らしている。





「はい!もうストップ。時間には限りがあります、もう待てません!」


先ほどの女性から、笑顔が消えた。舜にも睨みを利かせてくる。殺される.......。

それは、紛れも無く殺人者の眼だった。



「えっとっ」


再び瞳を向けられ、ビクッとなった僕にエルフは苦笑していた。エメラルドグリーンの青年は大笑いで、その隣で紳士が「失礼だろうが」と小声で話す。

いえ、もう聞こえていますから...。


「あなたに、連れが居たでしょ?あの子今、うちの医務室で寝てもらっているから安心してね」


「そうですか、よかった...。それはどっちです?」


「どっち、って?あなたの連れって、あの『癒やし』の子でしょ?.......他にいた?」


エルフが、紳士とエメラルドグリーンに瞳を向ける。


「舞台の上で横になっていた黒い服の美女のことではないかな?」


「その美女なら、お前が運んでいなかったか?小僧」


確かに、僕は、あの時ムスカリを抱えてエメラルドグリーンの後を追っていた。エリカは紳士が担いでくれていたから。それから、僕は何をしたのだろう.......。


思い出そうとすると霞がかかってしまう頭を強引に働かせる。薄っすらと何かが見えてくる。.......ああ、思い出した。「これでは、早くは走れないでしょう。わたしが代わりに彼女を運びましょう」って長い髪の男に話しかけられたんだ。信用できるか分からなかったし、断るつもりでいた。でも、口から出た言葉はそれに反して「お願いします」だった。そして当たり前のように抱えていたムスカリを差し出してしまった...。


長い髪の男は愛しそうな視線を向け、大切そうに抱き抱えて...、それから、どうしたっけ?突然、頭がキリキリ痛みだした。頭を抑えつつ、仕方なく思考を中止し話すことに集中した。


「あなた方の仲間に鮮やかな青の、髪の長い男性はいませんか?その人にムスカリを、仲間を恐らく預けたみたいなんですが.......」


自分の行動なのにどこか他人事のような異様な感覚に頭が混乱し訳が分からなくなっていた。エメラルドから「おめえのことだろ?しっかりしやがれ!」などの罵声が飛んでくるかと覚悟したけど、意外にも何も返ってこなかった。室内が静まり返る。紳士にムスカリの特徴を尋ねられ、黒い髪の他に、黒の瞳を持つことを教えた。



「あちらさんのもろタイプじゃないか...。こりゃあ、不味いんじゃねえの?」


「それは...、困ったわね」


エメラルドグリーン、エルフが紳士を見つめる。

紳士は口に手を当て二人を見る。


「取り敢えずお連れした彼女たちにはお帰り頂いて、調達に携わった者を再起不能に。まだ『楽園』には手を出さなくていい」


「了解」

「おっけいっ」


二人は部屋から出て行ってしまった。


「あ、の.......」


「君の仲間は、わたしたち『無風同盟』に任せてほしい。君には暫くわたしたちと行動を共にしてもらう、いいかい?」


いいも何も...、無力な僕には彼の言うことを聞くしかないじゃないか.......。

僕は短く「はい」と答えた。






『無風』とは、平穏を現す。

『風』は、本来の意味の他にビャッコー大陸では王都アサイラムを示す。


つまり、僕たちは反乱勢力の仲間入したことになる。


彼らの格好を見れば、普通の生活を送っている人々ではないことは推測できる。まさに忍者装束そのものだ。鎖帷子、手鉤などの防具もしっかり着けている。色は黒ではなくて紺だけれど。それに、あの異常なまでの戦闘能力の高さも只者ではない、とは思っていた。まさか反乱側とは...。慣れ親しんだルールに立ち向かうほど労力のいるものはないと思っている舜にはかなり不向きな立ち位置だった。だから人に流され成すがままで辛い思いもしちゃっている訳なんだけれど。





対して、『楽園の翼』と呼ばれる集団。

ビャッコー大陸全土を手中に収め、各都市の政にも顔が利く。

僕らを競売にかけた連中も『楽園の翼』の仕業というわけで。


悪いことばかりではなく『楽園の翼』の出現によって、犯罪の数が激減しているのだ。各都市に支部が設けられ犯罪者の芽を事前に排除している。民のためではなく、己のために頭角を現してくる者たちを未然に潰すためにやっているようにも思えるが。この功績のためか、大多数の民達にとって頼りになる存在として各地で歓迎されている。競売にかけられる人間は他の三大陸から連れてきた者のみ、ビャッコー大陸の住民にとっては身内や知り合いが被害に遭うこともないのだから痛くも痒くもない。嫌なら関わらなければいい、見て見ぬ振りをしていればいい。望む者には、自分の命令に従う従順な美しい奴隷が手に入る。ビャッコー大陸では秘密裏に一部の金持間では行われてきた人身売買だったが、劇場を貸しきって大々的に見世物のように競売形式で開催されるのはここ四年の出来事らしい。


ビャッコー大陸では月に一度、各都市から規定した献上物を王都へ届ける義務がある。王都に匹敵する財力を持たないようにする策だとは思うが、その献上品の回収及び拒否する者への処分も彼らの仕事としている。


人身売買は人種差別を生み出す。

大陸間の戦争に発展しかねない行為をどうして王都は野放しにしているのか?



ビャッコー大陸では、子供でも分かる愚問だ。

『楽園の翼』とは、王都が雇っている犬である。



王都は、主に地方の治安維持部隊として『楽園の翼』を利用し、彼らは部隊の独占を条件に契約をかわしている。部隊の運営資金すら受け取ろうとしない彼らに王都は甘い。

彼らの指示はいつの間にか、王都の命令のように変化しつつあるという。

飼い犬に手を噛まれるのも時間の問題という。




「...それでぇ。ムスカリは、その『楽園の翼』に捕まっているということです、かぁ?」

長い説明に、飽きてきた様子のエリカが結論を急いだ。


大きな丸テーブルのある、会議室と呼ばれる部屋で医務室から返ってきたエリカを加えビャッコー大陸の現状を聞かされていた。


翡翠色の、見ているだけなのに吸い込まれそうになる澄みきった瞳がエリカに向けられる。綺麗に切りそろえられた真っ直ぐな清潔感溢れる同じく翡翠の髪に暖かい光を湛えた優しげな瞳。『無風同盟』の社長であるトレニアは、見るからに紳士的な優男である。


みるみる頬を紅潮させていくエリカにトレニアは、更ににっこりと微笑んだ。



「落としてどうする?」


突然ドアが開き、呆れた声が飛び出してきた。


「ユリ...、その言い方は彼女に失礼だぞ?」


百合?すっかり忘れ去られていた懐かしい名前を耳にした。次第に心が暖かくなっていく。会いたいとは思うけど、なんだろう?よく分からないけど彼女に対する気持ちに変化が生じているみたいだった。


ユリと呼ばれた人物を見る。

黒い髪にエメラルドの瞳。宝石のように輝く瞳に目を奪われる。二枚目というよりは美人と表現したくなる顔立ちだけど、勿論、男だ。どこか冷たい印象がするのは、エメラルドの奥深くに燃える冷酷な炎のせいだろう。加えて今は、先程までの出で立ちとはガラリと変わって、ビシッと黒のスーツを着込んでいる。すごく大人びた印象になるが、すごく似合っていた。格好いいサラリーマンみたいだ。


見すぎてしまったのか、鋭い目が向けられる。.......怖いお兄さんだな。


エリカといえば。「落とすぅ?」と呟いたまま未だに首を傾げていた。


ユリは椅子に腰掛けてから、「今夜中に再起不能にする手筈は整えてきた」と物騒なことを小声で呟いていた。聞こえてしまったんですが...。舜は、ヌルデとテッセンの顔を思い浮かべてしまい、すぐに消し去った。


「分かった、ありがとう」

とユリに一瞥してからトレニアは口を開いた。


「君たちの仲間の行方についてだが、『楽園』側ではあるが、本質的には違うところに連れ去られたと思われる。長い髪の男は、女神信仰に仇なす信仰の中心人物でね。崇める対象は同じく女神だが、漆黒の女神と言われている。最近、その女神様が行方不明になっててね」


「集会中に突然、奇声を発したり走り回ったり異常な行動してたって言うからな。概ね片付けられたんだろ?で、そいつは次の晒し者を見つけたってところだな」


晒し者.......、その言葉に絶句する。

なんであの時、渡してしまったのだろう.......。出来ることなら、過去に戻って馬鹿な自分を数発ぶん殴ってからムスカリを連れ戻したいと思った。不可能な話だけど、敢えて願ってしまうほどに舜は後悔をしていた。


「ムスカリは毒を飲んでしまっていてっ、意識が戻らない状態だったんですっ!このままだと大変なことにぃ...、だから早く助けたいんですっ!」


「それは、心配いらないと思うよ?『楽園』の毒ならね」


トレニアはエリカに片目を瞑ってにっこりと微笑んだ。その横でユリは「けっ」と吐き捨てた。エリカの顔は再び真っ赤になっていく。おいおいおい、エリカ...、本当に落ちたんじゃ...!?



『楽園の翼』と友好関係にあるなら、解毒剤は容易に手に入れることが出来る、ということだった。『癒やし』の能力を無効にする特殊な毒で、解毒剤のみが治すことができるという。そんな毒を一日中体に入れて死なないとはあり得ないと驚かれた。僕なら間違いなく船の中で死んでいたんだろうね...。


それなら、安心だ。

あの強者のムスカリのことだ、体さえ元に戻れば大丈夫。僕たちの元へ辿り着くのも時間の問題じゃないかな?どう考えたって晒し者なんかに大人しくなるとは思えない。解毒剤が手に入るのならあの髪の長い男に預けたことは強ち悪いことばかりでは無かったのではないか?後悔の念は無くならないが少し軽減した。


「とは言え、なるべく早く救出してあげないといけないな.......」


トレニアは手を口に当てて窓から見える海を眺めていた。

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