叫びと想い②
「どこよ、ここは」
秋華は目を開けると暗い空間の中を漂っていた。
虚ろな目で秋華は辺りに目を移す。
別に興味などない。
調べようとする意欲もない。
ただ何となしに思っただけのことだ。
「ああ、私、あのアシュタロスって奴に追いかけ回されていたんだ」
ふと思い出した。
だがどうでもいいことだ。
自分が誰なのかも今は興味ない。
というより実際、自分が誰なのか曖昧だ。
名前すら思い出すこともできない。
(とにかく眠い。とても眠いの……)
そう考え再び目を閉じようとした。
「秋華」
「秋華ちゃん」
どこか遠くの方で誰かの声が聞こえてきたような気がした。
でも遠い。
とても遠くからだ。
秋華はそれを眠るにはそれほど邪魔にはならないかな、と考える。
秋華は目を閉ざした。
(ああ……心地いい)
何か大きなものに抱かれているような安心感。
自分が何もしなくとも大きな何かが自分を守ってくれる。考えてくれる。決めてくれる。
自分はただそれに任せて眠っているだけでいい。
なんと楽で素晴らしい感覚なのだろう。
秋華は失われていく意識に幸せを感じながら闇に身を任せた。
「戻ってこい! 秋華!」
(……?)
また聞こえた。
少し煩わしいと思った。
「秋華ちゃん! 私の声が聞こえないんですか⁉」
(……う)
うるさいな、と思った。
安眠を邪魔されたような不快感が湧き上がる。
だがその声は徐々に近づいてくる。
段々と大きく、段々と明瞭になってくる。
何を叫んでるのかな? と少しだけ思ったその時だった。
「お前がいなくなったら俺は……強くなること自体、意味がなくなるだろう?」
「私ができる親友って言ってくれた秋華ちゃんにできる贈り物だから」
秋華は目を見開く。
この声に、この言葉に胸が跳ねたのだ。
「あ……」
途端に秋華の脳裏に数々の出来事がよぎった。
幻魔降ろしの儀のこと。
その時のために数々の仕込みをしたこと。
琴音との修行。
浩然の裏切りとその正体。
魔神降ろし。
絶望の中に希望を持ったこと。
自分の心の深層世界にまで入り込んできたアシュタロスとの戦い。
「そうだ、私は!」
一度に自分が自分自身の経験、その時の想い、考えが蘇る。
(あの時、アシュタロスから逃げていた時に斉天大聖が現れたんだ。それであいつがアシュタロスを信じられない力で追い出してしまった。それでその後……)
「うっ」
思い出そうとすると酷い頭痛が生じた。
だが秋華は考えを止めない。必死にその時のことを思い出そうとする。
そうしないといけないと思ったのだ。そうしなければ大切なものや自分の望んだものを失うことになると何故か分かる。
そして秋華は思い出した。
◆
秋華がボロボロの体でアシュタロスから命からがら逃げている。
その時、前方の空間に不思議な穴が浮かんでいるのが見えた。
(あ、あれは?)
秋華が折れた足を引きずり、引きちぎれそうな腕を押さえながらその空間に近づくと背後から禍々しい気配が現れた。
ハッと秋華は振り返る。
絶望に満ちたその顔はアシュタロスを大いに満足させた。
「ククク、どこへ行く気だ。もうここの主は我だぞ」
するとその言葉に返答した。
だが返答したのは秋華ではない。
「薄汚いコソ泥が何を言っている。ここの主は俺だ」
すると突風がアシュタロスを襲った。アシュタロスが大袈裟とも思えるほどに体を庇ったのを見るとただの突風ではなかったのかもしれない。
「き、貴様は何者だ⁉」
「おい、それは俺様のセリフだ。この異界の意地汚い糞野郎が!」
そして凄まじい霊力を吹き上げた斉天大聖が現れた。
◆
(そうだ! それであいつはアシュタロスを圧倒して追い出し、私の体を奪った!)
これらのことが明確に思い出すと全身にリアリティが生まれた。
体が重くなり、肌が空気を感じ取る。
そして目の前の状況が映像としてしっかり映った。
「お兄ちゃん! 琴音ちゃん!」
自分の顔の至近に英雄と琴音がいる。
そして自分を呼んでいる。
斉天大聖を相手になんと無謀で危険な行為。
でもそれを冒してでも自分を呼び戻そうとしてくれているのだ
秋華の目が目の前の少年にいく。
その少年は斉天大聖の如意棒を掴み魔神の動きを押さえて兄と琴音を助けている。
その手からは焼けつくようなダメージを負い続けているのが分かる。魔神クラスの武器を掴むなど自殺行為に等しい。
(なんて危険なことをしているの! あ、えっと……誰)
名前が浮かばない。
でも何故かこの少年を見ていると胸が、全身が熱くなる。
分からない。知らない。
でも勇気と希望が湧いてきた。
「私は黄秋華! それ以外の何者でもないわ! 私のものは私のもの。それ以外の不届き物は出ていきなさい!」




