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第1話「目覚めたら赤ん坊でした」

――暗闇の中で、僕はふっと意識を取り戻した。

 いや、正確には「意識が生まれた」という感覚だった。頭の奥で、ブツンとスイッチが入ったような。次の瞬間、耳の奥でけたたましい泣き声が響き、胸にひどく冷たい空気が流れ込んできた。


(……あれ? 俺、たしかに昨日まで普通に大学生で……あれ?)


 思い出そうとするが、直前の記憶が途切れている。深夜までゲームして、そのまま布団に倒れ込んだ――そこまでは覚えているのに。


 ぼんやりしている僕の顔に、巨大な手が迫ってきた。いや、違う。これは大人の手だ。自分の体が小さすぎるのだとすぐに理解する。


「おめでとうございます、女の子ですよ!」


 看護師らしき女性の声が耳に飛び込んだ。

 女の子? 俺は男だぞ、と心の中でツッコもうとするが、声にならない。代わりに「ぎゃああああ」という赤ん坊の泣き声が口から漏れる。……どうやら僕は本当に赤ん坊として生まれ変わったらしい。


 抱きかかえる母らしき人の顔を見上げる。長い黒髪の美人だ。疲れているはずなのに、涙を浮かべて笑っている。


「可愛い……私の娘」


 娘じゃねえ、俺は男だ! 心の中で全力で叫ぶが、当然伝わらない。


 だが、そこでふと気づいた。

 産院にいる医者も、看護師も、周りで喜んでいる親戚らしき人々も――全員女性だった。男がひとりもいない。


 それからの数日は、混乱の連続だった。

 泣けば母が飛んできて、何人もの女性たちが入れ替わり立ち替わりあやしてくれる。退院の日も、親戚という親戚がぞろぞろ現れたが、やはり全員が女性だった。父親の姿はなかった。


 その異様さに僕は赤ん坊ながらに戦慄した。


 数年後。

 僕は言葉を覚え始め、ようやく自分の境遇を整理できるようになっていた。名前は「ひかる」。一応、男の子として扱われている。けれど近所の人や親戚の反応は妙に大げさだ。


「あらまあ、男の子だなんて珍しい!」

「将来は引く手あまたねぇ!」


 散歩に連れ出されると、見知らぬおばさんに抱きしめられたり、幼稚園の女の子たちに「お婿さんにする!」と取り合われたり。


 ある日、母に尋ねてみた。


「ねえ、お父さんはどこ?」


 母は一瞬だけ悲しそうな顔をして、けれど笑顔を作った。


「光のお父さんはね、ずっと遠いところにいるの」


 その答えは、子供ながらにごまかしだとわかった。でも詳しく聞ける空気ではなかった。


 さらに大きくなるにつれ、違和感は確信に変わった。

 幼稚園のクラスは、女子が三十人に対して男子は僕ひとり。近所の公園に行っても、遊んでいるのはほぼ女の子。テレビのアイドルグループも、政治家も、芸能人も、九割以上が女性。


 そう、この世界は――男女比が圧倒的に崩壊していたのだ。


 最初はコメディみたいな日常だった。お遊戯会では王子様役が自動的に僕に決定し、ヒロイン役の女子たちが「私がシンデレラ!」「私が白雪姫!」と喧嘩を始める。給食では「光くんにあげる!」とおかずを山盛りにされ、最後は先生に叱られて一人で残飯処理。


 だが、小学校高学年になる頃には、だんだんと「男子であること」が重荷になってきた。女子同士の争いに巻き込まれ、勝手に恋愛対象にされ、何をしても注目を浴びる。


 普通に過ごしたいだけなのに、それが許されない。


 ――俺、なんでこんな世界に生まれ変わったんだ?


 そう考えるようになったのは、小学五年の冬だった。

 雪の日、クラスの女子が雪玉を投げ合って笑っている中、僕はひとり空を見上げていた。真っ白な景色に、ふと前世のことを思い出したのだ。


 日本の大学生だった俺。平凡だけど、友達もいた。男女比も普通で、恋愛だって……まあ、したことはなかったけど。あの世界と比べ、この世界の歪さは異常だ。


(もしこの世界の「秘密」を解き明かせたら、俺は何かを変えられるのかもしれない)


 そんな幼い決意を胸に刻んだ――その瞬間のことを、僕は一生忘れない。


 そして、時は流れ、16歳。

 僕はついに「学園」という新たな舞台へ足を踏み入れることになる。


 ここからが、本当の物語の始まりだった。

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