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12   巡り合わせ

「こちらです」

「さぁ、ここです」

「...そこは、違います」

「はい、この上へ」


ムスカリの先導によってどんどん先へ進んでいく。

暑さに悩まされること無く、順調に。

そう、ここはさっきまで寝泊まりしていた地下洞窟だ。

エリカ特製の松明を持ちつつ、暗闇の中を迷うことなく歩いた先に太い綱が垂れ下がっている小さな円形状の広場に出てきた。迷うことなくっていうのは、自分の庭のようにスタスタ進んでいくムスカリのお蔭である。本当に最近の彼女には謎が多い。何でも知っているというか、お見通し?みたいな。


「この綱を登れってこと?」

僕の後ろにいたストックがひょいっと顔を出した。

ムスカリはコクリと頷く。

この綱やたら長くない?どれくらい登らなきゃいけないのか...。自慢じゃないけど、僕は体力にも自信がない。上方に薄っすらと光が見えているから、きっとここから地上に出れるのだろう。ムスカリとコンちゃん、ストック、そしてストックの補助の意味も込めてエリカの順で登り始めた。ストックは「そんな補助居るかっ!」って言ってたけど。僕は体力不足から迷惑になってしまいそうだから最後にしてもらうか。

アザミに先に登るように促すが。

「.......」

返事がない。聞いてすらいない?

「アザミ?」

そういえば、朝から声を一度も聞いていない?

「具合でも悪いの?」

肩に手を置くと、「ぎゃあ!」と身を翻した。

「あ、ごめん。驚かせるつもりはなくて、先に登ってもらおうかと思ってさ」

頷いてからアザミは黙々と登り始める。

上から「なにぃなにぃ〜?どうしたのぉ?」って声が降ってきたので、何でもないと返しておいた。変なものでも拾って食べたとか?アザミならやりかねない。僕は上から垂れ下がる綱を手に握りしめ登り始めた。




『最後まで登れるのか!?』


これが、今現在僕が抱えている課題だ。

途中で休憩なんて出来ないと勝手に決め込んでいたけど岩壁にある出っ張りや窪みなどが足置き場になってくれて容易に可能となっていた。嬉しいことにそれらは意外と数多く存在してくれていたのでかなり楽に登れていた。だがだが。人間、余裕が出てくると余計なことをしてまうものだ。


周りを見渡す。

うん、真っ暗だ。でも、明るく見えている場所は間違いなく近づいてきている。

下を見る。

高所恐怖症じゃなくて本当によかった。意外にも高い位置に自分が居ることに気づく。

上を見る。

アザミだ。体調が悪いのかと心配はしたけど、一言も話さずにひたすら登っている。驚いたことに休憩ポイントを使わず腕と足を器用に動かして上を目指している。


休まずにスイスイ登っていく人と、僕のように休憩ポイントに留まりながら進んでいく人の差は大きくなるばかりだ。アザミはどうにか視界に入ってくるけど他のムスカリ、ストック、エリカの姿は頑張って目を凝らしても見えやしない。こんな暗くて見知らぬ洞窟に独り置いて行かれるのは、さすがに心細い...。そんな訳で僕は話しかけてしまった。不意に思いついただけの言葉を。


「キュウキとさ」


ビクッと肩を動かした後、アザミの動きが止まった。

その動きの意味をもっと考えるべきだったのだけど、この場に独り置いていかれるのは嫌だ!という思いが自分で思っていたよりも強かった。迷わず、言を継ぐ。


「仲直りできないの?ムスカリ達みたいに、さ。そしたらすべて上手く治まるのになー」


って、無理だよな...。

配慮が足りなさ過ぎだな...。

命を狙われ暗示までかけられて、会った時にはボロボロの状態だったアザミ。仲直りなんて出来る理由無いか...。キュウキとの戦いは避けられない。僕たちの中で唯一敵いそうな強者のシュンノスケまで狙ってくるんだから侮れない。ってことは、狙われるのは僕っ!?是非、仲直りしてほしいんだけどなっ。って、無理だってばっ!見上げるとアザミは僕を向いたまま綱に捕まったままだった。目が据わっている?これって、マズいんじゃ...?木に佇んで怯えながら周りの様子を伺っている小動物みたいだ。今は黒豹どころか、小動物になってしまったアザミを観察する。


「だ、だいじょうぶ...?酷いこと言っちゃったね、本当にごめん」


僕のその一言が合図のごとく、アザミが動き出した。

岩壁の窪みで休憩中だったのだが、あろうことかアザミは僕に向かってダイブしてきたのだ。一言、「やっぱり、行きたくない」と小さな呟きが聞こえてきた。僕は受け止めきれず壁に激突する羽目になったのだが.......。今思えば、彼女はずっと葛藤してきたのだろう。そして僕の発言が引き金となって決意した、ただそれだけだったんだ。口は禍の元ってよく言ったもので僕にとっての『禍』はそれだけでは終わらなかった...。


アザミのダイブで、窪みだったはずの壁が崩れ長い横穴が誕生した。

運悪く急な斜面になっていたためアザミを抱えたまま見事に転落していった。上へと登っていたはずなのに、有無を言わさず下へ猛スピードで進んでいく...。ほんとに笑っちゃうくらい長い間グルグル廻って廻って、廻り倒した末やっと辿り着いたその先は?

仕組まれているとしか思えない場所だった...。


「行きたくない」と逃げ出すことを決意したアザミにとっては、まさに最悪の場所だ。光沢のある黒いオニキスのような石に囲まれた球体の空間。窓や扉など人が出入りできるようなスペースは無い。蟻みたいな小さな虫だって無理そうだ。中心部にはどこかで見たような文様の細工が施されている鏡台に楕円形の大きな鏡がドッシリと置かれていた。見るからに何かを秘めていそうな鏡が照明代わりのように仄かに光を発している。見ろと言わんばかりのこの存在感、めちゃくちゃ怪しいんですが.......。僕とアザミはこの大きな鏡の前に座っていた。


「ここって、さ。やっぱり...」


隣りのアザミは可哀想になるくらいにガタガタと震えていた。これ以上は出来ないんじゃないかってくらい頭を抱え身体を縮こまらせている。脱出するためには、封印を解くしか無さそうだ...。解いた直後は目前にご対面ー!って状態になるのだろうし僕にはお役に立てそうにない。それに僕らには悩んでいる時間はあまり残されていないらしかった。息苦しい...。僕たちはちょっとした酸欠状態になりつつあった。

「アザミ.......?」

「.......」

「このままじゃ、二人とも倒れてしまう。前に進むしかないんだ。アザミ?」

出来るだけ優しく諭すように語りかけ、安心させるように後ろから包み込む。ビクッと震えた身体からは返答はない。

「大丈夫、なんとかなる。.......僕が、何とかしてみせるから」


「.......本当に?」

実際のところ、空耳かも知れない。

僕にはか細い声でそう聞こえたような気がした。

「本当にっ!!」

アザミを抱える腕に知らずと力が入る。頭痛がして、思考能力が低下してきているのかもしれない。僕がどうこうできる相手ではないのに、アザミに告げた言葉はハッタリではなく本当に『何とか出来る』と思ってしまっていた。


「わかった。やってみる」

振り返って頷くアザミは、いつもの勝ち気そうな表情を取り戻していた。

「やっぱ、舜はいいねー。ありがと、な」

いつものアザミに戻ってくれてホッとした。そして抱きしめていた身体を慌てて離した。

「そんなところも、いいなー」

まじまじと見られて居心地が悪くなる。

「ほ、ほら。倒れる前に!」

なんでか、赤面しちゃったりしている。もう、何がなんだか...。

「へいへい」

名残惜しそうに鏡へと向かい合い、呪文を唱え始めた。

禍々しい鏡は、新たに黒い光を発し始める。






* * * * * * *






『今まで、何処で何をしていたのかしら?』

口調は至って普通だが、その言葉には隠すこと無く不快感が至るところに散りばめられている。

『何をしていたんだろう、な...』

歯切れの悪い口振りからは気まずい空気が発せられている。


『私が何も知らないと、でも?』

さらに機嫌を損ねたのか、声の主がより刺々しい口調になっていく。

『君のところには一番に行くつもりだったんだ、嘘じゃない。でもさ、頼りないじゃん?アイツ。ついつい目が離せなくなって、今に至るっていうか』

『そう。それが成長の妨げになっていることは理解していただけているのかしら?』

男の言葉は、女の怒りをさらに増幅させてしまったようだ。殺気がひしひしと伝わりはじめる。

『.......わかった。助けるタイミングを考えるようにする』

『あなたって、人は...』

見守ることを止める気のない相手に半ば呆れた声を上げる。

溜め息も聞こえてきそうだ。

男は苦笑したようだった。



『あの子は無意識に解いていたわよね?産まれた時から幾重にも重ねて掛けられた封印を解くことなんて簡単に出来ることではないでしょう?完全に消し去ることは出来なかったとしても』

『アイツの中で何かが起きようとしているのは確かだけど...』

『反対しているの?』

『当たり前だ!』

『必然なのに?』

『俺は絶対に嫌だ!!』

『私は、平気...』

『嘘だ!!』

『仕方のない人だなぁ.......受け入れるしか無いのに...』

『それが、嫌なんだっー!!!』

『子供みたい』

女はクスリと笑った。



『俺が、何も知らないとでも思っているのかい?』

意味ありげな言葉に、今度は女がたじろぐ番だった。

『な、何のことかしらっ?』

『アイツに会いに来てたよな?その度に宿主が困惑しまくって可哀想だったなー。俺が気づかないとでも思ってた?』

『それは気になったから...』

精神だけが集える特殊な空間に二人は居るわけなのだが。

それでも、男のほうは楽しくて仕方のない様子が伝わってくるようだった。

男の小さな報復が始まった。

『何が、気になったのー?宿主に伝わるほどの感情って何ー?』

『.......』

『なんで、素直じゃないのかなー。俺に言いたいことはー?』

形勢逆転である。

『そ、うねぇ...』

暫くの間、沈黙が続く。


『俺に、会いに来たんじゃないのか?ってことなんだが...』

確認のため再度詰め寄る。

『会いたくないわけ無いじゃない!ずっと会いたくても会えなかったのにっ!!あの子じゃなくてあなたに会いに行ったわよ!?それが悪いっ!?』

予想外の感情を露わにした声に満足したのか男はすんなり引き下がった。


『俺も会いたかった.......こうして、また話すことができてよかった...』

男が女を優しく包み込み、女は男に身を委ねる。

絶対に守ってみせる!!

相手に届いたかは不明だが、譲れない思いがそこには存在していた。

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