18 ヤキモチ
『どうやって、金を稼ぐか!?』
これが、僕らが抱えている課題に変わった。
『ラルド』って通貨単位に慣れないうちに始まったこの課題...。
どれだけ大金なのかは知らないけど「入ってくんな!」って言われているようなものなんじゃ...。ビャッコー大陸では日本の鎖国時みたいに独自の文化が花開いていたりしているのか?
「舜ー」
ニヤニヤしている、アザミだ。
あのキュウキとの一件から彼女は一層僕にベタベタしてくるようになった。
今はぼーっと海を眺めている僕の隣に居座ってピッタリと寄り添っている。あの、絶望的な恐怖を前に一緒に戦ってきた戦友というべきか、一緒にいるのが自然でしっくりくる。懐いてくる猫みたいな感じ?頭をぐしゃぐしゃぐしゃーって撫でてしまいたくなるほどに可愛い。
「カッコイイー」
唐突に言われ、対応に困る。
カッコイイなんて言われることに慣れない舜はさらりと流すことに決めた。
「アリガトー」
「む...。反応が悪い!つまんなーい」
アザミは口を膨らませて外方を向いてしまった。
どういう反応をして欲しいんだ...。喜べばよかった、とか?
「舜、本当に格好いいよ!なんか急に大人になったみたい」
キラキラした瞳でアザミが言った。ストックにも同じことを言われたような。
何がかわったのかな?
「ええ、男っぽくなりましたね」
アザミの反対側に艶やかな笑みと共にムスカリが寄り添う。
なんか、窶れてない?疲れてる?髪が乱れているよ?「はぁ〜〜」深い溜め息が僕の耳にかかる。「ひゃあっ!」思わず悲鳴のような声が口から出てきてしまった。ちょっと恥ずかしいんだけど...。
「ええ、とっても可愛い.......」
舜の耳元にある髪の束をくるくる指に絡めながら、潤んだ瞳が近づいてくる。
「えっ...、ちょっと...ムスカリ!?」
ゆっくりと押し倒される。
「...うっ.......?」
唇が触れるか触れないかくらいの優しい口づけが首、頬、おでこ、鼻先、そして耳元に...。僕の身体がビクンと動く。その反応を確認するかのようにムスカリは艶かしい表情で僕を見つめる。最後に唇と唇が重ね合わさる。それはとろけるような甘美な口吻だった。僕は、抵抗する気が失せ、ムスカリが.......。
いや、違うっ!力が抜けていってるんだっ。
「もう、...疲れ、ました........。舜サマ、助けて...」
舜を押し倒したまま動かないムスカリが耳元で助けを求めていた。
「あ〜、ここに居たのねぇ?ムスカリ〜、まだ話は終わってないわよっ!?」
エリカが颯爽と登場し、ムスカリの腕をガシっと握り宿屋に連行しようとしている。エリカの本日の説法は朝早くから始まっていた。そして今は陽が真上にある...。何時間やっているんだ!?ぐったりしているムスカリを見る。疲労困憊のムスカリは『万能薬』が欲しくなりやってきたのだ。禁断症状みたいなものか。その度にあんな風に迫られると僕の理性は確実に崩壊しそうだけど同時に動けなくなっていくんだから正直残念な気もする。
「もうさ。エリカの言いたいことはムスカリも十分理解していると思うよ?」
ムスカリの肩に手を置いて庇うように話した。
「舜が言うなら、しょうがない。今日はここまでにするかぁ〜」
エリカはしぶしぶと言った体で、頷いてくれた。
今日、ってところが気になったが...。ムスカリはこの港街に来てからというもの毎日エリカから説法を聞かされている。可哀想にきっと明日も個人授業は予定されているらしい。
「舜サマ。ありがとうございまっ、すぅっ〜」
吐息とともに耳元で囁かれ「ひゃあっ!」僕はまた悲鳴にも似た声をあげた。
その横で一層楽しげな艶やかな微笑みを湛えているムスカリを見た。
.......今のは、態とだよね...?
アザミはそんな僕らを見て、「いいなー」をひたすら連呼していた。
港街ロベルタールは本当に小さな港街で、人口は多くても百人といったところか。宿屋は一件、店舗は宿屋の隣に位置している雑貨屋のみ、白い石畳の道を隔てた向かいに酒場がある。他には住居と倉庫、展望台に船乗り場、深い緑の海の上には小さなボート三艇が浮いていた。
ムスカリに『万能薬』を提供したためか、僕は望まない昼寝をする羽目になってしまった...。なのに、目が覚めたら周りには誰も居らず...、どうやら置いて行かれたらしい。寂しいな...。寂しい(?)のか僕は。そんな風に思った自分に驚いていた。いつからこんなにも、一緒にいることが当たり前になってしまったんだろうか?
二階の客室から外に出るために階段を降りる。そこで聞き慣れた声がした。でも、違うかな?違うと思ったのは話し方が明るく可愛らしかったからだ。
「テッセンさんっ」
そう呼ばれた小太りの中年男性は思いっきり鼻の下を伸ばしていた。テッセンの目が釘付けになっている先には、黒い着物のような衣服から、胸元から溢れんばかりのふたつのたわわな膨らみが少しどころか多めに見えている...。加えて、何故か床に倒れこんでいる女性の白い足が顕になっていて、またそれが色っぽい。
「もう〜っ!そんなに見ないでよ〜、恥ずかしいよぉっ...」
顔を赤らめ胸元を両腕で隠す、が大きすぎて隠れていない。見るからに頭の悪いバカ女なんだが...。そんなに隙だらけでいいのか!?思わず心配してしまった舜だった。そのバカ女の顔を確認出来る距離まで降りてきたところで完璧に固まった。
「...そっ、そんなところでコケるからだろ?どっ、ドジだな、俺が立たせてやるからじっとしてなって」
鼻息が荒すぎだ。このエロジジイっ!
「なんで、転んだんだろう私ったらぁ。ねっ。昔からドジばっかりぃ...」
で、こっちはこっちで、何をする気なんだろうか?
「ほら、起き上がんな」
テッセンの手が白い肩に触れそうになる。
その行為が僕はすごく許せなかった。
だから僕は走りだした。が、瞳で静止させられる。
止めに入ろうとした僕の存在にも気づかずテッセンは顕になった左の肩に手を置き、その手を艷やかな白い肌の上で滑らせる。相手の動揺した声に、厭らしくニヤリと笑う。
「...テッ.......セ、ンさん.......?」
滑らせている手はするりと谷間へと降りていく。
「...ぁっ、.......」
濡れた瞳がテッセンを見返す。
もう許さない!
なんで、このまま僕が見ていなきゃいけないんだっ!!
「やめろっ!ムスカリから離れろー!!」
「あんたっー!何やってんだいっ!!」
僕の声と女性の太い声が重なった。
その声の主は、すごい剣幕で登場しムスカリを睨みつけた。
加えて両頬に平手打ちを繰り返す。
「きゃあ!...いたぁいっ」
ムスカリは床に倒れ込んだ。
「悪いのは、この人の方でしょ!?」
舜は顔が真っ青になって動揺しまくっているテッセンを指し、ムスカリを力強く抱きしめる。僕は腹が立っていた。こんなことをするムスカリにも静止を聞いてしまった自分にも。
「うちの亭主にもう二度と手を出すんじゃないよっ!...分かったねえ?」
再度、ひと睨み利かせて声の太い女はテッセンと共に、姿を消した。
「何でこんなことしてたの?」
それは、こんなに低い声が僕にも出るのか?って驚くくらいの低音だった。
「舜、サマ...?」
ムスカリを抱えて二階の客室に戻り、ソファーに座らせる。
目線を合わせるため片膝をつき、真正面からムスカリを見る。
「ああ、怒ってるよ?すごく.......」
怒っているって言っているのに、なんか嬉しそうな視線が返ってくる。
「そんなことをさせてまで、僕は行きたくない。なんで、あんな汚いジジイに触らせなきゃいけないんだっ!?」
「だってぇ。ビャッコー大陸に行くためなんだよぉ〜?ねっ、怒らないでってぇ...」
僕の首に腕をまわして、可愛らしくニッコリと笑う。
「.......」
なんだよ!その言い方!?
あのエロジジイと同じ扱いかよ.......。
それで許されるとでも思っているのかっ!?
着直された襟元を強引に広げる。
肌蹴けて露出した両肩を掴み、あのジジイと同じように手を動かし始める。
「あの、舜サマ...?」
滑らかな吸い付くような肌。あのジジイのせいで汚れてしまった肌...。僕の手で清めよう、その一心で肩、腕、首筋、鎖骨へと、手を移動させる。這わせる手の動きにムスカリの身体が反応していく。そして谷間へと辿り着く。潤んだ瞳には僕が映っている。
「.......焼いたの。ヤキモチ、...分かる?」
まるで、子供だ...。
僕には好きな子がいるって公言しているのに、勝手に焼いてその挙句にこれ、だ。
襟元を更に腕のところまで下ろす。
ぎゅうぎゅう詰めに詰め込まれていたものが弾けるようにぷるんと出てくる。
すごく厭らしい身体。でも、すごく綺麗で魅力的な身体...。
吸い込まれるように手が勝手に動く。触れると、それはたぷんと波打ち揺れる。すごく柔らかい。しばらく弄んでいるとムスカリが口を開いた。
「...も、うっ、....しませんから...っ!.......」
涙目でこちらを見上げるその表情に、色香に背徳感を覚える。
僕は手をとめて、先端をきゅっと摘んだ。
「...ぁんっ......!」
ムスカリは声をあげる。
「絶対だよ...?」
僕はゆっくりと頷くムスカリを抱きしめた.......。
その日の夕方。
エリカが街の子供から塩の平原が近くにあることを教えてもらった、ということで折角だし行くことになった。正確には僕の「見てみたい!」の一言で決まったのだけど。
塩の平原は、海水が流入し湖ができ、その湖の水が長い時間をかけて蒸発して出来ていくものらしい。天然の塩田なんて見ないと損だ!まるで、観光しに来たみたいだけど...、たまにはいいよね?僕は勝手に納得した。
塩の平原は、本当に真っ白だった。
所々に白い小さな山が造られている。これをきっと食塩として加工するのかもしれない。で、やってみたいことは決っている。塩の平原をペロリ舐めてみる。おお!確かに塩だ、しょっぱい!感激している僕にエリカは苦笑していた。
「あれ?背が縮んだ?」
隣にいるエリカは驚いて、みるみるうちに呆れ顔になっていく。
「ワタシの背が縮んだんじゃなくて、舜の背が伸びたとか思わないものかなぁ...?」
「お?おおおっ!?」
同じくらいの背丈だったエリカと目線が合わない。どれくらい伸びたのかな?今度はアザミと並んでみる。同じくらいになっている。頭半分くらいアザミのほうが背が高かったはず。ってことは、優に十センチくらいは伸びているってことになる。嬉しいけど、この伸び方は尋常じゃない.......。
僕はロベルタールに到着してから三日間微動だにせず眠り続けていたと聞いた。いくら寝る子は育つとは言え、育ち過ぎだろう...。でも、ずっと切望してきて、でも半ば諦めていた背が伸びたという事実は素直に嬉しい!僕はガッツポーズをしていた。
「よかったねぇ」
僕の今までの行動を眺めていたエリカは腕を組みながら言った。
「顔もやっと歳相応に見えるようになったしねぇ。不憫で言えなかったけどストックと同い年に見えてたのよねぇ...、よかった、よかったぁ」
「同い年って...」
小学校六年生って、ことだろうか.......。僕はクラクラする頭を押さえた。
港街ロベルタールに来て、五日が経とうとしていた。
あんなにトントン拍子でことが運んでいたために、まさかの落とし穴だった。
宿泊期限は六日間だから、明日までに大金を稼がなくてはいけないのだけれど。どうなるのかな?今なんか観光しちゃっているし.......。ムスカリが何かしていたのも止めさせちゃったし。ムスカリの件においては後悔は全くないが。僕はコンちゃんに塩を降りかけて遊んでいるムスカリを見た。
観光の後、宿に戻ると修羅場の後とは思えない満面の笑みで声の太い女性、テッセンの妻で宿屋を実質上切り盛り取りしている女将のヌルデが僕らを迎えた。
「おかえりなさい。先程はみっともないところをお見せしてしまって申し訳ないねえ。これから用意させて頂く食事はそのお詫びを兼ねておりますのでどうぞ召し上がってくださいねえ」
もちろんサービスさせて頂きますから。とヌルデはつけ加え、笑みをつくる。
「ありがとうございますぅ」
ムスカリがにっこり微笑んだ。いつの間にか胸元を強調させた格好をしている。やめるって言ったのに...、舜はムスカリを睨んだ。ムスカリの変貌にエリカとアザミは慌てる様子はなく自然に、ヌルデに塩の平原の感想やロベルタールの町並みについての話に参加し盛り上がっていた。その姿は本当に観光客のようだ。
これは、どういうことなのか?
知らないのは僕だけだったということか?
「こちらの港からビャッコー大陸に行く人は今日は何人いたんですか?」
突拍子もない事を聞いてしまったのか、テキパキと僕らの食事の用意を始めたヌルデの手がピタリと止まり僕をゆっくりと見た。
「今日に限らずこんな大金を払えるような人なんているのかねえ。船は行き来しているがこちら側から乗る人は滅多にいないかねえ...」
通貨の普及が乏しいだから、ってことなのかな?
代金は、この宿屋の宿泊費一年分に相当するらしい。エリカが六日分所持していたが、エリカ自身大金だと言っていた。そんな額を、明日までに調達するのは不可能に近んじゃないか?何で明日にこだわっているんだろうか?ヌルデは滅多にいないと言っていた、僅かだけど払うことが可能な大金持ちがいるってことだ。その人はどうやってそんな大金を集めたんだろうか?
「それにしても。あんた、珍しい色の瞳をしているよねえ.......」
まるで美しい宝石でも眺めているかのように、ヌルデは舜の双眸に恍惚の表情を向け深い溜息をついた。