第3話「小学校、男子は俺だけ」
入学式の日。ピカピカのランドセルを背負った僕は、母に手を引かれて小学校の校門をくぐった。
春の空気は暖かく、桜が散る中で胸をふくらませていた……のだが。
「えっと、ここが一年一組……」
教室の扉を開けた瞬間、僕は愕然とした。
そこには――三十人の女の子。
可愛い髪飾りをつけた子、スカートをひらひらさせている子、ランドセルを並べてはしゃいでいる子……。
そして、男子は。
……僕ひとり。
「「「わああああああああ!!!」」」
全員の目が一斉に僕に向いた。瞬間、黄色い歓声が爆発する。
「男子だ!!」
「ほんとにいるんだ!」
「すごーい、かっこいい!」
いやいや、ただの七歳児だから。かっこよくもなんともないから。
その日から僕の「小学校サバイバル生活」が始まった。
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◆給食の惨劇
一番大変だったのは給食だ。
クラス全員が僕におかずをあげようとする。
「はい、光くん、わたしのからあげ!」
「じゃあ、わたしはプリンあげる!」
「ひかる、これ、パン半分あげるね!」
断る暇もなく、皿はどんどん山盛りになっていく。カレーライスの上にからあげ、コロッケ、プリン、食パン……最終的に茶色い食べ物の山が完成する。
「ちょ、ちょっと待って! 先生ー!!」
先生が「やめなさい!」と割って入るけど、その後は「全部食べきりましょうね」と微笑まれ、結局僕の胃袋に収まることになる。……午後の授業は毎回眠気との戦いだった。
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◆体育は修羅場
体育の授業も地獄だった。
ドッジボールでは女子たちが「光くんを守れー!」と壁のように取り囲み、ボールが飛んできても僕に当たらない。
「これじゃ練習にならん……」と嘆く先生。
逆に鬼ごっこでは「光くんを捕まえろ!」と全員が僕を追いかける。三十対一のサバイバル。全力で逃げてもすぐ捕まる。……もうちょっと公平にやろうよ。
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◆休み時間の攻防
休み時間には女子たちが取り囲み、「おままごとやろ!」「鬼ごっこしよ!」「将来だれと結婚するの!?」と質問攻め。
「え、えっと……」
僕が答える前に、女子同士でケンカが勃発する。
「ひかるはわたしと遊ぶの!」
「違う、わたしとだもん!」
先生が止めに入るのが日課になった。僕はその度に机の下に隠れる。まるで避難訓練だ。
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◆唯一の味方
そんなカオスの中で救いになったのが、保育園時代からの友達・真琴だった。
小学校でも同じクラスになり、彼女だけは僕を「特別扱い」しなかった。
「ほら、ノート忘れてるよ」
「ありがとう」
他の女子が黄色い声を上げる中、真琴は自然体で接してくれる。僕はその時間に心底ほっとした。
だけど、女子たちの視線はなかなか厳しい。真琴と話しているだけで「いいなぁ〜」「ずるい!」と嫉妬の炎が燃え広がる。まるで地雷原を歩くような日常だった。
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◆家での会話
ある日、帰宅して母に愚痴をこぼした。
「もうやだよ! クラスの女子がみんな僕に……」
母は申し訳なさそうに笑った。
「光は特別なのよ。この世界で男の子はとても少ないから……みんな無意識に引き寄せられてしまうのね」
「でも、僕は普通に過ごしたいんだ」
「……そうよね」
母の表情が少し曇った。
その横顔を見て、僕は子供ながらに気づいた。
――この世界では「普通に過ごすこと」こそが、一番難しいのかもしれない。
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◆決意
小学校三年生の頃、クラスで作文の時間があった。テーマは「将来の夢」。
女子たちは「アイドルになりたい」「スポーツ選手になりたい」とキラキラ書いていたが、僕はこう書いた。
『ぼくのゆめは、ふつうのおとなになることです』
先生に読み上げられた瞬間、クラスは静まり返った。
――普通。
ただそれだけの夢が、この世界では珍しく、難しい。
だけど僕は、それを諦めないと心に決めた。
どんなに周囲が騒がしくても、どんなに扱いが特別でも。
俺は俺の人生を、ちゃんと自分で選びたい。
そんな幼い決意を胸に、小学校の日々を過ごしていったのだった。




