神聖魔法を学ぼう、ただし実践に限る。
懐かしい離れで休んだ翌日。
約束通り仲間達と師匠の初対面は、イシスの額角が天井に刺さって屋根が壊れかけたのを除けば波乱も無く、穏やかに過ぎた。
前々からマリア達もエバンの作る錬金装備の事について、何となく(錬金術のイロハを知ってはいないけど)おかしいかもしれないと思っていたらしい。
「気付いていたなら教えて欲しかった」と言ったら便利だったから言わなかったと口を揃えて言われてしまった……。
「そんな連携なんていらん!」
それに関連して、俺が神族である事も師匠に話した範囲で言わなければ辻褄が合わなくなってしまうので、意を決して打ち明けた。
マリアは思った程に動揺も無く受け入れてくれたけど、エミリオは酷くショックを受けてしまい、暫く畏まった雰囲気が抜けずに悲しかったが、仕方が無いと思う。
それと書簡に書いたサイラー、サーナイアについての件は共に行方が分からない事が分かっただけだった。
後は工房の権利委託の手続きを終え夕食を共にしたのだけど、思い出話にヘイルサンダが元俺の左腕だったと言う話をしたらかなり興味があったらしく、さんざん弄くり回されてヘイルサンダは辟易している様で笑えた。
その後は自由行動にして、俺はマリアと精神障害に詳しい人探しに明け暮れて散々断られて一日が終わってしまった。
さて、マリアの記憶の回復手段はどうしようかな? 当てが尽きてしまった……。
更に翌日、ヘイルサンダは居るが1人行動で以前、イストフラロウスの外れに設置した水族専用移送陣を繋げるため外出し、現在はその帰りである。 接続に少し手間取ったけど次は上手く出来そうな手応えがあった。
思えば、反則気味だけど試練も終了して、国にも本職の錬金術師として申告できたのが嬉しい。
そんな風に浮かれながらギルドへの道を歩いていたら、突然知らないおじさんが俺の肩を掴み「君が我が神ですね!?」と言ってきた。
驚いてドキンとしてしまったのを誤魔化そうとして、更に土坪にはまり下手な芝居に終わってしまったけど。 非常にまずいかもしれない。
しかも異常な事に、街中でこんなに不自然に付きまとわれてるのに誰も不審がらない……、何でだろう?
そこそこ人の居る大路なのに変だ。
てか、この人何者?
数瞬の混乱から無理矢理立ち直り、ヘイルサンダと共に拒絶しようと武器に手を伸ばし、帯電を始めたタイミングでおじさんは機敏に間を空け。
「一般人に刃を向けるなんて!!」と大きめの声で、さも驚いたと言うように演技してきた。
そのおじさんは、ざっくりした服を鎧上から被り詳細が解らないが、きちんと武装している様に見えたし武器も携帯している様に見える。
しかし、今度は先程あんなに無関心だった周りの人達が不穏な気配でざわつき出す。
なんだこれ?
みんなグルなのか?
訳がわからな過ぎて、とても怖い。
数十人に囲まれるかもしれない恐怖と、なんとも言えない嫌な予感が止まらないので、足に神力を込めバックステップからのターンを決め路地裏へと逃れ全速力で駆け跳び、塀を飛び越え、壁を蹴り上がり屋上へと逃れた。
さながら盗賊職の様な身のこなしだった筈だ……。
「流石に逃げ切れただろう」と荒い息を吐く。
しかし、その背後からおじさんの声がする。
「思い込みは危険ですよ、我が神?」……ゾクッとした。
急いで神力を纏い直し屋根を駆けながら街の外に向かって逃げ続ける。
本当は人混みに紛れたいけれど、先程の人達の顔なんて憶えていない! 溢れ出る神力が上手く制御出来ずに屋根を踏み抜き、鞭で掴んだ尖塔の先をくびり折ったりと思う様に進めない。
背後からは一定のリズムの足音が聞こえる。
完全に恐慌をきたした俺はその違和感に気付く事が出来なかった。
更に屋根を跳び砕き、街を破壊しながら城壁を越え、下街に紛れ疾風を引き連れて開けた場所に出た。
振り返った先には当然の様におじさんが居た。
取り巻きは居ない!! そんな折り、おじさんが
「何を焦っているんですか?
私に取り巻きなんて居ませんよ?
初めからね?」と不敵に笑った。
俺達はほぼ同時に常識の限界に達し、ヘイルサンダは本性を現し帯電する氷の冠に翼を背負う巨獣に。
俺は鞭を構え直し戦闘態勢をとる。
「おお、怖い怖い」と言うおじさんの軽口が合図になりヘイルが鉤爪を振り降ろす。
何時の間に抜いたのかおじさんは双剣を構え、難なく受け流してしまう。
死角になる様に動き鞭を振りぬくがこれも紙一重で回避。
何度かの攻撃の結果は全て外れ……。
どうも、スキルか何かで認識阻害をしているらしく、ヘイルの氷雷撃も俺の鞭も紙一重を埋められない。 焦りが募っていく、ヘイルもそうなのか、発動の速い雷撃をばら撒きイラついた様に噛みつきを繰り返している。
鞭を捕らえる方向で操り、同時に<短縮詠唱>を併用して錬金魔法『貫通石槍』を発動。
配置はおじさん後方! 地面を変質させ石の槍を無数に突き出させる。
これには流石に焦ったのか、おじさんも負けじと詠唱。
『願い給う 双水爆槍』
双剣の柄尻の石が輝き、斬線を起点に極太の水撃が俺の放った石槍を蹴散らし砕く。
あれは神聖水神魔法じゃないか!?
「ご名答、力だけが全てじゃありませんよ?」まだ余裕そうにおじさんが糸目を向ける。
ならばと<短縮詠唱>『押し包む 拷問の母性 鉄の処女!』
蒼い遠隔陣がおじさんが立っている地面に刻まれ、陥没。
落ちたであろう犠牲者を閉じ込める様に穴が埋まり、内部からザスっと鈍い音が響く。
「今度こそやったか!?」動きを止めた俺に詠唱が降りかかる。
「油断大敵ですよ?」空中で眼を見開き。
『灼熱の貴精に忠誠を 双炎爆槍』
もう一振りの双剣の石が輝き、二条の野太い炎槍が迫る……これは、避けられない!
「父上!!」着弾と轟音。
けれど衝撃はやってこない。
間一髪で割り込んだヘイルサンダが弱点に関わらず庇ってくれたらしい。
綺麗な白い毛皮は焼け焦げ、巨体が地に付く。
今度は神聖火神魔法……なんだ?このおっさん?
理不尽な怒りが沸く。
ゆらり……と上体を上げた俺の顔は怒りの余り表情を失くしている。
無動作で鞭を振りぬいた為、おじさんの紙一重を埋められたのか俺の鞭が絡みつく。
更に無詠唱で初めての神聖水神魔法『水爆槍』を<<神力>>で発動。
視界を埋め尽くす程に水の槍が鋭さを秘めて殺到。
その結果……おじさんは粉々に砕け散った。