第10話 映画
上映時間が近づいたので映画館に向かうことにした。
彼は映画を良く見に行くそうだ。
その事を聞いて、まだまだ彼の知らない一面があることを知った。
そしてポップコーンは何があろうと塩派だと彼は言い張っていた。キャラメルは甘すぎるのだと言う。
今日見に行く映画の予告編を先に確認しているが、ほのぼのした映画のように思えた。
蜘蛛の映画だと聞いているが、映画のどこにも蜘蛛の姿がなく兄妹の日常だけが映し出されていた。
だから見る映画を間違えているのではいかという事まで考えてしまうほどであった。
上映がはじまると予告編と同様で兄妹の日常が映し出された。
蜘蛛なんて出てきそうにないと思った。
だが、それが間違いであったことをすぐに知ることになった。
本来は蜘蛛の映画という情報だけでもネタバレ要素だったのではないだろうか。
妹は居ないが、この兄の身の上を考えると同情してしまう。
上映が終わり、彼の横顔を見ると彼はまだ映画の世界から抜け出せていなかった。これもまた彼の知らなかった一面なのかもしれない。
彼は呆然としていた。
「大丈夫?」
声に気が付くと、彼はこちらを向いて満面の笑みで「最高だったな!」と言った。
原作を読んでいる彼にとっても大満足な映画化だったようである。どこか原作と違う点もあるのだろう。そこがとても気になってしまう映画であると思った。
駅についても彼はまだ今日見た映画の話をしていた。
ここまで夢中に話す彼の姿を見たのは初めてだと思う。
これまで映画を一緒に見に行ったり、こうやって映画について話す友達はいなかったのだろうか。
そんなことを考えてしまった。
今日は知らない彼の姿を多く見ることが出来た日になった。
同時に彼はどう思っているのだろうか……。
彼の期待に答えられているのだろうか……。
もし答えられていなかったら嫌われてしまうかもしれないと思った。
顔の表情からそれを伺い知ることはできなった。
今日の彼の顔はいつもよく明るくすべての不安が消え去ってしまいそうだ。
そんな彼の顔をいつまでも見てみたいと心から思う。
彼と別れたあとはなんだか暗闇に帰ったような気持ちになってしまった。彼という灯りが消えてしまったのだ。
でも、きっとまた会える。
帰ればまた通話をすることもできる。
それなのにどうして寂しく感じてしまうのだろう。
この心の隙間を埋めるにはどうすれば良いのだろう。
また彼と映画を見に行けたら良いと思った。
彼はどう思っているのかわからないけれども……。
まずはあの映画の原作小説を読もうと思った。
そうすれば彼との話題が一つ増えるからである。
(続く)