エピローグ①
「ふむ、本当にいらっしゃいましたな。お嬢様の仰る通りでした」
ニイナの背後から初老の執事の姿をした男性が横に並んだ。
「アローカウネさん」
「ふむ、これもお嬢様の仰った通りあなたは私をご存知のようですね。そして私はあなたを知らない。いや、忘れてしまっている、でしたな」
アローカウネは淡々と語り混乱をしている様子はなく祐人に頭を下げた。
「え……?」
「堂杜様、大変、失礼いたしました。ニイナお嬢様から聞いております。私どもの祖国ミレマーを救ってくださったことを遅ればせながら感謝申し上げます。誠にありがとうございました」
祐人はアローカウネの態度に驚いてしまうが上手い言葉が出ずにニイナを見つめてしまう。
「私から伝えたの。そうしたら、分かったって言ってくれたわ。でもミレマーでの時のことは思い出していないみたい」
「でも、そんなことで」
「私はお嬢様を信じておりますので。それだけで間違いなく事実だと考えております」
「でも一応、祐人の口から教えてちょうだい。私も起きた状況から想像したにすぎないから。祐人には何かしらの秘密があって、それが原因で……例えば強敵を前にして私の知らない力を振るうと皆の記憶から消えてしまうんじゃないかって」
ニイナは祐人を見つめながら不安そうに言う。
祐人はしばし黙っていたが小さく頷いた。
「待って、先に手当てしないと。アローカウネ、手伝って」
「あ、大丈夫だよ。僕は」
「駄目に決まっているでしょう!」
アローカウネが応急箱を取り出し、祐人の血だらけのシャツをハサミで切り手際よく消毒と包帯を巻いていく。
ニイナは祐人の全身に残る痣と打撲に薬を塗りながら胸が締め上げられるような気持になる。
(こんなにひどい傷を負って皆を助けて……何も言わずに去ろうとするなんて。祐人は何故、ここまでしてくれるの? しかも祐人のことを誰も覚えていないなんてことがあっていいの?)
応急措置を終えるとニイナは新しい清潔なシャツを渡した。
「アローカウネの物だからちょっとサイズが大きいけど今はこれで我慢してね。あとで病院にも行きましょう」
「うん」
「じゃあ、歩きながら話しましょう。帰るにしてもご挨拶してから行かないと」
「あ……でも」
「大丈夫よ、私が上手く伝えるわ。それに余計なことも言わない。でも祐人はしっかり仕事をこなしたんだから報酬だけはちゃんともらわないとね」
「え? いいよ! 報酬なんて。それにそれを言っても意味が分からないとはねられるだけだよ」
「いいから。そこは秘書の私に任せて、社長」
ニイナのしっかりとした口調に祐人は黙り、その後、祐人はニイナに言われた自分自身のことを語りだした。
自身の能力とその代償を語るとニイナは眉をハの字にして聞き入る。
「やっぱり、そうなのね。だから私、ずっと祐人のことを忘れていたんだ」
「うん。ごめん、ややこしいよね」
歩きながら祐人は笑顔を見せながらも申し訳なさそうにそう言った。
ニイナは祐人が謝る意味など分からない。そしてその笑顔がまぶしくも切ない。
けれども分かってしまう。
それが堂杜祐人なんだ、と。
そういう他者への思いやり、配慮、そして無欲で自分の行動で相手が得るものを見て満足しようと思う精神性。自分の痛みを自分のものとし、決して誰かのせいにせずに受け入れてしまう。
ニイナはまるでこんなことはなんてことない、という態度をする祐人を見て思わず悲しさで握りこぶしを作ってしまう。
(駄目よ。このままでは駄目)
この時、ニイナは茉莉の言葉を思い出した。
四天寺家で大変な騒乱に巻きこまれた事件だったが、その前、四天寺家の屋敷に着いた時、様子がおかしくなった茉莉が不思議なことを口走ったのだ。
〝祐人を一人にしては駄目。祐人に……祐人が独りであることを決意させては駄目なの。そうしたら私は! 私たちは二度と! 祐人と一緒にいることができなくなる〟
何故か今になってこの言葉の意味がニイナはよく分かってしまう。
ニイナは一瞬足を止めて祐人に振り向いた。
「でも祐人、何故、忘れてしまった人たちに自分のことを伝えないの? 祐人はこんなにもみんなのことを考えているじゃない。それに祐人がいなければできなかったことがあるんだから、みんな話を聞けば思い出すんじゃないの」
祐人は切実そうに語るニイナに驚くような表情を見せると……笑って見せた。
「実はこの能力の反動に気づいた時、最初は何回も伝えたんだ。一生懸命に」
「え?」
「でも……駄目だった。よく考えたら当然だよね。ほら、考えてみてよ。ニイナさんの前にね、まったく知らない訳の分からない人物が現れてさ、あれをしたのは僕だ、あの時、君の横にいたのは僕だ、って言われたらどう思う?」
「あ……」
「みんな薄気味悪そうにしたり、中には激怒してきた人たちだっていたよ。嘘つきだ、詐欺師だってね。でもそりゃそうだ。僕だってそう思うもん」
祐人の笑いながら語るその内容は辛いものだったが、現実としてそうなることだろうこともニイナは理解する。
それで秋華たちに挨拶に行くことを恐れたのだろう。
ここでニイナは逆に決心が固まった。
「なるほどね。たしかにそうだわ。じゃあ、行きましょう」
「ええ! やっぱりやめない? なんか揉めるだけのような気が……」
「いいえ、行きます。絶対に報酬だけはもらうんだから!」
ニイナは力強い口調でそう言うと笑顔を見せた。




