魔神と少女⑩
シャフリヤールの曲剣二刀が英雄の背後から襲いかかり、正面からはシャフリヤール本人が攻めかかる。
ここで大威は何かが引っかかる。
大威はカーレーン士族の戦闘を直で見たことはない。
だが大威の知るところではカーレーン士族の術は『見える曲刀と不可視の曲刀』を使い分け、近接戦闘でその力を発揮すると聞いている。
想像だがあの浮遊している二刀の曲刀が不可視の曲刀と言われるものではないか。
近接戦闘中に己から離れた武器を霊力だけで操るのは非常に精密なコントロールと集中力が必要だ。通常であれば一刀の曲剣を操るだけでも難しいはず。
それをあのシャフリヤールはすでに二刀を操っている。尋常ではない。
(しかし不可視の曲刀とは違う? まさか……英雄!)
大威が息子の命の危険を感知する。
ところがこの時、シャフリヤールの予測を超えた動きを英雄が見せた。
英雄が背後の曲刀に構わず前に踏み込んだのだ。
(何⁉)
そして槍の柄の中心近くを掴み縦回転させて迎撃、いや攻勢に出た。槍のリーチの長さの利点を捨てたかの行動のようだが違う。
英雄は右斜め前に踏み込みつつ槍の柄で右後方の曲剣を弾き、前方のシャフリヤールの左手の曲剣を槍先で叩く。
「ぬう!」
左曲刀は左手ごと下方に沈むがすぐさま右曲刀で英雄に切りかかる。さらには左後方から追いかけてきている曲刀も同時に英雄へ襲い掛かった。
ここでまたしても英雄はシャフリヤールの予想を裏切った。この時、シャフリヤールは英雄が自分の左側面で踏みとどまると考えていた。何故ならそうしなければ自分と秋華の間に阻むものがなくなるからだ。
ところがだ。英雄はそのまますれ違うように踏み込み後方の曲刀から逃れつつ槍をさらに回転させて槍の柄で上方からシャフリヤールの曲刀を叩いた。槍の柄による衝撃は想像以上に重くシャフリヤールの態勢がわずかに揺らぐ。
この刹那、英雄とシャリヤールの視線が交差した。
(こいつ! 守るよりも視野を広げようと)
シャリヤールが目を見開く。
英雄は止まらずになんと英雄はシャフリヤールの背後へ回りながら槍を腰の中心に添えて体を回転させた。
この動きで後方の曲剣を二刀とも弾き、シャフリヤールの腰に槍本体が叩きつけられる。
「グウ‼」
シャフリヤールは焼けるような痛みに顔を歪ませるがすぐさま後方に下がり態勢を整えようとした。大威はこの攻防を見届けて茫然とする。だがすぐにハッとする。
「英雄、追い込め!」
しかし、英雄は追撃をせずにその場に立っている。
「何をして……なっ!」
大威が声上げたと同時に英雄はその場に跪いたのだ。
シャフリヤールが忌々しそうにその場に唾を吐く。
見れば英雄の背中と脇腹は衣服が裂かれ、血が勢いよく流れ出す。
よく見れば弾かれたはずの曲刀とは違う二刀の曲剣がシャフリヤールの下へ飛び去り、それに遅れて弾かれた二刀が合流しシャフリヤールの周囲を守るように浮いている。
「六刀だと⁉ あれらに加えてさらに不可視のものも操っているのか⁉」
大威が驚愕すると決して軽傷には見えないが英雄はすぐに立ち上がった。
「いえ、父上、おそらく十二刀です」
「何⁉」
「ふん、生意気にも気づきやがったか」
そう言うとシャフリヤールのそれぞれの曲剣がスライドするように分裂し、周囲にさらに六刀の曲剣が出現する。
「馬鹿な……」
「おい小僧、考えが変わった。小娘の確保は後だ。とにかく先にてめえを殺す」
シャフリヤールは英雄を睨みつける。
「は? ちょっ! 何を言っているんですか! あなたならすぐに殺せるでしょう。今は優先事項を変えている場合では」
マトヴェイがこの発言に慌てると「黙れ!」と一括される。
「もう何なんですか!」
「てめえはこのガキどもを見誤っている。ここはそんな戦場じゃねえぞ」
(何がですか! もういいです。私は隙を伺ってすぐに帰ります……な⁉)
この時、前方から凄まじいまでの衝撃波が襲って来た。
マトヴェイがとっさに腕で目を保護する。
そして慎重に衝撃波の発生源を確認した。
「あ、あれは一体、何なんですか」
その先にはランクSSにして【天衣無縫】の二つ名を持つ王俊豪と堂杜祐人なる少年との死闘が繰り広げられていた。
互いに目にもとまらぬ攻防。
一撃一撃が致命傷になり得る攻撃を繰り出し、受け止め、流し、躱す。
周囲の石畳を破壊しながら移動を繰り返しマトヴェイではすべては見切ることもできない。
(なんと、堂杜君、君はどれほどの……)
大威がようやく霊力循環を取り戻し立ち上がるが茫然とする。
そのような中、英雄とシャフリヤールは互いを睨みつけ微動だにしない。
「分かったかマトヴェイ、逃げんじゃねーぞ。この場はな、あの魔神の器をかすめ取って済むようなところじゃねえよ」
自分が逃げようとしていたことを見透かしていたかのようなシャフリヤールの言にマトヴェイはギクッとする。
切れやすい粗雑な印象のシャフリヤールが冷静に淡々と話しだす。それはまるで集中力を極限に高め自分の本来の力を発揮する精神状態を整えているかのようだった。
「あそこで戦っている奴らも俺ら次第でこちらにも来る。魔神顕現を成し、この世界に俺らの存在を知らしめるのに必要なことをお前もやれ」
「ぐぐう!」
「ふん、人の命を平気で奪うならだ。てめえの命も懸ける。当たり前だろ。それに俺も蹂躙するだけの戦いに飽きてきたところだ」
(私は御免です!)
対人戦闘で恐れられた【ペルシアの悪魔】シャフリヤールがこちらから目を離さない英雄を見てニッと笑う。
「まずはお前だな!」
そう言ったシャフリヤールたちの周囲を俊豪と祐人が行き交う。
英雄は無言で槍を下段に構えるとその横に大威がスッと現れた。
大威は傷だらけの息子を誇らしげに見つめる。
「英雄、やりなさい。私はそれに合わせる」
「父上……分かりました」
「林冲よ、来い」
(ふむ、大威よ、死線に身を投じるか。よかろう、俺の力を使うがいい)
二人の『憑依される者』の使い手が並ぶ。
直後、シャフリヤールが動き、マトヴェイが身構えた。
そして琴音はこの間隙に秋華の下へ走り出した。




