①
残酷な描写が含まれます。
3カ月ぶりに遠征から帰宅した結婚したばかりの夫は、腕に女を侍らしていた。
「腹に子がいる。伯爵家の跡取りだ。無事に生まれるよう世話をしろ」
結婚して1年にも満たない新婚のはずの夫は、出迎えた妻に対し言い放った。
結婚してすぐに夫は遠征に行き、3カ月間、エリーゼは家を守ってきた。
貴族の婚姻は契約であり、仕事だ。
それでも仲の良い家族に慣れるよう、日々努めてきたつもりだった。
「よろしくお願いしますね」
女が夫の腕に巻き付いたまま、笑った。さげずまれている。と感じた。
慣れない環境、見知らぬ使用人。新たな家庭のルール。執事の力を借りつつ、必死にやってきたつもりだった。報いがこれか。貴族ならばそれは仕方のない事なのか。
ならば、貴族らしく対応しよう。
エリーゼは決めた。
「もちろんです。旦那様」
***
「どういうことだ」
夫がエリーゼの部屋にノックもなしに怒鳴り込んでくる。
淹れられたばかりの紅茶の香りを楽しんでいる時だった。
「お掛けになったら?」
淹れられたばかりの紅茶は、新しい茶葉で、大変ふくよかな香りだった。夫に勧めるが、椅子に腰かけることもなく声を荒立てる。
「アスファはどこだ」
あの女の名前はアスファというらしい。
「アスファさんならそちらのお部屋におりますよ」
紅茶をソーサーに戻し、左手で指し示した。
左の部屋は本来夫妻の子ども部屋として利用する予定の部屋だ。
夫が部屋の扉を開ける。
燦燦とした陽が入り込み、薄く開けた窓からはさわやかな風が入りこむ部屋は、子供部屋らしく可愛らしく飾り付けられている。
その一角にある簡素なベッドの上に、それはいた。
「…これはなんだ」
「伯爵家の後継者を産む、腹です」
エリーゼはにっこりとほほ笑む。
眼前にあるのは簡素なベッドの上にシーツ、放水シーツと重ねた上に転がる達磨。
ゆっくりと夫の後をついてきたエリーゼは、優しくそれをなでる。
「伯爵家の後継者を孕んでいるというのに暴言がすごいんですの。
胎教に良くないので舌は切りました。
手首を切ろうとするので、手は切りました。
初めは手首だけだったんですが、逃亡しようとするので脚を切ったのですが、すごいのです。
匍匐前進で這いずるのですよ。危ないので、腕まで切りました」
説明しながら患部を優しく撫でるエリーゼ。
「…目はどうした」
夫の声がわずかに掠れている。
「あまりにも睨んで、お世話をする侍女たちが怖がるので抉りました」
そこには目に包帯を巻かれ、肩より下に包帯を巻かれ、太ももの中間あたりも包帯で巻かれた達磨がいた。
「思ったより柔らかくて驚きました。
腹としては今後も使えますので、あなたが気になるのならば義眼を入れましょう」
夫は結婚したばかりの妻を見る。
妻はにっこりとほほ笑んでいる。
貴族らしく。




