対魔神戦⑤
アシュタロスの蠢く煙のような空間に戦闘不能の能力者たちの肉体が取り込まれ、その姿が闇に飲まれるように消えた。
「チッ、次から次へと。しかもそれが魔神だというのは笑えねーぞ」
そう言った後、この不穏な行動に俊豪がハッとする。
「あの野郎、まずい! 力技で顕現する気か!」
「え⁉ そんなことができるんですか!」
「魔術的な段取りや契約もなくするのは簡単ではないが数段上位の人外が能力者を喰い、それを生贄、触媒にして顕現することはある!」
俊豪の言うことは事例として能力者たちの間では確認されている。
古来、人外の召喚は霊力、魔力を持った能力者やその資質のある人間の血や肉を捧げることが一般的だった。
しかし、高次元体とも言える上位人外が100%の力で顕現することはほとんどないといい。
それは秋華のようなそのままの能力をこの現世に体現するような特異な体質を持った存在でなければほとんどの場合、触媒が足りないのだ。
つまり取り込んだ能力者の格と数で顕現の質が変わる。
アシュタロスを中心に魔力の渦のスピードが増す。
〝ククク、ハハハハハハハハハー! これは運が良い! とんだ拾い物だ! あの娘の体は口惜しいがこ奴らも悪くないではないか!〟
アシュタロスが渦の名から姿を現す。
シャフリヤールが色濃いがそれ以外は異形の悪魔らしいおぞましい姿と形相をしている。
そのアシュタロスが自分の状態を試すかのように魔力を放出した。
皮膚を刺すような強力で強烈な魔力圧で周辺の空間が歪む。
「な、クッ! 何だってんだ! ただ魔力を出しただけだってのに」
「ううう!」
英雄は戦慄し琴音はこみ上げてくる不快感に耐える。
大威はこの予想だにしない事態を前に己の状態を呪う。
「な、なんということだ。魔神アシュタロスが前大戦から名を馳せた【ペルシアの悪魔】や【邪針】、手練れの『蛇』たちを触媒にしてしまった! 秋華によって顕現した斉天大聖で測り知れぬことであるのに、二体の魔神が同時に同じ場所で顕現するなど!」
このようなことは知り得る限り聞いたことはない。
自らの命をもう一度、懸けるつもりだった大威の心が折れかけ希望が奪われていく。
(ここに俊豪と祐人君がいたとしても、もはやこれでは……うん?)
大威の視線の先に俊豪と祐人がいる。
今、このような状況で俊豪と祐人だけは動じていない。
祐人と俊豪はただ立ったままの状態ですでに戦闘態勢に入っているのが大威にも分かる。
この二人にとって相手が誰だろうが戦うことは決まっているのだ。これから何があろうが敵が増えようが関係はない。
あるのは戦い、倒し、生き残るのみ。
これが歴戦の戦士のあり方でもある。
(そうだ。黄家の当主ともあろうものがこのような体たらくではならん! 今一度、立たねば)
大威は霊力循環を整えるために全力で集中した。
「ククク、なるほど! 元々、こ奴ら魔の者の力を取り込んでいたのだな。しかもこの波動は、あ奴か。災厄の魔神どもか」
ピクッと祐人の眉が動く。
「おい、堂杜祐人。お前、どうする気だ? あの糞野郎が現れてさっきと状況が変わったぜ?」
「変わりません。さっきの作戦のままです。斉天大聖もアシュタロスも僕が相手をします」
「ハッ、こいつめ! ここまで来ると笑えるな! じゃあ、その作戦で問題ないと俺に分からせてみろ!」
俊豪が笑う。
だが何かを達観した笑いだ。
何故なら状況が状況なのだ。
誰が魔神クラス二体を同時に戦うことなど考えるか。
誰がそのような状況に追い込まれると想像するか。
もはやあるのはこの場に居合わせた自分たちが全身全霊でこの人類の危機に対応するのみなのだ。
正直、作戦などあろうがなかろうが気にはしない。
「英雄君、琴音ちゃん!」
英雄と琴音は祐人の覇気のある声色にハッとする。
そして祐人からくる二体の魔神にも劣らない凄まじいプレッシャーを受けた。
だが今までと違い、恐怖で硬直していた身体が熱くなっていくのを感じる。
「何をやってるんだ! 戦闘態勢をとれ! 恐怖に飲まれるな! すべきことを思い出せ! いいか、戦場ではそれができない奴から死んでいく! 何も成せず、何も残らずにだ! それがどういうことか分かるだろ!」
普段の祐人からは想像のできない檄が英雄と琴音の心に火をつけていく。
まるで百戦錬磨の歴戦の戦士から受けた檄のようだった。
「相手を測れ! 自分を分析しろ! 常に頭を回し生き残るための行動をとれ! その上で秋華ちゃんを取り戻すんだ! 相手が魔神だろうが一緒だ。今回は僕と俊豪さんがいる! 必ず目的を成し遂げるんだ。行くぞ!」
「分かった、堂杜! 行け!」
「分かりました! 祐人さん、行ってください!」
祐人が力強く頷くと同時に動く。
英雄たちの視点からは祐人が消えたようにしか見えない。
それほどのスピード、瞬発力、そして何よりも緻密な体捌きと仙氣のコントロール。
(そうじゃねー! 何なんだ、お前は⁉ 何故、ガキから霊力と魔力とが同時に感じられるんだ! しかもあいつの中で調和しているだと? そんなもの常識外すぎる。一体、どんな力なんだ)
俊豪がそう考えながら鳥肌の立つ自分の腕を見つめる。
(この俺が本能でヤバいと感じている。いや、それは後で確認だ。今、これから魔神を二匹も相手するんだからな)
この時、コンマ以下の時間で祐人を見据え、斉天大聖の目から浮つきが消える。
「来るか。しかし、てめえは本当に人間なのか。分かるぞ。この俺でも本気でいかねーとまずいってな。だが何故だろうな、お前を見ていると懐かしい感じを受けるのは」
斉天大聖が如意棒を肩に担いだ。
が、祐人の起こした行動は予想外なものであった。
「堂杜流霊剣術。天魔八劫陣!」
祐人が口に倚白を咥え、口元で印を結ぶ。
「む⁉」
斉天大聖が目を見開く。
斉天大聖の周囲に八つの光体が出現し、それぞれが四方に光を伸ばし互いに結ぶ。
「超高密度多重結界か! チッ、しかも厄介なものを!」
しかし祐人は一顧だにせずそのまま突き進む。
ここでアシュタロスが眉を顰めた。
「ふん、狙いは我か」
祐人の目に殺気が籠る。
アシュタロスは凄まじい魔力を放出し怒りの形相を見せた。
「この身の程を知らぬ、矮小が人間がぁぁ‼ 我を過小評価しその薄汚い刃を我に向けるなどぉぉ‼」
だが予想を超えるスピードで祐人が眼前に現れた。
そして魔神ともあろう者が祐人の力の片鱗を前にして恐怖する。
(こ、こいつは⁉ 速い! だが!)
祐人から受ける得体のしれない恐怖がアシュタロスを本気にさせる。
アシュタロスは咄嗟に次元遮断結界を展開する。そして祐人の攻撃を防ぐと同時に魂への直接攻撃が可能な超超高等魔術を準備する。
(100%の力までは出せぬが、顕現を果たした今の我に術の制限はない! この得体のしれぬ小僧はここで殺す)
だがしかし、祐人は二人目の魔神に対しても予想を超えた。
「堂杜霊剣技……」
祐人から発する人知超える量の霊力と魔力が祐人の中心軸で仙氣と混ざり新たな力に変換していく。
その力は霊力、魔力とも違う超仙氣ともいえる力の発露。
そしてそれは倚白と倚黒にも伝播し二振りの刀も超仙氣を纏っていく。
これにアシュタロスの表情が強張る。
(何だ! 何なのだ! この我が……恐れているだと?)
魔神アシュタロスの胸に世に出て初めて恐怖が駆け巡る。
「秘奥、破魔無形剣・二刀撃‼」
魔神アシュタロスは絶対の自信のある結界を張っているにも関わらず、反撃を意図していたにも関わらず、祐人から離れようと急速後退をし祐人の剣の間合いから逃れた。
しかし……、
祐人が振り下ろした倚白と倚黒の両刀がアシュタロスの展開した結界の中を通り過ぎていく。
「な……な……馬鹿な」
祐人の前で結界にできた二つの剣筋が現れ、それと同じようにアシュタロスの体にも二筋の剣の通った線が現れた。
この魔神アシュタロスの作り出した最高最強の結界が何故、用を成さず、何故、明らかに刀身よりも遠い位置まで刀の切り口が出現したことが理解できない。
直後、結界が消えてアシュタロスの体は四つに分かれた。
祐人はさらに続けて超仙氣による堂杜霊剣術の破壊術式を込め、倚白と倚黒を繰り出しアシュタロスの体を細切れにした。
すると徐々に周囲の空間が歪んでいき、やがて恐ろしいまでの衝撃波が出現する。
それは魔神が消滅したときに生じると言われる次元震だ。
表情を変えぬ祐人は淡々とした動作で印を結び守護結界を発動して周囲への影響を完全に抑えた。
祐人が戦闘を始めてから時間にして一分かからずして魔神アシュタロスは完全に消滅した。




