第7話「図書委員の彼女、凛の秘密」
入学から一週間。
僕の高校生活は、予想通り「平穏」からはほど遠かった。
朝登校すれば「おはよう光くん!」と女子が群れ、
昼休みは「一緒に食べよ!」と弁当が十個机に並ぶ。
……女子の方が多すぎる世界では、男子はもはやアイドルみたいな存在なのだ。
でも、僕が求めてるのはそんな賑やかさじゃない。
“普通”で、静かな時間がほしい――ただそれだけ。
だから僕は、毎日放課後になると図書室へ向かった。
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◆静寂の楽園ふたたび
図書室は、相変わらず静かで落ち着く場所だった。
窓から差し込む夕陽の光がページを照らし、紙の匂いが心を落ち着かせる。
「……あ、星野くん。今日も来たんですね」
本棚の影から顔を出したのは、例の図書委員・朝比奈凛。
あの“事件”以来、少しずつ話すようになっていた。
今日の彼女は三つ編みに眼鏡。制服の胸元には小さな図書委員バッジ。
真面目さの塊みたいな子だけど、不思議と居心地がいい。
「今日は借りたい本があって」
「またですか? 星野くん、本読むの速いですよね」
そう言って、彼女は微笑んだ。
その笑顔を見て、なんとなく心がふわっと軽くなる。
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◆凛の不思議な行動
ところが、ある日の放課後。
僕は偶然、凛が誰もいない図書室で何かをしているのを見てしまった。
本棚の一番奥。
凛はノートパソコンを開き、何かを必死にタイプしていた。
「……データベース、更新完了……」
「文献コード、A-01……これでいいはず……」
その表情は真剣そのもの。まるで研究者のようだった。
「凛?」
僕が声をかけると、彼女はびくっと肩を跳ねさせた。
「ひっ!? ほ、星野くん!? な、なにしてるんですか!」
「いや、それは僕のセリフだけど……今の、何してたの?」
彼女は慌ててノートパソコンを閉じ、頬を赤らめた。
「……べ、別に! その、個人的な記録です!」
「個人的……?」
そのときはそれ以上追及しなかった。
でも彼女の目が、一瞬だけ涙ぐんだように見えたのを、僕は見逃さなかった。
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◆翌日、突然の休校騒ぎ
次の日。学校がざわついていた。
「図書データが全部消えたって!」
「えっ、まじ!? 誰かがシステムいじったらしいよ!」
生徒たちの噂が飛び交う中、僕の胸がざわついた。
まさか――。
放課後、図書室へ行くと、凛が机に突っ伏していた。
目の下にくまができ、手元には真っ白な画面のノートパソコン。
「凛……」
「……全部、消えちゃったんです。図書データも、私の記録も……」
彼女の声は震えていた。
聞けば、学校のシステム更新の時に誤って個人データを上書きしてしまったらしい。
「図書委員長の責任」だと責められ、今日一日中謝り続けていたという。
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◆“普通”と“責任”
僕は彼女の隣に座った。
「凛、そんなに自分を責めなくていいよ」
「でも……私、完璧でいなきゃって……みんなが期待してるから……」
その言葉を聞いて、僕はハッとした。
――この子も、僕と同じなんだ。
“普通でいよう”としながら、周りの期待に押しつぶされそうになってる。
僕は静かに言った。
「完璧じゃなくてもいいと思う。
ミスしたって、ちゃんと向き合ってる凛の方が、ずっとすごい」
凛はゆっくりと顔を上げた。
その瞳の奥に、少しだけ光が戻る。
「……星野くんって、変わってますね」
「よく言われます」
二人で小さく笑った。
その瞬間、図書室の夕陽が、まるで祝福するみたいに差し込んでいた。
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◆夜、ノートの一文
家に帰って、例のノートを開いた。
遥先輩の文字が、まるで僕の今日を見透かすように書かれていた。
『他人を救おうとする瞬間、人は少しだけ普通から遠ざかる。
でも、それが“優しさ”という名前の、もう一つの普通なのかもしれない。』
僕は静かに笑った。
――遥先輩。
たぶん僕、少しだけ普通じゃなくなってきてます。
でも、それでもいい気がするんです。




