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こんな異世界トリップは間違っている



「あなたは世界を救う勇者です。

 どうかこの城に巣くう魔王を倒して世界を救ってください!」


 なんて天の啓示みたいな心に響く声と同時に、世界がまばゆく輝いたと思ったらRPGさながらの魔王城みたいな薄暗い城の広間に立っていました。

 以上、説明終了。

「ってなんの説明にもなってねえ!

 理由は!?パードゥン!?

 どういうことだってばよ!?」

「うっさいわねえ!?

 こっちだって取り込み中にいきなりこんなとこ呼ばれて意味わかんなっ…てきゃー!?」

「ってぎゃあああああああああああああああ!?」

 なにが起こったのかわかるだろうか。

 べつに魔物が襲ってきたわけではない。ただ、同じように異世界に召喚された者同士が顔を合わせただけである。

 なのになぜお互いに悲鳴を上げたのか、それは簡単。

「なんであんた全裸なのよおおおおおおおおおおおお!?

 ヘンタイ!!!!!」

「ちっげえよ風呂入ってる最中だったんだよこんなタイミングで呼ぶなふざけんな!

 つかなんでてめえも般若面に白い着物に五寸釘とわら人形持ってんだ怪談かよ!?」

「丑の刻参りの最中だったのよ!!!!!!」

「ほんとタイミングふざけんな!!!!!!」

 そう、片や生まれたままの姿をした全裸男。片や丑の刻参り定番スタイルの長い黒髪の女性。

 二人だって好き好んでこんな姿で召還されたわけではない。すべてはタイミングを間違えた召還した誰かのせいである。

「…まったくですよ。

 こんなタイミングで呼ぶなんて許すまじ…」

「ってまだ誰かい…っ!?

 ………………………丑の刻参り女よりかマシだけどなにその三徹目みたいな顔」

「全裸男を見たあとだとずいぶんマシに思えるけどなにがどうしてそんな荒んだ顔してるのあなた?」

「原稿中だったんですよ!

 イベント明日だったのに!

 ちくしょう楽しみにしていたイベントが!新刊が!

 そもそもあたしの新刊が間に合わない!

 エナドリ飲んで三徹してがんばってたのに!あともうちょっとだったのに!」

 そう叫んで地面を叩く女の年の頃は高校生くらいだろうか。

 ただ格好がひどい。

 中学時代のものと思しき名札付きジャージにヘアバンドに眼鏡に、目の下には濃いクマがあり、手には某滋養強壮剤とペンが握られていた。

 彼女を見た丑の刻参り女と全裸男は同時に納得した。


(ああ、腐海の住人か。

 そういや某大型イベントって明日だったっけ)


 と。

「ま、まあ、気を落とさないで?

 通販って手段も今はあるし…」

「そ、そうだぜ?

 オレら見ろよ?

 オレらよりはまだマシだぜ?」

「まあ異世界トリップにあるあるな定番要素欠片もない取り合わせであたしも一瞬凍り付きかけましたけどもっていうかリアルに男のひとの股間見たのはじめてなので写真撮って良いですか?」

「なんで!?」

「いや、BL漫画の参考に…」

「さっきまでの悲壮感どこ行ったっつか初対面の男の股間撮ろうとすんな!」

「なに言ってるんですかオタクはただでは転ばないんですそこに男のブツがあるから撮るんです!」

「いばって言うことか!」

 全裸男は思いきり身を引き、股間を手で隠しながら叫んだが、腐女子はきわめてまじめな顔だ。

 せめてもう少し恥じらうとかしろよ。丑の刻参り女のほうが女性らしいリアクションしてたわ、と全裸男は現実逃避気味に思った。

「仕方ないですね…。

 原稿に役立ちそうだからそこら辺の風景でも撮影しますか…」

「立ち直り早いな」

「若いってそういうことよ…。

 わたしなんかもうにっちもさっちも行かなくなって丑の刻参りしてたんだもの」

「え?」

「旦那が浮気したの。会社の後輩と。

 だから呪ってたんじゃないの」

「リアルに重たい事情来たけどそれで丑の刻参りする現代人あんまいねーぞ。

 つかほんとにタイミング考えろや召還したやつ」

 気を取り直して周囲の風景をスマートフォンで撮影し始めた腐女子に全裸男が呆れ、丑の刻参り女はふっと達観したような顔で自らの事情を説明する。

 ほんとタイミングどうなってんだ、と全裸男は言いたい。

「というかショートカットしすぎにも程があるわね。

 いきなり魔王城とか…。

 そこは経験値積ませなさいよ。

 おまけに全裸男いるものね」

「オレのせいじゃねーよ」

 ほんとに風呂入ってただけなんだよ、と繰り返す。オレはヘンタイじゃありません。

「というか、せめてあと一人くらいいないの?

 三人で魔王倒すって無理ゲーなんじゃ…」

 とか丑の刻参り女が言った瞬間、背後で発光する魔方陣が出現し、その中からはげ頭のいかにも学校の教頭のような服装の中年男性が現れた。

「チェンジ!!!!!!!!」

「ちがうおまえじゃない!!!!!」

「ブルータスおまえもか!!!!!」

「えっ?」

 開口一番三人にそんなことを血反吐を吐く勢いで叫ばれた中年男の心中は意味不明だろうが、それは三人も一緒である。

 いったいどんなパーティ編成だ。

「そこは!かわいいヒロインとかだろ!?

 なんではげ頭の親父なの!?」

「盛大にコレジャナイ!

 召還したやついっかいラノベ読んできなさい!」

「そこはせめて筋肉の素晴らしいマッチョにして欲しかった!」

 全裸男と丑の刻参り女と腐女子の主張も盛大に間違ってはいたが、もしほかのやつがこの場にいてもツッコんではいただろう。

 なにゆえはげ頭の中年男性を呼んだのだ。本気で魔王を退治させる気はあるのか。

 しかし教頭スタイルの中年男ははっとして自らの頭におそるおそる触れた。

「ワシのかつらが――――――!!!!!!!!」

「あっ、普段はヅラ装備だったのか」

「召喚された瞬間にヅラだけ落としてきたのかしら」

「それ、発見した側のほうが惨事じゃないですかね…?」

 そこはせめてかつらも一緒に召喚してやれよ、と三人ともが思う。

 だからなんでいちいち召喚したやつは間違っているのだ。わざとか。

「お、おっさん落ち着け。

 オレなんて全裸だぜ?

 露出狂みたいだろ?」

「あ、あの、わたしの使ってた般若面でよければかぶる?

 頭髪は一切隠れないけど…」

「だいじょうぶです。

 頭が薄いのは男性ホルモンが多い証拠ですよ」

「よくわからない慰めをありがとう…。

 さすがに般若面はいらないよ…。

 というかここどこだね?」

 若干気落ちした様子ながらに教頭は持ち直したようだ。

 というか自分以外の三人の格好もたいがいカオスだったがためにどうでもよくなったのかもしれない。現実逃避とも言う。

「おっさん、あの心の中に聞こえてきた声って聞いてない?」

「まおうとかなんとかってやつかい?

 まおうってなに?」

「あっ、一切ゲームや漫画に親しんでないひとだこれは」

「わたしたちはまだゲームとか知ってたから理解出来たけど、そうじゃない場合はまったく状況把握が出来ないのね…」

「あのですね、たぶんこの城のてっぺんにふんぞり返ってるえらい珍獣を退治するんです。

 そしたらたぶん帰れます」

「ちんじゅう」

「珍獣」

 腐女子の説明の仕方に教頭は目が点になったような顔でオウム返しした。

 全裸男と丑の刻参り女が「なぜ魔王を珍獣と言った?」と言いたげな目で腐女子を見ている。

「おい、おまえほかの説明の仕方なかったのか?」

「だってまったくゲームや漫画に親しんでないひとに魔物とか通じると思います?

 勇者だって通じるかわかりませんよ?」

「まあそれは確かに…。

 でもそれならせめて悪魔とかほかの言い方が…」

「あたしの大事なイベントを邪魔したクソ野郎など珍獣で充分。

 ふん縛ってケツにペン突っ込んで奥歯がたがた言わせてやる。

 こうなったら次回の新刊は魔王陵辱本よ。

 勇者に陵辱されてメス堕ちする魔王本描いてやる」

 思わず小声でツッコんだ二人だったが、腐女子が深淵のような薄暗いよどんだ目とドスの利いた声で、ぎゅっと先の尖ったペンを握りしめて言い放ったのを聞いて「魔王逃げて超逃げて」と思わざるを得なかった。

 目がマジでした。怖い。

「ていうか、オレもなんか装備欲しいなー。

 全裸って防御力やばくね?」

「これならあげるわよ?」

「ないよりマシだけど全裸に般若面って変質者かよ」

 まあ顔晒すよりマシか、と全裸男は丑の刻参り女から受け取った般若面を装備する。

 そのまま一行は魔王のいると思しき城のてっぺんを目指して歩き出した。

 教頭はいまいち状況を理解出来ていなかったが、まあ良しとする。

「あと武器ない?丸腰で行くの?」

「金槌と五寸釘と画鋲なら」

「先の尖ったペンならあります」

「人間相手なら有効そうな武器だけど魔王相手となるとなんというか。

 農民が農具武器に一揆起こすみたいな感じだな…」

「ちなみにあんたは?」

「オレ、全裸だから。全裸だから」

 武器があると思ってか?とうろんな目で問い返した全裸男に腐女子が「魔王掘ればいいのでは?」とかなんとか怖いこと言っていたけどスルーした。




「…奇妙ね」

「…ああ。

 魔物がこれっぽっちも出て来ない…」

「ほんとうにここは魔王城なんでしょうか」

「ワシが思うに、きみたちの格好がカオスすぎるんだと思うんだがね…?」

 三階まであがってきたのに魔物が一向に出て来ないことを訝しんだ丑の刻参り女、全裸男、腐女子に教頭が至極もっともなことを言った。

 魔物はいるのだ。実際。ただあまりにカオスな格好をした一行に「え?あれなに?」「勇者?」「いやちがうだろ変質者だろ」という感じで近寄ってこないだけである。

 全裸男は「いやそこにハゲヅラおっさんも含まれてる」と言おうとしたが同じ男としてそこはやめてやろうと喉元で押し込んだ。明日は我が身だ。

 全裸男の頭髪は今のところふさふさの茶髪だが、父親はそういや薄かったっけ、と考えて身震いする。

 まあそんな表情もすべて般若面に覆い隠されているのだが。

 不意にずしん、と地響きがして、奥の通路からゆっくりと巨大な肉体を持ったオークが出現した。

 その手には大きな棍棒が握られている。

 それを見た四人は、

「AVでよくあるやつだ!

 女を陵辱するやつだ!」

「オークってそういえばハゲ頭なのね」

「そこは触手じゃないんですか!?」

「ぎゃあああああああ化け物おおおおおおお!?」

 全裸男は今までに見たAVを思い出して叫び、丑の刻参り女は教頭をちらっと見ながらつぶやき、腐女子は「そこは触手モンスターでしょう!」と訴え、教頭だけがまっとうなリアクションをしていた。

 オークの動きが一瞬「えっ?」みたいな感じで固まったのは気のせいではない。たぶん。

「いや定番はオークのJK陵辱じゃね!?」

「ちがいますそこは触手が美形男子を陵辱するやつです!」

「いやちげえって定番はオークだって!」

「触手だって定番です!」

「そこ、嗜好の殴り合いは御法度だからやめなさい。

 あとそこの露出狂、マジモンの女子高生にJK陵辱ネタとか言うんじゃないわよセクハラよ」

「こいつが男子陵辱っつったのはいいの!?

 男女差別じゃね!?

 あと好きで露出狂やってんじゃないし!」

「あんた美形男子じゃないじゃない」


 丑の刻参り女の攻撃!効果は抜群だ!


 その場にうずくまって「どうせオレは…」と落ち込んだ全裸男を見て、オークがますます困惑している。そして教頭は「セクハラ痴漢えん罪こわい」と震えていた。

「というか、あの、オークさんって腰に布巻いてるじゃないですか」

「…それが?」

「あれを奪って腰に巻けば人間の尊厳は守られるのでは?」

 腐女子がふと思いついて言った言葉に、全裸男は顔を上げ、それからぽん、と手を打って、オークのほうを見る。

 心なしかオークの顔が青ざめた。

「よっしゃその服寄越せえええええええええええええええええええええええええ!!!!!!!!」

『いやああああああああああああああああああああああああ痴漢んんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんん!!!!!!!』

 丑の刻参り女は考える。

 魔物とはいえ、全裸に般若面装備した男に襲われるのはいったいどれほどの恐怖だろうか。

 哀れな。前世でいったいどんな罪を犯したというのだろう。なんて可哀想なオーク。

「とか言いつつ、助けてあげないんですね?」

「あっ、口から漏れてた?

 あなただって助けてあげないじゃない」

「人間×オークも美味しいかなって。

 あたし、マッチョ受けもイケるんです」

「頬を染めて言う内容じゃないと思う」

 ぽっと頬を赤らめながら高速でスマートフォンをタッチし、ネタをメモしていく腐女子に丑の刻参り女は他人事のようにツッコんだ。

 え?他人事ですがなにか?

 そして教頭は「これ夢かな」と現実逃避していた。とりあえずワシは追いはぎに遭わなくてよかった。

 ちなみに程なくオークは全裸男に倒され、服を追い剥がれた。哀れ、オーク。

 もうお婿にいけない、と泣いていたオークに腐女子が「身体、写真撮って良いですか!?筋肉や股間を重点的に!」とか迫って怯えさせていたのは割愛する。するったらする。

 しかし、それもつかの間。

 さすがに仲間が襲われているのを見た魔物たちが堪えかねたのか、応援に群れを成して現れたのだ。

 数十体はいるオークに、四人は思わず後ずさった。

 これはさすがに多勢に無勢。分が悪い。

 だってほんとに武器になりそうなものがないし。

 不意にすっと前に進み出たのは腐女子だ。

「おい危な…!」

「お姉さん、金槌と五寸釘をお借り出来ますか?」

「え、ええ…」

 腐女子の言葉に困惑しつつも、丑の刻参り女は持っていた金槌と五寸釘を彼女に手渡す。

 いやしかしさすがにあれだけで、あの大勢のオークを相手にするのは、と思った元全裸男だったが。

「いいですか皆さん。

 近づいたら、この金槌で股間を強打したのち釘を打ち込み、尻にこのペン2本をぶっ刺します!!!」

「アウトだ――――――!!!!!!」

 ただでさえ三徹目で血走った目をクワッとかっぴらき、金槌と五寸釘をかまえて鬼のような形相で叫んだ腐女子に元全裸男が全力でツッコんだ。

「おまっ、アウトだよなにもかも!

 仮にも女子高生が言っていい台詞じゃねえ!」

「放っておいてください!

 イベントを!新刊を取り上げられた以上、この悲しみと悔しさと憎しみは男の尻にペンをぶっ刺すことでしか癒されない!!!

 すべての男の尻という尻を掘るんです!!!!!!!」

「すべてアウトだ――――――!!!!!!!」

 元全裸男は声が枯れんばかりに叫んだ。

 なんだろう。仮にも女子高生なのにすべておかしい。盛大にコレジャナイ。

 お願いだからもうちょっと恥じらって。

 だがかくいうこの男も先ほどオークを追いはぎして泣かせたばかりである。

 自分のことは盛大に棚に上げている。人間は自分勝手な生き物だ。

 しかしオークたちはそれも忘れない。それ故に恐れおののいて後ずさった。さすがに怖くなったらしい。

 懸命だ。きっとこの女ならば本気でやる。そして元全裸男にも追いはぎに遭うかもしれない。普通怖い。

「おい、おまえが押さえろ!」

「あんた男でしょ!?

 あんたがやりなさいよ!」

「男だからだよ!

 全裸の男が女子高生の身体に触るとかセクハラじゃ済まねえぞ!

 痴漢えん罪ダメ絶対!」

 それはさておき自分を棚に上げた元全裸男の切実な訴えに教頭も真っ青な顔でぶんぶん首を縦に振る。

 仕方なく丑の刻参り女が今にもオークの群れに突進しそうな腐女子を背後から羽交い締めにした。

「ほら早く逃げろ!

 こいつぜったいやるぞ!

 尻が惜しけりゃ早く!」

 元全裸男の必死の説得が通じたのか、あるいはそれだけ腐女子が怖かったのかはわからないが追いはぎが嫌だったのか、オークの大群は皆一様にその場から逃げ去る。

 腐女子はがっくりと肩を落とし、

「口惜しや…。

 せめてマッチョな男の尻を掘りたかった…」

 と辞世の句のようにつぶやいた。

「女子高生が言っていい台詞じゃねーし」

「そしてわたしの金槌をそんなことに使わないでね」

「とか言ってるけどクソ旦那には?」

「やるわね」

 元全裸男の言葉に丑の刻参り女は即答する。元全裸男が「結局やるんかい!」とツッコんだ。

「なに言ってるの。

 法が許してくれるならやってたわよ。

 許してくれないから丑の刻参りしてたんじゃない」

「…まあ、確かに」

「いやまあ、旦那が寝てる隙に股間の毛をぜんぶ剃って『わたしのお下がり♡』って書いて、尻にも肉便器と正の字を書いてやったけどね!

 浮気相手との密会前夜にね!」

「「えぐい!!!!!」」

「ちなみに油性ですがなにか?」

「是非ともそれを写真に収めて欲しかったです…」

 はっ、と鼻で笑って言い放った丑の刻参り女に元全裸男と教頭が血反吐を吐くような声で叫ぶが、腐女子はやはり残念だった。

 だからリアクションはそれじゃないって。




 それから程なくして、四人はついに20階まで到着した。

 あのあとまったく魔物に遭遇しなかったのだ。たぶんオークを泣かせたのがまずかった。完全に怯えられたらしい。

「さて、さくっと魔王倒して帰るかー!」

「全裸じゃなくなって強気になったわねあんた」

「やっとまともな装備を得たからな!」

 胸を張って言うのはあのオークから追いはぎした腰布を巻いて般若面を装備した元全裸男だ。

 街中にいたらそれでも充分通報される格好だが、男からすれば股間を隠せるだけでも充分である。

「あたしも早く帰りたいです!

 ネタが新鮮なうちに!」

 出会ったときとは打って変わって目を輝かせた腐女子に、丑の刻参り女は物憂げなため息を吐いて「わたしは帰りたくないわねえ」とつぶやいた。

「帰ったところであの女とクソ旦那は消えないし、いっそあの女とクソ旦那を異世界に放り込めばよかったのに…」

「悪いんだけどオレ、そんなやつらがパーティの一員になるのごめんだぜ?」

「そうです。

 そんなクソ男とあばずれ女と一緒とか御免被ります」

「…あなたたち」

 元全裸男と腐女子の真剣な言葉に丑の刻参り女がじんわりとする。

「時に、そこのおっさんはなぜ最終決戦前に死んでんの?」

「あ、ほんとだ。

 さっきから静かだと思ったら」

「ものすごい息荒いけどだいじょうぶですか?」

 なぜか地面に這いつくばってぜえぜえ言っている教頭に三人は首をかしげる。

 教頭は言いたい。声を大にして言いたい。


(きみたち若いものと五十代のおっさんの体力を一緒にしないでくれ!)


 と。

 正直、普通にここまで歩いてきただけでも疲労困憊である。腰が痛い。

 ああ、筋肉痛は三日くらい後に来るだろう。そのときが死ぬ。

 十代の腐女子は言わずもがな、元全裸男も二十代くらい。丑の刻参り女もおそらくまだ二十代。

 そんな若者たちに五十代の体力を理解しろというのが難しいのだろう。

 ここまでおよそ二十階あったのだ。その階段を上るだけでおっさんのHPは潰える。

 悲しいかな、叫ぶ体力すら最早ない。ほんとうになぜこんなおっさんがこんな場所にいるのか。

 不意に腐女子が察したようにぽん、と手を打った。

「あの、これ飲みます?」

 そう言って差し出したのは未開封のエナドリ。

 教頭はまるで神を拝むかのような心地で彼女を見上げ、ありがたくそれを受け取った。

「あれはそのためにあったのか」

「RPGで言うエリクサーみたいなものかしらね」

「まあああいう滋養強壮剤って人間の体力を前借りしてるようなもんだからポーションみたいに無償で体力回復するもんじゃないけどな」

「詳しいわね」

「元ブラック企業戦士。現在、無職」

「ああ、なるほど…」

 ありがたくエナドリを飲んでいる教頭を横目に元全裸男と丑の刻参り女が小声で会話している。

「しっかし、もう到着したみたいなテンションになったけど、ぶっちゃけここって何階建て?」

「まだ階段は上があるっぽいよな」

 わずかに回復しかけた教頭だったが丑の刻参り女と元全裸男の言葉にまたうずくまりそうになった。もう階段登りたくない。エレベーターをください。

「エレベーターないですかね?」

「魔王城にそんなもんあっていいのか?」

「魔物用のとか。

 そうじゃないと魔物が最上階まで登るの大変なんじゃ?」

 腐女子の言葉にほかの三人が「それもそうだ」とぽん、と手を打った。

 そんなわけでエレベーターを探すことにした四人だったがなかなか見付からない。

「…やむを得ないわね」

 丑の刻参り女はふう、とため息を吐くと着物の袖から取り出した透明ケースの中に入っていた画鋲を通路にばらまいて、ほかの三人に物陰に隠れるよう促した。

 いや画鋲に引っかかる魔物がいるのか?と思った元全裸男だったが、意外とすぐにやってきたゴブリンが「いってえ!?」と叫んでひっくり返り、背中にも刺さって悲鳴を上げたのを見て、「あ、忍者のまきびしみたいなやつだ」と遠い目で納得したのだった。

 すかさず画鋲を踏まないように近寄った丑の刻参り女がいきなりぶちっとゴブリンの頭の毛を引っこ抜き、

「エレベーターの場所を白状なさい。

 さもないと、」

 そう低い声で言い置いて、毛をわら人形に仕込んで、

「今からあなたを呪います」

 と据わった目でのたまい、指をわら人形の尻部分にずぼっと突っ込んだ。

 ゴブリンが尻を押さえて悲鳴を上げた。効果あるんだ、あれ、と元全裸男は白目になった。

「お姉さん、どうぞ。

 この漫画用ペンを尻に」

 すっと近寄ってペンを差し出した腐女子に堪らずゴブリンは隠しエレベーターの場所を白状した。しかし尻は無事では済まなかった。合掌。




 そのあとは隠しエレベーターに乗って最上階まで直行である。

 最初からそうして欲しかった、と教頭は思う。

「しかし、こうしてるとただのタワーマンションみたいだな」

「魔王城はタワーマンションだったんですね…」

「タワーマンションって25階辺りが夜景の絶景スポットらしいわよ。

 それ以上だと、逆に見晴らしが悪いみたい」

「魔王はあえて見晴らしの悪い30階にいるのか」

「バカとなんとかは高いところが好きというやつですね」

 会う前からなんか好き勝手言われている魔王に教頭はひっそり同情した。

 いや魔王がなにかも未だにわかってないけど。

 あとこんなタワーマンション嫌だな。

 不意にエレベーターが30階に到着し、扉がゆっくり開いた。

 扉の外に魔物たちがいたが、彼らは四人を見るなり思いきりバックし、道を空ける。

 モーゼのようだ。

 四人は平然とした様子でその道を颯爽と歩いて行く。

 背後でひそひそと『おい、あんな仲間いたか?』『いやでもあれ、魔物だろ?』『明らかに魔物だよな?仲間だよな?』というささやきが聞こえた。

「…どうしよう。

 完全に魔物と間違えられてる」

「主にあんたのせいね」

「いやおまえのせいでもあるわ」

「一応あたしも威嚇のためにペン2本を頭のヘアバンに角に見立てて装備してはみましたが…」

 元全裸男と丑の刻参り女の責任の押し付け合いに、腐女子がこそっとつぶやき、そして教頭をちらっと見た。

 ほかの二人も見た。

 そして、

「…ゴブリンか」

「ゴブリン」

「ゴブリンだ」

「なんかよくわからんが良い意味じゃないのはわかったぞ」

 一様になにか納得したように言った三人に教頭が文句を言いつつ、そんなこんなで最上階の一番奥の扉までたどり着いた。

 きっとこの奥に魔王がいる。

 四人が扉の前に立っただけで、ぎい、と音を立てて扉が仰々しく開いた。

 大きな玉座に座るのは、見上げるほど巨大な、いかにも恐ろしげな風貌の魔物だ。

 魔物――いや、魔王はゆっくりと椅子にもたれかかっていた身を起こし、底冷えのするような声で告げた。


『どこの大道芸人だおまえら!

 え?おまえらが勇者なの!?』


 と。

 四人は思った。

 どうしよう。魔王が一番もっともなことを言ってるよ、と。

「それはこっちが言いたいというか、呼び出したやつがバカだったんだとしか」

「わたしだってそう思うわよ。

 どうせならあの女とあのクソ旦那放り込めよ!」

「イベント前日に呼び出した神だかなんだかは一生恨みます」

「よ、よくわからんがワシのかつら返して…」

 諦観したまなざし(般若面のせいでわからない)で言った元全裸男と私怨まみれの叫びを上げた丑の刻参り女に、据わった目で言い放った腐女子と、魔王には一切罪のない懇願をした教頭に、魔王は思った。


(…召還したやつ、疲れてたんだろうか。あとかつらは知らん)


 どうしようこれ。勇者ならば倒さないといけない。いけないが、さすがにこれは反応に困る。

 悩んだ末に魔王は言った。


『元の世界に帰りたいなら、送ってやろうか?』


 人間風情に出来ることが魔王に出来ないはずもない。

 魔王の提案に、四人はぱあっと顔を輝かせた。

「さっすが魔物の王!

 話わかるじゃん!」

「じゃあもう一個お願いを聞いて!

 あのクソ女とクソ旦那をこっちに呼んで!

 お願いします魔王様!」

「素晴らしいネタを提供した上、送迎までしてくださるあなた様の勇姿は一生忘れません!」

「かつらも返してください!」


『自分から言っといてなんだが変わり身早すぎないか。

 世界を救うとかないのか。

 あとかつらはほんとに知らん』


「自分の世界の問題くらい自分の世界のやつが解決しろよって思う。

 無関係の異世界のやつ呼ぶってなんなの?」

「それね!

 無関係のやつ巻き込むんじゃないわよ最低だわ。

 あ、でもあのクソ女とクソ旦那はべつよ!

 盛大に巻き込んでね!」

「まあ聖地巡礼出来たと思えば感謝しなくもないですが、ちょっと無関係の世界救えって言われてもちょっと…」

「かつら…」

 四人の言葉に最早魔王も『…せやな』としか言えなかった。

 まあ普通に考えて無関係の世界のために命懸けろとか無茶だろう。あとほんとにかつらは知らない。

「お待ちなさい!

 あなたがたは世界を救う勇者なのですよ!

 魔王に取り込まれてはなりません!」

 不意に響き渡った声に四人と魔王が視線を向けると、扉のそばに浮かんだ魔方陣から神官の装いをした男が出現した。

 神官は杖を持って叫ぶ。

「世界を救う伝説の勇者様方よ!

 魔王に騙されてはなりません!」

 そうまばゆい光をまといながら叫んだ瞬間、

「てめえがオレを露出狂にした元凶かあああああああああああああああ!!!!!!

 服寄越せえええええええええええええええええええええ!!!」

「わたしじゃなくあのクソ女とクソ旦那を呼べえええええええええええええええええ!!!!!!」

「あたしの新刊返せえええええええええええええええええええ!!!!!」

「かつら返せ!!!!!!!!」

「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!

 ちょ、こっちじゃない!

 倒すのこっちじゃない!魔王あっち!!!!!!!!」

「知らねえよオレを全裸のまま呼んどいてふざけんなタイミング考えろやぁ!!!!!!

 てめーも全裸にしてやろーか!!!!!?」

「魔王倒したらあんたわたしの家庭をどうにかしてくれんの!?

 わたしを救ってくれんの!?

 あのクソ女とクソ旦那呪ってくれんの!?

 ねえ!?

 私が呪いたかったのはあんなやつじゃないのよ!

 あの女と浮気しやがったあのクソ旦那なのに!

 ちくしょう!」

「あたしが日々楽しみにしていたイベント潰しといてふざけんな!!!!!!

 原稿やばいんですよぉ!

 あんたがペン入れしてくれんのかあ!?」

「かつらを!

 かつらを返してください!」

「ごめんなさいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!!!」

 般若面をかぶった元全裸男と般若のような形相をした女二人と泣きながら懇願するおっさんに迫られ、神官は恐怖のあまり泣きながら謝った。

 魔王は、


『人選間違えてるからもういっかいやり直せ。

 な?』


 とやさしい口調で神官に説いたのだった。




 その後、四人は無事に元の世界へと返されたが、実は社畜だった神官が親身になってくれた魔王に寝返ったとか、元全裸男が給料の高いホワイト企業への就職が決まったとか、某クソ女が胸の縮む呪いにかかったとか某クソ旦那がEDになる呪いにかかったとか、腐女子の枕元に大量の新刊が置いてあって腐女子が魔王に感謝の祈りを捧げたとか、帰還した教頭のかつらが理科室の人体模型に装備されていたとかいなかったとか。



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