第10話「電脳図書館と侵入者」
放課後の図書室。
いつもと同じ、静かで穏やかな時間――
のはずだった。
「……ん?」
リラがノートパソコンを見つめて眉をひそめた。
画面の右上で、赤い警告マークが点滅している。
「どうしたの?」と僕が聞くと、
リラはモニターをこちらに向けて見せた。
【外部アクセス検出:不明プロトコル】
「誰かが、学校のデータベースに侵入してる」
その一言で、空気が一変した。
凛が顔を青ざめさせ、手にしていた本を落とした。
「ま、まさか……またデータが……?」
「いや、今のうちに止めれば大丈夫」
リラは椅子に座り直し、指を踊らせるようにキーボードを叩き始めた。
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◆デジタルの戦場
画面上に、無数の数字とコードが流れていく。
英語、記号、バイナリ……まるで未知の言語だ。
「やば、向こうも手慣れてる。セキュリティ層を三枚突破された」
「ちょ、ちょっと待って! それって本当に危ないやつ!?」
「静かに。集中するから」
リラの指が止まらない。
その姿は、まるで戦場の兵士のようだった。
「……プロキシを二重に、認証コード改変……っと」
彼女の声が淡々と響く。
「光、隣のパソコン起動して」
「え、俺!?」
「手伝え。操作は簡単。はい、USB挿して」
指示通りに動くと、画面に「データバッファ確立」の文字。
「これで、偽サーバーを作る。
向こうに“侵入成功”って勘違いさせる」
「それ、すごく危ないことしてない!?」
「ふふ、スリルがあるでしょ」
リラは笑った。その表情は楽しそうで、少し怖い。
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◆正体
十数分後。
モニター上の赤い波形が、急に静まった。
「……停止。トレース完了」
リラは椅子の背もたれに体を預けた。
「侵入元、特定できた?」
「うん。場所は……市内の某教育研究センター」
「え? それって――」
「そう。学校の上層機関。つまり“内部の人間”だね」
凛が息を呑んだ。
「どうして、そんなこと……?」
リラは少し考えてから答えた。
「……たぶん、“男子データ”だよ」
「男子データ?」
「この国の人口比、女30に対して男1。
その“1”を管理するために、政府が特別に作ったデータベースがある。
年齢、居住地、健康状態……全部監視されてる」
「……そんな……」
「たぶん星野、あんたの記録もある」
僕の背筋が凍った。
この世界に生まれ変わって以来、なんとなく感じていた“視線”。
それが、現実だったのかもしれない。
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◆揺れる凛
沈黙の中、凛がそっと言った。
「……じゃあ、私が前に壊したデータも……その一部だったの?」
リラが小さく頷いた。
「でも、凛のせいじゃない。
むしろその時、データの一部が欠損したおかげで、
この学校は一時的に“男子追跡リスト”から外れてた。
だから星野、あんたは“監視対象外”になってる」
「え、それってつまり……」
「今、あんたが自由に動けてるのは、凛が壊した“おかげ”ってこと」
凛はハッと息を呑み、手を口元に当てた。
「私……守ってたんだ、知らないうちに……」
その目に、静かな涙が浮かんだ。
そして、リラは少しだけ微笑んだ。
「ほらね。失敗って、悪いことばかりじゃないでしょ」
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◆次なる影
夜。
僕は自室で、例のノートを開いた。
『監視される世界で“自由”を選ぶには、
誰かの勇気と、誰かの失敗が必要だ。』
――まるで、遥先輩が未来から書いたみたいだった。
そのとき、スマホに通知が届いた。
リラからのメッセージ。
「星野、明日から“ちょっと危ないこと”手伝ってもらう」
「詳細は図書室で」
……やっぱり平穏は続かないらしい。




