レカント 2 ~邂逅~
レカント村、大瀑布方面へと伸びる門を破壊し50人を越す盗賊が、一組の男女を先頭に雪崩れ込む。
その乱暴な訪問に村長が慌てて姿を現し、何度も頭を下げながら慈悲を請う。
村長はまだ40を越えない位に見受けられるが、疲労と心労の為に眼は落ち窪み頭髪にも致命的なダメージを負っている様で禿げ散らかし、老人にしか見えない様な有り様だ。
騒ぎに敏感に出てきた村人達の顔色も総じて悪く、対する盗賊の戦闘に居る男女は精力に満ち、見下ろす様に威圧感を放っている。
直ぐに襲わない所を見るに、何度か同じ様な訪問をされているのかも? と気付くだろう。
人垣の後方……、戦える者を呼ぶ為か数人の子供達がチョロチョロと走り去るのを見逃す余裕さえ見て取れる。
「村長よ。 我らに服従し、潔く村を差し出す用意は出来たか?」
「よもや断る……、なんて愚かな考えなんぞに辿り着いてはいまいよな?」
戦闘用に調整された戦山羊を進ませ男が問う。
「なんなら、殺さずに奴隷として使ってやっても良いとさえ言ってやったのだ、返答は如何に?」
さも当然と男は言葉を吐く。
レカント村は総人口・200人にも満たず、内3分の2は女・子供や老人であり成人男性で、かつ戦いの心得の有る者など一握りにも満たない。
元冒険者も数人居るには居るが現役で無く、武装した盗賊の集団に敵う訳が無い。
更に最悪な事に、若い女性や子供数人を人質に取られ国やギルドに助けを呼ぶのを『制約』の魔法で禁止され縛られてしまっていた。
一人娘のオウリーナの身柄も心配だった。
必死の言い訳で何とか、もう少し良い条件にと神経を逆撫でしない様必死に請願しながら、単独で救出に向かってくれている人間の帰りを待つべく交渉しようと乾いてしまった口を開く。
一瞥し、今まで黙って口を開いた事の無い女性が何の感情も無く髑髏の杖を向けてくる、すると短剣程の刃が飛び出し村長の喉元にヒタと添えられ薄く切れたのか血が流れる。
「申し訳無いのだけど、不届きな冒険者もどきは始末済みなの。面倒臭いのは嫌よ?」
まるで穏やかとさえ言える声音で囁かれた言葉に肩が痙攣し、体がはねる。
信じられず、驚愕に間抜けな顔のまま見上げれば、女の背後に確かに見知った救助隊の面々の苦悶に歪む霊魂が浮かびあがり村長の心を絶望に染めた。
--時は少し遡る--
遂に村の若い娘達が拉致されるに至って、彼らが重い腰を上げた。
元・冒険者で戦士のヤン、野戦士のエイナ、魔術師のブラウンの三人だ。
若い頃は魔導国で腕を鳴らした彼らも既に40に手が届きそうな年齢だ。
昔はオーガでさえ倒せた三人だが、加齢にブランクと表立って戦う事など無くなっていたが、この所業は許せない。
こんな寒村には依頼に出せる報酬さえ無い。
しかし、このままでは座して死を待つのみ。
そんな想いで盗賊のアジトに忍び込んでいるのだ。
幸い、村にはもう少し若い冒険者夫婦が残っている、あの二人なら私たちに何か有っても何とかしてくれるだろう。
……そんな甘い考えもあった。
実際、アジトに潜入する事は野戦士の「罠感知」や「忍び足」ですんなりといった。
どうしてもかわせない見張りはブラウンの魔術で眠らせエイナが落とし、死角からのヤンの剣撃でサックリと処理。
そんな感じで一時は娘達が捕らわれていたと思われる場所まで行けていたのだ、けれど結果は失敗。
娘達は美しい者は既に売られ、普通の者達は犯されて殺されたり、狂ったきり捨て置かれていた。
……もう遅かったのだ。
そして、あの女の操るゴーストに見つかり憑り殺され、その戦列に加えられてしまったのだった。
そして、今に至る。
遅れてやって来た元冒険者夫婦が見たのはそんな場面だった。
「ヤン、エイナ、あぁ!……ブラウンまで!!」悲痛な声で妻がむせぶ。
いずれも先輩であり今回の窮地に駆けつけてくれた実力者だったのに何たる事だ。
目の前にしても信じられないが今は呑み込み、呆けてしまった村長に代わり皆に逃げる様に大声で叫びを上げた。
夫は村人が逃げる時間を稼ぐべく、固定盾に付属した鞘から曲刀を引き抜き、いつの間にか妻も愛用のメイスを準備しているのを確認した。
「交渉決裂……、か」
男はニヤけ、一息で魔刀を引き抜くと村長の首を切り払った。
呆気無く首が飛び、コロリと地に落ちる頭部、素早い前蹴りで残った体を倒すと思い出した様に首の切り口から血の噴水がしぶき村人に振りかかる。
あまりの鋭さに死んだ事に気付かず。
数秒は村長の目が忙しなく動き、口を開閉していたがじきに停まる。
それを皮切りに恐慌に陥った村人が我先に逃げ出し、前に出ようとする夫妻の邪魔をする。
このレカント村はひょうたんの様な形をしていて、裏門である此方は小さい広場を囲う様に民家が並んでいる。
ひょうたんのくびれ部分は洞窟の様になっていて、正門に向かうにはこの道からしか行けないので必然、道は渋滞してしまっていた。
付近の住人は真っ先に家に閉じ篭って身を守ろうとしたが、盗賊の用意していた破壊鎚や火矢で焼き出され、質の悪い武器で切られる苦しみを受けながら絶命。
女・子供も引きずり出され美人・美形は連れ去られそれ以外は早速犯され殺されていく。
酷い有り様だ。
支配されアンデッド・ゴーストにされた元冒険者達も自分達には無い、暖かい血肉を求め解き放たれて戦列に加わった。
瞬く間に平和だった村が狂気に侵されていく。
洞窟にまで雪崩れ込んでくる盗賊達。
村の半分まで押し込まれ、後退した先で夫妻と戦える村人数人で防衛に徹していてもジリジリと削られてジリ貧でしかない。
全滅の二文字が頭によぎる。
何故なら、道が狭くなっているので何とか防衛出来ているだけだと夫妻だけは分かっていたから。
レカント村正門方面。
体力の限界の岩ヤギに牽かれ、やってきたは良いがヤギ達が怯えている。
それに、これから向かう予定のレカント村周辺が異常に明るい。
……喧騒と悲鳴、近づくにつれ濃い血臭と何かが燃える嫌な臭いが流れてくる。
これは明らかに襲撃されていないか?
もしかしたらもう手遅れかもしれないが見捨てる訳にはいかない。
レカント村のハウルベル街道方面はきつめの下り坂になっているので、只でさえ入村し辛いのに疲労困憊のヤギに重い荷車付き。
絶対に間に合わないと思いヤギ車を停める。
レカント村の地理は頭に叩き込んである。
隠しておきたかったけど仕方無い、と……ヘイルに本来の姿に戻って貰いマリアとヒノン、俺の三人で飛んでいく事にする。
エミリオは龍化状態で自前の翼でイシスと飛んで貰う事にした、どう考えても重すぎてヘイルも遅くなるだろう。
ごねる王子を強引に説得し護衛騎士と共に岩ヤギを荷車から外し後から合流、出来れば村の背後に回りこんで裏門からの挟撃を頼む。
先行到着した俺達が正門を破壊して進入した内部は大きな広場になっていてまだ無事な民家と怯える村人達がへっぴり腰で並んで立っている。
お世辞にも防衛にはなっていない。
時間も無いので新領主である事を告げ強引に外へと促し洞窟部に侵入。
参戦を知らせながら駆け防衛ラインに到達、まずは神獣版ヘイルがお得意の『氷雷撃』を激戦区に投下。
巻き込まれた盗賊達が氷の彫像になり雷がその部分を粉々に弾き飛ばす。
しかし、いきなり現れた巨獣に驚き、恐慌状態の村人が正門の方に逃げ帰る。
けど、ここはかえって好都合
幾らか飛行に慣れている俺も神聖水神魔法『水爆槍』を打ち出し降下先を確保する。
流石に狭い洞窟内で顕現し続けるのはしんどいのでヘイルが小型化しエバンにしがみ付く。
案の定、ビタンと派手に落ちたマリアが「痛ぁ!」と半泣きで転倒。
いきなり小型化したヘイルに摑まっていたマリアは上手く着地出来ずに尻餅をつき涙目になっていた、が援軍は援軍だ。
全身傷だらけで満身創痍の元冒険者夫妻をターゲットにヒノンの砕いた魔石から癒しの範囲魔法が飛び、一命を取り留めた夫妻。
「大丈夫ですか!?」
エバンが大柄な盗賊を鞭で打ち据えながら気遣うと、懸命に笑顔を浮かべ。
「かたじけない、お陰で生き返った!」
「これでまた戦える!」
と二人して前線に復帰してきた。
現在の配置は先頭にエミリオ&イシス、直ぐ後方に冒険者夫妻中心にマリアが陣取り両翼に俺&ヘイルとヒノンが残った村人達と雑魚処理にあたっている。
だが、残念ながら防衛に参加した村人達は武器が折れたり、体の一部を失ったりと戦え無さそうなんで避難して貰う。
いつもの如く、エミリオが前で敵を引きつけイシス盾や斧を巧みに使い皆のダメージを肩代わりに無効に、時に尾撃も交え攻撃の要にもなる、ブレス枯渇でも守護者は健在。
右翼ではヒノンが双剣で舞いトリッキーな動きと神聖火神・水神魔法を織り交ぜ確実に数を減らすのに成功していた。
マリアは相変わらず凶悪な自失魔法を打ち込み稀に湧く死霊を光神魔法で浄化して憑り込まれる犠牲者を減らす。
俺も水攻めにしつつ錬金術による回復をこなし、鞭で動きを阻害する。
器用貧乏かもしれんが、全員の手数を増やすのに貢献している。
夫妻も負けじと<剣技>を駆使してジワジワと盗賊達を屠っていく。
俺達は守りが薄いから地味に助かっているかも。
盗賊達も各々の得物で少なく無いダメージを与えてくる。
一時は駄目かと思ったが何とか押し返し始めた。
「皆、もう一分張りだ!!」
気合の声を上げた瞬間、俺達即席パーティーに、負属性の回復魔法が降りかかり、全員が吐血……膝が崩れ落ちる。
「あら? 耐えるのねー、憎たらしい男」と髑髏頭の杖が振り下ろされる、イシスと打ち合わされた髑髏は術師が振るったと思えない程の衝撃と炸裂する魔術光を伝えてくる。
「サーナ!!」
「サーナイア!」俺とマリアの悲鳴が重なる。
「なんだぁ? 俺様だっているぜ、冷たいなww」
にやけ笑いでサイラーも戦山羊から飛び降りる。
サイラーが刀を打ち鳴らすと、奴らを取り巻いていた数人の盗賊が昆虫の様な外骨格に押しつぶされ異形に変じ、同じ盗賊から悲鳴が起きた。
勿論、戦山羊も外骨格に潰され昆虫化した・
全員がこの変化知っていた訳じゃ無い様でひそひそと相談し、今まで暴れていた盗賊が我先にと逃げ出した。
なんだ? 仲間割れか?
逃げ切れなかった盗賊は異形にの腕に捕まり生きたまま捕食されていく。
「サーナっ、逃げて!」
マリアが怖気を振り払って言った台詞にサ-ナイアが憤慨の表情で杖を突きつけ。
「どの口がそんな事を言うのかしら? あの時、私を見捨てたくせに!!」
憎しみを纏ってパッシブスキルを起動、『魂の揺り篭』『貪り合う愉悦』『死霊篭絡術』の3つが改めて立ち上がる。
ヤギを降りるとそのヤギも自制を無くし出鱈目に走り出し異形化。
「邪魔よ!」
怒りに任せた杖が、ヤギだったものの首に豪快に打ち込まれ首の骨が折れた。
無残に崩れ落ち痙攣を繰り返す元ヤギ、脆そうに見えたがそんな事無い筈だ。
あの杖は要注意だな、エミリオが警戒レベルを引き上げる。
無駄な動きを隙をと見て、ヒノンが魔石を砕き全員に回復魔法をかけた様だが、標準の効果を表さずに痛みが引かない。
俺はそれでも声を嗄らし「止めるんだサーナイア、こんな事していても何にもならないって!」と言い切る。
「姉さんを誑かすあんたは黙っていて!」
ヒステリックにサーナイアが喚く。
サイラーは面白そうに昆虫人間に乗っかり見物気分の様だ。
「眼を覚ましてサーナ、貴女あんなに優しい子だったじゃない」
泣きながら訴えるマリアにサーナは俯き、ギラギラした目付きで再度、負の回復魔法を放つ。
マリアは抵抗に失敗して酷く喀血……、やばいかもしれない。
「止めるんだ!」
俺は我慢出来ずに、サーナイアを拘束するが抵抗する素振りも無い。
「やっぱり貴方は姉さんが良いの?」
「私は邪魔なの?」
「だから裏切るの!?」
泣きながら搾り出す言葉にマリアが顔を跳ね上げる。
「そして死ぬの?」
『黒魔女の威圧!』
全てを恨む黒い波動が空間を満たし今まで蓄えたゴーストを呼び寄せぶつけてきた。
こいつは最高にヤバイ、ガスガス押し寄せる死の手を持つ悪霊達、霊的防御の無い俺達にあれらの体が触れるだけでも凍える様に痛い。
熱が奪われて終わりが近づく。
エミリオが崩れ落ち、地面に落ちたイシスが人型になり泣きながら体を抱える。
ヒノンが……、マリアが座り込んだまま生気が薄れる。
零れ落ちたヒノンの双剣が冷たい光を照り返した。
なんだか、ひどく現実感が無い。
肩から転げ落ちるヘイルサンダを見つめながら……俺の体も崩れ落ちた。
10/11 修正。