第3話 きっかけ
それから電車には時間や車両を変えながら乗ることにした。
それのお陰か彼に再び会うことはなかった。そこまでする必要はないのだろうが、トラブルを回避するためには努力を惜しまない性格だった。
そろそろ元の時間に戻そうと考えていた時のことであった。学校が終われば家に直行する帰宅部にとって時間調整をすることは苦痛だったからである。それでなくても一時間電車に揺られる必要があるからだ。
それは突然のことだった。
駅に電車が停車して数秒後のことだっただろうか。
駅のホームで倒れるお爺さんの姿が見えたのである。
あまりの突然のことにどうしたらよいのかまったくわからなかった。周囲の人も倒れたお爺さんをまるで居ないかのように振る舞っている。これは幻覚なのだろうかと思った。
すると電車から飛び出るようにして学ラン姿の男性が走り出してくる姿が目に入った。
それを見て何かしなければいけないと強く思い電車を飛び降り、駅員にその事を伝えることにした。
駅員にホームで倒れている人が居ると伝え、駅員と共にお爺さんが倒れている所まで戻った。そこにはお爺さんの頭をポケットティッシュで止血しているあの男性の姿があった。自分の手持ちだけでは足りなかったのか周囲の人からポケットティッシュを集めたようだ。
それからは人が集まる姿を見かけた看護師が駆けつけてくれるなどして手伝える事は無くなった。
「久しぶりだね」
同様に手伝える事無くなった彼が声をかけてきた。
「最近見かけなかったから通学方法変えたのかと思ったよ」
君を避けてたんだよ、とは言うことは出来なかった。
思っていたほど、彼は悪い人間ではないのだろうと思った。人は見かけによらないものなのだろうか。
それから次の電車が来るまでの間、彼と自動販売機の前でアイスココアを飲んだ。
ザワついた心にココアの甘さが染みるのを感じた。
「いやー驚いたね」
彼はそう言った。
その言葉に頷きで返した。
「あのお爺さん何事もないといいね」
「そうだね……」
その時やっと彼と会話をしたことに気付いた。
それから彼とさらに少しだけ会話をした。
気付いたときには彼と好きな小説の話で盛り上がってきた。
それから電車の中でも色んな話をした。先に電車を降りることになるのが寂しくなる事に驚きを感じるほどだった。
それから彼と電車で会うことを楽しみにする生活がはじまった。
(続く)