1/四月八日、入学式
連続投稿です。お粗末様です。
四月八日。
空も晴れ渡り、出会い溢れる高校の入学式としては最高の天気な日だ。
開けた窓からは陽光と暖かい風がカーテンを揺らし、思わず目を細めてしまう程に気持ちが良い。
ああ、なんて。
「なあ、話しかけてみるか?」
「いやあのオーラ見ろよ、話しかけて欲しくなさそうだろ」
「怖……くはないけど、なんか関わりづらいな」
「初日に金髪ピアスは中々いかついべ……」
「ねえ、あの人ってどこの中学なんだろ?誰か知ってる?」
「知らない……てか、この辺でもあんま見た事無いかも」
「どこから来た人なんだろ……あれって地毛かな?」
なんて高校デビュー失敗日和なんだ。
俺はクラスメイト達の方へ目を向ける事が出来ず、ひたすらに窓の外を眺めている。
お空が綺麗。一体俺は何を間違えたんだろう。
「はぁ……」
溜息を吐きながら、スマホを取り出してトークアプリを開く。
『卯月陽菜』とのトークルームは朝から不安のメッセージのやり取りが残っていて、今日は遅刻から始まってしまった旨が記されていた。
卒業式の日、クラスのグループラインから追加して近況報告などは軽く交わす程度にメッセージを送り合ってはいるものの、この一か月間彼女とは会っていない。
彼女曰く、高校デビュー間違いなし、だそうだが。
『はやくきてくださいおれしんじゃいます』
『どういう事ですか?』
『ヤンキーと思われてます』
『どういう事ですか……』
『おれにもわからない』
『佐藤君がヤンキーって、そんな訳ないじゃん』
『そんな訳ないんだよ。でもそうなってるんだよ』
『私が話しかければ勘違いは解けるんじゃない?』
『だから待ってるんだよお願いします誤解を解いてください』
『もう少しで着くから待ってて』
そのメッセージを見て、俺は一刻も早く来てくれる事を祈りながら天を仰ぐ。
卯月さんとは奇しくも同じクラス。加えて隣の席という偶然。最早神が仕込んだ運命ではないだろうか。
中学までの俺達であれば根暗同盟として仲良く教室の隅で苔を生やしていただろうが、高校からの俺達はそうではない。そう、俺達は高校デビューをするのだから。
がらがら、と扉が開く。
「(来た──────!)」
援軍の到着に喜びを湧かせながら、空いた扉の方へ視線を向ける。
「「…………」」
そこには知らない人が居た。
肩先で切り揃えた銀髪を揺らし、伏し目から見上げたその瞳は大きく。耳のピアスを煌めかせて、毅然と背筋を伸ばして教室内を睥睨するその様は、さながら女王のようで。
現れた美少女に教室内が一瞬静まる。見回した末に視線は俺に止まり、数秒目が合う。
ぱち、と瞬き。ぱちぱち、と何度も瞬き。彼女はそのままつかつかと俺の方へ歩みを進める。
「「…………?」」
席一つ分の空いた距離。席に座る俺を銀髪の彼女は見下ろす形でじっと見つめてくる。
……なんだ。この人、俺とどこかで会ったことが……?
そう、首を傾げそうになり、不意に。
『ね!何だかいけそう──────』
その瞳の大きさが卒業式の日に見たあの瞳を思い出させた。そこでようやく、目の前の綺麗な女の子が誰なのか理解した。
「…………卯月さん?」
「……………………佐藤君、だよね?」
ふ、と安堵したように笑みを浮かべるその表情も見覚えがあって、俺は驚きのまま声を上げそうになるのを抑えて、けれどぽかんとしてしまう。
誰かと思えば、卯月さんだった。いや本当に卯月さん?本物?
疑う程にあのメカクレ眼鏡の姿とは乖離していて、けれどお互いに名を呼んだ事からその疑いは晴れた。
安堵から、笑みが浮かぶ。
「久しぶり、卯月さん。おはよう」
「うん、久しぶり佐藤君。おはよう」
微かに笑みを浮かべる彼女はやはり卯月さんのようで、そのまま俺の隣の席に腰掛ける。
「最初は誰かと思った。銀髪って」
「そっちこそ。何、金髪って」
「いやほら、髪色明るい方が印象明るいかなって。センターパートで落ち着き目だし」
「でもヤンキーみたいじゃん」
「いや、髪は逆立ててないし、上げただけだからセーフかなって」
「女の子殴りそうな見た目だよ」
「クズって言いたいの?」
「うん」
「ひど」
驚く事に、一か月ぶりに会った卯月さんとの会話は流暢に交わす事が出来た。
あの卒業式以来、会う事も無く交流はメッセージのみで実際に会った時は上手く話せるか不安だったが、どうにもそれは杞憂のようだった。
自然と口元が綻び、入学式初日の緊張がすっかり解けたのを感じる。
「卯月さんこそ、その銀髪はどうしたの」
「これは、ほら、印象明るいかなって」
「一緒じゃん」
「違うよ。金髪だとワルっぽく見えたりする事あるから、銀にしたの」
「まあ言いたい事は分かるけど。でもそのピアスは?」
「なんか垢抜けるかなって。あときらきらしてたら雰囲気も明るくなるじゃん」
「そんなバチバチだと逆に威圧感じゃない?」
「そんな事無いもん」
「あるよ」
「ない」
ああ、しかしすっかり見違えた。あの陰気な雰囲気とは一変、卯月さんはすっかり陽キャのような見た目になっている。
これは高校デビュー確定だ、さぞ友達も沢山出来る事だろう。
ついでに、俺がヤンキーっぽいという誤解も解けてくれるに違いない……と、会話の隙間で教室を見渡すと。
しん。
「(あれ)」
教室は、静かだった。
話しているのは俺と卯月さんだけで、クラスメイトは俺達を見ていた。まるで物珍しいものを見るように、ぼーっとした顔で。
それに卯月さんも気付いたのか、話を止めて彼女も教室内に目を向けた。
「……なんだろ、俺ら変かな」
「……さあ。何だろうね」
ひそ、と二人で話して。
近くの女子に目を向ければ、びく、と驚いたように身を跳ねさせる。蛇に睨まれた蛙でもあるまいし、どうかしたのだろうか。
聞くか、聞かないか。一度視線を卯月さんに向けて、考えて。その女子へと声を掛ける。
「ねえ」
「はっ、はいっ?」
「おはよう」
「はっ、あ、お、おはよう?」
「何でみんな静かになったの?」
「えあっ」
その女子はその問いにふためいて、ぐるぐると考えるように視線を右往左往して、ばっと教室の中のクラスメイト達へ答えを投げるように視線を投げた。
……答えづらい事なのだろうか。初日からまさか悪口陰口の類だろうか。
そうではないと嬉しいんだけど。すう、と目が細くなってしまう。
「何で?」
「えっ、あっ、あのぉっ……」
もう一度聞くと、その女子は顔を赤くして。
「そんな虐めてやんなよ、色男っ」
教室の前の方から、明るい声音の男子が笑いながら近づいてくる。
視線を向ければ、遠目でもわかるくらいに身長が高く、短髪で人の良さそうな笑顔の男子が居た。その女子の肩をとんと叩き、入れ替わるように俺の前に立つ。
視線が合って、またにこりと笑みが向けられる。
「お前も意地悪だよな、わかってんだろー?」
「……意地悪?」
「そりゃあお前、……え、分からん?」
「さっぱり」
「さっぱりだぁ?」
表情豊かなその男子は眉を驚いたように跳ね上げて、大仰に肩を竦めて見せる。
「入学式初日に金髪銀髪コンビが仲良さそうに話してたら、気になってみんな耳をすませちゃうだろ」
「……そうなの?」
「そうなの」
「それは、…………えっと、ごめん?」
「いや謝る事じゃ。……なんだお前、ヤンキーっぽいのに可愛いな」
「ヤンキーじゃないって」
あと可愛いってなんだ可愛いって。
「てか、自己紹介まだだわ。俺、君塚伊織」
「俺は佐藤晴斗。宜しくね」
「晴斗な。宜しく」
流れるような自己紹介と名前呼び。……不味い卯月さん、コイツ陽キャだ。陰キャは陽キャには弱い……!
ちらりと陽キャに弱い卯月さんを見ると、警戒するように君塚君の事を睨むように見ていた。
その視線に気づいた君塚君は少し驚いたような顔をしながら、苦笑いしながら卯月さんに話しかける。
「で、そっちは?」
「……私?」
「おう。そんな睨まないでくれ、ちびるから」
「睨んでない。……今日コンタクト忘れちゃったの」
「あー、だからそんな睨むように」
「よく見えなくて。ごめんなさい」
普通に見えていなかっただけらしい。卯月さん目悪いもんね。
「私は卯月陽菜。宜しく、君塚君」
「ん。宜しくな、陽菜」
──────女子にも初手で名前呼び。やはりコイツは陽キャだ……怖い……!
ネットではヲタクに優しいギャルのような概念があるとは知っているが、現実にそのような人間が居る訳が無い。ギャルもとい陽の者は俺達陰の者を見下し蔑む、もしくは空気のように扱うのだ。
故にこうして話しかけられている事が怖い。物凄く怖い──────!
「んで、晴斗と陽菜は付き合ってんの?」
「え、付き合ってないけど」
「じゃあ同中?」
「うん。春照中」
「春照!?うわ、練習試合したわ!強かった!」
「そうなの?……春照で強かったのは……バスケとかだっけ?」
「そう!晴斗はなんかやってなかったの?」
「俺はバレーやってたよ」
「まじ!じゃあ高校でも続けんの?」
「んー、……今はちょっと迷い中なんだ」
「んなの?春照はバレーもそこそこ強いって聞いたけど」
「そうでもないよ。県大会とか出た事無いし」
──────あれ。
「そっか。じゃあ逆にバスケやってみるか?」
「無理無理ぜったい無理勘弁してまじで」
「え、なんでそんな拒否んの」
「バスケ部は怖い、物凄く」
「何がそんな怖いんだよ……」
「だってバスケって、服掴まれたり肘打ち込まれたり罵声浴びせられるんでしょ……?」
「それは…………まあ、無い事も無いけど」
「ほら……」
「だ、大丈夫だって!高校じゃそんな悪質なプレーされないって!多分!」
「うん、怖いから止めとく」
「怖くないっての!」
──────なんか。
「うん、やっぱ話しかけて正解だわ!晴斗、全然ヤンキーじゃないわ!」
「当たり前でしょ。何だと思ってたの」
「入学式初日にばちばちにキメてきた女殴りそうなヤンキー」
「君塚君を殴る事になりそうだね」
「初日から流血沙汰は勘弁だわ!」
──────意外と、話せてるかも?
んじゃ、またな!と笑顔で手をひらひら振る君塚君に手を振り返して、ふう、と一息吐く。
…………物凄く疲れた。陽キャの会話のペースと言うのはあんなにも早くて、小気味良く応酬が交わせるものなのか。
けれど、話していて楽しかった。陽キャは怖いという偏見を持ってしまっていた事を内心謝りながら、脳内で君塚君を良い人に位置づける。怖くない人で良かった。
初めて、陽キャとあんなに話せたかもしれない。
クラスに喧騒が戻るのを耳で感じる中、遠目で友達と笑顔で話す君塚君の事をぼーっと眺める。
身長が高くて、短髪で明るく、カッコイイ男子。
さぞモテるし、俺みたいに高校デビューなんて考えないで普通に大成功している人間なんだろうなとほんの少しジェラシーを感じながら彼から視線を外す。
「……………………」
「……え、なに?」
視線を戻せば、隣の卯月さんは何故か睨むような目で俺を見つめていた。
「その目はコンタクトのせいで合ってる?」
「普通に睨んでるけど」
「普通に睨んでるんだ……」
物凄く不服そうな顔。
「……佐藤君、なんか普通に人と話せてるじゃん」
「え、うん」
「うんって……あれは春休みで手に入れた能力?」
「能力って」
じと、と向けられる視線に苦笑いする。
「俺は人と会話くらいは出来るよ」
「…………そうなの?」
「うん。あまり自分から話さないけど、話しかけてくれたら、まあ何とか」
「…………じゃああの卒業式の日の決意は一体…………」
「……でも、中学の頃は最低限の返答しか出来なかったんだよ。あとつまんない話しか出来ないし、いや、今でもそうだけど」
「……じゃあ、練習とかしたんだ」
「……ちょっとはね」
きっと彼女は俺が元々あれくらい会話が出来る、と誤解しているのだろう。
けれどそんな事は無い。腐っても根は友達の居ない根暗な人間なのだ。
あくまで会話における『さしすせそ』とコツとテンポ、その他諸々を一か月間で可能な限り詰め込んだ事と、君塚君が恐ろしく会話が上手かった事であの普通のトークを行う事が出来たのだ。一つ間違えば苦笑いしか出来なかっただろう。今も心臓は慣れない会話でバクバクだ。
伝えれば、彼女は「すご……」とぽそりと呟いて、伏し目になる。
「私も出来るかな」
「出来るよ。卯月さんなら」
視線が合う。
「ほんと?」
「うん」
卒業式の日と違って、今度は逸らさない。変な気まずさも、謎の焦燥感も、無い。
ただ、その大きな瞳を真っ直ぐ向けられると、何故か舌の根が乾くような錯覚を得る。
やっぱり、女の子と目を合わせるのは苦手らしい。
「……じゃあ、頑張る」
ぎゅ、と拳を握って気合を入れる彼女に頑張れとエールを送ると同時に、チャイムが鳴る。
時計を見れば八時十五分。予め新入生に渡された紙にはホームルームの始まる時間だと記載されていた。
一限の開始は八時半らしいが、今日は入学式の為その式に時間が充てられる。その後にオリエンテーションと教科書の配布を終え、昼休みを経て午後の部活動説明会を行う。らしい。
がらりと前方の扉が空き、先生と思われる大人の方が教壇に上るのを見てクラスの面々が自分の席に戻っていく。
先生がとんとバインダーを教壇の机に置いたのを見ながら正面に向き直り、「あ」と卯月さんに言い忘れていた事を思い出して先生の話が始まる前に卯月さんを見る。
俺の視線に気づいて小首を傾げる卯月さんに、俺はすっと顔を寄せてぽそりと言い忘れていた事を言う。
春休みで努力して磨いた、卯月さんへの言葉。
「卯月さん、銀髪似合ってて可愛い。デビュー成功だね」
「────────────!?」
なんやかんや言いそびれてた事が言えて満足する。
最初に言えなかった事を言えてすっきりした俺が改めて正面を向けば、丁度先生が話始める。
挨拶と、自己紹介と、今日の流れ。つらつらと話していく先生の話を真剣に聞きながら、俺は朝から流れの良い感覚を思い出し、なんだか上手くやっていけそうな高校生活に少し心が躍るのを感じていた。
「………………………ずる」
消え入るような誰かの声が、ぽつ、と空気に溶けたような気がした。
評価・感想よろしくお願いいたします。




