マリア観察 帰還の旅 3
商人の朝は早い。
早くに合流したマリアは、まだ眠そうにしながらも必死に起きているみたいだ。
こんな所でも、以前と違いが多く痛ましい。
ほんの少し前、完全に俺と彼女の様子は反対だった。
早朝の家々からは炊事の煙が上がり、地底に無数に埋没する発光石が人族や家畜の吐く二酸化炭素と反応して仄かに発光しだす。
徐々に仕事に向かう者や夜勤から帰る草臥れた色子風の女性達、ギルド員やこれから冒険に向かう命知らず達、様々な人族が行き交い町全体が生き物である様に身動ぎしている。
俺達もそれに紛れ、既に出発の用意に入っているシャンテと岩ヤギ達を撫でているマイクと視線を交わす。
馬車の奥に視線を向ける二人、奥に居るであろうトスバルさんに声を掛ける。
昨夜、もう大まかな合意は得てるとは言え僅かに緊張する。
当人であるマリアの緊張は相当なもので見る方が気の毒だ。
けれど、点検を終えてゆっくり出てくるトスバルさんはとても優しい顔をしていた。
「あ…… あの!エバンさんから聞いているかもしれませんが、数日の間ご一緒させていただくマリアと言います! よろしくお願いします!」
ガバッと、音でもしそうな勢いでお辞儀をするもんだから頭がクラクラしたらしく、フラついてしまっている。
「「「こちらこそよろしくお願いします。」」」
二人は暖かな眼差しで、トスバルさんは体型に似合わず倒れそうなマリアを支えながらウィンクして見せながら。 そんな風に好意的に三者三様、受け入れて貰えた様だ。
早速、手荷物を積み込んで彼女には馬車に乗り込んでもらい、俺はいつもの様に御者台横に飛び乗る。
御者は商人のトスバルさん。
暗くなる迄はトスバルさんと俺で交代で御者をし、夜間はシャンテとマイクに交代する。
見た目は犬だが一番、御者が上手いのはマイクだったりもする。
それから数時間……。
マリアはシャンテと既に仲良くなったのか、幌の後ろから周囲を眺めながら二人でキャッキャしている。
どうも彼女は実年齢より現在の精神年齢が少し低いらしく、少女と話している気分になる。
それがなんかくすぐったいと思いながら俺も世話を焼く。
例えば、彼女が女将さんから持たされた長包丁は嵩張るから俺が亜空間バックで預かり、
申し訳程度のランクのシダ材の弓は鉄材の補強を付けて錬金強化しておいた。
これで自分の身くらいは守れる筈を建前に。
あれからもう一つ村を通過し、手早く配達等の頼まれ事を消化。
夕方には特に特徴の無いマンソンと言う村に入る事が出来た。
元凄腕の戦士と言っても女性、神の加護も無くなってしまっていては馬車の揺れはシンドかったらしく、疲労も濃い様子。
彼女には夕食を食べきったら倒れる前に眠って貰った。
この辺の気候は少し冷える位で過ごし易く、乾燥気味なので油断すると直ぐに風邪を引いてしまうから、しっかり毛布にくるまる様に言って部屋を後にし、俺は自室に戻った。
翌日、午前は移動しっ放しだったが何事もなく過ぎ、発光石も緩やかに暗くなりだした頃、尾けられていたのか待ち伏せられたか、沢山の盗賊からの攻撃に突如として襲われ幌の隙間から相手の人数を数えたが、多勢に無勢だと判断した俺はマイクに全速での疾走を指示。
「うわーん! 前にも沢山居るんです~! どうしましょー!?」
ベソをかきながらの悲鳴に思いっきり轢いてしまえと言い放ち、女性陣には弓での援護を頼む。
万が一が有ると嫌なのでトスバルさんには隠れてもらい戦況が悪い様なら逃げて下さいとお願いしておく。
使わないで置ければと思ったけど盗賊側からの攻撃は苛烈で火矢が打ち出されてきた。
出し惜しみは無理そうなので、神技『クリエイトウォータ』を最大級で吐き出し奴等の戦山羊ごと押し流す……。
追い撃ちに蓄電石を錬成して波に投げ込んで濡れていた全員を感電させ致死的な火傷を負わせる。
前方ではでたらめだけど大量の射撃と、意外にもトスバルさんの正確な『光魔法の矢』により相手も火矢による反撃しか出来ずに撤退したらしい。
走行中に馬車の火は俺が消し、ひたすら逃げ続けて難を逃れた。
果敢に応戦していたマリアも、今更怖くなったのか小さく震えてシャンテと寄り添っていた。
記憶を無くしてからの初めての戦闘……、無法者とは言え対人戦だったので仕方も無いか。
夜通し走り続け、岩ヤギの脚と体力の限界に近い所でギリギリで村に逃げ込む事が出来たのはとても助かる。
運搬の脚がこんな状態では明日の出発は無理だろう。
トスバルさんと話し合った結果、まだ日数的には余裕があるのでヤギを休めるついでに馬車も補修してしまう予定にしたから、のんびり疲れを抜いてもらいたいそうだ。