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19  策に溺れる

暑い、暑い、暑いっーーーー!


この、尋常ではない暑さは何だ!?身体が鉄板の上で焼かれているみたいだ。喉がカラカラで息苦しいし、おまけに暗い。それに、揺れている?ここは、何処だ.......?


「んっ!んっーーーん!」


話せない。手も、足も動かせない。それに、汗だくだ。衣服が肌にへばりついて気持ち悪い。暗いんじゃなくて、目が布で覆われているようだ。それって、つまり...、なんだ?捕まっている?嫌な予感は膨れ上がり、警戒音が僕の頭に鳴り響く。


僕ひとり、なのか!?

みんなは、何処に!?


閉じ込められているんだよね?

おかしいな...、さっきまで宿屋で晩飯を食べていなかったっけ?


頭が混乱してくる...。

気怠さはないから、あの人の仕業ではないはず。

もし、あの人が登場していたらこんな事体にはなってないか.......。

はじめは僕の体を狙っているんじゃないかって警戒していたけど、それは僕の勘違いだったのかな?と思い始めていた。乗っ取るならあの時、僕が体から外に出ていた絶世の美女と会っていた時に出来たはず。立ち位置は不明だけど、僕の敵ではないことは確かだよね?僕の死にかけた酷い傷も跡が残らないように丁寧に治してくれてたし。だからと言って、頼りすぎるのは止めよう。僕に隙が生じてしまうから。その隙が誰かを危険に晒してしまうかもしれない。キュウキとの戦いは僕を少しだけ成長させてくれていた。



舜は、置かれた現状を確認していく。

目・口は覆われ、手足は動かないように何かで結ばれている。かなり締め付けられていて、痛いくらいだ。暑くて狭い場所に僕ひとりでいる.......。何だ...、絶望的じゃないかっ!いやいやいや、諦めないぞ?身体は動かせないけど転がることなら出来る!勢いをつけて、転がったのはたったの半回転.......。


「...んぅっ...!」


息がっ.......出来ない。この柔らかい感触にこの大きさ、覚えがあるぞ!よかった、一人ではなさそうだ。ずっと埋もれていたい衝動に駆られるけど別名、自殺行為とも言う。このままでは命が危険なので今度は逆に転がり元の位置に戻る。


「舜?」


アザミの声だ。

「ん、ん、ん、んっー!」

ここだよー!っと言ってみた。アザミのお蔭で足と手が自由になる。次に目を覆っていた布が取られたが真っ暗だった。あまり変わらないのか...、とは思ったものの暗闇に慣れてきた目が辺りの様子を見せてくれる。天井はかなり低い。アザミが四足歩行で動いているし、かなり狭い空間に閉じ込められているようだ。自由になった手で貼りついている口元の布を思いっきり引き剥がす。粘着力が強かったらしい、唇から血が出て鉄の味が口に広がる。血じゃなくて水が飲みたいんですが.......。

「ありがとう」

僕の言葉にアザミは右手を左右に振った。手には何かキラリと光るものを握っている。手足の自由を奪っていた布はその短剣で切ってくれたらしい。

短剣はエリカのものかな?


「エリカは?」

「ここだよぉ〜」

意外にもすぐ近くから声が聞こえてきた。

「じゃあ、みんな居るってことか」

「そうなんだけどね.......」

なんか歯切れが悪い。直後、エリカの両手が仄かに光りだす。何をしているのか?エリカが力を使うということは?僕の隣にはアザミが座っている。もう一方にエリカが。コンちゃんはエリカの膝の上に座っていた。残るは.......?


「ムスカリ!?.......何が、あったの?」

「あの、食事には睡眠薬が入っていたの。でもね、ムスカリの食事には何か違うものが入れられていたみたいでぇ.......」

「睡眠薬?なんだそれ!僕に内緒で何を企んでいたんだよ?なんでムスカリがこんな目に遭うんだよ!!」

頼りにされなかったことが、悔しかった。

「声が大きいぞ」

アザミに口を塞がれる。塞がれた、その手を強引に払いのける。

ムスカリの手を握ると驚くほど冷たくなっていた...。


「大丈夫だからぁ、落ち着いてっ」

エリカが呟いた。



ビャッコー大陸へは、大金を使用することなく上陸する予定だったらしい。

その条件が、宿屋の女将であるヌルデの『御眼鏡に適う』ということだった。






* * * * * * *






ヌルデは、ビャッコー大陸へ内密に船を運行させていた。

積荷は、人で、主に女性。美人であればあるほど、珍しければ珍しいほどビャッコー大陸の業者には喜ばれる。最近は「神隠し」などと騒がれロベルタールには人が寄りつかなくなってしまい、どうしたものかと悩んでいた。そんな時にあの一行は現れてくれた。ビャッコー大陸側からは毎日のように催促がきていたのでヌルデは藁にもすがる思いで飛びついた。



褐色の肌は特に人気がある。

だからあの子は絶対に欲しい。

宿屋のカウンターから見える鳶色のポニーテールの少女を見た。


隣に居る、白みを帯びた薄い鳶色の腰まである髪の少女を見る。

幼い顔をしているが人形のような可憐さがある。

舌っ足らずな口調が幼さを感じさせるが、まあ、嗜好はそれぞれ。


最後に、短い黒髪の女性。

儚げな、守ってあげたくなるような美人で、居るだけで色香が漂う。

女の自分ですら目を奪われるほどに魅力的だ。

でも、黒は闇の色としてビャッコー大陸では、忌み嫌われている。

どうしたものか...。



人数を固定できないまま約束の日時が近づいていく。

取引の前日になって、ある出来事が起きた。



いつもの様に宿屋の掃除を終えて、そろそろ夕飯の仕込みに取り掛かるためにカウンターを横切ろうとしたところでテッセンの声が聞こえてきた。この時間は趣味の釣りに興じているはず。誰と話しているのだろうか?


「なんで、転んだんだろう私ったらぁ。ねっ。昔からドジばっかりぃ...」


後ろ姿だか、あの黒髪だ。転んだのか。

それにしても、どうやって段差もないところで転ぶんだ?

ヌルデの抱いた黒髪の印象とはだいぶ異なっていた。

沈着冷静で、喜怒哀楽に乏しい人間味のない人物だと思っていたから。


だが実際は、かなり抜けた性格をしているんじゃ、ないのか?

話し方からして頭が弱そうだ、加えて運動神経も悪そうだ。

...これなら、いけるんじゃないか?

禁忌を好む一部の愛好者には受けるかもしれない。

ヌルデは頷いた。


「ほら、起き上がんな」


テッセンが黒髪の前に座り込む。

手を差し出して引っ張ればいいだけじゃないのかい?

わざわざ悪い足を曲げてまで座る理由があるのかい?

足音を立てないようにそっと近づいていく。


「...テッ.......セ、ンさん.......?]


鼻の下がこんなに伸びるのかってくらい伸びきったテッセンの顔に。

黒髪の衣服の中で、もぞもぞと動いているテッセンの右手。


「...ぁっ、.......」


吐息ともに、やたらと色っぽい声が響いた。



毎日遊び歩いて飲んだくれて仕事もろくにしないくせに。

『商品』に手を出す真似をするとは...。

怒りが頭を支配した。



「あんたっー!何やってんだいっ!!」

「やめろっ!ムスカリから離れろー!!」


叫ぶ声が重なった。

治まらない怒りは、黒髪に向けられていた。

無意識のまま、両頬を叩いていた。


「きゃあ!...いたぁいっ」


悲鳴で我に返る。


「悪いのは、この人の方でしょ!?」


同じく憤怒している黒髪の少年がテッセンを指さしている。

怒りに燃える双眸は朱い。


「うちの亭主にもう二度と手を出すんじゃないよっ!...分かったねえ?」


この場から立ち去るための口実を設けて、もう一度黒髪の少年を見る。


「本当に、珍しいねえ.......」


独りごちたヌルデの言葉に、俯いていた顔をあげたテッセンは身震いをした。






早速、準備に取り掛からなければいけない。


「あんた、今日はどんな日か分かっているよねえ?しっかり手伝っとくれよ?あと『商品』には手を出すんじゃないよ!」


テッセンに釘を刺しつつ、頭を働かせる。

これからが勝負だ。何度も手順を確認する。


食事に、睡眠薬を混ぜて寝かせ、そのまま業者の船に乗せる。

起きたら、ビャッコー大陸入りしているっていう段取りだ。


必要なのは女だけ。

男は要らないはずだった、だけどあの瞳は別だ。

瞳だけでいい、手に入らないだろうか.......。




「先程はみっともないところをお見せしてしまって申し訳ないねえ。これから用意させて頂く食事はそのお詫びを兼ねておりますのでどうぞ召し上がってくださいねえ」


こんなに簡単に人は信用するものなのか?って思うくらいに話がうまく進みすぎている。何か裏がある気もするが、こんなに逸材が揃いに揃った好機はもう無いだろうとも思える。それでヌルデは好機を選択した。



業者から万が一の時のためにと貰っていた白い紙に包まれている茶色い粉を取り出す。これがあるじゃないか!あるのは、この一包のみ。だから失敗は許されない。ヌルデは取り分ける大皿料理ではなく、個別に配る冷水に混ぜた。茶色の粉がすっかり溶け透明になるのを確認する。


すでに大皿料理や取り皿、カトラリーなど飲み物以外の準備を終え椅子に腰掛けるように促す。朱瞳の座った場所を確認しつつ冷水を配り始める。



「こちらの港からビャッコー大陸に行く人は今日は何人いたんですか?」


心臓が口から飛び出すかと思った。

驚きを隠すように、平静を装い応えるように心掛ける。

違和感は無かったようだ。朱瞳の反応を観察して安堵する。


「それにしても。あんた、珍しい色の瞳をしているよねえ.......」


ヌルデには朱い双眸しか見えていなかった。


「はい、どうぞ」


冷水を朱瞳の前に置いた。


「ありがとうございます。ちょうど喉が乾いてしまっていて」


なんの疑いもなくグラスを手に取り口元へ運ぶ。

もう少しだ、見過ぎないように注意を払い、距離を置いて朱瞳を見る。


「あ〜!舜の方がいいっ!とっても、美味しそうおっ」


隣に座っていた黒髪がグラスを取り上げ一気に飲み干してしまった.......。

目を丸くしている朱瞳にニッコリ笑いかけている。


何てことをっ!

その出来事は、止める間も無いほどの短い時間、一瞬だった。

この毒は即効性ではないはず。

ヌルデは、全員船に乗せることに決めた。


朱瞳は中性的な可愛らしい顔をしている。それに珍しい色の瞳を持っている。黒い髪が気にはなるが、この際多少のことは目を瞑ろう...。もしかしたら、風変わりな男色家が気に入ってくれるかもしれない。強引過ぎる考えだがこうなってしまっては信じるしかない。


そうだ、いつも黒髪の近くにいる犬も乗せてしまおう。


厄介なものは、すべて船に乗せて無かったことにしてしまおう。



ヌルデはテッセンとともに、動かなくなった重い体を予め用意しておいた台車に積み始める。大丈夫、船に乗せてしまえば、きっと大丈夫.......。


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