対魔神戦
秋華はニヤリと笑いしがみついている琴音を無視しながら自分の右手を広げそして力強く握りしめる。
「フ、悪くない。さすが黄家の血筋だ。よくなじむな」
「秋華ちゃん! 目を覚まして! 諦めないで! そこにいるんでしょう!」
涙目で叫ぶ琴音を秋華ではない魔神は煩わしそうに振り払う。
「うざったいぞ」
「キャー」
琴音の体が宙を滑走するがそこに祐人と俊豪が駆けつけ祐人が琴音を抱きとめた。
「琴音ちゃん!」
「祐人さん、秋華ちゃんが! 秋華ちゃんの意識が小さくなって……」
琴音がそう言いながら顔をクシャクシャにして祐人にしがみつく。
英雄が近くに着地し変わり果てた秋華を見て目を見開く。
「あ、秋華……お前」
すると俊豪は眉根を寄せて苦々しい表情を見せた。
「チッ、秋華、完全に乗っ取られたか」
先ほどまで秋華からの依頼通りに殺すと言っていたが内心は秋華が魔神を退けることに期待をしていたことがにじみ出ている。
だが事態は決したと言わんばかりにすぐに表情を消し青龍刀を構えた。
「待ってください、俊豪さん! なんかおかしいです。それにまだ秋華さんの自我が消えたとは言い切れない!」
「何をする気ですか! 俊豪さん」
祐人と英雄が俊豪を制すように腕を上げると俊豪が怒りをあらわにした。
「馬鹿野郎! そんな甘い期待なんざ無意味だ。たとえ秋華が舞い戻る可能性がわずかにあったとしてもだ! そうならなかった時のリスクがでかすぎるんだよ! お前たちはこの上海にいる数百万の人間たちの命の責任をとれるのか!」
俊豪はそう言い祐人たちの前に出る。
「これはな、誰よりも秋華が理解していたことだ! 十歳に満たないあいつが自分を殺せと覚悟決めた面で言ったんだ。でなければ俺がこんな胸糞わりー依頼を受けるか!」
まさに怒号を上げる俊豪に琴音はビクッと体を震わせ英雄は顔を強張らせる。
「秋華が……そんな以前から?」
「そうだ。あの時は暴走したときには、というものでこの状況は少々違うかもしれねーが、あいつは〝私が生きているだけで、私以外の人に迷惑をかけるなんて耐えきれない〟って言ったんだ」
「そんな……秋華」
英雄が苦し気に顔を歪ませる。
この時、祐人は逆に俊豪の表情からその苦しい心打ちを見た。
そして聞かされた幼いころの秋華の言葉から普段から本音の見えづらい秋華の心根の優しさ、強さを再確認する。
祐人は琴音を下に降ろしながら今や秋華でない秋華を見つめる。
(なんという人だよ、本当に)
もし秋華に才能がなければどうだったか?
(逆に幻魔降ろしの儀で苦労はせずに自分のレベルにあったそれなりの英霊や神霊と契約しておわったはずだったろうな。それでも彼女は気にせず、あの明るく小悪魔な性格で周囲を困らしながら笑顔を咲かせていただろう)
もし彼女が過度に周囲を思いやる優しさがなかったら?
(自我の弱さを克服していて強力な人外をすでに降ろして今現在、能力者の世界で名を轟かせていて、自信満々の顔で闊歩していたんだろうな)
でもそうはならなかった。
彼女は歴代最高の才能に過度に周囲の人間を気にする少女だった。
(だからこんな困難を招いた? 逃れられぬ家の掟で幻魔降ろしの儀に命をかけ、いざという時のために自分を殺すようにと俊豪さんに保険をかけた。それは家族のため、自分以外の人のためにだ)
祐人は歯を食いしばり両手を握る。
(さらには彼女の才能と特性を見抜いた奴らに魔神の苗床にされようとしている? 普通だったらただの悪戯好きな可愛い女の子であったはずなのに?)
「違います! 秋華ちゃんはそれだけじゃないです!」
琴音が振り絞るように俊豪に言い放つ。
「秋華ちゃんは言っていました。自分と一緒になる人はきっと苦労する。だからタフで困難を乗り越えられる人が現れたらその人のところに飛び込んでやるって。それはすべてを諦めた人の言葉じゃないです! どこかに希望や願いを持っていたんです。だから……祐人さんを呼んだんです! 修行だって乗り切ったんです!」
琴音は祐人に顔を向ける。
祐人は琴音のまっすぐな瞳を見つめた。
「きっと祐人さんが秋華ちゃんに希望を与えたんだと思います。だから祐人さん、秋華ちゃんを見捨てないでください。助けてあげてください。だって私は秋華ちゃんに救われたんです……だから」
琴音は泣き崩れそうになるのを必死にこらえて祐人に訴えた。
祐人は琴音の目を見つめかえす。
そして……
その祐人の目はさらに遠くを見つめていた。
祐人が魔界へ行きリーゼロッテと出会ってまださほど時間がたっていない頃、リーゼロッテが祐人に問いかけたことがあった。
彼女を襲う魔族との戦闘を終え、祐人は息をついたように草原に腰を下ろした。
「祐人さん、ありがとうございました。あなたのおかげでなんとか村の人たちも皆、無事にいられました」
祐人は話しかけてきたリーゼロッテへ責めるような視線を送る。
「何故、こちらの指示を無視したんですか? 僕の指示には従ってくれると仰っていましたよね。それなのに前に出てまるであなたが皆の盾になるようなことをして……。あなたは王女ですよね。自分の立場を分かっているんですか?」
「はい、でもただの第三王女です」
祐人に微笑を見せると一瞬、祐人はカッとなった。
最近、祐人とリーゼロッテは口論を時折するようになった。
二人とも穏やかで他者に気を遣う性格にも関わらず何故かお互いのことになると感情的になることにこの頃の二人は自分自身、理由が良く分からなかった。
「第三だからとか関係ないです! 僕たちはあなたを守るように動いているんですよ。それなのに……!」
「あの時、私が前に出なければ周囲にいたあの方たちが危なかったのです。そもそも私を後方に置きすぎだと思うのです! それでは敵が私を狙い突破してきたときに同じ後方にいる非戦闘員たちが巻き込まれます。それこそ幼い子たちもあそこにいました。だから……!」
「だから、じゃないですよ! 一番の護衛対象が最前線に出てきていいわけないでしょう!」
「いえ、いいんです! それが私のとるべき責任だからです!」
「……⁉」
リーゼロッテの語気が今までにないほど強く祐人は言葉に詰まった。
「祐人さん、あなたは強いですよね。ではあなたは何故、強くなったのですか?」
「それは……」
「想像ですが、あなたには使命と責任があるんだと思います。だから、あなたは強いのです」
黙る祐人を見つめるとリーゼロッテは笑みを見せた。
「そして実は私もそうなんです」
祐人は眉根を寄せてリーゼロッテの顔を見つめる。
「私はこう見えて強いのです。プリーストとしての実力は国で三本の指に入ります。何故そんなに強いのか? それは皆を導く重い責任があるからです」
リーゼロッテは祐人の横に座り風に靡く藍色の髪をおさえた。
「祐人さん、私にとってあの後方にいた人達はまさにその〝責任〟なんです」
「……⁉」
「あの人たちの生存だけでなく笑顔を守ること、それが私の使命であり責任、そしてそれが私の強さの源なんです」
リーゼロッテは真剣な表情で草原の先を見つめると祐人へ頭を下げた。
「でも……あなたや護衛騎士たちにとって、私が前に出たことは愚かな行動に見えるかもしれないですね。苦労をおかけして申し訳ありませんでした。ただ……私の目指す人間国家連合の再建を考えれば私が先頭に立つことは当然のことだと思います」
祐人は頭を平気で下げる王族などいるものかは知らない。ただ目の前で頭を下げられているのに謙虚さ、ましてや卑屈さなど微塵もない。
それどころかリーダーとしての威厳や心奪われそうな魅力を感じてしまう。
(この人は……そんな壮大な目標を一人で背負う気なのか)
「そして強くなると不思議なことがおきます。なんとまた責任が増えます」
頭を上げたリーゼロッテがしたり顔で続きを語りだした。
(うん? どういうこと?)
「そこで私は思いました。それで責任が増すとまた強くなる。そして強くなると責任が増える。ということは私はどこまでも強くなってしまうのではないでしょうか?」
祐人は思わずその場で噴き出して笑ってしまい、それを見たリーゼロッテは何故か安堵したかのような笑みを零した。
祐人は俊豪に顔を向ける。
「俊豪さん、責任ですが僕が取ります」
「はん? 何だと?」
「だから取りますよ、何百万、何千万の人たちの命の責任を。この僕が、ね」
祐人は言っていることの重さとは違い、何故か笑みを零していた。
琴音はそれを見て不思議な感覚になる。
(祐人さん、まるでここにいない誰かと話し合って決めたかのような顔……いえ、私は何を考えているのかしら)
俊豪や英雄、琴音がそれぞれの感情、表情で祐人に集中する。
そして、そのそれぞれが声を上げようとした時、祐人がそれを制した。
「いいですか? 魔神はこの僕が抑える! だからみんなは秋華さんを呼び起こしてください!」
そう叫んだ祐人の左手首から漆黒の長刀が落ちてくるように現れた。
祐人は倚白、倚黒の両刀をそれぞれに握りしめる。
そして祐人が秋華へ向かい前に出る。
「待て、ガキ! ふざけるんじゃねー! 何をいきなり言ってんだ。そんなことできるわけねーだろう!」
「できます」
「何を……む! そ、それは何だ⁉」
この時【天衣無縫】王俊豪は見た。
祐人の両手首、両足に自分の理解をはるかに超える強力な封印を施した魔法陣が現れたことを。




