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1  朱い瞳

「はい、お待たせしました〜!」

「ありがとう」


今では、すっかりお決まりになっている遣り取りをしてからドアを開ける。

運転席には、笑顔で手を振る静江さんの顔がある。

声に出さず口を動かしている。

いってらっしゃい、って言っているようだ。

会釈で応えてから、目に入りそうな前髪をかき上げる。



ミーンミンミンミー。

九月に入ったっていうのに、力いっぱい蝉が鳴いている。額から汗がジワリと湧いてくる。再び冷房の効いている車にUターンしたい衝動に駆られるがぐっと堪える。

空は、快晴。

強めの日差しに肌がジリジリしている。

暑いわけだよね...。

辺りには日除けになりそうな建物は一切無い、だだっ広い空き地の前に居るのが悪いか...。急いで、商店街へ向かうための路地へと移動する。



学校の門まで送り迎えをさせてくれ、と言い張る静江さんをなんとか説得して、何とか徒歩五分圏内の空き地までということにしてもらっていた。

さすがに、フェアラーリ。

それも真っ赤な高級車での校門前までの送り迎えなんか目立って仕方がない。そんなことしたら登校拒否してやる!本当に勘弁してほしいと僕は心から願った...。

その真っ赤フェアラーリは静江さんの愛車で、相当額尽くしているらしい。何故、ここで私物だす?何故、自家用車にしない!?

色々と言いたいことはあったけど、さすがに違う車種がいいなんて、言えるわけもなく......。まあ、違う車種でも校門前は断固お断りするけど。



茶髪と黒髪の長身二人組みの顔を思い浮かべる。

夏休み明けから昼休みになると訪ねてくる他クラスの二人組。

この二人じゃなくて、一人が僕に無理難題をふっかけられてるんだよな...。どうしたら良いものか。はぁ〜〜〜、無意識に長い溜息が出てきた。ちょっと待って!溜息する度に幸せが逃げてくんじゃなかったっけ?だったらさっきのは特大じゃないか!取り返さなければっ!大口を開けて空気を目一杯吸い込む。



「徳山くん、どうしたのっ?何かあったっ?」

大有りだよっ!今さっき僕の幸せがっ!!言いたい気持ちを抑えて振り返る。

「ううん、別に」

出来る限り冷静に応える。だけど僕の頭は忙しく活動していた。さっきのバカ面見られた!?いやいやいや、後ろから声を掛けられてるからセーフだよね?じゃあ両手を広げて空気を掻き集めていたのは!?こっちは、アウトだな...。確実に見られてる...。あああ、絶対に変な人だって思われたよね...?


心配そうに顔を覗き込んでくる。

ゆっくりと近づいてくる彼女の顔を見たら、僕の小さな悩み事は何処かへすっ飛んで行った。さっきの大きな幸せは無事取り返すことに成功したらしい。

やっぱり、宮嶋百合ちゃんだっ!!!

自然と顔が緩んでしまう。

珍しく僕よりも小柄な女の子で、珍しく僕なんかにも声を掛けてくれる片思い真っ最中の女の子だ。

残念なことにライバルがやたら多い。

可愛くて、頭が良くて、優しくて。

おまけにスポーツ万能で。


......なんでか悲しくなってきた。

僕なんか、外見は至って普通だし身長は160あるかないかだし勉強は中の上。

取り柄なんて、探しても簡単には出てきてくれそうにない。

強いて言えば、貧乏ではないか......。

家は老舗の和菓子屋で、不動産も手広くやっているようだし。

親の取り柄になるのか!?ってところだ。



親の後継ぎへの厚すぎる期待に耐えかねて、寮がある津和田高等学校を選んだっていうのに。

「高校浪人にするのか!?」って脅しつつ両親を丸め込み、これで気楽な高校生ライフが送れると思った矢先まさかの伏兵が居たことには僕は気付かなかった。

「絶対ダメです!」って言い張った時の静江さんの鬼のような形相を思い浮かべ苦笑する、思い出すだけで怖いって静江さん...。

我が家では何故か静江さんの意見が強いんだよね。

うっかりしていた、今度は一番に味方につけるべきだよね。

今のところ、そんな計画は無いけどあったらの話で。


静江さんは僕に対してやたら過保護で学校への愛車での送迎まで買って出るし、僕が病気をした日には.......。ああ、想像しただけで恐ろしい。

静江さんって何歳なんだろ?

僕が生まれる前から、お手伝いさんとして徳山の家に居るって聞いたような。

琥珀色のふわふわの髪を後ろで無造作に束ねている二十代にしか見えない女性を思い浮かべて後悔した。



「ああぁあああああああぁぁ.......」


「どうしたの?徳山くん」

顔を覗きこんでくる宮嶋百合を見た。


うおおおおおおおおおお!

今まで、かなり、とてつもなく、いや計り知れないほど、今まで費やしていた時間の勿体なさにやっと気づいた。

隣りを歩く片思いの君の存在を綺麗サッパリ忘れるとは。

何の特徴のない僕にとっては、少しでも脈を増やす努力をしなきゃいけないのに。

間抜けすぎる......。


「ごめん、考えごとしてて...」

「そっか、悩んでいることがあったら相談に乗るからいつでも言ってね!」


宮嶋百合は、可憐な笑顔で一組のクラスの下駄箱へと消えていった。

僕はその後姿を複雑な気持ちで見送っていた。




* * * * * * *




ハァ〜。

まだまだ、後悔は続いていた。

なんでいつも自分はこうなんだ、ああなんだと頭を抱えていた。


「徳っさーーーん!」


特徴のある気の抜けた声が聞こえてきた。

あぁ、もうこんな時間か。

机に埋めていた顔を起こし、何の目的でやって来たのかは分かっているけど取り敢えず「なに?」って聞いてみた。出来れば、今日の集まりは「無し」の方向に持って行きたいところなんだけどな。


「なに、って〜。つれない事言うなよ。なぁ!」

松本治が後ろで二人のやり取りを眺めていた峰岸周一に話を振った。


「まぁ、ついてこい」

一言だけ言い残して教室を出て行ってしまった。


「ごめんね、先食べてていいから」

目があった友人に言い残して後を追うようにして三組の教室を出た。

最近、一緒に昼飯食べてないかも。

後ろで不安そうに見送ってくれる友人三人に笑顔で手を降った。



目の前にいる峰岸周一と松本治を交互に見渡した。

ふたりとも180センチ超の長身だ。

目立ちすぎだってば!

「あの〜、周りの僕を見る視線が痛いんですが.......」

僕と目が合うと関わり合いたくないとばかりに素早く逸らされる。

いや〜、助けは求めてないんですが...。


反面、納得もしてしまう。

なんてったって、あの峰岸周一と松本治だし。

進学校にあるまじきヤンキーの代表選手。

校外でのカツアゲは日常茶飯事、補導歴があるとか黒い噂も聞くし。

僕と一緒に歩いていれば、間違いなく僕は、被害者でカツアゲの的にしか見えない。



階段の踊り場、ここがいつもの場所だった。

お昼時だからか、通りすがる生徒は居なかった。

「で、どうだった!?」

期待に満ちた表情で峰岸周一は口を開いた。


「どうって、本気にしてくれなくて。でも、彼氏は居ないらしいよ」

「おぉー!フリーならチャンスはあるか」

「う〜ん、かなり年齢の差があるんじゃ」

「年齢は関係ないっ!俺は年上好みだし」

いつもの切れ長の眼から鋭さが消えて、豪快なニカッとした笑みが出てきた。


本気だ。

本気で、静江さんに惚れている。

恋は盲目とはよく言ったものだ。

年齢不詳だけど、きっと親と年齢は変わらないはず。

はじめに聞いた時には何かの罠か、冗談だと本気で思ってしまったほどに信じられなかった。

でも、よくよく見ると静江さんは瞳がパッチリとした癒し系の美人だし。

スタイルだって若い子に引けをとらないくらいに、それ以上によかった。

こんな、魅力的な女性が近くに居たとは!

改めて、静江さんの若さは異常だと思い知らされた。

でも、僕にとっての一番は宮嶋百合ちゃんだ!あの可愛さは最高だーっ!



.......でも。やっぱり、失恋する峰岸君はみたくないなぁ。

頑張って、歳相応の彼女を作るように勧めよう。

心のなかでこっそり僕は思った。

なんとなく、静江さんには思っている人が居るような気がするんだ。

時々、切なそうに空を眺めている時があるし。

そんなことを思ったりしながらも、応援している自分がいるのが厄介なのだけど。



偶然、例の愛車を運転している静江さんを見つけて一目惚れをしてしまい、しばらく静江さんを見つめていたら僕が来て車に乗り込んで来た。

だったら、僕に恋のキューピッドになってもらおうってことにしたらしいんだけど。何の前触れもなく「お姉さんを俺に紹介してくれ」って言われた時はビックリしたな...。

「姉は居ない」って言った後の疑いの眼差しは恐ろしかったな...。人を殺せそうな眼つきだったな...。

彼女とは思ってくれなかったのが、すこし寂しい気もするけど。



結果として、静江さんのお陰で僕らは親しくなった。

峰岸君と松本君に出会う前は、一年生の時に同じクラスだった一部の生徒から僕はイジメにあっていた。

二年生になってクラスが別々になったのに同じ生徒からのイジメは終わること無くむしろエスカレートしていった。

カツアゲはもちろん、呼び出されてパシリにされることもシバシバあった。

僕の場合は、お金持ちっていうフレーズがあったからか痛い思いをしたことはなかったけど.......。

先生や周りに居たクラスメイト達は仲のいい友達にしか見えてなかったと思う。

それほどに、彼らのイジメは用意周到だった。

唯一の親友にも相談したけれど、僕のことを気遣ってか内密に解決しようって言われたっけ。



これ以上は耐えられない。

本当に精神の限界に達した時に二人が僕に話しかけてくれた。

取っ掛かりは違う内容の話からだったけれど、彼らは僕の事を親身になって心配してくれた。


それから、元クラスメートのイジメは無くなっていた。

彼らは僕の顔も見ようとしないし。

何かしてくれたのかな?

峰岸周一、松本治の顔をちらっと見た。

未だに怖くて聞けてないけど。

はじめに、声を掛けられたときは殺さないでくれって思ったほどに怖かった。

今では、当時を笑って話すくらいには仲良くなっていると思う。

あの頃の僕はヤバかったらしい。

目が虚ろで危ない感じだったとか......。


途端に僕は心配になった。

宮嶋百合ちゃんに気持ち悪がられていなかっただろうか!?




「おいっ!」

いきなり、肩を掴まれた。

「翼?」

高校生活で初めて出来た親友が後ろに居た。

それも、かなり久しぶりに会った気もする。

「大丈夫なのか?イジメられてるのか?」

耳元で囁かれた。

やっぱりそう見えるよね、納得しながら僕は親友を見た。

「大丈夫、友達だから」

信用してもらうため、笑顔も付け加えておいた。



二宮翼。

学年のアイドルだ。

僕に無いものばかり持っていて、例えば、身長178センチ、格好良すぎるルックス、学年トップの頭脳の持ち主で宮嶋百合ちゃんが彼女だっていう噂まであった。

噂は噂だったけど。

もちろん、確認済みだ。


「そっか」

軽蔑するような視線を投げてから。

「奴らのことは信用するなよ」

小声で忠告をしてくれたらしい。その声が聞こえて気分を害してしまったのか翼が階段を降りていこうとしたその時、松本君が動いた。

がっちりと肩を掴み翼を壁に叩きつけていた。


「いてっ」

翼の顔が痛さで歪んでいた。

せっかくの整った顔がー!

そんなことを思ってしまった自分を心の中で殴りつけてから。

「松本君、翼は悪気は無くて。僕を心配してくれただけだからー」

「お前、まだたかりに来てんの?」

大丈夫だよーって、言うはずの言葉が消えた。松本君の言葉が頭の中でぐるぐる回る。


どういうことなのか.......?


その先の言葉を聞きたいような、聞きたくないような。どちらかを選ぶ前に無情にも耳から言葉が入ってきた。


「舜に近づいたら只では置かないって伝えてこなかった?あいつら」

恋する友人の声とは思えない冷めた声音が響いた。

えっ?

僕は二宮翼をまじまじと見た。



「だっ、だから信用するなって言ったじゃん!信じてくれって」

「お前はあいつらに舜を売っただろ?金持ちだからって、簡単に言いなりになるとも言ったらしいな?」

「そんなこと言ってないって!」

「アドバイスもしてたらしいな。どう動いたらいいとか悪いとか、さ」

「しっかり奴らがたかった金も貰っていたんだろ?」

「親友だとか言っておきながら自分の引き立て役としか思ってなかったんだろ?」



「おいっ!」

松本治が相棒を止めた。

途端、相棒は気遣うような眼差しを僕に向けてきた。



身体から血の気が引いていくのを感じていた。


何かの間違いに決っている。

嘘に決まっている!

二人とも騙されているんだよ。

そんな事をするような人じゃないよ。


言う予定、言わなきゃいけない言葉が口から出て来ることは無かった。

考える事を停止してしまった頭で、僕はただただ壁に背を預けている翼を見ていることしか出来なかった。

出来れば、嘘だと。真実ではないと否定の言葉を翼の口から出てくることを望んだ。



祈るような気持ちで見ていた僕は、信じられない親友の言葉を聞いた。


「あいつら、俺の名前は出すなって言っておいたのに...」


眉間に皺が寄り、目尻が吊り上がり、口元を歪めて笑うその顔は僕の知っている親友の顔では無かった。


「テメェっ!」

「待てコラぁっ!」


僕は、殴りかかろうとしている二人を必死で止めていた。

元親友は、振り返りもせず優雅に階段をゆっくり降りていった。



「もう、平気だ、から。ありがと、う......」

みっともない。

かなり情けない顔をしていると思う。

おまけに、僕は泣いていた。




* * * * * * *




チャイムが聞こえてきた。

グラウンドからは楽しそうな笑い声が聞こえてくる。

この日、僕は小学校からの学生生活ではじめて授業をサボってしまった。



一緒に居てくれようとした長身二人組の存在がすごく有り難かった。

さすがに、授業をサボらせるわけにはいかない。腐っても進学校、授業は大切だ。何かと黒い噂が流れている二人だが、ああ見えて実は頭がいい。前回の期末試験は二人とも学年の五位以内に入っているのを知っている。それに、なんか嫌な噂がたちそうだったので断っておいた。


だから。

僕の周りには、誰も居なかった。

他の生徒はみんな授業に出ているのだろうし、屋上でぼ〜〜っと寝転がっているのは僕くらいだと思う。

暑いけど、たまに吹いてくる風が心地よかった。

雲ひとつ無い青空が清々しくも感じる。

相変わらず、太陽は元気に輝いているようだ。

眩しすぎる。

「あれ!?」

何かが見える。

降りてくるのか、落ちてくるのか。

それは、どんどん近づいてくる。



鳥?

隕石?

いや、違う。

人だっ!と気づいた時には、遅かった。

見事に、僕の上に座っていた。

腹の上に、だ。

衝撃は思ったよりは、少なかったが.......。

だが.......。

さすがに落下してきたし、ゆっくりだったけど衝撃は、やっぱり多少なりともあった。


「あ、あのー。く、苦しいんです、が」

「へ?」


苦しくないと思っているのか腹の上の人物は信じられないと言わんばかりに僕を見た。

それに、ビックリするくらいの美人だった。

芸能人?

映画か何かの撮影?

う〜ん。

人間離れした顔立ちだ。

髪は白銀色、緋色の瞳。

違和感がなく、それが似合っている。

僕のお願いにも耳を貸さず、目前の美女は言い放った。



「あなた、性格暗すぎっ!」


同時に、人差し指が眉間に刺さる。


ドーーーーーーンっ!

頭に衝撃が走った、殴られた?

思考能力が遮断される寸前、不敵に笑う絶世の美女の姿を見たー。

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