タイトル未定2025/12/09 23:39
俺には、昔からの“習性”みたいなものがある。
――揉め事は金で丸くする。
――空気が悪くなったら笑って誤魔化す。
――嫌われないように最大限、無難な動きをする。
この三種の神器を装備して、高校生活を乗り切ってきた。
別に誇れるような生き方じゃない。
けど、面倒を避けたい俺にとっては、もっとも“コスパのいい処世術”だった。
俺の名前は須根川颯斗。
名前が長いからか、クラスの連中には「スネ夫」と呼ばれている。
気にしていない。
むしろ便利だ。話しかける口実になるなら、何でもいい。
いや、本音いうと少しは気にしていた。
でも、気にしてる素振りは絶対に見せない。
見せた瞬間、面倒が始まるからだ。
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その日も昼休み、俺はいつものように陽キャ集団の輪にいた。
というより、輪の“外側の便利な位置”に立たされていた。
「スネ夫~、食堂でメロンパン買ってきて。三つ」
「ついでに牛乳。俺、今日、カロリー気にしてるから低脂肪のやつな」
「俺のも頼むわ。金? 後で渡す!」
はいはい。言ってろ。
ポケットに財布を入れたまま、俺は立ち上がる。
どうせ金は返ってこない。
けど、もらわなくてもいい。揉めるより安い。
だが、この日は違った。
メロンパンを買いに行こうと歩き出した瞬間――
俺の耳に、妙に静かなため息が届いた。
「……便利だね、須根川くんは。」
振り返ると、
教室の隅で文庫本を閉じた女子がいた。
成瀬凛。
地味……ではない。
派手でもない。
ただ、“輪”に入らないタイプだ。
いつも眠たそうな目をしていて、感情を読ませない。
クラスの人間と無理に仲良くしようともしていない。
そんな彼女が、俺に話しかけてきた。
いや、違う。
“話しかけた”んじゃない。
“独り言を俺が聞いた”に近い。
俺は気にしないふりで肩をすくめる。
「便利で悪かったな。俺はこういうキャラなんだよ。」
凛は本当に微妙な笑いを浮かべ、言った。
> 「……その言い方、嫌われるのが怖い人が使う言葉だよ。」
俺は固まった。
嫌われるのが怖い――?
そんなの、誰だって同じだろ。
けど、俺にとっては **“一番触れられたくないところ”** だった。
「何それ、分析か?」
「分析じゃない。事実。」
「初対面で決めつけるなよ。」
「だって、あなたの笑い方が“薄い”から。」
薄い笑い。
その一言が、なぜだか胸の奥に刺さった。
俺は反撃の言葉を見つけられないまま、食堂へ向かった。
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昼休みが終わったあとも、凛の言葉は頭から離れなかった。
薄い笑い。
嫌われるのが怖い。
余計なお世話だ。
そんなことを考えながら廊下を歩いていた俺は、
美術室の前で“ガシャン”という音を聞いた。
見に行くと――
美術部の展示用パネルが倒れて割れていた。
その場に、陽キャの二人がいた。
「あ、スネ夫! よかった~。お前も来たんだしさ」
「ちょっと先生呼ばれてんだよ。俺らだけじゃやばいかもだから、スネ夫にも来てもらってさ」
意味が不明すぎる。
なんで俺が呼ばれてもいないのに、
当然のように“共犯カウント”されてるんだ?
と、その時。
廊下の角から凛が歩いてきた。
「あ……ごめん。通るね。」
陽キャAが、なぜか凛を見ながら言った。
「おいスネ夫、お前が謝れよ!」
「え、なんで俺?」
「こういうのってさ、スネ夫が出れば丸くなるじゃん?」
意味が不明すぎる(本日2回目)。
仕方ない。
こういう時は――
> **金で解決するのが一番早い。**
俺はため息をつきながら言った。
「……壊れた費用、俺が出すよ。
面倒なことになるよりマシだし。」
その瞬間、
「ちょっと須根川!?」
背後で凛が鋭い声を上げた。
珍しい。
彼女がこんな強い声を出すところを初めて見た。
「お金で済ませようとするの、やめて。」
「いや、でもさ――」
「それ、あなたがやったって認めるみたいなものだよ。」
凛の言葉と同時に、後ろから教師が現れた。
「おい、お前ら! 何を壊したんだ!」
……最悪だ。
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事情聴取。
陽キャたちは口を揃えて
「スネ夫が……」
とか
「いや、スネ夫もその場に……」
とか曖昧なことを言う。
金で済ませると言った俺が悪い。
悪いが、俺以外誰も責任を取る気がない。
そこで、凛がぽつりと言った。
> 「須根川くん、美術室の場所も知らなそうだし。」
「いや、さすがに知ってるわ!」
教師
「じゃあ、なんでお前が弁償するって話になってるんだ?」
「……それは……流れで……」
「流れで金を出すやつがあるか!」
ぐうの音も出ない。
結局、教師の判断はこうだった。
・破損したパネルの片付けを“須根川と成瀬で”やり直せ。
・陽キャたちは放課後に報告を聞くから一旦撤収。
なぜだ。
なぜ俺と凛だけが残された?
凛は腕を組み、ため息をつく。
「……ほんと、便利な人だね。」
俺は反射的に言った。
「悪かったな。便利屋で!」
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パネルの片付けは、校舎裏のゴミ置き場で行われた。
俺は木片を拾いながら言った。
「さっきの、美術室知らなそうってやつ……
地味に傷ついたからな。」
凛
「だって事実でしょ。」
「偏見という名の暴力!」
「事実という名の刃物。」
勝負にならない。
しばらく作業してから、俺は聞いた。
「なんでお前、俺のこと知ったように言うんだよ。」
凛は手を止めず、淡々と答える。
> 「だってあなた、“嫌われないために自分を売る人の顔”してるから。」
「……売ってねぇよ。」
「金で機嫌を取るんでしょ? 今日も。」
「それは……効率だよ。」
「効率の悪い“生き方”だよ。」
ぐっ……。
反論しようとしたが、
凛は俺の目をまっすぐ見て、言った。
> 「私、あなたみたいな人を嫌いになれないよ。」
「……は?」
「だって昔の私と同じだから。」
俺は体が固まった。
凛はゆっくり笑う。
> 「便利に扱われて、
> 嫌われないために笑って、
> 言いたいことを飲み込んで……
> そうやって歪んでた時期があったから。」
俺は、初めて凛の表情を“人間らしい”と思った。
静かな、けどどこか痛みを含んだ顔だった。
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片付けが終わった頃には、もう夕方だった。
俺と凛は校舎裏に座り込んでいた。
沈黙。
でも、不快じゃない沈黙。
俺はぽつりと聞いた。
「……なんでそんなに俺のこと分かるんだよ。」
凛は、空を見たまま言った。
> **「中学のとき、私、
> “ジャイ子”って呼ばれてたの。」**
俺
「……は?」
凛
「理由は、強そうだとか、でかそうだとか、
勝手にイメージ作られて。
全然そんなことないのに。」
俺
「お前が?」
凛
「うん。
名前も、本当の私も見られなかった。」
俺
「……わかる。
俺も“スネ夫”って呼ばれるの、別に好きじゃねぇし。」
凛
「あなたのは、たぶん“軽い”ほうだよ。
私のは、もっと……重かった。」
その言い方に、少し胸が痛くなる。
凛
「でもね。
あなたの“薄い笑い”見て、
昔の私を思い出して――
放っておけなかったんだ。」
俺
「……お前、優しいの?」
凛
「違うよ。
私が“嫌われた痛み”を知ってるだけ。」
俺
「……なんか辛い人生じゃん。」
凛
「あなたに言われたくない。」
確かに。
夕日が沈む。
俺は立ち上がる。
「俺、便利屋やめられないと思う。
そうしないと上手く回らないから。」
凛も立ち上がる。
「じゃあ私は――」
軽い笑顔。
「あなたが“本音の顔”を見せるまで観察してみる。」
俺
「宣言しなくていいだろ……」
凛
「また話そ、スネ夫くん。」
俺
「……その呼び方やめろよ。」
凛
「じゃあ、やめてほしいなら――
あなたが“須根川颯斗”を生きてよ。」
その背中を見ながら、俺は思った。
便利屋じゃない生き方なんて、考えたことなかった。
でも――
凛の言葉が、妙に心に残った。
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帰り道、俺はふと笑った。
いつもの、
「嫌われないための薄い笑い」じゃない。
もっと、
自分でもよく分からない笑いだった。
「……なんだよ、ジャイ子って。」
言葉にすると少しだけ楽になった。
成瀬凛。
嫌われた過去を持つ女子。
俺の歪みを見抜くやつ。
スネ夫とジャイ子。
馬鹿みたいな組み合わせだ。
でも――
妙に居心地がよかった。
そして俺は、いつもより少しだけ軽い足取りで帰路についた。
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