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引っ越し②

 実家を出た祐人の持ち物は、衣服と最低限の生活用品、そして、布団である。

 祐人は大きな風呂敷を担ぎ、両肩から大きなスポーツバッグを2つ、片手に教科書やノート等をパンパンに入れた学生鞄を持ち、見る人が見れば、ちょっとした夜逃げスタイルだ。

 実家から目的地は、大人の足で一時間ぐらいの距離と想定されたが、祐人は歩いていくことにした。


 祐人もこの夜逃げルックは、さすがに恥ずかしかったが、今日だけと思い、知り合いに会わないよう念じながら、急ぎ足で纏蔵から渡された地図を元に新居に向う。

 新居は学校を軸に考えると、実家と正三角形の位置にあり、通学に関して距離はさほど変わらない。祐人は地図を予め確認はしていたので迷うことは無かった。


(どんな家だろう?)


 纏蔵の知人の紹介とはいえ、格安の家賃というあたり、最初から期待はしていない。

 大体、纏蔵の知人の紹介というのはあやしい。考えてみれば、受験校として紹介された吉林高校も相当変わっていた。


(まあ、いつものことか。それに、どんなボロアパートでも大丈夫だと思うし……)


 祐人は自分の環境適応能力の高さには自信があった。

 実家もそうであったが、新居は少し街の中心部から離れた住宅街の中にあり、心なしか緑が増えてきた。この辺は静かで住みやすそうだなと祐人は内心喜ぶ。

 よく考えれば、相当貧しい生活は避けられそうに無いが、一人暮らしも経験としては悪くないな、と祐人は前向きに考え始めていた。


「えーと。ここら辺だな……。お! 四神神社への入り口がある。ということは……」


 住宅街の中に小さい山があり、鬱蒼と生い茂った木々の間に、さほど大きくない鳥居がある。鳥居から山の上へ続く小さな階段の奥に四神神社があった。

 地図ではこの四神神社の入り口の隣だったはずだったので、新居はこの辺のはずだ。

 祐人は、心なしか歩くスピードも早くなってしまう。


 そして、地図にある目的地に着いた。


「は? ……ここ?」


 祐人は目を大きくし、口も力なく開いて、片手に持っていた地図が震えている。

 祐人はもう一度、地図を確認するがここに間違いない。

 そこには祐人の予想には無い、歴史を感じさせる平屋の木造一軒家があった。

 しかも、これが意外と大きい。


 庭も広く、外からの見積もりでは土地だけでいくと、五百坪ぐらいあるのではと思う。庭を覆うように草木が生い茂っており、敷地を囲う塀も木造で時代を感じさせた。門はしっかりとした造りで非常に大きいのだが、だいぶ古くみすぼらしい。

 近隣の家々は世代交代が進んでいるのか、今風の真新しい一戸建てが並んでいた。


 その中で一体、築何十年? というか、それ以上? という感じの建築物で、明らかに周りの雰囲気からはかけ離れていた。

 その大きな門には、錆び付いた外付けのポストが、適当に釘が打たれ、お粗末な形で付けてある。


「格安家賃から考えて……オンボロアパートを想像していたけど。うわ! ポストにちゃんと堂杜って書いてある。家主さんかな? マジックで書くか? 普通……」


 赤ペンキが剥げて、全体の70%は錆びているが、確かに油性ペンで『堂杜』と書いてあった。

 祐人は微かに間違いを期待したが、これでどうやら、この家が祐人の新居だと確定した。

 祐人は意を決して門を開け、新居を眺める。そして案の定、ボロボロの家屋と雑草の生い茂った庭を見た。

 全体的にだいぶ疲れた感は否めないが、手を入れれば、ある程度見られるようになるのではないかと祐人は考える。


 いや、考えるようにしてみた……。


 祐人は門をくぐり、広い庭を横断して家の玄関に手をかける。事前に纏蔵から渡された鍵を鍵穴に差そうとするが……。


「あれ? 開いている……というよりカギが壊れている!」


 玄関の入り口は木製の格子と古いガラスで出来ていて、元々頑丈には出来ていない。長く放置されて壊れてしまったのか、と祐人は考えた。

 祐人は後で直さなきゃなと思いながら、ちょっとすべりの悪い玄関をガラガラと開けると、玄関内は予想通り結構広く、その充分なスペースに取りあえず持っていた荷物を置いた。

 家の中はもっと埃っぽいと勝手に想像していたが、そういうことはなく、空気も澄んでいるように感じる。意外としっかりとした造りらしいことに祐人は一息ついた感覚になった。


「うん? ここも? 凄く感じるな」


 祐人の感じたそれは吉林高校でのそれである。強い神気を感じるのだ。後ろの裏山の上に神社があるせいかもしれない。


「これは良いかもしれない!」


 その霊力駄々漏れの特異体質から、よく雑霊に襲われる祐人は、その心配が無くなるこの神気の強さにそう喜び、間取りを確認するために中に入る。

 が……そこで祐人は絶句した。

 それは外から見てもボロボロだと分かってはいたが、中はそれ以上に荒れ果てていたのだ。


 部屋数は多いが、その間を仕切る襖等はその用をなしてはいない。すべて畳の部屋だがどの部屋も畳が腐っている。

 台所も蜘蛛の巣がはり、水が本当にでるのか分からない錆びた蛇口、自炊するつもりでいたが台所が今のところ機能しそうにない。

 特にひどいのはお風呂だ。何と底に穴が開いている。


 もはや、どこから手を付けて良いのか……。呆然としてしまう祐人。

 祐人にしてみればむしろ、狭い家の方が何とかなった。だが、ここは広すぎて直しても直しても、きりがないように思われる。

 正直な話……野宿と大して変わらない。


「こ、これはさすがに……住めない!」


 環境適応力に自信のあった祐人の心はもろくもすぐに……折れた。

 正直、少々頭にきた祐人は新居を飛び出し、駅の方に向かいながら公衆電話を捜しだすと急いで実家の纏蔵に電話を掛ける。


 中々でない。


 段々イライラしてくるが、ようやくやる気の無い声が聞えてくる。


“あー、もしもーし。堂杜剣術道場じゃが。今、忙しいので用件は手短に……”


 これだから門下生が来ないんだよ! と思うが今重要なのはそこではない。


「爺ちゃん!! 僕だよ!」


“ん? おお、最近はやりの僕僕詐欺じゃな。流離いのギャンブラーと言われたこの儂を騙そうなどと183年ほど早い……”


「違うよ! 祐人だよ!」


“なんじゃ祐人か。何か用か? 儂は今忙しいのじゃが。もう、ほーむしっくになったのじゃなかろうな?”


 祐人は声に力を込めて話す。


「違うよ! ちょっと爺ちゃん! あの家は何なの!」


“何とは?”


「とぼけないでよ! 無駄に広いわりに全体的に腐りかけていて、台所は使えない、風呂も穴が開いている。機能している襖もほとんどない。あんなのさすがに無理だよ!」


“あー、まあ落ち着け。言っている意味がよく分からんのだがのう……”


「だ・か・らー。家が古すぎて化け物屋敷みたいになっていたって言ってんだよ!」


“おー、それはよいことじゃ。中々味があるではないか”


 まったく噛み合っていない纏蔵とのやりとりに祐人は段々声が大きくなっていく。


「そういう事を言っているんじゃないよ! あんなところに住めないって言ってるの!」


“……祐人。まあ、まず現状を確認しようか”


「何だよ、現状って! 今言ったとおりだよ!」


“祐人……今、我が家には不運にも、お前を養うほどの余裕が無いのは知っておるな”


「それは! 爺ちゃんが……」


“そして! お前はどうしても、どんなことをしてでも、高校生になりたいとも言った”


「……う、うん」


 何か言い回しに納得が出来ないが、纏蔵の話をしぶしぶ聞く。


“それで儂は吉林高校の校長に掛け合い、何とか入学できる状況にまで持っていった”


「…………」


“また、その条件の中に一人で生計を立てるというのもあった。お前はそれも喜んで受け入れたというわけじゃ。ましてや、男に二言はないと確認もしている”


「…………」


 “じゃが、それではさすがに不憫に思った心優しい儂は、これもまた知人に頼みこんで格安の物件を提供してもらった。お前も男だから生活は自分で何とかするとまで言っておったじゃろう。そして、できれば仕送りまでできるようになると!”


 祐人は、さっきからそんなこと言ったっけ? と考える。


“ということは、お前のする事は決まったようなもんじゃ。お前はその家に住んで念願の高校生活を送る。そして、そのためにできることはあらゆる努力をする。男というのはな、自分の言ったことをしっかり出来て初めて、一人前になれるのじゃ!”


 纏蔵は熱く、演説のように語る。


“分かったか? お前のする事はただ一つ。その家を修復して住むことじゃ”


「そんなこと出来るわけ無いでしょう! いくらかかると思うんだよ! それに、それは大家さんの仕事じゃないの?」


“格安なのだから、こちらから文句も言えまい。それにもう諦めるのか? 嘆かわしいのう、何のための若さか……。堂杜家の人間が何を言っている”


「だって!」


“祐人。お前の状況はもう既に決まっているのじゃ。お前はそこに住む。学校にもそこから通う。そういうことじゃ。もう切るぞ。あ、こっちには帰ってくるなよ。鍵も変えたからの。自分の力で切り抜けて見せるのじゃ、不肖の孫よ。お、キャッチホンじゃわい。お、この番号は……祐人! 儂は忙しいのじゃ! 切るぞ! ……あ、ひまわりちゃ”


 ガチャ。


「ちょっと! 待って! ……て本当に切りやがった! あんのクソジジイィ!」


 受話器片手に拳を作り、思いっきり祐人は悪態をついた。




 結局、祐人は……テントの購入を決めた。




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