3/〃、一難去ってまた一難
書き溜めです。
ともあれ、自己紹介という山場は超えたものの。
「はい、じゃあ四人で斑作って適当に交流してください」
一難去ってまた一難、とはよく出来た諺だ。正しく俺達の今の状況にぴったりで、二人して天を仰いでしまうのも仕方がないだろう。
自己紹介を終えた先にはオリエンテーションという枠で昼休みを迎えるまで、四人の班で改めて自己紹介や交流を深める時間が設けられていた。
入学式初日で知り合いも居ない生徒もいるだろう配慮や、生徒間同士の円滑なコミュニケーションの手助けとしてこの機会を設けるのは理解するし、感謝もするのだが。
「「「「………………」」」」
面子によってはそれはただ耐え忍ぶだけの地獄になり得るというのを教師陣には知っておいて欲しい。
「(どうしよう)」
班の構成は黒板を一列目として、二列目までを二人ずつ分けて計四人になるように構成する形。この教室内は席が六列が縦横等しく並んでいる為、全員で三十六人。大体、九グループくらいは作られた事になる。
俺達窓際後方のグループは、俺と卯月さん、俺の前の水無月秋霖さん。そして、卯月さんの前の席の黒髪を綺麗に切り揃えた丸眼鏡女子。名前は、確か、えっと。
……浅海さん、だったろうか。彼女は四人で席を向かい合わせた時も口は開かず、特に緊張も何もしていない様子で頬杖をついてこの沈黙を眺めている。
卯月さんを見る。無表情のまま俺を死んだ目で見ている。
次に水無月さんを見る。顔を赤くして浅海さんを見ている。
最後に浅海さんを見る。何故か俺の方に視線を向けて、くいと顎で指してくる。俺が何とかしろってか。
「えっと」
口を開いてみて、詰まる。……どうすればいいんだよコレ。
一番余裕のありそうな浅海さんに助けを求めるように視線を投げれば、眉を顰められた上に溜息を小さく吐かれた。なんで。
嫌々そうに、というよりは気怠そうに。彼女は頬杖を止めて、一度ぐっと伸びをしてから口を開いてくれた。
「改めて、自己紹介でもしてみる?覚えきれてないでしょ、多分」
「(浅海さん……!)」
俺のみならず他二人もうんうんと頷いた事から二度目の自己紹介を行うことになり、場を進めてくれた浅海さんが一番手を飾ってくれる。
「浅海透子。一応そこの赤くなってる秋霖の友達で、一緒の明杜中出身。あと、美術部」
よろしく。と端的に自己紹介を述べ、彼女に指を差された水無月さんがえっと一瞬固まり、咳払いの後に二番手を飾る。
「えっと、水無月秋霖、です。透子ちゃんの友達で、中学ではバレーやってて、えっと……」
「甘い物はさっき言った」
「あ、そっか。じゃあ……趣味はお菓子作りです」
「あんまり変わらない気もするけど」
「そ、そんな事ないもん!」
「ふーん。晴斗はどう思う?」
「……俺?」
「そ」
「……まあ、あんまり変わんない気はするけど」
「ほら」
「えー?そんな事ないんじゃないかな?」
「どうだか」
はん、と鼻で笑うような浅海さんと表情豊かに反応する水無月さんの組み合わせに仲が良いいんだなぁという感想を抱く。凸凹コンビ、というか。掛け合いの温度感が自然体で丁度良いというか。
美術部サバサバ系の浅海透子さんと、甘い物好きふわふわ系の水無月秋霖さん。よし、覚えた。
うん、と頷いていると「次」と指されたので三番手を俺が飾る。
「あー、佐藤晴斗です。バレーやってたのと猫好きなのは言ったから、えー……」
…………なに言えばいい?と浅海さんに視線を投げると、んー、と少し考えるように間を置いて。
「その金髪って地毛?」
「透子ちゃん!?」
「いや、染めたけど」
驚いたような声を出す水無月さんを他所に、浅海さんはふーんとさして興味がありげではないような顔をしながら質問を続ける。
「元々金髪に染めてたとか?」
「いや、高校から」
「何で?」
「明るい印象持って貰えるかなって」
「なにそれ」
「いやほら、明るい風な人間に見られるかな、って」
「へえ。まあ、言いたい事は何となく分かるけど。めっちゃヤンキーみたいだよ」
「……何でヤンキーみたいって見えるの?」
「金髪ピアスで仏頂面で、朝からなんかずっと怖い顔してたし」
「仏頂面は生まれつきで、怖い顔……は分かんないけど、多分緊張してるから?」
「そ」
だってさ、と急に水無月さんに投げる浅海さん。うぇ!?と驚きながら、話を振られた水無月さんを見ればその見開いた瞳と視線がかち合う。
わ。と、彼女は俺と見つめ合ったまま固まって、先程よりも顔を赤くして。「ぷしゅ」、と何も喋らなくなってしまった。なんで。
答えを求めるように浅海さんを見ると、固まった水無月さんに対して呆れたように溜息を吐いていた。どうやら慣れた事らしい。
「この子、男子が苦手なんだって」
「苦手ってのは?」
「何話していいか分かんない、とか。女子とは普通に話せるんだけど、男子の事を知らなさ過ぎてショートしちゃうの」
「そんな初心な女の子居る訳ないだろ」
「居るの、ここに」
そんな少女漫画みたいな。明杜中という事は、君塚君も居る事から共学なのだろうし。そんな免疫が無い訳無いと思うが。
試しに目の前で手をひらひらとしてみても反応は無い。……まじ?
こんな女子がまだ現存している事に驚きながら、彼女から視線を外して浅海さんと卯月さんに向き直る。
「じゃあ、次は卯月さんか」
四番手は卯月さんだ。ショートしている水無月さんを除き、俺と浅海さんの視線が集まると喉奥で言葉を詰まらせるように喉をひくつかせ、表情にこそ出さないようにしているものの俺に縋るように向ける目だけは助けを求めるように震えていた。
「……卯月さん」
「…………わ」
別に、全てをサポートするように口添えをしてもいいけれど。
「頑張れ、卯月さん」
「…………うん」
すう、と一息。
「わたし、うづき、よろしく」
「……いや、知ってるけど」
「うぼあ」
白目を剥きかけている。危険が危ない。
「卯月さん大丈夫だよ、まだ話せてる」
「佐藤君、私死にそうなんだけど」
「いけるいける、だから落ち着いて」
「気絶したいです」
「気絶したら駄目だよ何とか気を保って」
「……ただの会話で気を失われても困るんだけど」
毒気を抜かれたような顔をして、浅海さんは卯月さんの方へ視線を向ける。
「なに、陽菜って話すの苦手なの」
「そ、そんな事…………あります」
「……そんなバチバチピアスの銀髪で?」
「こ、これは印象を明るくしようと思って……」
「晴斗と似たような事を言うね」
「……さ、佐藤君が真似したの」
「そうなの?」
「ダウト。容姿に関しては打ち合わせとかしてなかったし」
「…………上手な冗句、です、へへ」
「ああ卯月さんポーカーフェイスが崩れかけてる」
ギリギリ平静らしい表情を保てていた卯月さんの表情が、今にも決壊しそうになっている。こうして初対面の人間と話すのは、やはりキャパオーバー気味になってしまうようだ。
「私は明るい、私は陽キャ、友達は百人……」
「何なのその呪文聞いた事ないよ卯月さん」
「ネットで見たの、自己暗示は大事って。古事記にも載ってるらしいの」
「合ってるけど間違ってる」
「これをするとどもらないんだ……私は出来る子、休みの日にはカラオケでパーリナイ……」
「空想を自分にインプットしてどうにかしてるのは凄いけど、ボロは全然出てるよ卯月さん」
「空想じゃないんですけど……!????」
「ああ現実と妄想がごっちゃに」
目がぐるぐるとなっている卯月さんを見て、浅海さんは水無月さんの方をチラリと見る。
未だ固まってる水無月さんと目をぐるぐるさせながらたどたどしくも会話を頑張る卯月さん。この二人に、何だか通ずるものを感じたのだろうか。
少しだけ、表情が柔らかくなる。
「変な子」
その呟きに、虚勢が剥がれた卯月さんが大反応する。
「へ、変じゃないですけど。普通の子ですけど、明るい女の子ですけど……!」
「……そうね、陽菜は明るくて面白くて変な子ね」
「……変じゃないです」
見た目はバチバチの銀髪の女の子なのに、中身があまりに乖離している事におかしくなったのか、浅海さんはふっと笑う。
「いや、変でしょ」
「どこがですか」
「友達に敬語使うのは変でしょ」
「それはそ、…………え、友達?」
「……何、嫌?」
「滅相もないですます」
「そ。なら、宜しくね、陽菜」
「は、はい……じゃなくて、えっと……うん。浅海さん」
「浅海さん?」
「えあ、浅海……様?」
「友達は名前で呼ぶものよ」
「…………と、とうこちゃん」
「よろしい」
ともだち、ともだち。そう惚けるように呟く卯月さんを尻目に、ふん、と満足げに鼻を鳴らして「こうして欲しかったんでしょ」とでも言いたげに上から見てくる浅海さんに、俺は高校生活でこの人には敵わないだろうなと思う。
……きっと浅海さんは、いい人だ。卯月さんが頑張って話しているのを受け止めて、反応して、彼女の頑張りを認めてくれている。気がする。
「ありがとう」と口パクで礼をすれば、ふん、とまた鼻を鳴らして。
「秋霖も気絶しないでこれくらい話せればいいんだけどね」
「……そんなよく気絶するの?」
ほわほわと心ここに在らずな卯月さんから、話の矛先は今も硬直している水無月さんへ。
「それはもう。一体どうして恥ずかしがり屋がどうなったらこうなるのか」
「こうなった理由は浅海さんは……」
「透子」
「……透子さんは」
「透子」
「………………」
この女。
「…………透子、は、知らないの?」
「……まあ、予想はついてるんだけど。理由も本人は話したがらないから、聞かないでおいてあげてるの」
「へえ、優しいんだ」
「…………………まあね」
「……やけに含むね?」
「あんまり言われた事ないからだヨ」
急に胡散臭い語尾になった気がする。
「ちなみにその予想ってのは」
「女の子の秘密を知りたいって事?」
「とても語弊が生まれる言い方はやめて欲しいな」
「語弊じゃなくて本当の事でしょ」
「そうだけどさ、言い方がさ」
「えっち」
「誤解だ」
「……え、えっちなんですか……?」
「誤解だ!?」
なんてタイミングで復活するんだ水無月さん!!!!!!
話の経緯を説明しようと口を開いた時、タイミング良く先生が「はーいそろそろお話し切り上げてー」と手を叩く。
教室の注意が先生に向いて一瞬静かになり、そのままの勢いで「俺はえっちじゃない!」と叫びそうになり、慌ててぐっと止める。
不満気な目線を浅海さんに向ければ、彼女は意も介さず黒板の方に身体を向けていた。コイツ。
諦めて黒板に目を向けて先生の話に耳を傾ければ、どうやらオリエンテーションは終わり、昼休みに入るようだ。
オリエンテーション中に書いていたのだろう、黒板には昼休みの後のスケジュールが書き記されていて、午後には部活動説明が行われるらしい。
残りの配布物も部活動説明中に用意され、放課後までには配布終了予定との事。
その後の放課後に関しては、一旦は自由下校。ただ運動部などいち早く参加したいものなどは初日からも参加可能との事。
「……はい、じゃあ、お昼ご飯食べてー」
その他諸々の必要事項の説明を丁度終えると同時にチャイムが鳴り、ぬるりと終礼。
がたがたと机と椅子の音、ざわざわと生徒達の話し声が一気に喧騒として耳に飛び込んでくる。
周りを見ればどうやらその席のままで交流も兼ねて昼食を始める生徒達が多く、確かに初日のムーブとしては正解かと感嘆する。これが普通の高校生のムーブ。凄い。
「…………」
ちら、と浅海さんを見れば当然のように弁当箱を出していた。ぎょ、と見れば「食わないの?」と言いたげな目線が返ってくる。
水無月さんも弁当箱を取り出して、あ、これ食べていいんだ、てか一緒にご飯させて頂けるんですね、と思う。
卯月さんを見れば、やたらと震えた手で弁当箱をガタガタとさせながら机の上に置き、顔こそ鉄面皮なものの物凄く不安そうな目が俺達三人の間を右往左往していた。
「……えっと、食べよっか」
水無月さんの言葉にぱあ、と顔を綻ばせた卯月さんは物凄く明るかった。その顔を見て少し驚いて、ふふ、とおかしそうに笑われて慌てて取り繕うも、やっぱり嬉しそうに微笑む卯月さんは勢い良く弁当箱を広げていた。
……高校のやりたい事リストに、友達とご飯を食べるとかあったのかな。中学では給食だったけど、特に会話している姿も見なかったし、きっと嬉しいんだろうな。
良かったね卯月さん。俺もなんか嬉しいよ。
そう心の中でグッドサインをしつつ、並んで俺も弁当箱を取り出そうとリュックの中に手を突っ込んで、探って、探って、…………机の上に置いて中を開いて確認する。
「あ゛っ」
「わっ」
思わず出た声に驚いた水無月さん。ごめん、と謝りながらもう一度リュックの中を探すが、やはり無い。
しまった。弁当箱を忘れてしまった。
朝の準備は万端にしておいた筈なのだが、どうもご飯に関しては失念してしまったようだった。終わった。
「…………ここって購買あるんだっけ」
「確かあると思うけど……お、お弁当忘れちゃった……?」
「ハイ」
「あら」
「えっ、大変……!」
「……ちょっと買って来る」
「ぇっ」
リュックから財布を取り出して、溜息を吐きながら立ち上がる。
入学式の日だというのに、昼飯を食べないというのも厳しい。三人には先に食べて貰って、俺は後から合流という形に……と考えていると裾を引かれる。
目を向ければ、絶望した顔の卯月さんが居た。
「……佐藤君、一体何処へ……?」
「購買だけど」
「私も行きます」
「え。でも卯月さん弁当あるじゃん」
「初対面の二人に挟まれる私が死んじゃうって言ってるんです」
「でも友達になったんでしょ?ねえ、浅海さ……透子」
「そうね。陽菜は私と食べたくないの?」
「……食べたい、です。けど、あの、緩衝材が居ないと死にそうな時に死んじゃうので」
「別に殺しはしないわよ」
「勝手に私が死ぬんです」
「それは困るわ」
ふう、と溜息。
「晴斗。弁当のおかず分けてあげるから、居てあげなさい」
「え」
「私もあげる。ので、いて下さい佐藤君」
「え、いや」
「じゃ、じゃあ私も……」
「水無月さんまで」
各々が弁当を開くと、色とりどりの具材が輝く弁当箱が目に入る。めっちゃ美味そう。
それは物凄く有難い話で、三人の心の優しさが胸に染みる。浅海さんが蓋にひょいと具材を盛り、二人も載せて、最早こんもりとした量になったそれが俺の机の上に置かれる。
……これは、受け取ってしまっていいのだろうか、俺なんかが。
けれど、三人がここまでしてくれてやっぱり要らないです、なんて言うのも失礼に当たるだろうか。
弁当の分け合いっこなどした事がないからこの時の答え方を知らない。
俺は、ここで素直に受け取るべきなのか。いやきっと、それが正解……?
………と、素直に席に着きかけた思考は、周りからの視線によって止められる。
「…………!!!!!!!」
──────怪訝な目、疑問な目、興味な目。それらの目は、三人の女子からおかずを集る金髪ヤンキーの姿に見えただろう。
「いいや、ありがとう。お気持ちだけで」
危な。罠過ぎるだろ。人の好意を受け取ったら印象が悪くなるヤンキーシステムが悪辣すぎる。明日から絶対髪を下ろそう。
三人は不思議そうな顔をしていて、あたかも「別にいいのに」と言わんばかりの顔だけれど、俺とクラスメイトにとっては良くないのだ。
彼女達の好意を無下にしてしまった事に謝りながら、俺は「先に食べてて」と購買に行くべく教室後方の扉へと足を向け。
………………はて。視線の先に、見覚えのある人の姿がある。
「………………」
「………………」
凛とした立ち姿と、泣き黒子が似合う涼やかな目元。
さらりと腰下に流れる黒髪は艶やかで、こちらを眺める視線は冷ややかだ。
いや、冷ややかというか本当に冷たい。怖い。心臓がきゅっと締まる。
購買に行く筈の足が止まって、その人が何故ここに居るのか思考して、いや俺がこの人の事を分かる筈も無いと自身の経験が諦めようとする。いや諦めるな。
けれど彼女は俺の胸中も何も知らずにつかつかと歩み寄り、くん、と鼻先まで近寄って来る。
香りを嗅ぐように、確かめるように。中学の頃とは容姿を変えているからそう一目で分からない筈の俺を、俺だと理解して距離を詰めてくるその人は俺の目をじっと見つめて。
ふ、と彼女は浅く笑った。
「後輩クン」
「……はい」
「挨拶は?」
「……お久しぶりです、先輩」
「うん。久しぶり。じゃあちょっと面、貸してくれる?」
「………………嫌です」
「これは命令」
「ハイすいません面貸しますから大人しくついていくんで先輩も行きましょう速やかに」
「宜しい」
俺の昼休みはここで終了したようだった。ついでに学校生活の平穏も脅かされるかもしれない。踵を返して先を歩く先輩に足取り重くついていく俺は、まるで死刑台に上がる囚人のようだろう。
けれど本当に死ぬかは、この執行人もとい旧知の仲である先輩に委ねられている。その見覚えのある黒髪が揺れる後ろ姿は以前に見た時よりも綺麗で、でもやっぱり思い出補正で怖い。
………皐月 翠理。俺の中学時代の図書部の先輩であり、姉の友人であり、旧知の仲であり。
俺の、昔馴染みである。
評価・感想よろしくお願いいたします。




