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0/三月九日、卒業式

ストレートな学園青春ラブコメです。ご笑納ください。

 桜が舞い散る。


 卒業証書の入った黒の円筒を片手に、胸には卒業生の証である花の飾りを揺らしながら廊下を歩く。

 今日は三月一日、中学の卒業式の日。体育館での長々とした校長や来賓の話とお涙溢れる校歌斉唱は消化し、既に校庭や校門では卒業生・在校生・親族・教師との交流が満ち満ちて溢れている。

 外の笑い声や泣き声を遠くに、今や黒ずんだ内履きの足音を響かせながら一度別れを告げた教室へと歩を進める。


 忘れ物をした。


 それは比喩では無く、シンプルに筆箱を。別に買い替える予定なのだから置き忘れたまま卒業しても良かったのだが、親も仕事で迎えに来ず一人でただ帰るのも味気ないと感じた俺は何となく、本当に何となく教室へと戻っていた。

 仮にも三年間過ごした学び舎だからだろうか。学友との思い出、と言うのは挙げる程はないが多少の感傷に浸る程度の思い入れはあったらしい。

 伸びきった前髪を手櫛でより下ろして、最後に見るであろう三階の端の三年A組の教室に辿り着く。


 三階分は離れているというのに、校門からの和気藹々とした声がまだ聞こえる。


 扉に手を掛けて、ふと三年間を振り返れば特に味気の無い時間だったなと眉根を下げながら思う。

 親の転勤で地元の小学校を離れ、見知らぬ土地で見知らぬ人間に囲まれ、ゼロの状態からの友達の作り方など知らない状態のスタートで。

 気付けば友達はおらず。何となくで入部したバレー部の部員と軽く会話をする程度で、特段学友とは話す事無く本と向き合うだけの三年間だったと思う。



「…………はは」



 もう少し、他人と関われば良かっただろうか。過る思考は苦笑いと共に浮かばせて、がらりと扉を開ける。






「青春の──────ッえあ!?」


「え」





 途端。ぎょっと向けられたその瞳に、思わず仰け反る。

 睨まれたかと思った。だがその声の主は窓の外へ身を乗り出すようにしていて、春風に黒髪を揺らしながら扉の音に振り返った姿で俺を見開いた目で見る。

 青春の……なんだ。思わず固まり、数秒の空白の時間が生まれる。


「……………………佐藤君?」


「えっと、…………卯月さん」


 名前を呼ばれてようやく仰け反った身体を戻せば、彼女も窓から乗り出すようにしていた姿勢を止めて此方に向き直る。また少しの空白が流れて、けほんと咳払いが鳴る。


「……どうして、教室に?帰らなかったの?」


「ああ、いや。忘れ物で」


「あ、そう、なんだ」


「うん」


「そっか」


 また、沈黙。

 ……卯月陽菜さん。長い黒髪が重く垂れ下がった、眼鏡を掛けた色の白い文学少女。

 互いに図書委員として最低限の面識はある筈なのに、こうして面と向かい合うのはあまり無かったかもしれない。二人での沈黙には慣れているから、こうしてぽつりと会話が途切れても不思議と苦痛ではない。

 

 教室に足を踏み入れて、窓際の自分の席へと向かう。


 卯月さんが窓際から身を離して、黒板前の机に腰掛ける間に自身の机から筆箱を取り出して机に置いたスクールバックに入れる。ついでに卒業証書の黒筒も入れて、じーっと閉じる。

 最後の一年間、黙々と過ごした窓際後方という好立地の席の机を何の気なしに撫でる。ひんやりと返って来る木の冷たさは慣れ親しんだもので、安心感と遅れて寂寥感が胸の奥にじわりと湧く。

 全て開いて春風が心地良く吹いてくる窓の外へ視線を向ければ、今日は気持ちの良い晴天。来月にはもう高校生になっているという事実にほんの少しの不安が襲ってくる。


 まだ、外からは声が聞こえてくる。


 視線を卯月さんに向ければ、彼女は俺を見ていたのか一瞬目が合って、反射的に目を逸らされる。

 ふと思い出されるのは、先程の彼女の姿。普段の彼女の印象では考えられないような、窓に乗り出して、青春の、と口走っていたあの光景。

 何を言おうとしていたんだろう。普段は気になっても口にはしない、脳裏に沸いた彼女への疑問。


 けれど今日はいつもと違って、外の活気に当てられたのか、口を開く。


「卯月さんは、なんて叫ぼうとしてたの?」


「ひゅっ」


 喉の奥から掠れるような音。悲鳴だろうか。


「なんっ、……何の事?」


「いや、『青春の』……なんて叫ぼうとしてたのかなって。気になって」


「わたっ、私が卒業式の空気に当てられて窓の外に叫ぼうとしてたなんてそんな事ある筈ないじゃないですか」


「……卯月さんって焦ると早口になるよね」


「早口で悪いですか!?」


「いや誰も悪いとは。……言いたくないならいいけど」


「う、うぇ……」


 卯月さんは話すのが苦手なのか、よくどもる。

 俺のみならず、クラスメイトに不意に話に振られた時も大きく驚いて、右往左往して、にへらと困ったように引き攣った笑みを浮かべるのをよく見る。

 まあ、何叫ぼうとしてたの、なんて聞かれて素直に答える彼女ではないか。ごめん、大丈夫……と言いかけて。


「せっ」


 一音。


「青春の、ばかやろう……って」


 叫ぼうとしてました。そんな消え入るような声で、彼女は俯いて答えた。

 今にも消えたいように縮こまる卯月さんは黒髪の隙間から覗く耳を赤くして、へへ、と見慣れた困った笑いを浮かべていた。その笑いについては図書委員の仕事中でもよく見慣れたものなので特には気にしないが、はて、青春の馬鹿野郎とな。

 ぽり、と頬を掻いて俺はその言葉の意味を考える。


「……三年間の鬱憤……みたいな……?」


「そうですよね意味わかんないですよねすいません」


「いや、まあ、最後だし叫びたい……的な……」


「そ、そうそう。外の活気にあてられて、思わず……って感じ……」


「あー、そうなんだ……」


「う、うん」


「……確かに外の皆は元気だし、あてられちゃうよね」


「そ、そうなの」


「そっ、かあ」


 思考。


「……つまりは青春したかったって事?」


「…………そうなのかも」


 頷きが返ってくる頃には、卯月さんは縮こまっていた肩を少し開いて此方に顔を向けるくらいの余裕を取り戻していた。それでも目は合わないが。

 

「私、人見知りするし、根暗だし、陰キャだし……普通の中学生だったら、もっと明るくて楽しい学校生活を送れてたんじゃないかな、って」


「別に卯月さんは卑屈になる程の人じゃないと思うけど」


「わ、私が思うの」


「卯月さんが?」


「えと、佐藤君は優しいから私が暗くてあんまり話さなくても気にしないけど、他の子達は違うし……それにあんまり馴染めてないし……」


「……まあ、確かに卯月さんが友達と仲良く話すのは見た事無いけど」


「うっ」


 急に言葉で刺してしまったらしい。うずくまる卯月さんに思わず近づいて謝る。


「ごめん。いやあの、ほら、俺が見てないだけで友達は居るよね」


「……大丈夫、ちゃんと居ないよ……」


「あ」


「…………へへ」


「で、でも卯月さんは図書委員とかちゃんと仕事してるし成績いいし。あと、なんか良い人オーラ出てるし?」


「でも友達居ないから……」


「大丈夫俺も友達居ないから」


「……でも、佐藤君クラスメイトとたまに話してるじゃん」


「あれは部活の連絡事項とかだけだから。遊びに行った事とかないから。ほら、顔見知りみたいな────」


 ──────そういや俺も友達居ない。言いながら友達が自分にも居ない事を思い出して、今度は俺が膝をついた。

 

「友達の話はやめよう」


「……そうだね」


 溜息が重なり、何故かお互いに空しい気持ちになる。卒業式とは晴れやかな気持ちになる筈なのに、何故。

 顔を見上げれば正面には死んだ目をしている卯月さんと、『卒業おめでとう!』のきらきらした文字と卒業生達のメッセージが書かれた黒板が目に映る。

 三年間ありがとう、とか。俺達ズッ友、とか。


「…………」


 来月には高校生、とか。チョークで書かれた色んなメッセージが目に突き刺さる。

 俺が黒板を見ているのに気付いたのか、卯月さんもつられて見て、そのまま二人で何となくそのメッセージ達を目で追う。

 感謝や思い出、謎の言葉とか、夢や目標なんかを綴っているのも目に映る。俺は皆が黒板に書き込むのを後ろで何となく眺めていたが、そう言えば何も書いてないと思い出す。いや、別に俺が書く事もあんまり無い気もするけれど。


 暫く、静かに黒板を見ていただろうか。


「佐藤君はさ」


「なに?」


「高校生になったら、やりたい事ってある?」


「どうしたの、急に」


「なんだか、気になって」


「卒業式の空気にあてられて?」


「あてられて」


「……そうだなあ」


 言われてみて、少し考える。

 四月から通う成雲高校は、家が近いから何となく決めた。まあまあ普通で、そこら辺の公立校って感じで、ただ進学先を選ぶ時に自分の選択肢の第一希望として相応しいのがそこだった。

 今は夢もなりたい職業も決まっていなくて、ただ、何となくで決めた高校。だから、特段高校生になってからやりたい事は……。


「……友達作る、とか?」


「友達?」


 黒板のメッセージを見て、また何となく。

 友達と過ごす高校生活ってどうなんだろう、教室で友達と話すってどんなものなんだろう、とか。漠然とした疑問というか、興味。

 夢なんて大層なものでは無いけれど、中学で出来なかった事を高校ではしてみたいと思った。


「そっか、友達か」


「あとは放課後に遊びに行くとか……うん、なんか、色々やってみたい事はあるかも」


「……私も、そういうの、やってみたいかも」


「卯月さんも?」


「うん。お友達と洋服を見に行ったり、スイーツ食べたり、それこそ、彼氏……とか」


「そっか」


 きっと、それはやりたいけどやれなかった事。人付き合いが苦手とか、話すのが苦手とか、後は色々。

 そんなちょっとした理由でやる事が出来なかった過去の自分の、後悔に似た反省から来る目標。

 そんなやりたいが浮かぶ俺達は、細かいところは違うのだろうけれど。どこか通ずるところがある。


「どうすれば全部、やりたい事出来るかな」


 天井を仰いで呟くような疑問に、俺なりに答えを考えてみる。


「……話せるようになるとか」


「人見知りなのに?」


「まあ、そこは努力で……?」


「難しそう」


「あとはなんだろ、見た目とか変えてみる?」


「あ、高校デビューだ」


「そう、高校デビュー」


「明るい見た目なら、なんか話しかけてくれそうじゃない?」


「確かに。形から入るってありだし」


「そしたら友達も出来て……なんかいけそう?」


「いけそうかも……」


「うん、いけそう」


「ね!何だかいけそう────」


 春風が吹いて、目が合う。

 いつも長い前髪に隠されていて見えなかった卯月さんの目は、思っていたよりも大きくて。

 あ、と何故だか二人で固まってそのまま見つめ合ってしまう。


 ただ、目が合ってしまっただけ。


 けれど、普段人と目を合わせないからか、慣れていない視線の交差に動けなくなってしまう。理由は分からないけれど、動けなくて、少し汗が出て、息が止まった。

 卯月さんと、止まって。

 春風が止んで前髪が下りて、目線を遮られたところでようやく口を開く事が出来た。


「……えと」


「……うん」


 別に変な事をした訳でも無いけれど、妙に気まずい。


「卯月さんって、目、大きいんだね」


 何言ってんだ俺。


「えあ、そ、そうかな」


「うん。……隠してるの勿体無いよ」


「うえ」


「……高校では、目、出した方がいいんじゃないかな、多分。知らないけど」


「あ、…………そうする」


「……うん」


 目が合わせられない。先程までは見れていた筈なのに。いや、元々見れてはいなかったんだけれど。

 今日何度目か分からない沈黙。緊張か何かか、少し熱くなった身体を誤魔化すように立ち上がる。気を紛らわすもの、この空気を少し変えるもの、と辺りを見渡して不意にメッセージが山ほど綴られた黒板に目が行く。

 前髪を手櫛でまた下ろして、変に気まずくなってしまった空気を紛らわすように黒板に近づく。そのままチョークを手に取り、かつかつと文字を書く。


「……佐藤君?」


 伺うような声に、俺はチョークを置いて振り返る。


「…………卯月さんも、書く?」


「え?」


「いや、なんていうか、ほら」


 抱負というか。そう身を除けて書いたところを見せれば、下端に『青春!』と殴り書いた白文字が残されている。

 あ、と声を漏らした卯月さんはその文字を暫く眺めて、つられるように立ち上がって黒板に近づく。

 チョークを手に取り、少し考えて、かつと迷いながら文字を書き入れる。


「……同じ感じだね」


「駄目?」


「駄目じゃないけど。なんか変えると思って」


「まずは私が言い出したんだよ、高校デビューって」


「そうだっけ」


「そうだよ」


 書き終えたそこには、俺の汚い文字の横に綺麗な文字で『高校デビュー!!!』と、ビックリマークを気持ち付け足した同じ抱負が書かれていた。


「頑張ろうね」


「そうだね、頑張ろう」


 応援の言葉。先程のなんとなくのやりたい事を言い交わした時にも似て言葉は少なかったけれど、込めた思いは少なくない。

 

「私達、同じ高校だから四月にお披露目だね」


「……卯月さんも成雲なの?」


「うん。……気付かなかった?」


「全然。もしかして、受験の時一緒だった?」


「うん。それに、同じ教室で筆記テスト受けてたよ」


「本当?緊張で全く覚えてないや」


「そっか。仕方ないかも。……でも、四月からはちゃんと見てよ」


「……見るよ。てか、目に入るだろうし」


「私も見るから。今日から頑張る」


「俺も」


 顔を合わせないけれど、お互いに笑みを浮かべながらそう言葉を交わす。

 今まで会話なんて数えるくらいしかしてこなかったのに、卒業式の日に一番交わすなんて、何だか不思議だ。けれど、変ではない。

 だって俺達は、きっと今日からもっと話すようになるのだから。




「じゃあ、また」


「うん、また」




 会話も程々に。

 俺達はスクールバックを持って、帰路につく。あるいは、比喩表現として出発点と言い換えてもいいのかもしれない。

 卒業式を終えたばかりの鬱々とした気持ちは、既にどこかへ消え去っていた。

 だって、これからは同じ気持ちの友達が一人出来たから。






 ────こうして、三月九日の卒業式の日は幕を閉じた。






 時は流れて、高校の入学式の四月八日。

 一か月の春休みを経て、俺は公立成雲高等学校の一年一組の教室で俺の高校生活は始まった。

 高校デビューを目指し、容姿についても会話についても出来る限りの努力をして、いざ着いた窓際最後列の好立地。

 努力の成果もあり、俺はスタートダッシュを大成功──────




「え、あの人どこの中学か分かる?」


「知らない……金髪だったらすぐ分かるくない?」


「しかもピアス……ヤンキーかな……」


「なあ、ところであの後ろの……やべ目が合った」


「おいあんま見んなよ、絡まれんぞ」


「話しかけんなオーラ出てね?」




 ──────大失敗していた!!!!!!!!!!


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