エピローグ③
祐人たちは黄家を後にし、アローカウネが手配したタクシーに乗って空港に向かっていた。
「祐人、預かっていた貴重品よ」
「うん? ああ、ありがとう。何から何まで」
祐人は使い古した小さなリュックを受け取った。
この感謝は本心から言っている。
また祐人はニイナが自分のことを祐人と呼んでいることに気づいている。
そのことも自分のことを間違いなく思い出してくれたんだ、と実感していた。
ニイナは「ううん」と答え、祐人を見つめる。
「祐人、何を考えていたの?」
「うん、まあ色々とね。これまでのこと、これからのことかな」
「そう」
ニイナはそれ以上何も言わずに前を向いた。
祐人には色々と考えることはあるだろうなと思う。
今回の能力開放の影響はどこまであるのか、機関の動向やSPIRITなど国家お抱えの能力者部隊が祐人にコンタクトをとってきたこともある。
たとえ記憶から消えたとはいえ記録には残ると祐人は言っていた。
ということは祐人の周りはやはり騒がしくなるのではないかと心配してしまう。
そして実は自分もそうだ。
ニイナは立場もあるが一般人だ。
しかし能力者たちの世界を知り、今では考えることが増えた。それは目の前に起きたことだけではなく今までの政治や世界のパワーバランスにもう一つ『能力者』というピースを組み込まなくてはならない。
そうしなければ世界の全体像がぼやけてしまう。
「嫌な予感がするんだ」
「え?」
祐人がぽつりと言った言葉にニイナはハッと祐人へ顔を向けた。
「いや、予感じゃない。世界の裏で暗躍している連中がいる。こいつらは今この瞬間も動いているに違いない。秋華さんの一件もこの動きに連動したものだと思う」
「それは四天寺さんの家を襲撃してきた連中たちのことですか?」
「それだけじゃない。ミレマーのスルトの剣やカリオストロ伯爵も繋がっている」
「まさか! いえ……違う、と言う方が無理があるかもしれないですね。これだけのことが多発的にしかもさほど時間を置かずに起きています。四天寺家のだけ少し毛色が違う出来事に思いますが、祐人は何か掴んでいるのね?」
このニイナの質問に祐人は静かに頷いたがそれ以上は何も言わない。
(何か言えないことがあるのね)
ニイナはそう考え、それ以上の詮索はしない。
すると祐人は真剣な顔で口を開いた。
「ニイナさん、提案なんだけど今住んでいるところを変えられないかな」
「え? それは何故?」
「偶然とはいえ僕はさっき言った事件すべてに関わってきた。それで連中は僕をマークしているのは間違いない。実際、四天寺家襲撃の際にそれらしいことを言われたんだ。この連中は今回の件で僕を忘れたとしてもまたすぐに僕に辿り着くと思う。そうなると僕に関わる人たちに危険が迫る可能性がないとはいえない。だからニイナさんには安全なところに引っ越してもらった方がいいと思うんだ」
「なるほど……ですね。でもそうなるとどこで線引きをするんですか?」
「え? 線引き?」
「はい、瑞穂さんはもちろん、マリオンさんは四天寺家がいますので問題ないかと思います。それで恐らく祐人さんは私のことを四天寺家に頼るつもりでしょう?」
「うん」
「でも祐人の親しい友人といえば茉莉さんたちもいます」
「ああ、そうか。でもそれならまだ茉莉ちゃんたちは大丈夫じゃないかな。ほら、みんなはアリバイがないから。僕と一緒に能力者関連の仕事をしたことはない。ただの同級生と考えるんじゃないかな」
「四天寺家襲撃の際に来ていたのですから安心はできないです。その暗躍している連中がどこまで掴んでいるのかは分かりませんが祐人の能力を知っている可能性を茉莉さんたちに感じたら何かしらの行動にでるかもしれません」
「うーん、困ったな。たしかに線引きが難しい。それに茉莉ちゃんや一悟たちの親御さんがなんて言うか」
「ああ、たしかに説得するにしても理由がないですよね。本当のことを言っても信じてもらえるわけないですし」
「あ、茉莉ちゃんは爺ちゃんが茉莉ちゃんのお父さんと親しいからそこから何とか頼むとして、他の二人は護衛をつけるしかないかな」
「護衛ですか?」
「うん、嬌子さんに頼んで」
「ええ……」
ニイナは一悟と静香への同情が思いっきり表情に出た。
「いえ、でも仕方ないですかね……あ、私は瑞穂さんに頼みますから大丈夫です!」
「あはは……じゃあ、早速、頼んでみよう」
祐人は一悟と静香の件を誤魔化すようにリュックから携帯電話を取り出す。
「あ! まずい!」
「どうしたんですか」
「これ……」
祐人が顔を青ざめさせながらニイナにスマートフォンの画面を見せる。
そこには数十件の着信履歴とメールが表示されていた。
相手は瑞穂、マリオン、茉莉を筆頭に一悟。静香も含まれている。
ここでニイナもハッとし自分の携帯を取り出すと似たような状態で思わず額から汗を流した。
「あ……と、とりあえず、みんなにかけ返さないと。ほ、ほらみんな祐人のことを忘れていない証拠ですから」
「う、うん! そうだね」
ニイナにそう言われると感慨深い感情と感謝の気持ちが出てきて心が軽くなった。
とりあえず祐人は一番上に出てきた瑞穂に電話する。
すると少しの間があり瑞穂が出た。
「祐人ぉぉ‼ どういうことなの⁉ 何があったの⁉ 何度も連絡したのに全然、繋がらないしいい度胸よね! ニイナさんも全然、連絡が繋がらないし、ニイナさんは横にいるの⁉ こっちは急いで日本に帰ってきてあなたに相談したいことがあったのに!」
祐人が思わず携帯を耳から遠ざける。
「あわわ……ちょっと色々あって。ニイナさんもいるよ」
「ちょっと、って何よ! 待って、今スピーカーにするから。みんな祐人からよ!」
「え? みんなって?」
「マリオンも茉莉さんも袴田君も静香さんも全員いるわよ!」
「ひ―」
ニイナと目が合い、こちらもスピーカーにすると大勢の声が一斉に聞こえてきた。
「祐人さん! どうして連絡がつかなかったんですか⁉ ニイナさんも! あの力を使ったんですよね。説明してください!」
「祐人! 何があったの⁉ それよりも私よりも瑞穂さんに先に電話するなんて」
「あ、それ私も聞きたいです!」
「ちょっと、問題はそこじゃないでしょう」
「「問題です!」」
「祐人~、無事かぁ? まあ、帰ってから聞くわ」
「堂杜君、大変だねぇ。あははは」
あまりに一斉に声を上げられて祐人とニイナは慌てるが……、
顔を見合わせて段々と笑顔に変わる。
ニイナは祐人の目を潤ませた笑顔を見て思わず頭を撫でた。
「大変でしたけど……良かったですね、祐人」
「……うん」
「あ、ニイナさんね! 何が良かったのよ……あ、今、〝祐人〟って言った⁉」
「え、ニイナさん、祐人のこと思い出したんですね! 良かった……」
「ニイナさん。そう……ニイナさん、思い出しのね」
「でも今、二人はいい雰囲気だったよね! そういえばずっと二人きりだったし……あ、あの後輩二人もいたんだよね。あの可愛い顔した小悪魔系と清楚系の二人の子。何かあったのかな?」
「「「⁉」」」
「こらこら、やめんか、水戸さん。でも、それは気になるなぁ。祐人、詳しく教えてもらおうか! お前だけいい思いをするのは許さん!」
「どういうことですか⁉」
「画面を出しなさい!」
「祐人、年下にまで!」
しばらくヒートアップした仲間を宥めることに必死になり、ようやく落ち着いたころには空港に到着した。
◆
祐人たちはタクシーを降りて空港の静かなベンチの辺りに移動した。
すると携帯画面に瑞穂からリンクが届けられたと表示された。
「そのリンクから接続して。機関が作った秘匿回線に繋がるわ」
「分かった」
その後、祐人たちは黄家での一件を説明した。
「そんなことがあったのね」
瑞穂が深刻な表情で言うとニイナと祐人は頷いた。
「それにしても魔神クラスが二体も……こんなことは聞いたことがありません」
「祐人、体は本当に大丈夫なの?」
「うん、大丈夫だよ。茉莉ちゃん」
黄家で状況を説明すると瑞穂たちは驚き、その後、真剣な表情に変わった。
「祐人、そいつらはやはり我が家を襲った連中と繋がっていると考えているのね」
「うん、間違いないと思う。その点のことは帰ってから詳しく話すよ。ちょっと話が長くなると思うから」
「分かったわ」
「それで瑞穂さんたちの相談したいことって?」
「ええ、実はマリオンの件よ」
「マリオンさん? たしか本家のオルレアン家に呼ばれていたんだよね。フランスで何かあったの?」
「はい、実は……」
「いいわ、私から説明するわ」
瑞穂が深刻そうなマリオンの肩に手を置いた。
「結論から言うとね、マリオンはオルレアン家の次期当主候補になったわ」
「え⁉ それはどういう……」
「詳しいことはあなたが帰ってから相談するわ。ただ覚えていて欲しいのはこれにはオルレアン家内の政治的な要素が過分に含まれていてね。マリオンは巻き込まれたという方が正しいわ」
祐人は瑞穂の言いように眉根を寄せる。
「マリオンは断ったわ。でもオルレアン家は機関でも四天寺に並ぶ有力な家系よ。そこの当主ともなれば、それは色々とあるわ。もちろん、不穏なこともね。だからあなたに力を貸してほしいの」
「瑞穂さん! 私は……」
どうやらマリオンは自分のことで祐人を巻き込むことが納得できていないようだった。
「駄目よ、マリオン。ここは祐人に頼りましょう。少なくともあなたの安全だけは守らないとみんな悲しむでしょう」
「でも……」
「分かった! 帰ったら詳しく教えて。僕にできることなら何でもするよ」
「祐人さん! 安請け合いしないでください。いえ、そう言ってもらえるのは嬉しいです。それにきっと祐人さんならそう言うって分かってました。けど今回の件は本当に私個人のもので……皆さんに、祐人さんに迷惑はかけたくないんです」
マリオンは苦しそうな表情で語る。
すると祐人がマリオンにいつもの表情で問いかけた。
「マリオンさん、今、悩んでる?」
「え? は、はい……それはそうです」
「実はね、ついさっきまで僕も悩んでいた」
「僕が帰ったら、みんながいつものように僕に接してくれるかなって」
それは祐人があの力を使って自分のことを忘れていた場合のことを言っていることが分かる。
「でも、それをここにいるみんなが解決してくれた。もちろん、マリオンさんも。だからね、僕を頼って欲しい。偉そうなことを言って何ができるかなんて分からないんだけど、僕にできることがあるんなら言ってほしいんだ。それがね、僕にとって嬉しいことなんだよ。なんかみんなと繋がっていることを実感できる気がして」
祐人がはにかむように笑って包帯の巻かれた手で頭をかいた。
マリオンは祐人の本音を交えた言葉で恥ずかしそうに語る姿を見つめてしまう。
「祐人さん……」
「だから遠慮はしないでね。僕だって仲間の役にたちたいよ! 僕の悩みを無くしてくれた仲間の悩みを解決したい。そんなの当然じゃない」
「あ、ありがとうございます、祐人さん」
顔を紅潮させて答えるマリオンにニイナがニッと笑って間に入る。
「フフフ、マリオンさん。実は私は今回、堂杜社長の秘書に就任しました。それでマリオンさんの遠慮を壊す良い方法を提案します」
「え? 秘書?」
マリオンだけでなく周りも何のことかと驚く。
「はい、堂杜さんがあまりにも仕事関連がずさんでしたので。それはまあ、いいです。それよりもマリオンさんが祐人を雇えばいいんです。もちろん、報酬付きで」
「雇うって……祐人さんを?」
「そうです。そうすれば何の遠慮もいらないです。祐人は正当な理由でマリオンさんの助けになる義務を負うのですから。いかがでしょう?」
「ええ⁉ いいよ、ニイナさん。マリオンさんは友達なんだから報酬なんていらない」
「黙ってください、社長」
「あ、はい」
祐人の呼び名が堂杜になったり祐人になったり社長になったりと一貫性がないが、力関係はすぐに分かる。
「どうです、マリオンさん。これなら大手を振って祐人から助けてもらってもいいじゃないですか」
マリオンはニイナの申し出に驚くが、段々と笑顔になり頷いた。
「分かりました。じゃあ、祐人さんを雇いますね」
「マリオンさん、いいって!」
「ありがとうございます。それでは詳しい契約内容は帰ってから決めましょう」
祐人の声は届かず仮契約は成立した。
「それにしても秘書ってまた、すごいポジションを手に入れたな、ニイナさんは」
「うん、堂杜君の周りってできる女が多いよね。ある意味すごいわ。天才肌の瑞穂さん、秀才のマリオンさん、幼馴染でレア能力者覚醒の茉莉。しかもみんな美人って……ちょっと」
「息が詰まるわな」
「あはは、そうそう」
「「どういう意味よ!」」
画面から脱兎のごとく消えた一悟と静香だった。
その後、祐人たちは日本に帰る飛行機に乗ると今までが嘘のように眠気に襲われた。
そして祐人は意識が薄れていく間も考える。
(オルレアン家にも連中が関与しているかもしれない。精霊使いの瑞穂さんが僕に相談するべきと動いたのはそういう予感があるんじゃないだろうか。その可能性は常に持っていた方がいいだろうな)
そして寝息を立てたころニイナは祐人に毛布を掛けたのだった。
すみません!
エピローグ追加です。
これで5章完結になります。
ここまでお付き合いただき誠にありがとうございました!
もしよろしければご感想、レビューなどで応援してくださるとうれしいです。
よろしくお願いします。
6章をお待ちくださいね!




