第8話「文化祭と、図書委員の涙」
第8話「文化祭と、図書委員の涙」
秋。校舎の外は色づいた銀杏と落ち葉の匂い。
文化祭の準備で、学校中が浮き足立っていた。
「光くん、クラスの出し物決まった?」
「うん、メイド喫茶。女子が多いから即決だったよ」
「うわ〜、想像できる……」
隣で笑ったのは、同じクラスの友人・桐原。
男子が少ないこの世界では、彼も貴重な“同類”だ。
ただ、男子二人で協力しても周囲の女子パワーには勝てない。
衣装決めからメニュー決定まで、完全に女子主導。
僕ら男子は、ひたすら「はい」「了解」で頷く係だった。
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◆図書委員からのお願い
放課後、いつものように図書室へ行くと、
凛が紙束を抱えて右往左往していた。
「わっ、星野くん! ちょうど良かったです!」
「どうしたの?」
「文化祭で、図書委員も展示をすることになったんです。
“未来の図書館”ってテーマで、少し映像を流そうと思ってて……
でも機材の接続が全然わからなくて!」
「なるほど。じゃあ僕、手伝うよ」
凛はぱっと顔を明るくした。
その笑顔に、なんだか胸の奥が温かくなる。
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◆二人きりの準備
文化祭の前日。
放課後の図書室は、静けさの中に緊張感が漂っていた。
僕は機材のコードを繋ぎ、映像チェック。
凛は台本を読みながら、展示の説明パネルを整えていた。
「星野くん、やっぱり頼りになりますね」
「いや、そんな大したことしてないって」
「ふふ。謙遜するところも、星野くんらしいです」
穏やかな時間だった。
でも、ふと凛の指先が止まった。
「……やっぱり、私、怖いんです」
「怖い?」
「前みたいに失敗したらどうしようって。
もう、みんなをガッカリさせたくなくて……」
その声は、かすかに震えていた。
僕は静かに言った。
「大丈夫。凛はもう逃げてない。それだけで十分すごいよ」
彼女は小さく息を呑み、少しだけ笑った。
「……ありがとうございます」
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◆文化祭当日
当日。
校内はまるでお祭り騒ぎ。
教室からは音楽と笑い声、廊下には人の波。
僕のクラスのメイド喫茶は、正直“混沌”だった。
客はほぼ女子。男子店員の僕は、写真をせがまれ、注文を間違え、完全にパニック。
「光くん、あーんして〜♡」
「ちょ、やめ……」
――心が折れそうになった僕は、昼過ぎにこっそり抜け出して図書室へ向かった。
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◆彼女の涙
図書室は、静かだった。
でも、凛の姿はなかった。代わりに、机の上に一枚のメモ。
『ごめんなさい。少し外の空気を吸ってきます。』
嫌な予感がして、僕は校舎裏へ走った。
夕陽の中、ベンチに座る凛の姿。
肩を震わせながら、泣いていた。
「凛!」
「……また、やっちゃったんです。映像が途中で止まって……」
彼女は手の中のUSBメモリを握りしめた。
どうやらデータが途中で壊れていたらしい。
「みんな慰めてくれたけど……私、情けなくて……」
僕は一歩近づいて、そっと言った。
「凛、失敗して泣けるって、すごいことだよ」
「え……?」
「失敗を“ちゃんと悔しい”って思える人は、もう前に進んでる証拠だ」
凛は、ゆっくり顔を上げた。
涙で滲む目の奥に、ほんの少し光が戻る。
「……星野くんって、本当にずるいです」
「え?」
「そんな風に言われたら、立ち止まってられないじゃないですか……」
凛は涙を拭き、笑った。
その笑顔は、これまで見た中で一番綺麗だった。
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◆夕暮れの約束
帰り道。
凛がふと立ち止まって、僕に言った。
「星野くん……また、図書室に来てくれますか?」
「もちろん」
「じゃあ、また一緒に本を選びましょう。今度は“失敗しない私”で」
そう言って、彼女は小さく手を振った。
夕陽が二人の影を長く伸ばしていく。
――その影は、まるでこれからの未来を示すように重なっていた。




