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4/〃、昔馴染み襲来

ストック解放です。

 場所は変わり、どこかの部室。


「食べないの?」


「…………いただきます」


 机の上には二つの弁当が広げられていて、彼女は平然とした表情で昼食に手をつけていた。

 つんと背筋が綺麗に伸びた綺麗な姿勢のままそう聞いてくる彼女に、俺はいつまでも弁当を開かないのも変かと思い広げ始める。

 てっきりただ中学の頃のような会話が始まるのだと思っていたら俺は部室に着くや否や、無人の部屋の中で机を合わせて弁当を広げて食べ始めた彼女に少し面食らって固まってしまっていたのだが。


「それ、佐藤が持っていけって」


「……ああ、姉さんが」


「あの子、部活動紹介の打ち合わせとかあるから私にって頼んできたのよ」


「それは、お手数をおかけしまして」


「いいの。貴方に会えたし」


「…………俺も会えて嬉しいですよ」


「あら、そんなお世辞何処で覚えたの?」


「お世辞じゃないですよ、センパイ」


「ふうん。そう言うけど、私には進路相談とかしてくれなかった薄情な後輩君は、卒業してから全然会いに来てくれなかったじゃない」


「……色々忙しかったんですよ」


「金髪にしたり?」


「それは最近ですけど、先輩が卒業してから俺そもそも受験期でしたし」


「割とのんびりしてたって姉からは聞いてるけど」


「そう見えるだけですよ」


「ふうん?」


 広げた二段弁当は今日は姉さんが作ってくれたようで、俺の好物が山程詰め込まれていた。

 唐揚げにアジフライにポテトに卵焼きに米。申し訳程度の野菜を添えて、もう一段には白米がぎっしりと詰め込まれた上にハートが黒胡麻で描かれていた。

 唐揚げを口に運べば冷えていても美味しい手の込みようが伝わり、微かに口元が綻ぶ。


「で、何で真っ先に私に会いに来てくれなかったのかしら」


「………………」


 疲労感と共に味覚が消えたような錯覚。おかしい、先程まで美味しかった筈だが。

 食感は辛うじて残っているようで、鶏肉と衣の柔らかい歯触りと舌触りが頭頂葉に届きはするものの味がする気配はない。

 目線は上げる事が出来ず、言葉すらも返す事が出来ない。視線は俺のつむじに向かって刺されているような気がして、その視線から逃れるようにもぐもぐと咀嚼をする。


「貴方にとって、私は真っ先に会う価値の無い女という訳かしら」


「……先輩の中の俺の価値が知りたい言葉ですね、それは」


「同級生の弟であり、中学の後輩であり、私の理解者である可愛い可愛い男の子」


「そんな俺にどうして真っ先に会う事を求めるんですか」


「後輩がお世話になった先輩に挨拶に来ないのは不義理に当たるからだけど?」


「こっちが入学初日でドタバタしているのは分かってますよね?」


「知らないわ。事実として私に挨拶に来ていないんだもの」


「落ち着いてから挨拶する、じゃ駄目だったんですかね」


「私は朝一始発で来て待っていたのだけれど」


「そういうのって俺の方にも連絡して待ち合わせてからするムーブじゃないんですか」


「恋人でもないのにそういったやり取りをするのは癪に障るわ」


「朝一待つムーブかます先輩のそれは違うんですか」


「私が私の行動のどこに文句をつければいいのよ」


「その自分オンリーで自己愛主義者なところ治した方がいいですよ」


「短所でないところを治す理由が欲しいわ」


「俺が疲れるからです」


 箸を置いて、先輩の目を見る。


「あのね、先輩……」


 久々に見たその顔は相変わらず凛々しく、冷たく、綺麗だ。

 中学の図書委員での活動時でペアになった頃からその態度は以前崩れず、三年間それを貫き新たに高校でもそのムーブを続けるというのは彼女を少なからず知る俺からすると思わず溜息を吐いてしまうものだった。

 俺が知っているのは、正確には姉が家に遊ぶために連れてきた小学五年生の時。その時に話し、接した彼女の本来の性格とはおおよそ真逆の態度に俺は中学の後輩ではなく昔馴染みの弟分として言葉を発する。


「……いや、翠理ちゃん」


「ぅ」


 そう呼べば、彼女は息を詰まらせて。





「──────アニメのクールビューティーヒロインのムーブをするのはせめて俺の前では辞めてって何回言えばわか」


「それ以上は止めて言わないではるくん!!!」






 ぐる、と先程のクールビューティーなムーブは何処へ行ったのか。彼女は凛と澄ましていた顔を崩して、俺の胸ぐらを掴んで俺の言葉を堰き止めて来た。苦しい。


「綺麗で冷静で大人っぽい先輩キャラに揶揄われる後輩役というラベリングを俺にして、中学の図書館で散々ロールプレイに付き合わされた挙句高校でも付き合わされる俺の気持ちを考えた事はあるの翠理ちゃん」


「いいじゃない!はるくんもこんな綺麗なお姉さんに揶揄われたり自己愛の強さにやれやれしたりとかそういう後輩ムーブが出来て楽しかったでしょ!?ほら、はるくんもアニメとか漫画とか好きだし!」


「ナチュラルにそう育ったヒロインにされたのなら嬉しいけど、昔馴染みがアニメキャラに憧れてそういうムーブ仕掛けてくるのはちょっと」


「いいじゃない!ああいう先輩いいじゃない!はるくん年上好きだったじゃない!」


「俺は冴えないメインヒロインの方が好きだったけど」


「私はクーデレお姉さんキャラが好きなの!!!!」


 一変、キャラを崩したと思いがちだが正確にはこちらが素。

 俺が小学五年生の頃に出会ったのは、姉が連れてきた『なんかアニメの事になると饒舌に話すクラスメイトの子』だ。彼女は俺と打ち解けるや否や、自身の厨二病に似た思考と行動を夢女子もとい痛女子として俺にぶつける事が多々あった。

 今では自認なんちゃら、と定義するのだとか。


「はるくんが金髪でキャラ変してるって佐藤が言うから、『あ、はるくんも私と同じくロールプレイを始めるんだ……』ってはしゃいじゃったの!だから朝一私の教室に来て『よ、先輩』って垢抜け主人公と化した昔馴染みにキュンってするイベントを起こしたかったの!」


「姉さんから伝わってる情報が断片的な癖に、よくもそう自分の中で想像を練り上げられるよね」


「ヲタクですから!!!」


「一旦口を開くとこうもトークが止まらないのもそうだよねホント」


 昔馴染みの堰を切ったように捲し立てた内容に、あの頃と何ら変わりない様子に溜息と安堵を覚える。

 まさか教室にまで来て後輩に用のある謎の先輩風ムーブをするとは思わなかったが、クラスメイトの誤解を植え付けるような事を口走らないで良かった。

 中学からこの『クールお姉さん系先輩ムーブ』を始めて以来、彼女は自身の好むアニメキャラに通ずる言動を行う事が多々あり、そのせいで俺も多少クラスメイトから変な目で見られる事が多かったのだ。卒業してからは平穏になり、高校でも鉢合わせなければそういった事は無いと鷹を括っていたのだが。甘かった。


「……だって、はるくんは私の事否定しないもん」


「文句は言ってるよ」


「私が厨二病真っ只中の時も合わせてくれたし、急にイメチェンしてクーデレ先輩ムーブを始めた時も褒めてくれたし、むしろノリノリで後輩ムーブ決めてくれるし」


「止めても意味がないって分かってるからね」


「私の褒めターンを何故そうも易々と受け流すの!!?」


「なんかむず痒いから」


 旧知の仲に思い出の中の行動を掘り起こされるのはむず痒いだろう。あの頃はあれが最適解だったと感じただけで。

 もう、後輩君ったら。とクールな先輩ムーブに戻ろうとするのを目で制しつつ、残りの弁当箱に箸をつける。

 もぐもぐと俺が食べているのを尻目に、彼女は不意に箸を置く。


「と言う事で本題に入るのだけれど」


「二人の時にそのムーブしたら口効かない」


「中学では許してくれていたのに!?」


「高校では付き合う義理ないからね」


「私の可愛い弟分で理解者な後輩君が冷たい件について……」


「で?」


「ああ、ごめんごめん」


 翠理ちゃんは泣き黒子の似合う顔貌をこちらに向けて、首を傾げながら口を開く。


「お昼休みに来たのは、弁当を渡すのもあったけど他にも理由があって」


「うん」


「はるくん、部活は決めてるのかなって」


「部活?」


「そう、部活」


 またどうして部活の話を。首を振れば、翠理ちゃんは続ける。


「実は今私の居る部活がね、先輩達が抜けちゃって一人になったから入ってくれないかなって」


「何部?」


「アニメ同好会」


「却下で」


「と言うのは建前で写真部」


「え、文芸部じゃないの?」


「文芸部だと寄せすぎかなって」


「何に?」


「推しに」


「そのムーブしてる癖に寄せすぎとか考えるんだ」


「ヲタク女子にも色々あるの」


「色々ね」


 弁当の中身を口に運びながら会話を続ける。


「でまあ、仮にも先輩達に託された写真部も私一人だけだと廃部もとい同好会に降格しちゃうから、どうにか部員を集めないといけないの」


「で、そこに丁度昔馴染みが入学したから力を借りようと」


「そうなの」


「……それ、翠理ちゃんが部員を募集するって選択肢もあったんじゃないの?」


「クーデレ先輩系ヒロインは自分で部員募集しないの」


「厄介ヲタクがよ」


「……あと友達あんまり居ないし」


「それについては翠理ちゃんのロールプレイが原因なんじゃないかな」


「笑えよ、コーハイ」


「はは」


「と言う事でお願い!お姉さんからのお願い!」


「昔馴染みの関係性を使ってくるのちょっとずるいよね。てか姉さんは?」


「あの子は今の部活で忙しいから」


「ああ。まあそうだね」


 要は俺が部員集めをして来いと。クール先輩キャラをかなぐり捨てて昼休みに特攻して来たのはそういう理由だったのか。

 理由はどうあれ。勿論、昔馴染みかつ先輩がこうして俺を頼って来てくれたのだから力になりたいのは山々だ。このアホヲタクが面倒臭いムーブをしているのが起因しているにしろ。

 だが、そもそも俺に人を集めるだけの力はあまり無い訳だが、それを彼女は理解しているのだろうか。


「……まあ、考えてみるよ」


「ホント!??」


「初手でヤンキーって勘違いされてるし成果は無いかもから、期待はしないで」


「え、金髪って理由でヤンキー判定?」


「らしいけど」


「今の子達ってヤンキーのハードル低いんだね」


「一つしか違わないけど」


「でも大丈夫!そういうキャラって最終的にハーレムになって友達も出来て大団円なハッピーエンドを迎えるから!」


「それソースどこ?」


「とある隣人部の男の子」


「一緒にするな、隣人部の方に失礼だろ」


 というかハッピーエンドというよりはトゥルーエンドな気もするが。


「まあ大丈夫!はるくんだし!」


「根拠の無い信頼って一番怖いんだけど」

 

「根拠ならあるよ?」


「どんなさ」


「はるくんは私の後輩だもん」


「…………それ根拠?」


「クールで綺麗でお姉さんな先輩の後輩なんだから、出来ない事は無いよ」


「何を言ってるか分かんないのは分かった」


「なんで分かんないの今ので」


「分かるか」


 弁当を食べ終え、風呂敷に包む。

 翠理ちゃんはまだ弁当を食べ切っていないようで、俺が食べ切ったのを目にして慌てて食べ進め始めた。

 口が小さいんだからゆっくり食べればいいのに。思いながら食べ終わるのを待とうとスマホを見れば、通知が来ていた。




 通知が五十八件。




「…………えぇ?」


 トークアプリを開いてみたところ、送り主は卯月さんだった。


『え、今の人だれ』


『佐藤君?』


『誰なの今の人』


『私の知らない間にクール美少女とフラグを?』


『ラブコメしてたの佐藤君』


『あ』


『助けて』


『とうこちゃんとしゅうりんちゃんが』


『あば』


『かいわ』


『かいわむず』


『かゆ、うま』


 ざっくり流し見して、卯月さんが二人と仲良くご飯をしているらしいのを把握する。良かった。

 『大丈夫、そろそろ戻るよ』と送ってスマホを閉じて翠理ちゃんを見れば、彼女の頬はハムスターの如く膨らんでもくもくと咀嚼をしようと揺れていた。

 ……そんな急いで食べなくても。


「翠理ちゃん飲み込めるのそれ」


 こく、と頷きと共に嚥下が進むのが見える。

 ……大人しくしてれば綺麗なんだけどな。と言うと大人しくしなくても綺麗だろと言われるので言わないが、皐月翠理という先輩は顔が良いお姉さんではある。

 小学生までは普通のヲタク女子であった筈だが、クーデレ先輩系ヒロインに憧れてから容姿と身の振る舞いを磨いて中学から今のクールビューティーを我が物とした。自認クールお姉さん系先輩として目覚めてくれた分、厨二病のように包帯を巻いたり眼帯を着けたりしなかっただけまだマシだと思うが。


 それはそれとして、昔馴染みの先輩がアニメキャラの真似をするのは思うところがある。


「……んく。どうしたの、そんなジッと見つめて。惚れた?」


「はは」


「空笑いって一番きついの知ってた??」


 しかし、真似やロールプレイという面では高校デビューを目指した俺や卯月さんもしていると言ってもいいところではある。

 印象を明るくする為に髪を明るくし、容姿を変え、話し方や身の振る舞いに至っては卯月さんは表情がぐちゃぐちゃにならないように留意している。結果としてキャラを作っていると言えばそうとも言える。

 別の言い方をすれば、外交の為の仮面。そういったものを扱うのは人間誰しも持っているものらしく、そういった猫被りは人間のマナーとまで姉は教えてくれたのを思い出す。


「…………なに?」


「…………なんでもないよ、翠理ちゃん」


 それは翠理ちゃんも形は違えど持っているよ、というのも姉に教えられるまでもなく知っているが。

 彼女のそのロールプレイが愛と憧れに加えて、中学からは人間関係において扱おうと決めたキャラクターだと言うのも知っているが。

 まあ、全部引っくるめて置いておいて。




「翠理ちゃん、友達は作ろうね」


「友達くらいいるが!!?!!!!?」



 

 季節は春。焦ったヲタク虫の鳴き声がよく聞こえる季節だ。




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