第2話「保育園は戦場」
僕が三歳になった頃、母は仕事に復帰することになり、僕は近所の保育園に預けられることになった。
園に入った初日、僕はすぐに「異常」を思い知らされる。
「はーい、今日から新しいお友だちが仲間入りしまーす! みんな仲良くしてあげてね」
先生に促されて前に立たされる僕。ちょっと緊張しながら自己紹介をした。
「ひかるです。よろしくおねがいします」
その瞬間、教室中にざわめきが広がった。
「えっ、男の子?」
「ほんとに? うそでしょ?」
「かわいい〜! わたしのとなりにきて!」
……そう、クラス全員が女子だった。三十人。見事に女の子だけの楽園に、ただひとり放り込まれたのだ。
先生が「席はここね」と僕を女子たちの輪の中に座らせると、さっそく両隣から襲撃が始まった。
「ひかるくん、これあげる!」
「ねえ、こっち見て!」
「おやつのゼリー、わたしの半分あげる!」
机の上にお菓子や折り紙やらが積み上がり、僕は瞬く間に「王子様」扱いになった。いや、まだ三歳児だぞ俺。
その後も保育園生活は戦場だった。
鬼ごっこでは常に僕が「おに」にされる。「ひかるくんを捕まえろー!」と三十人が一斉に追いかけてくる。運動会では「お姫様だっこ競争」で女子が僕を奪い合い、引っ張られて泣きそうになる。
「先生ー! みんながひかるくん取り合ってけんかしてます!」
「また!? もう、落ち着きなさーい!」
先生も毎日大変そうだった。
ある日の昼食。給食のカレーを食べようとした僕のスプーンに、隣の子が勝手にカツを乗せてきた。
「はい、ひかるくんに!」
「えっ、ありがとう」
すると反対側の子も負けじとコロッケを乗せてくる。
「わたしのもあげる!」
気づけば両隣だけでなく、周りの子たちも次々におかずを乗せてきて、僕の皿は山盛り状態。まるで食べ物の塔。
「ちょ、ちょっと待って!? そんなに食べられない!」
けれど女子たちはニコニコしながら「もっと食べて!」と迫ってくる。先生に見つかって「食べ物を遊ばない!」と怒られたが、僕は一人で必死に食べる羽目になった。……結果、午後の遊びはお腹痛で棄権。
保育園に通い始めて数週間、僕はすっかり「女子のアイドル」と化していた。
でもそれは決して嬉しいことばかりではない。
女の子たちは無邪気に「ひかるくんとけっこんする!」と言い合い、取っ組み合いのケンカを始める。僕は止めようとして逆に泣かされる。毎日が修羅場だ。
ある時、母がお迎えに来て、先生からこう言われた。
「お母さん、ひかるくんが人気すぎて……クラスのバランスが崩れてしまってます」
母は苦笑しながら僕の頭をなでた。
「ごめんなさい、この子、そんなにモテちゃうのね」
(いやいやいや、悪いのは俺じゃないだろ!?)
けれど、そんな混乱の日々の中で、一人だけ他の子と違う女の子がいた。
髪をおかっぱに切り揃えた、少し大人びた目をした子――「真琴」だ。
彼女だけは僕を特別扱いせず、普通に「ひかる」と名前を呼んでくれた。おかずを押しつけてくることも、抱きついてくることもなく、代わりに折り紙や絵本を一緒に楽しんでくれる。
「ひかる、ここ、青でぬろうときれいだよ」
「ほんとだ、ありがとう」
そういう何気ない時間が、僕にとって何より心地よかった。
そして僕は、この頃からうすうす感じ始めていた。
この世界で「男」として生きることは、きっと平凡では済まされない。
――でも、それを支えてくれる仲間も、きっとできる。
そんな小さな希望を、真琴という友達の存在が教えてくれたのだった。




