第3話「小さな家」
海の町を出たあと、僕はまた電車に乗った。
ガタン、ゴトン。
窓の外の景色は、少しずつ変わっていく。
海から、山へ。
小さな町。
小さな駅。
僕はその駅で降りた。
理由は特にない。
ただ、なんとなく。
駅の周りはとても静かだった。
コンビニもない。
人もあまり歩いていない。
夕方の空が、少し赤くなっていた。
僕はふと思った。
今日、どこで寝よう。
ホテルなんて見当たらない。
ネットで調べても、近くには何もなかった。
まあ、最悪ベンチでもいいか。
そう思って歩いていると、小さな家の前で足を止めた。
庭に野菜が並んでいる。
トマト。
ナス。
きゅうり。
「おや?」
声がした。
顔を上げると、おばあさんが立っていた。
「迷ったのかい?」
僕は少し慌てた。
「あ、いや……」
うまく説明できない。
旅をしていること。
泊まる場所がないこと。
全部言うのも、少し変な気がした。
でも、おばあさんはすぐに言った。
「旅の人だね。」
「……はい。」
「顔でわかるよ。」
少し沈黙があった。
そして、おばあさんは言った。
「うち、泊まるかい?」
「え?」
僕はびっくりした。
「でも……」
「空いてる部屋あるから。」
おばあさんは普通の顔で言った。
「若い子が外で寝るのはよくない。」
家の中は、とても静かだった。
古い木の匂いがする。
「おじいさん、旅の子が来たよ。」
奥からおじいさんが出てきた。
「ほう。」
それだけ言って、うなずいた。
夜ご飯は、野菜の料理だった。
味噌汁。
焼きナス。
炊きたてのご飯。
どれもすごく美味しかった。
「うまい……」
僕が言うと、おばあさんは笑った。
「自分の畑だからね。」
食事のあと、おじいさんが聞いた。
「どこまで旅するんだ?」
また、その質問だ。
僕は少し迷った。
そして、初めて言った。
「……死ぬまで。」
おじいさんは黙った。
おばあさんも黙った。
僕は慌てて言った。
「あ、変な意味じゃなくて……」
でも、おじいさんはゆっくりうなずいた。
「そうか。」
それだけだった。
何も聞かなかった。
その夜、僕は布団の中で天井を見ていた。
遠くで虫の声が聞こえる。
家の中は静かだ。
知らない家なのに、不思議と安心した。
今日出会った人たち。
海の食堂の人。
この家のおじいさんとおばあさん。
みんな、僕のことを知らない。
それでも優しかった。
僕は思った。
日本って、こんな国だったんだ。
眠る前に、おばあさんが言った。
「また旅に出るんだろ?」
「はい。」
「じゃあ、明日お弁当作ってあげる。」
僕は少し笑った。
「ありがとうございます。」
目を閉じる。
今日も、いい一日だった。
旅を始めてから、まだ数日。
でも僕は、もういくつもの優しさを見た。
この旅の先で、僕は何を見るんだろう。
それはまだ、分からない。
でも――
僕は確かに、日本を見ている。




