乱
雑兵ばかり。落胆の余り、嘆息さえ零れそうになる。
鍛冶職の天国と語られる国の、研ぎ澄まされた武器達も、使い手がニ流では輝けない。囲んで武器を振えば敵を倒せるのは、素人相手か使い手たちが一流の時の話だ。
その証拠に、エヴァンスと呼ばれた修道士の男は鎧も纏わず、得物を有してもいないというのに兵達を物の数にも成さず暴れまわっている。戦い方こそ粗暴極まる荒々しいものだが、その戦闘能力と戦いの内における勘は、まさしく超の付いていい一流レベルにある。
弟子のフルートが戻り、彼に聖女の護衛を任せれば、私も自由に戦いに出ることができる。そうなれば、この広間を制圧することも容易いはずだ。
それまで、もうしばらくの辛抱――そう思い、大剣を肩に担ぎ直した時のことだった。
玉座の間の壁の一部が派手な煙を巻き上げて崩壊し、二つの影がその穴から飛び出してくる。片や赤、片や黄土の色の輝きを纏うそれらは、寸分違わず私とエヴァンスの元へ襲い掛かってきた。
赤の魔力光を纏う鉤爪を携えて、まだフルートほどにもなっていない幼い少女が飛び掛かってくる。その未熟な身体を見て迎撃を控え、咄嗟に回避しようと地面を転がった。
盛大に空ぶり、地面に突き刺さった鉤爪が――唸りを上げる。
爆発的に膨れ上がった赤い光と共に、その三本の鋭利な刃は、仮にも石材で出来た床に、獣の歯型のような巨大なクレーターを生み出した。赤い魔力光が晴れ、ようやくその場に獲物がいないことを知った少女は、咆哮を上げる。
その更に背後で、もう一人に奇襲をかけられたエヴァンスが呻き声を零した。
「ぐ、ぅっ!」
神力を宿した拳で、黄土色に煌く戦斧の強烈な一撃を受け止めた彼の身体は、勢い良く宙に投げ出される。どうにか体勢を立て直して受け身を取ったエヴァンスは、無傷でこそあったものの、表情は屈辱に歪んでいた。
見れば、二人とも服とも言えないような布切れを体に巻きつけた、本当に小さな子供である。
手にする武器に信じられないほどの魔力が込められていようが、たかが幼子に吹き飛ばされた自分が許せないのだろう。
「――大丈夫か」
無事であるのは分かっているが、声をかけずにはいられない。
平気だ、と低く言葉を返してきたエヴァンスは、理性の無い怪物のように吠えたける二人の少年少女を見て、苦々しげに言った。
「神力を根こそぎ吹き飛ばされた。ただの魔力を纏った武器じゃない、気を付けろ」
そう告げて、再びその両腕に黒い神力を纏わせる。しかし、一度吹き飛ばされた影響なのだろうか、それとも彼自身の精神状態が大きく関係しているのか、光は弱く、相当に小さい。
雑兵どもならば一蹴できるだろうが、不意打ちとはいえ一度は押し負けた相手に戦いを仕掛けられる状態ではない。そもそも幾ら力の差が大きかろうと、拳の戦斧では相性が悪すぎる。かといって、鎧を纏わないエヴァンスでは、あの触れたものを抉る鉤爪に相対するのは危険だ。
どうすべきか、唸る私の視界の端に、またしても荒手が姿を見せる。
長身の女性――彼女は他の二人と違い、服らしい服を着ている。だが、その手に下げる二つの物が、何の変哲もない衣服との異質感を際立てていた。
青い光を纏う、女性が持つには大きすぎる長直剣。そしてもう片手には、血塗れの人間を一人引き摺っていた。
彼女はそれを、地面に投げ捨てるようにして手放す。その周囲にいた兵達は、地面を転がった痛々しい姿の少年から一歩後ずさり、大きな円のようにして人波が割れる。
倒れ込んでいたのは、私とは別の任に当たっていた、フルートだった。
「…………やられたか」
三人の闖入者――それもそのうち二人は獣染みた遠吠えを上げている――に気押されたのか、先程まで激しくこちらに攻撃を加えてきていた兵達は、混乱気味に距離を置き始める。
突然のことに何が何だかわからないのは私たちも同じだったが、弟子の不甲斐無さに思わず溜息が零れそうだった。そんな様子を見てか、隣に立っていたエヴァンスは鼻を鳴らす。
「案外と冷たいんだな。大事な騎士見習いがボロボロになってるってのに」
「それよりも今は、この場にどう収拾を付けるかだろう。私も君達の計画を全て知っているわけではない、流石に独自の判断で動ける範囲を超えているのでね」
そう――私は聖女様に、私を守りながら場を掻き乱してくれればいいですと言われただけ、フルートも宝物庫から四つの武具を持ち出すよう言われていただけ。その計画の根底にかかわる部分には、全く触れてなどいない。
果たして闖入者達が敵か味方か、これは計画外のことなのかそうでないのか、それすらも判断がつかないのだ。
それを聞き、成程と頷いたエヴァンスが何か言おうとした途端、大声が玉座の間に轟いた。
「何をしている貴様ら、味方が来たのだぞ! けし掛けろ、畳みかけろ!」
ループトンというあの男が、周囲の兵達に怒鳴り散らしているらしい。つい先ほどまで広間の隅でうずくまっていたというのに、威勢の良いものだと思っていると、闖入者の一人である女性が彼の方へと歩き始める。
その行く道を塞いだ兵達の頭上を、ありえないほど大きな跳躍で軽々と越えた彼女は、未だに声を荒げ続けているループトンの元へ降り立つ。
そして、一閃。
女性の握っていた青い光を纏う長直剣が奇跡を刻み、彼の頭は首から滑り落ちた。
あまりにも突然に、あっさりと、悪の親玉は息絶える。ぼとりと地面に落ちた生首を見て、悲鳴を上げるような人間はこの場にいるはずもなく、ただただ沈黙の中に響き渡る少年と少女の雄叫びが、耳煩く響いていた。
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