対魔神戦⑦
「俊豪さん!」
英雄が叫ぶ。
その場から吹き飛ばされた俊豪は石壁にめり込みクレーターのように周囲が破壊された。
だが今はそれどころではない。目の前に魔神クラスの斉天大聖が次発の如意棒を繰り出そうとしている。
英雄と琴音はやるべきことは分かっている。だが眼前の見たことも受けたことのない凄まじい霊圧が二人の心を直撃した。あれだけ事前に己の成すべきことを言われていたにもかかわらず、体の方がついていかない。
赤い霊力を纏った如意棒が迫る。二人は必死に抗おうと己の出せる最大の霊力で迎撃を試みた。英雄は槍で受け止めようとし、琴音は土の精霊たちを使い床の岩を浮かせて攻撃を鈍らせようとする。
だがそれはあまりに無謀な抵抗だった。
魔神とは人知を超えた存在なのだ。
それは寓話や神話に出てくるような山を砕き、海に道を作る等々、一般人からあり得ない話、あくまでも作り話と片付けてきた物語を実際に体現できる高次元体とも言える。
二人から斉天大聖により繰り出された如意棒が妙にゆっくりと見えた。如意棒は琴音の操った床石をプリンのように砕き、英雄の槍へ向かってくる。
英雄は「ああ、これは耐えられるようなものではないな」と妙に冷静に納得する。
がその時だった。
如意棒が上方に弾かれた。
その時の衝撃波が上昇気流を生み、二人は咄嗟に飛ばされないように腰を落とす。
「馬鹿やろう! 死ぬ気か!」
目の前に祐人が現れた。漆黒の長刀、倚黒で如意棒を上に弾き白金の鍔刀、倚白で魔神を相手に追撃をする。
「ぬう、貴様は!」
斉天大聖は倚白を後方に避けるが祐人が薙いだ倚白から浄化の力が乗ったかまいたちが生じてさらにたたみかける。
「ハッ、やるもんだ! こんな人間は二人目だ!」
斉天大聖は数トンの重さのある如意棒をバトンのように回転させてかまいたちを散らした。
英雄と琴音は祐人に救われて息をついた。
だがこれに祐人が怒鳴る。
「戦場でホッとするな! 構えて! 戦闘態勢を解くんじゃない!」
「はい!」
琴音がビクッと肩を上げる。
「英雄君、琴音ちゃん! 相手は魔神クラスの人外だぞ! あいつの攻撃を測りもしないで初見で受け止めようなんて死にたいのか!」
この言に思わず英雄が反論する。
「好き勝手言いやがって! 俺たちだって必死なんだ! お前だって今、飛び込んできてあいつの得物を弾いたじゃねーか! それにお前……お前は誰だ?」
これは実は琴音も思っていた。他人だとは思っていない。ここにいるし今、自分を助けてくれたのだ。仲間に違いない。しかし、何故か名前が思い出せない。
祐人はその二人の状況をよく分かっているかのように答える。
「祐人だ!」
「あ……」
「ハッ」
祐人と言われて二人は何もかも思い出した。というより今まで何でその名前が出なかったのかと自分を疑う。
祐人は表情を変えずに二人の前に立つ。
「説明している暇はない。混乱するかもしれないが僕の言うことに従ってくれ。僕があいつの隙を作る。二人は上手く防御をしながら秋華ちゃんを呼び出すんだ」
「そんなことは分かってる! 何度も言うな!」
英雄がいつもの調子で祐人に怒鳴り返すと祐人は頷いた。
すでに態勢を整えた斉天大聖は如意棒を担ぐ。
「ほう、そっちの小僧も黄家の子孫か。ふむ、であればな……まあ作戦でも練ろ」
どうやら時間をやるから準備して来い、受けて立つと言っているようだった。
そしていつでも来いと言わんばかりにニヤリと笑った。
「あの野郎」
「いやいい。時間をくれるならちょうどいいよ。魔神クラスの連中はいろんな奴がいる」
琴音はまるで祐人が何体もの魔神たちと戦ってきたかのように言いように違和感を覚えるが何も言わなかった。
「まず二人に言う。君たちは凄いよ、本当に。魔神を相手に、しかも初めての魔神との戦闘で迎撃を試みた。これはとんでもないことだよ。以前と比べ物にならないほどの力をつけたのは間違いないと思う。二人はさらなる高みに到達する可能性を持っているよ」
さっきとは逆に祐人が褒めたことに二人は意外な表情になった。
琴音はこんな時にもかかわらず嬉しい気持ちが湧き上がり自信が出てくる。
「だから今後のために僕の経験からのアドバイスをする。解釈は二人に任せる。役に立つかは二人しだいだ。というのも今以上の高みを狙っているなら自分で自分を解放しなくてはならないからね」
「な、なんだお前、偉そうに! それはあれか? 悟りでも開けとでも言っているのか?」
「さすがだよ、英雄君。実はそれに近い。それで魂を開放し真のマスタークラスになる。それが人の身で魔神に匹敵する力を手に入れた能力者たちだ。仙道使いで言えば仙人たちのことを指す」
「お、おい、何だよそりゃ。ということはお前は……」
「僕は半人前だよ。まあ、それはここではいい。いいかい、魔神とやり合う時に一番、邪魔になるのは常識だ。だから常識を捨てて。さらに言えば自分の中にある常識を打ち破らなくては相手にもならない」
「なんだよ、さっきから。さっぱり分からないぞ、堂杜」
それは琴音も一緒だ。考えたことも想像もしたこともない能力者としての行き着く先を言われて戸惑う。
「僕たち能力者は一般人から見て非常識な存在だ。なのに能力者たちは能力者たちの常識を作る。おかしいと思わない? 非常識な連中が非常識な常識を作っているんだ。それが自分たちを縛っているとも知らずに」
「だから何を言っているんだ、堂杜」
「そうだね、そうだろう。でもこれが分からないと魔神の相手などできない。今はいい。今日は僕がいる。俊豪さんもいる。だからさっきのような馬鹿な判断は慎んで。今の目的は秋華ちゃんを取り戻すことなんだから。そうしないとすぐに命を落とすよ」
「……!」
「でも二人は覚えておいて。二人にはマスタークラスの可能性を持っている、と僕は思う。じゃあ、行くよ」
「待ってください! 祐人さん」
思わず琴音は声を上げた。実は特に理由はない。
何故か「じゃあ、行くよ」と言った祐人が遠い存在になったと感じたから無理矢理に声を上げた。
お別れを言った意味の言葉ではないのにまるでもう二度と会えないような言葉に聞こえたのだ。
「あ……祐人さん、もうちょっとだけ教えてください。今じゃなくてもいいです。これが終わった後でもまた教えてください。だって祐人さんは……祐人さんは私と秋華ちゃんの師匠じゃないですか!」
祐人は驚いたような顔をした後、ニコッと笑った。その笑顔に琴音はホッとする。
そして祐人は「分かった」と答えると二振りの刀を構えた。
「ちょっと待て、俊豪さんは」
「あの人なら問題ないよ! あの人はマスタークラスだ!」
祐人が息を大きく吸う。
「二人はとにかくあいつに近づいて秋華ちゃんに呼びかけて。その間、僕が二人の安全を守る」
「ああ!」
「分かりました!」
「それと戦っている時、定期的に僕を見て欲しい。できれば僕の名前を呼んで」
「は? 何でだ」
英雄の反応は普通だろう。緊迫した状況で意味の分からない指示だ。
「そうしないと二人は僕を忘れてしまう。戦っている最中に知らない人から指示を出されても連携しづらいでしょう?」
「それはどういうことだ」
「え?」
祐人は何も言わずに笑うと斉天大聖に向かって飛び込んだ。




