黒の聖女
この世界にある国の多くは、三頭政治という形で成り立っている。赤、青、黄の国は言うまでもなく、この黒の国も含め、辺境の橙や、紫の国らも、同じような政策体制を確立しているのだ。もちろん、戦争など始まればこの体制は見る間に崩れるだろうが、幸いなことに動乱の時代は終わり、今は長い停滞期――何れ来るであろう領土争いの戦争へ向け、軍事を改革する国、周辺国との繋がりを太くする国など様々だが、総じて派手な動きは見せず、沈黙を保っている。
安い考えではあるが、俺が生きている間は、そんな大陸全土に広がるような大戦争は起こらないだろう。この黒の国が、侵攻を開始しない限りは。
三頭政治という体制は、その名の通り、三人の代表を立てることにより、一人による独裁や、抜け駆けを抑え込む目的がある。我が国でも、国政の代表が一名、軍事の代表が一名、宗教の代表が一名選出されていた。
だが、黒の国の内側に限って、既にこの体制は崩れつつある。
軍事の代表であったループトンという男が国政の代表を丸めこみ、政治に対して大きく干渉する権利を有したせいで、実質的にこの国の政治は、二頭の状態に陥っていた。それも、宗教側がそちらに不干渉を決め込んでいるせいで、相手方の勢力は見る間に膨れ上がり、軍の中心であるループトンは国王気どりの暴政を振っている。
しかしそれでもなお、俺の横に立つこの聖女様は、何一つ手を動かそうとしない。
明日にでも首を落とされるかもしれないこの現状で、よくまあ飄々としていられるものだと思っていると、彼女は俺の視線に気づいたようで、ゆっくりと顔を上げた。
「何か?」
黒いフードを目深に被る聖女様の表情は、僅かにも窺えない。
よくもまあ淡々と――と思いこそすれ、それを口に出せば、俺が不敬者呼ばわりされ、火あぶりにされかねないのだ。
「いえ、何故あの二人を国内に入れるような真似をしたのか、と思いまして」
適当に話を逸らすついでに、疑問をぶつけてみる。物々しい鎧を着こんだ騎士と、そのお付きのような一人の少年。彼ら二人がどうこうという話ではなく、あそこで無理に聖女の名前を出して横暴を振えば、それは敵にとっては大きな突け入る隙となる。
返答がないのを感じて、またぞろ思いつきかと溜息を吐いた。いくら相手が聖女だからと言って、言わなければならないことはあるのだと自分に言い聞かせ、息を吸う。
「聖女様。私は貴方のお付きですから、貴方が望むことは出来得る限りこなすつもりです。ですが、政治的に不安定なこの国で、それは貴方や私のみならず、他の敬虔なる使途達をも巻き込むことをお忘れになってはなりません」
「良いのです」
一世一代の説教は、彼女のそんな一言で尻すぼみに掻き消された。
「あの二人がまた訪れた時、貴方にもわかるでしょう」
だから、良いのですとまた呟いて、聖女はまたしずしずと、街奥の教会へ向けて進んで行く。
また訪れるも何も、相手がわざわざ国には入れたお礼を言いに来るとも限らない。果たして彼女が何を考えているのか、結局俺には分からず仕舞いのまま、教会へと向かう。
かくしてまた崩落へと向かうこの国の一日が終わり、募る焦りに苛まれたまま迎えた夕暮れのこと。
二人の漂流の騎士が、教会の門戸を叩いた。
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