二度目の二人
祐人は屋敷の正面玄関から外に出た。
周囲には誰もいない。
皆、今回の騒動で中庭中央の東屋に集まっているのだろう、と祐人は考えた。
実際、その場所で雨花が従者たちへ指示を出す指令部の役割を果たしていた。
祐人は何となしに黄家の広大な敷地を見回し外へ繋がる道を歩き出した。
祐人は冷静に全身に傷の具合を確かめながら焼けただれた手のひらを見つめる。
「ああ、ちょっと痛いなぁ」
そう独りごちた。
すると後方の中庭の方から黄家の従者たちなのか大きな歓声が聞こえてくる。
祐人は歩みを止めずに歓声が聞こえた後方の屋敷の空へ顔を向けた。
そこで祐人はまるで自分の心を奮い立たせるかのように笑みを作った。
「まあでも! 良かったかな。みんな無事だったしね!」
そう言うと振り返らずに黄家の正門にまでたどり着いた。
(あ、そりゃそうか)
祐人は門の上空を見上げて黄家の秘術で張られている大規模な結界を確認した。
(魔神が出現したんだ。これくらいはしているか。それにしても強力な結界だな。これじゃあ外に出られないな。まあ、事態が収束したと分かればすぐに解くだろう)
門の外には黄家の者らしき人たちの気配を感じる。さすがに正門の前には人を配置していたみたいだ。
(そうか、万が一、訪ねてきた人とかいたら疑われるし中の状況を考えれば近づかせる訳にはいかないもんな。さすがは雨花さん、というかさすがは名門黄家だね)
祐人は諦めてその場に座り込んだ。
日が落ち始め少しだけ赤みを帯びた空を見上げて流れていく雲を見つめた。
しばらくそうしていると祐人は突然ハッとして立ち上がった。
「ああ! どうしよう! どうやって帰るんだ? 僕は」
(ここは日本じゃないんだし。あれ? チケットとか荷物はどうしたっけ?)
「ああ、そうだ。ニイナさんが管理しているんだった」
ここで祐人は何とも言えない寂し気な表情を見せる。
脳裏にミレマーでニイナが自分を忘れ、すぐ横を通り過ぎていった場面が浮かんだのだ。
しかし、すぐにかぶりを振る。
「いや、こうしてはいられないぞ。とりあえず事情を説明しよう。持ち物の中に僕の私物とかパスポートがあると分かってもらえれば、なんとかなる」
ニイナを探さなくてはと体を翻す。
ニイナは雨花と一緒にいたはずだ。
(だとするとさっきの歓声の聞こえた方か……あるいは雨花さんが外へ逃がしているかもしれない。となると、まずは中庭にバレないように忍びこむか)
祐人はこのような時を幾度となく経験している。
皆、すでに自分を覚えてはいないだろうし、こんな大騒動の直後だ。
さすがに正面からは入っていったら気が立っている黄家の人たちに捕まるか最悪、攻撃されるかもしれない。
そしてその中には王俊豪や英雄、そして下手をすると琴音や秋華だって自分を怪しみ参戦してくることもあり得ると想像した。
「ああ、もう! どうしていつもいつも……」
祐人はその場で立ち尽くした。
ちょっと……、
そう、ちょっとだけ祐人はやるせない気持ちになり、じわっと目が潤んだ。
でもすぐに祐人は自分の両頬を何度も叩く。
「いや言っても仕方ない! ははは! すべて片付いたんだし万事OKだ! あとは僕の私物を見つけるだけ。なんてことないよ!」
そう祐人が言った時だった。
背後の黄家正門の大きな門が重厚な音を立てて開いた。
気づけば結界は解除されたようだった。
祐人は一瞬、まずいと思ったが、気が抜けていたために判断が遅れてしまい門の外にいる人間に見つかってしまった。
(うわ、どうしよう! もう突破して……え?)
門のすぐ外には一人の少女が立っていた。
そして、その少女はゆっくりとこちらに歩いてくる。
「あ……」
戦場で超人的な強さを発揮した祐人が思わず硬直する。
先ほど弱りかかった祐人の心がまた力を失いだした。
そのため、その少女が一体、どこに向かっているのか、と対処に困り思わず道を開けるためにその場から避けようとする。
するとその少女は横へ道を譲ろうとした祐人のボロボロの手を取った。
祐人は息を飲み、少女へ視線を移すとその光沢のある黒い瞳に吸い込まれそうになる。
少女は祐人を見つめた後、祐人の傷ついた手を大事そうに、労わるように両手で包み胸に抱いた。
艶やかで薄い褐色の肌が夕陽に照らされた少女は祐人を見上げ……涙を我慢するかのような表情をした後に、
祐人の心臓が跳ねるような素敵な笑顔を見せた。
「お疲れさま……そして、お帰りなさい」
「……祐人」
ニイナがそう言うと祐人は自分の視界がにじんでいることに気づきながらも、心からの笑みを返した。
「うん……ありがとう、ニイナさん」
と答えたのだった。




