魔神と少女⑫
この僅か数瞬前。
黄親子はシャフリヤールとマトヴェイを相手にまさに満身創痍の状態だった。シャフリヤールのオールレンジから迫りくる十二の曲刀に息をつく暇もなく戦っている。
ケルトの装備を身に着ける英雄と古代中国武者の鎧を装着している大威は入れ替わり立ち代わり互いの死角をカバーしながら応対している。
大威はいつ命を失うか分からぬ激闘の中、満足感と感動を全身に巡らせている。
それは英雄だ。
英雄は全身の剣による切創にもかかわらずその闘志は衰えるどころかむしろ漲らせている。まるで英霊ク・フォリンの不屈の精神力まで手に入れているようだった。
(我が息子が能力者としての境地を一つ上げた! なんということだ! この死闘が英雄を数段高めた!)
またそれだけではない。すべての能力で格上のシャフリヤールと対峙しながら、その戦闘中に黄親子を効果的に牽制、奇襲をかけてくるマトヴェイの攻撃までをギリギリで対処している。
シャフリヤールと正面から打ち合う英雄の背後から浮遊する曲刀が迫る。しかし、間髪を入れずに大威が槍で薙ぎ払った。
しかしこれと同時にマトヴェイの霊力循環を狂わす数本の毒針を英雄に放つ。
「おい、ク・フォリン!」
〝大丈夫だ。今、あれはお前が纏う私の鎧を傷つけられん〟
英雄はシャフリヤールが実際に握っている曲刀の軌道を読み槍を回転させてその腕を狙うと同時に腰をわずかに落としマトヴェイの放った針を胸当てと籠手で弾いた。
シャフリヤールは体を逆反転させて後方に一歩下がって躱し、大威はこの隙にマトヴェイに迫り槍の柄の最後部を片手で掴みながら上方から叩きつけた。
マトヴェイは大慌てで遥か後方にまで飛び去る。
「な、何なのですか! しぶといですよ! あなたたちはそんなに息の合う親子でもなかったでしょう」
それは長い間、黄家に潜伏していたマトヴェイの持っていた印象だった。
マトヴェイから見て黄夫妻は威厳や厳しさはあったもののやはり最後の最後は我が子に甘い人間たちだった。
それは【憑依される者】の継承という過酷で特殊な状況と自分の死期を悟っていた大威の心境が影響していたのかもしれない。
そして今まさに大威は喜びが湧き上がると同時に後継者である英雄への教育、修練のあり方を誤ってきたと後悔の念に駆られていた。
(我が息子のこれほどの才能と本来持っていた気質を見抜けず……いや、何もかもが足りなかった。与えているつもりが何も与えていなかった。これは秋華も同じだ)
大威は一瞬だけ秋華に視線を移した。
(この情けない父親のせいで侵入者を許し、これほどの苦難を与えてしまった。にもかかわらずお前は黄家のために数々の手を打っていてくれた)
そして、俊豪と死闘を繰り広げている祐人を見る。
(だが希望はある! 償いのチャンスもある! 秋華があの少年を連れて来てあらゆることが変わった! 彼が来なければ黄家は滅亡の危機に瀕したはずだ。それが今どうだ? 私は生きながらえ、秋華は魔神に抗い、英雄は人間としても能力者としても成長した!)
大威の集中力と霊力が爆発し、英霊林冲の技と力が全身に淀みなく循環する。
〝『玄境の境地』に達した私の力を完全に引き出すか。見事だ、大威〟
(私は黄家当主として、父親として! お前たち若者の未来を守らねばならん!)
大威から突如発せられた強力で集束された霊力にシャリヤールも英雄も目を見開く。
「何だ⁉」
しぶとく離れない英雄を相手にしていたためシャフリヤールは大威の術を感知するのがコンマ数秒遅れてしまい寒気を覚える。
「父上⁉」
「ハアアア‼ 林家第八槍術 秘槍技! 蛇覇神連槍!」
「チィィ!」
大威の大技を側面から受けるはめになってしまい英雄に隙を作るリスクを度外視して回避行動に移る。十二本すべての曲刀を前面に集め防御迎撃する。
しかし英霊林冲と完全シンクロした大威のうねるような槍の猛連撃は凄まじくその攻撃圧に後退していく。
さらにはそれにとどまらず曲刀が一本、また一本と砕けていった。
(なんと! あの【ペルシアの悪魔】がおされて後退したですと⁉ まずいです! ただでさえ逃げるタイミングが難しいのにシャフリヤールがやられたら私は……いや、待てよ?)
マトヴェイは今が逃げる最高のチャンスと考える。
背中をさすり残る針はもう三本しかないことを確認する。マトヴェイは上方を睨み天井に開いた大穴の高さを計算した。
(あの状態で英雄の小僧が介入すればシャフリヤールは終わりです。というよりそうするでしょう。であれば!)
マトヴェイは上空に高さを変えたアクアスクリーンを三つ展開しそこに針を一本ずつ放ち突き刺した。弾力のあるアクアスクリーンも針のようなものは刺さる。
(よし! 魔神顕現の行く末を見れなかったのは残念ですが命の方が大事です)
マトヴェイは跳躍し空中のエアスクリーンに刺さった針に足をかけさらに上へ跳躍する。
下方に目を向ければ大威の猛連撃にシャフリヤールは壁際まで追い詰められていた。
「あーあ、あれは駄目ですね。では私はここで……うん?」
(愚息の英雄がいませんね)
「どこに行く気だ、てめえ」
マトヴェイは上空でしかも背後から声をかけられたことに驚く。
それが英雄の声だと気づくと同時に首が妙に寒くなる不思議な感覚を得た。
「へ?」
マトヴェイから英雄が自分からどんどん離れていく絵が映る。
(なんですか? これは。どういう?)
そこで英雄の横に立っている頭のない自分の体を見つける。
「ええ⁉ わ、私より今はシャリヤールでは……」
英雄はマトヴェイの行動を見逃さず空中に刺さった針を同じく使い追いかけてきていた。
「この糞野郎が。何年間もこの黄家に居座って秘技を探り続けた挙句、何よりも俺の可愛い妹を傷つけたお前の方が! 最優先で殺すに決まってんだろう!」
「そんなぁ……」
そう言うと石床にマトヴェイの頭は叩きつけられた。
そしてシャフリヤールは大威に十二本の曲刀を折られ壁際に体中串刺しになった体を石壁に預けて動かなくなった。
大威が限界を超える技を放った反動でその場に膝をつく。
「父上!」
着地した英雄が大威に駆け寄ろうとしたその時、秋華から凄まじい霊力が吹き荒れる。
「む!」
「秋華!」
そこにはしがみつく琴音を吹き飛ばさんがばかりの霊力を放つ秋華が立ち目を開けた。




