冬の太陽
蝉が騒々しく鳴き喚く中、俺は山道にいた。
手作りの竹で作った虫網に、首に掛けたボロい虫かご。
飲み終えたジュースの空き缶を左手に、俺は山道を走り続けた。
この辺では珍しい種類のトンボが飛んでいて、俺はそのトンボを追いかけるのに
夢中になっていた。
「…ッ!!」
この山には夏になると毎日のように足を踏み入れている。
今日は今年で3回目の虫とりだ。
「……」
トンボに夢中になりすぎて、地面から突き出た岩に足を躓かせたらしい。
ふと膝を見やると、血が滲み出ていた。
「痛てぇ」
虫とりを再開しようとしたけどやめた。
赤とんぼが、俺に夕暮れ時を知らせていた―――
《懐かしい想い出が、ふと脳裏に蘇る。もうあの山はないと思うと
淋しいものだ》
あの時家に帰ったら母さんが慌てて消毒してくれてたっけ…
――16年と半年が過ぎ―――
夕飯を食べたらスイカを食べて…
――環境も季節も変わり―――
父さんが帰ってきたら一緒に風呂に入って…
――いつの間にか―――
家族揃って同じ部屋で寝て…。
――25回目の冬を迎えていた―――
母さんは病気で他界して、父さんは俺をおいてどこかへいってしまった。
大学を卒業して間もなく、もともと体が弱かった母さんはガンで倒れた。
母さんがいつも大切に持っていたひまわりの種は、5年以上経った
今も俺は母さんの片身として種をお守りとして持っている。
母さんはひまわりが大好きだった。
『ひまわりは本当総君にそっくり』
(そうくんそうくん)って、いつもそう呼ばれていた。
『ひまわりはいつも太陽の方を向いて、暑さに負けないくらい強いものね』
か細い声でそう言っていた。
『お母さんが死んだら、このひまわりの種をまいてちょうだい。』
季節は構わないと、最後に付け足した。
その頃の俺は、季節は構わない、という
言葉はよくわからなかったが、今考えてみれば
絶対に咲くって意味なんだよな。
そう思いながら、【たぶん】という言葉を最後に付け足した。
母さんには悪いけど、約束は守れなかった。
倒れてから5年以上も経っているのに
未だに種を埋められないでいる。
もしひまわりが咲かなかったら、母さんがもっと遠い存在になってしまいそうで……
…怖かったんだ。
季節を調べて埋めようと考えたが、
母さんが言った言葉を思い出した。
『季節は構わない』
きっとこの言葉は、必ず咲かせる自信があったから言ったのだろう。
だから、俺は………
《一人暮らしをし始めて早3年は経っている。こたつが恋しくなるこの冬。ついに決意した》
「母さん…俺……咲かせて見せる…。」
独り言を漏らし、ソファから立ち上がった。
母さんは見ているだろうか?
『…総君…頑張って…』
聞き覚えのある声がどこかで聞こえた気がしたこの季節は冬だった。