Long long ago
どんよりと雲の降りた灰色の空に、鮮血が舞った。
舞い散る血飛沫は、広がる草原の草を濡らし、生い茂る緑の絨毯に紅色の染みを作る。その上を、くすんだ黒のレギンスが踏み抜き、抉れた土くれが宙に投げ出された。
その片足を軸に、恐ろしい速度で、長大な剣が振るわれる。
鉄塊を叩き付けたような鈍い音と共に、刃はそこにいた狼の脳髄を叩き潰した。弾け飛ぶ血と肉が、その剣と、それを振う男の纏う華奢な鎧を濡らす。
鷹を模した兜に被った血を、一片の隙もなく甲に包まれた指先で拭い去って、彼は再び剣を担ぎ上げた。
常人では両手を用いても持ち上がるかどうかもわからない、異常な重さをした剣を、男は片腕で軽々と操る。血の臭いに釣られて集う獣たちを前に、重さを感じさせないほどに乱舞するその姿は、鬼神と言うにふさわしい暴力の塊だった。
振り向き様に薙ぐ刃が、狼の身体を地面に打ち払い、その四肢を砕く。大きく足を開き、半円を描くような軌跡を辿った剣は、死角から襲うもう一体の身体を、縦に両断して見せた。
仲間の倒れる様を見て、狼たちは次第に怖じ気づき始める。
だが、じりじりと後退し、その男を囲む包囲の輪を崩そうとした一匹の狼を、背後から現れたさらに大きな獣が襲った。
他の狼よりも二回り以上大きな体躯から伸びるその牙で、逃げ腰になったその狼を、一息に噛み砕く。そのまま容赦なく口の中に捻じ込み、その口角から血を滴らせながら肉を食む。
その一体の登場で、周囲の狼たちは、獲物である男から一歩下がり、道を開いた。
紛れもなく、群れの長――狼たちを統率する、大狼の魔物。
だが、威嚇する咆哮を上げる魔物を前に、男はまるで恐怖しなかった。その剣を肩に乗せ、自ら一歩前へ、堂々と踏み出す。
牙を剥き出しに唸る大狼は、その鋭利な牙を開き、男へと襲い掛かる。
咄嗟に盾にした剣を噛み砕かん勢いで牙を立てた狼は、鎧を纏った彼の身体を、空へと投げ上げた。宙へ打ち上げられたその身体を、今度こそ食い千切らんと、大狼の魔物は飛び上がる。
しかし、男は人とは思えないほど身軽に空で身を翻し、両手で振りかざした剣を狼へと向けた。その切先が狼の牙と打ち合い、激しい火花を散らす。衝撃で難を逃れた彼は、派手に土煙を巻き上げながら着地し、同じように離れた場所に降り立った狼へ、一直線に駆けた。
その一歩が踏み出される度に舞い上がる土くれを後に、黒ずんだ鎧が疾駆する。
振われる剛剣は、着地直後の怯みを殺し切れなかった狼の右前脚を切り落とす。追い打ちをかけるように突き上げる刃が、その胸元を刺し貫いた。
二つの傷口から濁流のように溢れだす血に濡れながら、男はゆっくりと剣を引き抜く。
四肢から力を奪われ、剣という支えも失ったその巨躯は、ゆっくりと地面にくず折れた。もはや断末魔の声を上げることもままならず、大狼の魔物は絶命する。
血塗れの剣を引き摺ったまま、ふと振り向いた男は、周囲には既に、魔物が従えていた狼たちがいないことを確認した。群れの長の敗北を見て、狼は散り散りに分かれ、各々が新たな群れの長となるべく力を蓄え始めるだろう。
彼は血塗れの身体を引き摺り、草原の中央に歩んでゆく。少しだけ隆起した、丘のようなその場に横たわる、灰色の衣を纏った一人の女性の元へ。
灰色の空の日、助けた一人の灰色の女性が、彼のその先の人生を大きく変える。
これから語られるのは、この出会いから、四年の年月を重ねた先の物語。
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